激情の大地 第二十四話 密偵
老人は肩を揺らす。
飛竜使いの少女の心をぐらつかせるというちょっとした外出から戻ってくれば祭壇の前に人の影があったからだ。
誰かと警戒しろうそくを灯すとそこにいたのは線の細い女のようだった。
「見たことがあるような気もするわい」
「見たことあるとおもうよ。うん、俺、前にこの祭壇ぶっ壊して捕まったから」
「ほうほう、あの時の悪ガキじゃったか」
祭壇の前で敵方の魔法使いを出迎えた優菜は長老ともいうべき老人を観察した。
口元がフゴフゴと動き続ける腰がまがり小さくなってしまった老人は愛嬌というよりも何か禍々しいものを感じさせた。
自分の師匠以上の何かを。
「ねえ、お爺さんは何が望みでこんなことしたわけ?」
「望みは南方部族の」
「解放、じゃないでしょ? だっておじいさんうまく化けてるけど南方の人じゃないもんね。もともとは紗伊那の人だったんじゃない?」
すると老人はしわの多い顔をさらに潰れんばかりにしわしわにして優菜を見上げた。
見えた口に歯はなかった。
一体いくつなのか、歯がなくなると一気に老けて見える気がするが、見えるだけなのか、相応の年齢なのかは優菜にはわからなかった。
「ほっほっほ。紗伊那の人間だからといって南方の平和を望むのはおかしな話かね?」
「別に。そうは思わない。でもなんだかあんたには純粋さとかないよな気がするんだよね。俺の師匠よりも腹黒いものもってるでしょう」
「はて」
とぼけた笑顔を見せる老人のそばからあらわれたのは紫の髪をした少年だった。
「南方の平和だとかいって南方の土地に逃げるしかなかったんじゃない? ねえ、背徳の魔法騎士団長さん。これ、六十年前に出されたあんたの指名手配書」
珠乃の出した古ぼけた紙にはまだ髪が黒々とした男の姿があった。
「かつて教皇のもとで一時は権力を握ってたあんたはある日、初代教皇の啓示をうけた、と人々を扇動した。教皇は世襲ではなく話し合いで選ばれるべきだと。でもあんたは認められずその上魔法騎士団長の職をはく奪され追放。その時奴隷たちを解放してやるってそそのかして何人か連れてでた。あんたはその奴隷の故郷に潜伏してまた教会に戻る日を長い間待っていたわけだ。教皇になるために」
「扇動ではない。私はもっともな道を」
「まあ教皇は世襲制だし、中には確かにろくでもない教皇がいたことは否めない」
珠乃は言い切ってから男を見下した。
「でもあんたじゃ役不足だ。今の教皇には何ら問題はない」
「問題はない?」
おちょくるように高い声をあげてから老人は腹を抱えて笑った。
「この国始まって以来の女性教皇か」
「な、何だ?」
ヒイヒイ声を上げて笑う老人を不気味そうに見つめる少年二人。
そんな二人に老人は続けた。
「年の離れた騎士団長を飼い、その男と長らく肉体関係をもっていたというおぞましい女のことか」
優菜と珠乃はさすがにそんな事実を知らずにいたせいで血の気を引く思いがした。
教皇と肉体関係のある騎士団長、あの五人のなかにそんな人間がいるのか。
瞬時に騎士団長たちを思い浮かべる。
ーあの中にそんな相手が。
この事実をみんなは知って、わかった上で行動しているのだろうか。
それともこれはまだ誰も知らない事実なのであろうか。
ーいや絶対にまやかしに決まっている。
「あの姫とてだれの子かわからぬではないか」
「今、そんなのどうでもいいんだよ。お前捕まえて帰るのが僕の仕事」
珠乃も迷いを切り捨てるように言い放ち、腰に手をあてた。
「というわけでおとなしく捕まってほしいんだけど。ってかそういうの口にされるとまずいんだよね」
優菜もグローブをはめながら声をかける。
こんなところに美珠がいなくてよかった。
こんな話聞かされたら尋常でいられるとは思わない。
挑発されるがままにこの爺さんに突っ込んでいってしまう。
まあ、まさか、知っていることもないだろう。
優菜の結論はそこだった。
だったらこの爺さんを黙らせるしかない。
最悪、永遠に口をふさぐ。
こちらの意図をくみ取ったのか、それともそれが狙い通りだったのか老人は凶悪な顔をして杖をかざした。
珠乃はすぐさま腰に下げていた剣を抜いたが、それよりも早く魔法弾が迫っていた。
「黒い国明」こと珠乃は剣術についてはからっきしのようで動きが鈍く、すんでのところで魔法弾を殴ってはじき飛ばしたのは優菜だった。
そしてそのまま老人に飛びかかる。
それを見て老人はすぐさま呪文を唱えた。
優菜が拳を突出し、老人の作り上げた魔法の障壁と優菜の力がぶつかり合い空気が振動し高い音が鳴った。
「あと少し」
障壁に腕が入りそうな、そんな時だった。
風が振動した。
慌てて引くと、鎌が頬を掠める。
真紅の飛沫が見えた。
優菜は体を反転させ、着地するとそこにいる存在に目を見開く。
「桂!」
「竜騎士団長竜桧の妹、桂。お前もまた反逆者となるか」
状況を淡々と把握しようとする珠乃の言葉に優菜は首を振った。
「そんなわけあるか!」
「だったらこの状態はどうだ?」
確かに信じられない状況だということには変わらない。
ただ彼女の心は負に満ちていた。
だからヒナに桂の心を支えてやってほしいと願ったのだが、それは遅すぎたのかもしれない。
だとしても彼女が自分の意思でこんな男の味方になるとは思わない。
彼女がここまで追い詰められる理由、それは、
「桂! まさかフレイ人質に取られたのか?」
桂はうつむいたまま肯定も否定もしなかった。
「だからといって国にたて突けば反逆罪だ」
「黙ってろよ!」
珠乃を怒鳴りつけて桂へと寄ろうとすると無情にも鎌が振りあげられた。
「おい、まて! 桂!」
「問答無用!」
下ろされた鎌は優菜の左の肩を裂いた。
また血が飛んで、視界が赤く染まった。
「ええ? 弱い!」
何ら抵抗なく傷ついた優菜に対し、珠乃が驚いたように声をあげた。
俺に何を期待してるんだと優菜は呟き、左肩の傷を右手でかばいながら顔を向ける。
「お前の兄貴みたいに戦い専門じゃないもんで! ってか、お前は逃げろ!」
珠乃は桂と優菜、そして勝ち誇った老人を見比べてから唇をかんで走り出した。
「悪いな、俺、兄貴みたいに専門家じゃないんだ。情報収集が俺の仕事だ」
「へいへい」
優菜は青い顔でその場に倒れこんだ。




