激情の大地 第十七話 取り戻す
砦を出てしばらくして相馬は眼下に白と黒の一団がいることに気がついた。
「あれは! 降下してください!」
飛竜を操る老人に声をかけ舞い降りると、先頭にいた二人の男はやっと相馬の存在に気がつき竜をとめる。
その二人の顔には疲れは見えたが悲壮感はない。
満足そうに微笑んでいるだけ。
相馬も二人の姿を見て胸をなでおろした。
「光東さん、暗守さん、良かった!」
「相馬君!」
その後ろにいる初音が晴れた顔で手を振っているのを見て、ほんの少しだけ心が軽くなる。
すべてが敵の思うとおりにはいかないのだ、そう強く思えた。
「よかった。本当に、無事でよかった。騎士の皆さんも無事でよかった」
「ええ、相馬殿ご迷惑をかけました」
光東の笑顔は何の不安もない。
けれど相馬は今にも自分の心の渦に巻き込まれそうだった。
そんな表情が隠し通せるわけもなく、
「どうかなさったか?」
この人たちには今何が起こっているのか話しておかなくてはいけないだろう。
「美珠様と国明が疫病にかかった」
「疫病?」
「発病後、三日しか生きられない死の病だそうです。俺は王都に戻って教皇様、麓珠様に報告をしてきます」
相馬の言葉に爆発的に騎士達に動揺が広がってゆく。
「でも希望は捨てません。探してきます」
相馬は頭を下げると飛竜の背中に飛び乗った。
「美珠と国明が疫病に?」
王都に戻った相馬がもたらしたその言葉を聞いても教皇は取り乱したりはしなかった。
冷静に事態を受け止めようと自分に言い聞かせているのであろう、そして一度だけ深呼吸をした。
「はい。教皇様」
「そうですか。遜頌」
「心得ております。教皇様」
「教皇様、何かありますか」
教皇は一つ頷く。
「疫病については私も前々から心を痛めていたのです。かつて南方よりもちかえった資料に疫病に似た病を消し去った医者の話が書かれていました。けれどその治療法を奪ったのもまた紗伊那。だからこそ、その方法を取り戻すべく意思や医療魔法に携わる者たちと研究を重ねています」
「そ、そうなんですか! じゃあ特効薬とか!」
「現在の段階ではありません」
「そんな」
静かに教皇が首を振った瞬間、絶対に姫を、国明を助ける、そう意気込んでいたのに膝から力が抜けた。
「そんな、そんな、そんな!」
「しっかりしなさい!」
そんな相馬を項慶が叱咤した。
「あきらめちゃだめよ!」
項慶にしては珍しく抽象的なことしかいえなかったが、教皇もまた頷いた。
けれど強い瞳をした教皇が発した言葉は相馬の待っていたものだった。
「ただ教会は今まで疫病を放置していたわけではありません、日進月歩、研究者たちが調べています。それに南方の地にはこの地にはない草もあります。今まで手を伸ばせませんでしたが、とにかく南方に集結しつつある騎士を使えば古文書に書かれていた薬草が見つかるかもしれません」
「じゃあ、じゃあ! それが見つかれば!」
「ええ、竜兵を集めなさい。研究者たちをただちに向かわせるのです」
「はい!」
歩く元気がでた相馬は次に早足で麓珠の元へと向かった。
王に成り代わり城を動かしていた文官最高位の大臣は息子のことを告げられても取り乱したりせず、静かにそこにいた。
「そうか。わかった。こちらも植物研究に力を入れている文官を送ろう」
いつも過保護な父親の本当の姿を見た相馬は思い出したように切り出した。
「そうだ、珠乃君にも会いました」
「どっちもかわいい息子だろう」
そんな親ばかに相馬はううん、と唸ってから人差し指を突き立てる。
「俺は珠以推しですね。珠乃君は頭が紫色でちょっと不良っぽかったし」
「珠以も今の珠乃くらいの時は反抗期だったからね、男の通る道なんだ」
「俺はそんな道、通ってませんけど。でも、二人が帰ってきたらちゃんと一家団欒してあげてください。珠乃君拗ねてました」
「ああ、この前はしてやれなかったからな。しかし、デカくなった息子二人と妻と私、いつもの寝台で寝られるだろうか」
「大丈夫ですよ。詰め合えば。国明は俺が説き伏せますから」
相馬は頭を下げると走った。
まだ可能性はある。
二人を助けることができる。
後は時間だけだ。
「美珠様、国明、俺は絶対あきらめないから」
