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激情の大地 第二十一話 きれいごと

「よかった。国明はもちなおしたんですね」


国王の警備へと戻った光東は相馬からの報告に胸をなでおろした。

それは部屋にいたものすべてにおいても喜ぶべき報告だった。

各騎士団長、そして国明の部下の国廣も口元を緩めていた。


「春駒殿が今回逆賊に加担したことにより、駒形殿から南方の領地を召し上げることになった。王が先ほど決定なさいました」


美珠は光東のその言葉に食事をとっていた手を止めた。


ーこれは喜ぶべきことか、喜ばざるべきことか。


それは国にとって一つの懸案ができたことを意味していた。

暫くの沈黙の後、暗守が代表するようにそれを口にした。 


「しかし、こんな厄介な地を治めることを志願する人間がいるのだろうか。駒形殿は父君の代からの南方との関係もあり、比較的穏やかにおさめてこられたが」


「穏やかといってもこの奴隷の数は許されるものではない」


聖斗の言い分は教会の立場からしてとしてもっともだ。

けれどこれだけの奴隷を突然解放しますといったとして逆に混乱がおこるかもしれない。

奴隷として扱われた人々も放り出されてはまず何をすべきなのかを理解できないのではないのだろうか、と美珠は思う。


「とにかく優先的に行うことは奴隷として塀の向こうにいらっしゃる方の待遇の改善ですね。不衛生なこともあります、きれいな井戸を用意してさしあげて、十分な食料を」


身をもって理解した美珠の意見を誰も否定はしなかったけれど、それでもすぐに話が通じるわけではなかった。


「しかしこれだけの人数の食糧を整えるとなると相当な支出になるでしょう。財政を圧迫しかねませんね」


「そうですね。ここから先は協議が必要ですね」


光東にかみつくわけでもなく、静かに頷いた美珠の隣ではまかせろと自慢げに相馬が胸をたたいていた。



優菜は一匹の黒犬を運んでいた。

南方の魔法あふれる地のおかげで人の姿に戻れた師匠はまた力を使い果たし、呪いとも言うべき犬の姿に体を変えていた。

本人いわく、この方が効率が良いのだという。

優菜はそれを強がりだと半ば感じていたが、あえて何をいうこともなく与えられた部屋で先生を寝かせ、それからある部屋に足を向けた。


部屋は声であふれていた。

無事生還を果たした団長たち、そして彼らを囲む仲間たちが楽しそうに語っているのだ。


「入らないのか?」


「ああ、慎一さん」


北晋に連絡を取っていた身内へと顔を向けると優菜は大きく息を吐いて少し鼻で笑った。

彼なら心の内をさらけだせる相手だった。

むしろここで強がってもバレバレでみっともない思いをするのだと思う。


「この中に俺がいなくても別にかわらないんだろうな、とふと思っちゃったりしちゃってさ」


「そんなことはないだろう。お前は紗伊那のために尽くそうとしている人間なんだから」


「でも別に俺がいなくてもまわっていくんだろうしさ、俺の代わりなんてどこにでもいる」


「そうか? お前の代わりなんてどこにもいないさ。優菜は優菜、私にとっては弟みたいなもんで、大切な人間だ」


「慎一さん」


弟だと言い切れないところがまだ二人の溝だけれど、優菜にも慎一の想いは充分に伝わってきた。


「そんなに悩むのなら北晋にいてくれたらありがたいよ。優菜がいなくなると大幅な戦力減だ。今から考えても頭がいたい。あの奔放な次期王様をだれがいさめるんだ」


「確かに」


やる気があるのか、ないのか分からない次期王様と慎一の気が合うのかといわれればきっと全く合わないのだと思う。

姉さえ生きていたらもしかしたら二人もまた義兄弟の契りを結んだのかもしれないけれど、それはかなわぬ話。

時折、二人は優菜を通して優子を見ているのではないかと思う。

だからこそ二人とも戦争が終わってから優菜には甘かった。


励ましてくれる慎一に少しほほを持ち上げて、やっぱり部屋に入れず散歩することにした。

けれどそんな思いを抱えていたのは一人ではなかった。


「桂」


「ああ、優菜」


「何、そこ気持ちいいの?」


空を見上げているもう一人の家族を見つけてフレイをはさんで転がってみる。

昼間、灼熱の太陽に熱され続けた石畳に背中を預けるとほんのり暖かく、冷え始めた夜には丁度いい場所だった。


暗くて桂の表情を読み取ることはできなかったが、ここでこんな風に一人ぼっちでいるということから彼女がまた孤独なのだと優菜は感じて気持ちを盛り上げるために明るい声をだした。


