激情の大地 第二十二話 恋路
粗末な牢の中にはつい先日まではこの地を治め、不自由ない豪奢な暮らしを送っていた領主親子とそれに恭順していた南方部族の兄妹が閉じ込められていた。
生まれたころからこの地の守り人として存在してきた駒形は何度も何度も部族の娘にたぶらかされた息子に呪いの言葉を吐いていたが、息子は今までみせたこともないような精悍な顔をして背筋を伸ばしそこにただ座っていた。
南方部族の兄の方は錆びた鉄柵から手を出し、だらしなく垂れさせていたし、妹の方は奇跡とさえ称されるその魔力を封じる腕輪が施され、体が苦しいのか壁にもたれていた。
そんな彼らのもとにやってきたのは女の従者を伴った一人の少女だった。
亜麻の白いローブに身を包んだ少女は年頃らしからぬ引き締まった顔をして、大声で嘆願する駒形を無視し、春駒とリースにだけついてくるようにと命じた。
先に春駒が立ち上がってついてゆくのを確認してから、リースは壁を支えに立ち上がる。
死の淵をさまよい、そのうえ魔力を放出させたリースにはもう体力などなく、何度かふらついて、慌てて差し出した春駒の手に救われるように牢を出た。
自ら牢まで二人を迎えに行った美珠は春駒、リースを美珠の私室としてあてがわれた部屋に通し、先に籐の椅子に腰かけると二人を正面の椅子に招いた。
お互い思うところがあったのだろう、決して美珠の前に座ることのない二人だったが、そんな二人に無理強いすることもなく、美珠は本題に入ることにした。
「あなた方の願いはなんですか?」
唐突な
質問にどちらとも答えようとはしなかった。
二人とも口を引き結び、うつむいたまま。
「願いはありませんか? それともたくさんありすぎてどれを口にすればいいのか迷っておられるのですか?」
美珠が再び声をかけても、それでも二人は黙っていた。
春駒とその愛人という女、果たして二人の関係は望みとは。
美珠はこの女性を見ているとどうしてもひとりの魔女を思いださずにはいられなかった。
「あなた方は桐という傾国の魔女をご存じですか? 彼女は百年以上も生きた魔女です。けれど彼女はただの恋する少女だったんです。長い間一人の男性を思い続け、彼を奪った紗伊那に復讐をするためだけに生きてきた女性です。彼女は幾度も力を得ては表に台頭してきました。力があったのです。けれど、私には幸せな人生だったとは思えません。辛くてさみしいものだったと思います」
「それが? 私たちになんの関係があるんです?」
気丈なのはリースという少女だった。
褐色の肌から鋭利な視線をのぞかせていた。
「私は、私達はその時に思いました。私たちには対話が必要だったのだと。だから私はあなたがたの話が聞きたいのです。あなたが第二の桐になる前に」
美珠もまっすぐに視線を女へと向けた。
「お二人は愛しあっているのですか? それとも春駒殿のただの片思いですか?」
「……きっとただの片恋だったのです。領主の息子という圧倒的な権力をかさにきてこのリースを自分のそばにおいてきましたが、私のようなこんな男を好んでくれるとはおもいません。自分が醜い男であるのは重々わかっています。王都の貴族の女性など私のことを笑いものにしているのですから」
美珠は春駒が笑いものになるほどおかしな風体をしているとは思わない。
確かにちょっとぽっちゃりはしているけれど、きれいな二重の目はなかなかに愛らしく、見慣れると育ちのよさもある。
「ならば春駒どのは職権を濫用されたということですか。このことは王に伝えておきましょう。王はあなたにふさわしい罰を与えるはずです。これから南方部族は教皇の庇護をうけ今よりは良い暮らしをおくれるはずです」
「私の罪についてはとうに覚悟はできております」
そんな言葉に美珠はいら立ちを覚えた。
こんなセリフを吐く人がそばにいた。
生きてほしいと願う自分の気持ちを投げ出して、そんなことを言っていた人がいた。
「本当に春駒殿の片恋ですか?」
黙っているこの女も一体なんだ。
好きなんだったらもっと突っ走ればいいのに。
けれど、その愚図さは自分にも当てはまる。
つい数時間前まで男性二人のはざまでうろうろしていたのだ。
本当に好きな人を見ないように、見ないようにして、そして結局大切な人を思いっきり傷つけたのだ。
「私たちは自分たちが思っている以上に男女のことについては疎いのかもしれません。人を傷つけてばっかり」
「ええ、彼女には精神的にも肉体的にも苦痛を与えていたのだと思います」
