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激情の大地 第十八話 呪い

苦しさから深い眠りに入ることもできず何度も寝返りを打った。

関節は痛いし、呼吸はしづらい。

それでも同じ布団の中には珠以がいる。

時々同時に寝返りを打って目が合うとまだ微笑む余裕があった。


朝の光が部屋に届いてすぐ、美珠はワンコ先生に呼び出された。

何事か理解できないままヨロヨロと部屋をでると、魔法騎士総出で作った魔方陣の真ん中に座らされる。

石畳の上に血ではないかと思うような赤い文字で模様が描かれていた。

そんな中、大荷物を抱えた珠利が来たと思ったら神妙な顔をして縄でぐるぐる巻きの女を置いた。

いくら自分我儘な何かを発案したとしても、きっと珠利はここまで自分をグルグルにしないだろうな、と思う。

けれど一方、女はそんな目に合ってもまだ憎しみを瞳に宿していた。


「こんな術式で我々の憎しみに勝てるわけがないわ」


淡々とした女の言葉に美珠は負けるつもりはなかった。

自分たちには信念があるからだ。


「私たちの気持ちが勝つわ。絶対に」


「そうだよ、絶対負けない」


優菜が寄ってきたと思うと抜身の双剣を美珠の前に置く。

その二振りは今日もまた怪しく輝いていた。


「おじいちゃんのくれた剣」


「使えるものはなんだって使うんだってさ。この妖刀の魔力さえも」


「やるぞ、お前たち」


妖艶な人間姿のワンコ先生が一つ声にだすと部屋にいた魔法騎士達がそろって呪文が唱えはじめる。

低い声での祝詞のような言葉がしばらく部屋に満ちていたが、やや時間を置いてぐるぐる巻きの女の唇が動き出した。

美珠の体、言葉を借りて、美珠の魂の宿る本当のリースの体から魔力を引き出しているのだ。

魔法騎士に対抗するための力を。

発症し、ただでさえ体は悲鳴を上げているのに、さらに内部から魔力を搾り取られてゆく。

防ぐ方法は美珠にはなく、強い力に体からすべてが吸い出されそうになる。


「くぅ」


血が口からこぼれのどを伝う。

ワンコ先生、何してるの、早く助けて、そう叫びたいけれど声はでなかった。


「優菜、魔方陣に入るな、お前の生命力までもっていかれるぞ」


優菜は見ていられず、思わず助けようとして魔央が慌てて引き留めた。


誰か、苦しい、助けて。

もう、……もちそうにない。


気が弱った時だった。

誰かが前に立った。


美珠は目を見開く。


(何、してるの?)


そこには甲冑に身を固めた国明がいた。

彼は剣を構えると魔法剣を使うために気をためてゆく。

それは彼に授けられた奥義だった。

こんなところで奥義を使うつもりか。

自分はこれだけ苦しい。

国明だってもう限界はとうに超えているはずだ。


「だめ、そんなことしたら」


そんなに力を使えば体はもたなくなる。

彼の短くなってしまった寿命をさらに縮めることになってしまうのではないか。


―あなたは助かる。

 みんなが助けてくれる。


国明はそういった。

じゃあ、貴方は誰が助けてくれるの。

貴方はどうするつもりなの。

貴方を助けてくれる人はどこにいるの!