「お、あれが南十字星か! やっぱりこっちまで来ると見える星って違うよな」


「ねえ」


「ん?」


「もう私らはヒナには、ううん、美珠姫には必要ないんだろうね」


やっぱり彼女もそんな風に思っていた。

それがわかっていてもそんなことはない、と強く否定はできなかった。

自称家族だとしても、彼女の為になんだってできると思っていても、自分に代わるものはきっとたくさいる。

事務方なら相馬だっている。

強みだった恋人の座だってもう陥落した。

別に本当の双子でもないし、紗伊那で取り立てて家柄がいいわけでもない。

 

「かもしれないな」


「なに? 否定してくれると思ったのに。『大丈夫だよ、誤解だよ』ってやさしい言葉をきたいしてたんだよ」


「俺だってそんな悠長な状況じゃないよ」


好きな女が別の男を心底好きなのだと認識したのだ。

わかっていたことだったが、正直消化できるほど大人ではなかった。


「私らはあの姫様の取り巻きがいない間の、あの人たちの代わりだったのかな」


「そんなの考えてたら悲しくなるだろ」


「うん、なんだかすごく悲しい」


声を殺して泣き出した桂の方へと寄って頭をなでるとフレイもまた桂の頬を舐めた。



「あれ? 姫様、どっかいくの?」


酒盛りを途中で抜け出そうとした美珠に気が付いたのは相馬だった。


「ああ、うん。優菜達どこいったのかなって思って」


「ああ、そういえば見てないな。一緒に探すよ」


廊下を警備する騎士にその労をねぎらいながら優菜を見たかと問いかけると部屋の前でしばらく考えてやがて去って行ったという。


「どうしてこなかったのかしら」


「あのさあ、どうするの? これから」


「どうするって? 何が?」


「自分でもわかってるんじゃないの?」


相馬が何を言いたいのか。

何を言わせようとしているのか。


「自分はどうしたいのか」


相馬がそう美珠に尋ねた時、優菜の姿を見つけた。

砦の隅で寝ころび、隣にはフレイと桂の姿もあった。

けれど桂の様子はいつもとは違う。

背中を丸めて目をこすっていた。

桂がまた悲しい思いをしている、また誰かに心無い言葉をかけられたのだろうか。


「桂、どうしたの? また何か言われた?」


「別に……そんなんじゃない」


プイと背中を向けられるわけがわからなかった。


「桂? ねえ」


「私、あんたのこと嫌いになってきた」


それだけ言うとフレイをなでて立ち去ろうとする、その手を慌てて美珠は掴んだ。

そんな言葉をかけられたら悲しいし、胸が痛い。

けれどそれ以上に自分は彼女の心をどうやってそれ以上に傷つけてしまったのだろう。


「ねえ、私、何かした?」


「別に。きっと私たちが期待しすぎたんだ」


どうしても意味が分からなくて優菜に目を向けると、優菜は頭を掻いてあとで話をしようとだけ声をかけて桂の背中をおした。

一人取り残された美珠はただ立ち尽くすことしかできなかった。


「自分で解決する? 俺がしようか?」


しばらくたって、美珠の顔を覗き込んで問いかけたそんな相馬の質問すら答えられなかった。

答えなど一つしかないのに。


「あんた、よかったの? 私のことかばってくれなくてよかったのに」


美珠につれない態度をとったことを心配する桂に優菜は軽く笑う。


「ヒナがしょんぼりしてもきっと励ましてくれる人間は大勢いるよ。今だって相馬ちゃんがいたしね。あの二人、ものすごく波長が合うから相馬ちゃんに任せておけば大丈夫だろ。でも俺達がしょんぼりしてても」


