激情の大地 第二十五話 暴露
珠乃の馬が砦にたどり着いた時、そこにはここを出たときと変わらない風景があった。
すでに臨戦態勢をとっていて、王にあとは珠乃、お前の情報待ちだとでも言われるのかと思いきや、砦は静かなものだった。
今、竜騎士団長の妹が敵につき国の転覆を狙っている。
そんな存在がいなくても、誰もその事に危機感をもってはいないのだろうか。
だいたいあの妹は姫のつれてきた人間だ。
そんな人間を連れてきたからこんなことになったのだ。
あの姫のどこにそんな価値があるのか分からない。
兄は盲目的に昔からそばにいるけれど、その兄を無茶苦茶にしたのだってあの姫である。
大っ嫌いな人間だった。
それがもし国王の娘でないとなるとどうなるか。
教皇が何か思惑があって作った子なのか。
それとも行きずりでできた子なのか。
そうなれば話は変わってくる。
父である麓珠も兄である国明もきっと思いを変えることになる。
ただこの最大の弱みを握っていればかなりの権力を持つことも可能となる。
何につけば得なのか、見極めるところだ。
珠乃は美珠の私室の扉をたたいた。
中では女が三人何か話をしていた。
姫とその護衛、そして東和商会の女。
「少しお話があるのですが」
すると東和商会の娘は席を立ち、護衛はこちらに目を向けていた。
「姫にお伝えしたいことがありまして、どうかお人払いを」
「分かりました」
姫は護衛に視線を送って外に出してから椅子に勧めた。
けれど珠乃はそれを固辞し、姫の近くへと寄った。
「反逆者竜桧の妹が反逆者となりました」
その言葉に女は口元を緩めた。
「やめてちょうだいそういう嘘は。桂は私たちの家族だものそんなことありえないわ」
「いいえ、それは真実なのです。あの女は我々を裏切りあの北晋国の軍師を傷つけました、軍師は傷をおい囚われの身に」
すると女は嘆くこともなく口を引き結んでただ黙り込んだ。
「それと姫はご自分の出自についてお考えになられたことはございませんか?」
「どういうこと?」
「向こうの老人が申していたのです。姫は誰の子かわからぬと。口に出すのもはばかる話ですが、その教皇様は騎士団長と男女の関係にあるのだと」
その途端美珠は顔を赤らめて怒るわけでもなく、青くして倒れるわけでもなく、ただ静かに扇を手のひらでもてあそんでいた。
珠乃にとってはこれは予想外の反応だった。
なぜこんなに冷静なのか。
「その相手というのは?」
「さあ、そこまでは。ただ年の離れた男を飼っているとだけ。姫様、お心当たりがおありで?」
「あるわけないでしょ」
そういって扇を鳴らすと、珠乃へと顔を向けた。
「それで相手からは何か要求など?」
「教皇になることがあの男の目的だそうです。相手は教皇の座を狙っていた元魔法騎士団長。騎士の心を失った老いぼれです」
「わかりました。さがってください」
「このこと王にも伝えにあがります。竜桧の妹、そして軍師殿の件につきましては姫様の方が懇意にされていたので先にお伝えに上がった次第です」
「ありがとう。父には『教皇に対するでまかせ』は伝えなくていいわ。そんなことで父と母の絆がどうかなるとは思わないけれど、聞いて気持ちのいい話ではないから」
「ですが」
「これは私からの命令です」
「はい」
珠乃は恭しく頭を下げると部屋から出た。
そのまま耳をそっと扉へと向けると部屋の中からはせわしなく動き回る女の足音が聞こえた。
美珠は考えることが多すぎてすでに破裂寸前だった。
何をどう手を付けるべきなのか。
優菜がけがをした。
それはどの程度のものなのか。
それに桂が裏切ったとは思えない。
きっと敵の卑怯な罠にはまったのだ。
騙されるか操られるか。
とにかく彼女の本心ではない。
絶対に助けなければいけない!