春駒は思っていた以上に芯のある人間だった。
勝手にもっと父の後ろに隠れている弱い人間だと思っていた。
その一方でリースは苦痛と言われて眉間にしわを刻んだ。
「春駒殿、きっとあなたもこの場所を追われ、一人で生きなければいけなくなれば困難に立ち向かうはず。けれどほんとうにあなたはその困難に一人で立ち向かうのですか?」
「それが私に与えられた罰であるというのなら」
「そうですか。では、その覚悟というのも王には伝えておきましょう。あなたは本当にそれでよいのですね」
美珠は女へと目を向けた。
「貴方は奴隷ではありません。南方部族の一人の人間に私は尋ねているのです。あなたはこれが春駒殿と一生の別れとなっても構わないのですか? むしろその方が嬉しいでしょうか?」
女は言葉自体が許せないのかきつく美珠を睨んでいた。
美珠は思う。
-彼女は本当に権力に負けていたのか。
「貴方には言葉があるはず。それを聞かせてください」
「あなた達は私たちの望むことを奪いつくしてきた。今更あなた達に何か話すことなんてないわ」
強烈な憎しみをぶつけられ美珠はその意思に負けぬようなんとか気を強く持つことだけを考えていた。
それほど彼女の瞳はかたくなだった。
美珠との接見の後、春駒は牢ではなく、砦の前に設けられた灼熱にの牢にいれられることになった。
今まで春駒の父、祖父が気に入らぬ奴隷を入れてきた牢だ。
照りつける太陽を遮るものは何もなく、水分も取れずじりじりと体をやかれてゆくという死の牢獄。
「鬼だよ、美珠様。あんな牢は人道的につかっちゃだめだ」
相馬は主の命にちゃんと従ったが、珠利と三人だけになると美珠をさすがに諌めてきた。
「私が彼女だったら、今夜動くわ」
「うちの姫様は基本動き回る人間なんだけど、彼女もそういう人間?」
珠利の質問に美珠はこたえあぐねていた。
「あんなひどい場所に好きな人が入れられているのよ。私だったら助けにいくわ、たとえ記憶が戻る前の深窓のお姫様の私だったとしても」
「だったら待つしかないか」
珠利も焦れているのか頭を掻いて、美珠の後ろで足を組んで座った。
*
リースは瞳を開いた。
漆黒の瞳が嬉しそうに輝く。
自分の魔力を封じていた腕輪が自分の魔力に負け、壊れたのだ。
「兄さん」
砦の中に作られた牢でゆったりと転がっていた兄、アーシャーは剣を握ると立ち上がり鉄柵を柄でたたいた。
牢の鉄作がもろく破壊できる箇所があるということに昼間気が付いた。
まだ自分たちは道を絶たれたわけではない。
そんな思いが二人をさらに強くした。
「行くぞ」
「兄さん、先に逃げて。部族に戻っていい方法を考えて、だって兄さんは族長だもの」
「お前はあの男を助けるのか?」
「だって」
職権濫用だとあのバカな姫は言ったけれどそうじゃない。
自分の中では一番の紳士だった。
ちゃんと女性として扱ってくれた。
自分の意思を尊重してくれた。
苦痛だったことは一度もない、何一つ無理強いされたことはない、どこまでもお人よしでやさしい人だった。
「愛してるもの」
口にすることを恐れて彼に伝えたことはなかった。
領主の息子と南方部族の女、許されざる恋だった。
だから黙っていたのだ。
「そうか」
兄は叱ることも驚くこともなく、おそらくわかっていたのだろう、頷いて背を向けた。
「頑張れ」
そんな言葉をかけられてリースはこみあげてきた涙を一度指で拭った。
「うん」
それからリースはさらし者になっている愛しい男のもとまで全力で走った。
もう魔力は残っていない。
魔封じを破壊して使い果たしてしまった。
奇跡と呼ばれる力を使うことはできない。
それでも彼の傍に行きたかった。
砦を走る影、春駒はその姿に気が付いて首を振った。
「来るな! 来るな、どうして!」
彼の目には見えていたのだ。
自分達を取り囲むように騎士たちが弓をつがえていたのを。
「戻れ! きちゃだめだ」
息を乱してやっと牢へとたどり着いた女は首を振って鉄柵から手を伸ばした。
そして手が触れるとお互いしっかり握りこんだ。
「春駒様、私は、私は」
「リース、どうして、逃げてくれればいいのに」
ギリリと弓を引き絞る音がどこからともなく聞こえてくる。
二人の緊張は増したが、それでも目の前に愛する人がいる。
それだけで十分だった。
「貴方のおそばにいたいんです。……貴方を愛してるから」
春駒は初めてきくその言葉に涙を落としてそれから鉄柵ごしに女を抱きしめた。