「優菜にも結構いるでしょ? そういう人」


言われてみると先ほどの慎一の存在もあり、先生の存在もある。


「そうだな。でも、ほら思い出してみろ。桂だっているじゃないか。フレイだって、俺だって縁さんだって、先生だって気をかけてくれてる」


「まあ、そうだね。フレイと二人っきりで放浪してた時とはだいぶ違うね。今だってあんたがいてくれてる、双子放り出してさ」


「桂だって放ってはおけないしな、なんたって素直じゃないし、一人にしてたらなんかえらい方向へいってしまいそうだし」


むくれたふりをしてから桂は首を振った。


「ありがとう、優菜」


「桂が素直だ! 明日は肉が降ってくるぞ、フレイ!」


「そういうこというあんたたちが私を素直じゃなくさせてるんだよ!」


笑い合って、それから桂が大分落ち着くのを見計らって優菜は美珠のもとへと戻った。

もうあたりは静まり返っていて、陽気な声も聞こえない。

そんな中、美珠は一人座っていた。

さきほどまで優菜と桂の座っていた場所に。


「相馬ちゃんは?」


「必要ないなら部屋で寝るって。私も部屋には戻ったんだけど、眠れなくて、ここにいるの」


「そう」


隣に座ってため息をつく。

今日何度目なのだろう。

それから言葉を出した。


「桂が泣いていたのは私のせい?」


「本音で言うよ。そのための双子なんだからさ」


「うん」


「桂がなんであんなに怪我をしたのか聞いた? 誰があんな風に傷つけたのか聞いた?」


「それは暗守さんが、すごく悔いてらしたわ」


優菜にだって不可抗力だったそれはわかる。

彼が陰険な人間ではないはずだ。

強い使命感から至ってしまった事態なのだろう。

それでも、


「桂は女の子だよ。それも心に傷を負った。そんな桂が騎士に殺されかけた。国に、人に認めてもらいたかった桂が、頑張ってきた桂が、憎しみをぶつけられた。敵の術にはまったんだってことはわかってる。でも、それがあっても、どれだけつらかったかわかる? でもヒナは聞いてあげなかった」


「そ、それは」


「恋人でもない男のことに、そのことだけに何日も夢中になってたんだ。

そりゃ俺だってもうわかってる、ヒナがあの人にどんな思いを持ってるかくらい。でも、少しくらいほかのものに目を向けてもよかったんじゃないか?そりゃあ、桂だって嫌になるよ。そばにいるのは」


「桂だって? じゃあ優菜もそういう風に思ってるの?」


お互いの視線が絡み合う。


「もう、私のそばにいるのは嫌?」


暫くの沈黙の後、優菜は顔を崩す。


「さっき、ほんのちょっとそう思ったんだ。俺たちいらないんだろうなって」


「そんなことあるわけないでしょ! 冗談でもそんなこと言わないで!」


そういってから今度は美珠がため息をついた。


「でも、私謝らなきゃならない。優菜のことは大好き、とってもとっても。でも」


言うことも、想うことも苦しかった。

自分は大切な大切な人を傷つけてしまうのだ。

けれどここで心に嘘をついて彼との未来を選ぶと、結局彼をさらに傷つけてしまうのではないだろうか。

それはきれいごとなのかもしれない。

自分が楽になろうとするだけの言い訳なのかもしれない。

けれど、本音でぶつからなくてはいけない時がきた。

もう自分の心を見ないふりするなんて無理だった。


「でも、やっぱり私は珠以が、国明さんが好きだった。あの人のしたこと、私まだ許せないの。でも、それでもあの人が好きなの。あの人を見ている私がいるの」


その言葉は思っていたよりもあっさりと優菜のなかにしみこんできた。

ずっとずっとわかってきたことだ。


「じゃあ、あの男と結婚するの?」


答えはわかっていたけれど、祝うことなんてとうていできないけれど尋ねていた。

すると美珠は決心した顔を優菜に向けた。


「あの人が誓いを守ってくれたのなら」


優菜は何度も何度も頭の中で問いかけてきた言葉をとうとう口にすることにした。


「俺のこといつから恋人としてみれなくなってた? 俺が結婚にビビった時から? きっかけはきっともっと先、ヒナが美珠姫に戻った時から……だよね」


その言葉の返事はなかなか来なかった。

美珠は幾粒もの涙をこぼしてただ黙っていた。


「嫌いに……ならないで」


「嫌いになるんだったらもっととくに嫌いになってるよ」


肩を揺らして泣き続ける美珠の肩を抱きしめる。

華奢な肩だった。


「すごく好きだったのよ」


「知ってる」


「今でもよ」


「わかってる。だって……俺もだから」


突然現れた少女の存在が何にも代えがたい存在になった。

そして自分にとってそんな存在は増えた。

それでも彼女は特別だった。


「でも、ヒナにとっては一番は違うやつなんだ」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「謝るなよ」


けれど美珠は涙をぬぐうと顔を持ち上げた。

その顔は恋だけにおぼれる姫ではない。

何か強い思いを秘めていた。


「でも、今は恋よりも、したいことがあるの」


「したいこと?」


そんなことあったのか、ってか、いつ思いついたんだろう、優菜は怪訝な顔をして美珠を見つめた。


「きっとそれは優菜の力を借りないといけないことなの。そして私を支えてくれる仲間を総動員しなきゃいけないこと」


「な、何?」


おかしなことじゃなきゃいいな、優菜は強く思う。


「さっきここの太守である駒形殿が任を解かれたと聞いたの。その後ここを治める人はまだ未定よ」


「確かにこんなところの太守なんてしたくないな。忘れられてしまいそうだから」


「でね、私、ここの太守をしようと思うの」


きた!