最後に母のこと。
こんなこと口に出されるだけではばかられる内容だ。
自分が父の子でないことなどない。
よくそっくりだと言われているのだから。
そこは相手の憶測だとしても、母と父ではない別の男の話を出された場合、顔色を変えず笑い飛ばす必要がある。
戯言なのだと笑い飛ばさなくてはならない。
何とか心を落ち着けて父の元へゆくと騎士団長が五人そろう部屋で珠乃が桂のこと、優菜のことを伝えていた。
「しかしどうして優菜君は勝手に敵のもとへ」
国明の言葉に珠乃はちらりと目を向けた。
「姫と彼には何かお考えがあるようでございました。もうこっちが恥ずかしくなるような言葉をかけあわれ、野外での行為の後、二人で密談なさり」
発狂しそうな声を上げたのは相馬だった。
「野外で行為! ちょっと何考えてんの?」
尾ひれがたくさんついたそのどこか卑猥な言葉に顔を赤らめるもの青ざめるものがいたが、美珠は頷いた。
「抱き合ってたの。何か問題あるの?」
「あるよ! 王様!」
そういうことに経験豊富な王も乗り出して怒ろうとしていたが、珠乃の咳ばらいがそれ以上の詮索を止めた。
「その話を漏れ聞き私も情報局の人間として同行を志願いたしました」
「優菜と一体何をご相談になっていたのですか?」
魔央の質問に美珠は今度は魔央に目を向けた。
「話をしたかったんです。向こうの人の思惑がなんなのか。そのために優菜は動いてくれた。悪いのは私です。優菜の意思は私の意思でもあるのです。向こうで優菜が何かしても、それは私が行うことと等しい、だから行ってもらいました」
「それは聊か危険な考えかたではございませんか。我々に一言相談くださればよかったのに」
光東の言葉が今になると響いてくる。
ちょっと一呼吸おいて相談すればよかった。
確かに向こうへいくと言い出したのは優菜であったが、自分もそれが必要だと二人だけで勝手に決めて送り出したのだ。
するとまた珠乃が追随してきた。
「姫はみなさんに伝えられない秘密をいくつかおもちなんです。恋は盲目とも申します。北晋の軍師殿の思うように動かされておいでの節も見える」
これでは自分の心象がかなり悪くなる。
美珠はやっとここにきて気が付いた。
この男、私が嫌いなのだ。 と
「先ほども私にとある情報を口止めされたくらいです」
「必要ないと私が判断したからです」
こいつは命令など聞くつもりはなかった。
初めから王に報告するつもりでいたのだ。
自分に最も不利な方法で。
「しかし」
「それでは、そのことは私があとで王に報告します。私の家族のことですからね! いいこと! それ以上、ぐちゃぐちゃ言ってると本気で許さないわよ華奢男!」
睨みつけて足を踏み鳴らす。
あなたがそのつもりなら、だったらこっちも最大限に抵抗してやる。
「それにねえ、あなた怪我してる優菜ほったらかしにしてきたの? それって男のすること?」
「僕は任務に忠実に」
「任務? あなたの任務ってなに? 優菜についていくことを誰に命令されたっていうの? 勝手についていったんでしょ?」
すると痛いところを突かれて珠乃は黙った。
「なのに優菜を置いてきた? 優菜のことよ、あなたを助けようとしたんじゃない? あなたそんな優菜を置いてきたの? 少しも心痛まなかったの? ちょっと感覚ずれてるんじゃありませんか?」
もう何がなんでもいいから怒鳴り散らすと珠乃は涙をこぼして美珠を睨みつけた。
「何だよ! 全部が自分の思い通りになるって思ってるだろ! 世の中そんな甘くないんだよ! お前なんて、お前なんてただの生意気なだけの女じゃないか! 偉そうにばっかりしやがって!」
「いい加減にしろ! 立場をわきまえろ!」
呆れたように国明が一喝するとさらに珠乃は声をあげて泣き出した。
「親父も兄上も嫌いだ! 騎士なんてもんも大っ嫌いだ!」
そう叫ぶと部屋を出て行ってしまった。
「子供かあいつ。でも……美珠様、こういう時なんだ秘密はなしにしようよ」
相馬が偉く気を遣い言葉を出してきたが、美珠は唇を引き結び扇鳴らす。
絶対にいいたくないと顔に書いてあるのがわからないのか。