「紗伊那の騎士よ。お前たちの強靭な矢であろうが我々の心は砕けぬ」
この肉体が滅びようとも魂はともにあることができる。
肉体など滅びて魂になったほうが我々は幸せになれるのかもしれない。
そう思った時だった。
目の前に現れたのは一人の女だった。
「そう正直におっしゃってくださればよかったのに」
「まあ、バレバレだったけどね。でも今回うちの姫様は馬鹿姫を超えて鬼畜姫だったね」
美珠が手を挙げると騎士たちは弓をおろし、その場に控えた。
そして執事相馬はポケットから牢の鍵を取りだすと、牢を開け、春駒を連れ出した。
「なんとでもおっしゃい。私は応援をしたかっただけよ。奇跡と呼ばれるひとでも女の子、私だって姫ではあるけど、女の子。恋をして何が悪いっていうの? 一緒にいたいって無茶することだってあるわ。私もそれは経験済み」
「ああ、だね。珠以と一緒にいたいって無謀なことしたことあるね」
相馬も顔色も変えずただ頷いた。
桐と戦った時、美珠は跡継ぎという立場よりも恋に走った。
今の彼女と一緒だ。
そう、あの時、珠以を想っていたその強い気持ちを彼女も持っているのだ。
「あなたのこと少しわかりました。貴方にも熱い気持ちがあるんだっていうこと。お話をしませんか?」
「無駄よ!」
まだ折れてくれない女に美珠は腰に手をあてた。
「なら話をしたくなったら来てください。私は部屋にいますから。まあ、気が向いたら外にでるかもしれないけれど。一応行き先は誰かに伝えておくから」
そう笑顔を向けて美珠は二人を残してその場を後にした。
扉があいたのは夜半を過ぎてから。
太守就任について、相馬の意見を聞きつつ、根回しなどお願いしていたこともありそれほど時間が経っていることに気がつかなかった。
部屋は人払いしておいた。
二人で話がしたかったのだ。
きっと彼女はもう何もしない、話をするだけだ。
そう信じたからこそ、護衛はなしだ。
女は何も言わずただ美珠の部屋の入り口に立っていた。
ただ美珠を睨んだりということもなく静かな穏やかな顔で。
「話をするのは得意じゃないの」
女の言葉に美珠は頷き、体を起こすと髪を手で梳かした。
「でも一つだけ、どうしても」
「なんでしょう?」
「あの人に気持ちを伝えたところで、何もかわらない。私と彼は違う部族の人間よ」
「部族を乗り越える愛はないのですか?」
「乗り越えた先にあるのはほんの一時の自己満足と子孫代々続く出生への憎しみだけ。子供たちは混血にした親を憎むわ」
「奴隷制度をかえれば」
「そんなもの人の心までは変えられないわ。それでも春駒様はずっと私と添い遂げるとおっしゃってくださっていた。私、本当はあなたに成り代わった時、あなたの立場とか、そういったものはどうでもよかったの。ああ、これで春駒様と愛しあえるんだって純粋にうれしかった。だって何にも障害はないんですもの」
けれど女は薄く笑った。
「でも春駒様がこの姿の私じゃないとだめだということがわかって心の底からうれしかった。 春駒様ったら強気に出られることなんてないのに、姫の執事を襲撃したり、私のためにあんな風に騎士の前で声を上げてくださったり」
「そういうのは嬉しいものです」
確かに春駒に腹が立ったこともあったが、愛する女の為に力を尽くした男に好感をもって、美珠は微笑んだ。
「春駒様はとても良い方です。知れば知るほど素敵な方です」
「ええ」
初めてあった時、彼の外見を見て評価をしてしまった自分が浅はかに思えた。
「それで? 話があるんでしょう?」
「私はあなたの力を貸してほしい」
全て直球で話すことにした。
自分には回りくどい交渉などよい結果を招かないことくらいわかってる。
「私の魔力を?」
「ええ、それもあるけれど、あなたのお兄様は部族の長なんでしょ?」
後ろから姿を見せたのは相馬だった。
下がらされてもおそらく扉に耳をくっつけて『いい時』を見計らっていたのだろう。
「ここからは取引だ。あんたのその力と立場、姫様に貸してくれるのなら、俺たちもあんたの恋路とあんたたちの部族には高圧的な態度はとらない」
「その裏には何があるの?」
「なあにもないよ。この姫様は思惑とか通じない人だから。ちょっと前俺たちはとある魔女と戦っていろいろ考えさせられたわけさ」
「いいえ、私にだって思惑くらいあるわ」
美珠の声に何さという目を向ける執事。
そんな執事に自慢げに姫は言葉にだした。
「この国を豊かにすること、そのためにはこの国の民には幸せになってもらわないと」