彼女の得意技『思いつき』

それもかなり難易度の高い思いつきだ。

優菜は目を見開いたまま黙り込んだ。


「でもまだ誰にも相談はしてないの。どう思う? 優菜、私にできると思う?」


誰にも相談してない。

そんな言葉にはかなりの効力がある。

まだ自分が彼女にとって特別なのだと錯覚しそうになる。


優菜はそれから顔を緩めた。


「できる、できないじゃないだろ? やらなきゃいけない、だったらやるしかない」


「うん」


「で、ここの太守になってなにするの?」


「まずは奴隷の方々の待遇改善、むこうにいって私本当につくづく実感したの。そのあとは、南方の部族の方々と話をするの」


「そりゃ、仲間総動員だな」


長い道のりだと思うがかなりのやりがいのある道だ。

思い付きではあるが、その思い付きにのってみることにした。


「今回の首謀者を捕まえるのは簡単でしょうけど、でもそれでこれがすべて終わるとは思わないわ。百年以上前から恨みを募らせた桐という魔女がいた。でも彼女は絶対の悪ではなかった。南方の人たちにとって私たちが悪なんだもの」


「わかった。ヒナ。俺も全力でそれに取り組む」


「ありがとう、優菜。優菜がいてくれたらなんでもできる」


「買い被りすぎ。おまけにそれきっと勘違いさせる、罪作りな呪文」


何それ、といつものように笑いあって、それから優菜は一度目を閉じて息を吐いた。


「俺は絶対にヒナのそばから離れない。たとえ、別の男と結婚して子供を産んでようが。ヒナの子供がもし悪の道にすすんだら、俺が」


「そうね。私がお仕置きできなくなってしまったら、あなたが懲らしめてやってちょうだい」


「容赦なくね」


どこかで北晋の前王の最後の姿が目に浮かぶ。

そんな冷徹な手段を取る日がこないことを願った。


「でもこの話はまだ内緒よ。相馬ちゃんにも言ってないの。相馬ちゃんに話したらこっそりお父様やお母様に報告しちゃうかもしれないし、優菜の意見を聞いてからと思って」


「珍しくヒナにしては慎重に動くんだな」


「ええ、これは優菜のおかげ」


うなづいて微笑みあう。

自分たちはお互いのおかげでかなり成長できたのだ。

そしてそれはこれからも。


「ヒナ、俺もう一回南方のあの村に行ってみる。あの爺が一体何を望んで、何をしようとしているのか」


「もしみつけられたら、私、その人と話がしたいわ。わかりあえるかもしれない」


「わかった。可能な限りその方向で」


正直、倒すだけの方が早いのに。

それは口にしなかった。

それでは何の解決にもならないことが優菜にも分かるからだ。


「優菜……ありがとう。気をつけて」


「うん」


お互いどちらともなく抱きしめあった。

男女としての愛情としてよりも家族としての愛情で。


一人になって手順を考えながら、優菜は暗闇へと声をかけた。


「聞いてたんだろ?」


「うん、まあ。情報局ってそういうところだろ?」


影から姿を見せたのは小粒な黒い国明こと珠乃だった。

恋敵の弟という存在よりも情報局の人間、優菜にとってはその肩書きの方が今は重要だった。


「姫様が南方の太守を自ら志願するなんてさ。うちの兄貴も幼女好きとかいう変な癖があって、度を越した親ばかの父親に似て頭おかしいと思うところがあったけど、姫様もだなんてさ。この国どうなっちゃうんだろうな」


優菜にとって答えは一つだった。


「いい方向に向かうんだろ?」


そのための自分だ。

けれどこの小さい国明は兄ほどまっすぐな人間ではないようだった。

むしろ現実路線なのは、昔の優菜と一緒かもしれない。


「でも絶対に全員の心を変えるなんて無理だ」


「もちろん、わかってる。それでも挑戦はしてみないといけないんだ。あの性善説でしか生きられない姫様は。だから俺がいる。心を変えられないのならば排除しなくちゃいけない時だってあるだろう、絶対あの姫にはそんなこと受け入れられないだろうからそれは俺がやる」


「偉そうにただの無官の異国人が」


言われた通りだった。

優菜はただの北晋国出身の十六歳だ。


「痛いところ突いてくるな」


怒ることもなく、月の光のなかで優菜は静かに笑った。


何やらまた更新の予約を失敗していたようです(>_<)

何度も何度も本当に申し訳ございません。

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