「そんな顔をなさったところで我々が引き下がるとでも? 敵に弱みを握られたり、楔を打ち込まれるわけにはまいりません。我々を信じていらっしゃるならおっしゃって下さい」
騎士団長として仕事に戻った国明の然とした言葉。
ーそんなことはわかってる、でも人前で言えることと言えないことがあるの。
母とその浮気相手のことを「父と浮気相手」の前で娘が話す、それは結構重い。
それでも美珠は口を開くことにした。
「私は教皇が不貞を働いてできた子だというのが敵の主張です」
途端、国王は剣を鳴らした。
「教皇が年下の男を飼い、その男と関係を持っている。そんな者に教皇の職は務まらない。それが教皇の座を狙うという男の言葉です」
『騎士団長』と言うべき部分を『男』に変えた。
精一杯の抵抗だ。
美珠は誰が真実を知る人かは知らない。
自分がその真実を知った時、人生はじめて家出し、その時相馬と出会い、人の名を告げることはなかったが、そのことを口走ったのだ。
そして当の本人達も美珠に知られたことを知っている。
ただ美珠は父がその事実を知っているかは知らないし、ほかの者たちが知っているのかも知らなかった。
「ありえない」
光東が即座につぶやいた。
「陛下、どうかお気をお鎮めください」
その後国明の言葉が続く。
王の顔は怒りで真っ赤だった。
妻と娘をなじられ、怒りが頂点に達したのだ。
「はあ、なんでそんなありえないこと言ってんだろね、敵の爺さんは」
珠利の能天気な声の隣で相馬は頷いて見せたが目は動揺を隠せないでいた。
「だから言いたくなかったのよ。なのにあの華奢男ったら」
今は珠乃にすべての罪をなすりつけ、その話題から逃げ出すしかなかった。
「でも向こうに優菜と桂が捕まっているのは確かです。二人が捕まったのは私のせいなんです。お願いですから力を貸してください」
「優菜のことだなんだか考えていそうな気もするけれど、その爺というのを野放しにしておくこともできませんから、動くしかありませんね」
魔央はすぐさま賛意を示してくれた。
王もまた怒りをはらんだ目をして立ち上がった。
そして国明、光東に手を挙げた。
それが合図だった。
二人は早速頭を下げて地図を目の前に開いた。
呼ばれた情報局の人間や慎一によって情報がもたらされてゆく。
人であふれた部屋を出て、力が抜けたように美珠が座り込むと隣に来たのは聖斗だった。
「教会騎士を今回は帯同させておりませんので、私は身軽に動けます。あなたの隣で今回は戦わせていただきたい」
美珠は強がるように笑顔をつくった。
「私が突っ走ると予想してのお言葉ですか? それともあなたが今回は突っ走りたいということですか?」
すると聖斗は美珠の隣に静かに立っていた。
今の話のもうひとりの主役であるはずなのに、どこからみてもそうは見えなかった。
「きっと王もご存じなのだと思います。そして魔央も暗守もおそらくは……」
「そうですか」
母が浅はかだとは思えないが不義密通をあの立場で行うのはやはり無理があったのだろう。
しかし皆、口が堅い。
「貴方は教皇様と王の子です。教皇様はそのような方ではありませんから」
「わかっています」
「それにあなたは王にそっくりだから」
「よく言われます」
軽く笑って、聖斗の顔を窺うと秘密を持ち出された不快感や焦燥感はなく静かな表情でそこにいた。
「聖斗さんみたいに顔に出さない人になってみたいわ」
「きっとあなたには無理ですよ」
少し表情を崩した男に美珠は口を持ち上げた。
彼を怒り、憎む気持ちなんかもうない。
「でも、きっとだからこそ皆あなたを放っておけないんです。貴方が我々に黙って行動されたこときっと皆不満たらたらですよ。あの北晋の少年にしか心を開いてくださらないのかと」
「そんなつもりはないんです。ただ、優菜なら気を遣わなくていいから、そんな楽な気持ちで頼んでしまって……こんなことになってしまいました」
優菜の身を危険にさらし、桂が反逆者になろうとしている。
「さて、これからどうなさいますか?」
切り出され美珠はしっかりと頷いた。
「第二の桐を止めないと」
「は、仰せのままに」
聖斗を引き連れ美珠が足を運んだのは南方の女の場所だった。