「いや、珠以、やめて。 やめて! もうそんなことしなくていいから」


けれど彼は軽く笑って首を振った。


「貴方の為にできることはこれしかないから」


「そんなの……いらないから……生きて」


美珠のかすれた声は彼の耳に届かないのか、国明の剣は光を放ち、やがて魔方陣から立ち上る魔法の竜巻と同化し、何もかもを光で包み込んだ。



美珠が目を覚ますとそこには見慣れた人たちがいた。


「光東さん! 暗守さん!」


「美珠様、駆けつけるのが遅くなり申し訳ありません」


「無事でよかった」


光東は少しやせたようだったが、それでも顔色もよくいつものような笑顔をたたえていた。

はいどうぞ、と水を差しださしてくれたのは初音。

彼女の微笑みを見てうまくいったのだと美珠は胸をなでおろした。


「よかった。初音ちゃん、無事で」


そう笑って透明のグラスを受け取ると、水に映って見えたのは元の自分だった。

白い肌に黒髪、父譲りの大きな目をした見慣れた自分だ。


「戻ってる」


「ええ、成功したとのことですわ」


体にもあのだるさはない。

いつもの美珠がそこにある。


「本当に良かった」


「ええ」


初音の笑顔に微笑み返して思い出す。

最後に見た、あの光景。

碧の鎧の騎士が魔法剣を使うところだ。

あの奥義を使うところだ。


「待って! ねえ、珠以は! 国明さんはどこ!」


答えてくれたのは光東だった。

先ほどまでの笑顔は消え失せていた。


「激しく吐血したと聞いています。今は隔離されているとか」


「会いにいくわ!」


通されたのは扉の前までだった。

重そうな黒い鉄の扉。

窓もなく、建物の隅に作られた小さな場所。


「そんな、こんなの」


まるでこれでは罪人を閉じ込めているようなものではないか。

この国の英雄がいる場所としては不釣り合いな部屋。


「ひどい」


この扉の向こうに大好きな幼馴染がいる。

けれど開けることは許されなかった。


「珠以、ねえ」


返事がなくて、心配で涙をこらえながら呼ぶと物音がした。

どうやら這って扉の傍まで移動してきたようだ。


「美珠様、もどられましたか? よかった。みんなを信じてよかった」


「ええ、戻ったわ。いつもの私にだから見て」


「もうそれはできません。この扉は俺が死ぬまであけられない」


死ぬまで、そんな言葉聞きたくはない。


「いじわるいわないで、ううん、いじわる言ってもいいから顔を見せて」


扉を必死にたたいて、それからゆっくり触れた。


「さっきまでとおんなじように一緒に寝たい。珠以に抱きしめられながら寝たい。だけどこの扉邪魔なの」


向こうから咳き込む音が聞こえて扉の取っ手を引いたが中から鍵がかかっていて開くことはなかった。

彼の背中をさすることすら許されないのか。


「会いたい、珠以、会いたい。死なないで。一緒に生きて」


気持ちを抑えることはできなかった。

今ここで自分の意地とか見得とか気にしている場合ではなかった。

誰にみられてもいい、伝えたい気持ちがある。


「一緒にいたいの、ずっと一緒にいたいの!」


返事はない。

けれど扉越しに気配がある。

この扉一枚隔てた向こうに珠以がいる。

まだ呼吸をしている。

けれどこの扉はすべてをふさいでいた。


「どうして私だけを助けたの、一緒に生きて!」


「どんな状況になっても、貴方とただ二人で過ごしたかったんです」


「二人で?」



「別の男の……妻になる前にあなたと。まだ誰の妻にもなってないあなたと一緒にいたかった。本当に俺は我が儘でどうしようもない人間です」


言葉がでなかった。

ここまで自分が延ばし延ばしにして素直にならなかった代償だというのか。


「それに、貴方を傷つけて、陛下と教皇様に苦しめ、友である暗守や魔央に傷を負わせ、勝手に人格を崩壊させて国王騎士団を混乱させた。その罰を受けないと」


「そんなの」


今更だ。

けれど美珠が悩んだように、やはり彼も悩み続けていたのだろうか。

悩み続けていたのだろう。

ずっと気にしていたのかもしれない。


「でもみんなに賭けてよかった」


「バカじゃないの、そんなの独りよがりよ」


左側から足音が近づいてくる。

目を向けるとそこにいたのは相馬だった。

汗だくになりながら走ってきたのだ。


「相馬ちゃん!」


「美珠様! よ、よかった! 戻れたんだね。ああ、ほんと、良かった。 おい! 国明、待ってろ、絶対待ってろ! 特効薬を教会が研究してて、たくさんの研究者たちが入ってきてくれてる。だから望みは捨てるな国明。やっぱ、教皇様はすごいよ」


相馬はバンバンと扉をたたいて、それから美珠へと向いた。


「俺も手伝えることしてくるから」


「うん、お願い」


また静寂が包むと美珠は扉にもたれた。

このいじわるな鉄の扉は絶対にいつか溶かしてやる。

そんなことを思いながら。


「ねえ、珠以、お水とか、何かいらない?」


「ええ、大丈夫です。あなたはあなたのなすべきことを」


「私のなすべきこと? 幼馴染が、珠以がこんな状態でもほかになすべきことがあるの?」


「あります。あの女の目的、彼らの目的、あなたはそれを聞きださなくては」


確かにいつもの自分なら真っ先に取り掛かっていただろう。

けれど今は、彼が元気になってもう一度姿を見るまではどうしても動きたくなかった。

甘いとののしられようが覚悟がないとののしられようが、どうしても動きたくはなかった。


「それこそ、皆がやってくれる。信じてるみんながやってくれる。私、ここにいる。ずっとここに」


そんな姿を遠目から眺めていた優菜はため息をついて、それから離れた。

しばらく歩くと傷ついた飛竜が羽を休ませていた。


「桂、フレイ、大丈夫か?」


「ああ、私は大丈夫なんだけど、フレイがね」


桂は深紅の竜の羽をなでてそこに顔をつけた。


「怖かったろ? 知り合いとはいえ、向こうは敵だと思ってたんだから」


すると桂は瞳を閉じたまま頷いた。


「うん、すごく怖かった。皆殺気立って私たちを見てた。皆本当はこんな風におもってるんじゃないかなって」


「それはないよ。相手が卑怯な手段を使った。それだけだよ」


「そうかな」


優菜もまたうなづいてフレイをなでると、フレイは首をもたげそのまま力なくうなだれた。


「フレイがいなくなったら私、何の意味もなくなっちゃうね」


「何、言ってんだ?」


「このままフレイが飛べなくなったら、だって私必要なくなるもんね。私はフレイがいるからこそ、存在意義があって」


「それはない。フレイはフレイ、桂は桂、な、フレイ」


フレイも一度瞳を閉じてまたしっかりと開いた。


「優菜はやさしいね。本当に。私いい家族にであったよ」



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