*
「鍛錬不足の上に勉強不足、ここまでくると団長にお前を推薦した私の赤っ恥だな」
魔宗に何を言われても魔央は黙っていた。
確かに知識のなさは埋めようがない。
ただ魔法騎士というのは騎士の中でも知識の数がものをいう。
年を取ればとるほど魔法に対する知識があるのだ。
この師匠のように。
「申し訳ありません」
素直に返事をしてそれから師匠の指示通りに魔方陣を書き進めてゆくと、沈痛な表情で部屋に入ってきたのは優菜だった。
「ヒナはどうしてる?」
「さっき血をはいて、国王騎士団長が世話してる」
「そうか、吐血したか。急がなくてはな」
魔法騎士が進めているのは姫とリースという名の女の体を入れ替えることだった。
そうすれば姫は重篤な状態から一転、健康な体を手に入れられる。
姫は元に戻るのだ。
けれどそれは何の解決策でもなかった。
二人の人間が死ぬことには変わりない。
一人は優菜にとっての恋敵であるが、こんな風に消えてしまわれたって自分たちは幸せになれるわけがなかった。
きっと美珠は笑えなくなる。
「で、優菜の方はなんの情報もなかったのか?」
「うん、なかった。なあんにも」
「優菜、それよりもお前、向こうの祭壇をみたんだろう、どんなものだった。向こうの術者は何人だ」
「え? 村人全部っぽかったけど。でもまあ、長老みたいなのはいたかな。まあ、どこにでもいるよね、術ができる長老」
「ああ、いるな、うちにも長老が」
同意する魔央に杖を投げつけ、それから魔宗は優菜へと目を向けた。
「明日の朝、感染から三日目、姫の体をもとに戻す。そこが国王騎士団長にとっても限界ギリギリになるだろう。使えるものは使えるうちにな」
「あんな病床の国王騎士団長に何させるの?」
「魔法剣を振り回してもらう」
*
「リース、逃げよう」
一人、牢から月の光を眺めていた女に近づく者がいた。
おそらく足音を忍ばせているのであろうが、彼独特のペタペタという音は妙に響いていた。
それでもその姿を見ると美珠の姿をした女は瞳を輝かせた。
「春駒様、どうして」
「このままではお前が死んでしまう。嫌だ。それだけは絶対に」
真摯な瞳を見てリースは涙を幾筋もこぼす。
「でも、あなたはこの姿を愛してくれないって」
「けれどお前を失う、そんなことはできない。姿が違えどお前は生きている。お前はそばにいてくれるのだ。行こう」
調達してきた牢の鍵を開けて、手を引いて連れ出す。
リースが背伸びして見ると看守たちは皆眠らされていた。
酒の匂いがすることから春駒が何か理由をつけてふるまったのだろう。
自分の手をきつく握るぽっちゃりした手がものすごく汗ばんでいたが、その手が心地よく思えた。
「春駒様」
「さ、早く」
けれど牢を出たところに人の姿があった。
警戒したリースの目に入ってきたのは、
「兄さん!」
「リース、怪我はないか? さ、早く逃げるだ」
長身の男はそういうと妹である人間の頭をなでた。
たった二人の兄弟。
もともと兄は春駒の寵愛を受けることに苦労が多いと反対していた。
そして、今般、リースと姫が入れ替わることに最後まで反対した。
姫の体に入れば強権が手に入るのだと、何度説き伏せたことか。
結局、リースの意思が固く、どうやっても変わらないと知り最後は受け入れてくれた。
それから村の人々を説き伏せてみんなで打倒紗伊那を目指した。
本当ならばリースの体は奴隷の中で朽ち果てるはずだった。
他人の体に入った姫は誰にもみとられずみじめに人生を終えるはずだったのだ。
村の信心深い村の赤毛の青年が兄と手筈を整えリースの体を消すこととなっていた。
そうすればリースの体に入った姫の魂は永遠に失われリースが美珠となれる……はずだった。
けれどうまくいかなかったのだろう、姫は戻ってきた。
それでも不治の病を伴っていた。
赤毛の意地だ、とリースは思う。
「二人で幸せになるといい」
そんな言葉が嬉しかった。
自分の体でなくても愛してくれる人がいる、それだけで勇気がでた。
けれど、
「逃がすわけにはいかん」
そこに立っていたのはすらりとした男と女だった。
男は無表情、女は怒りで目がつりあがっていた。
そしてその二人が二人とも鍛え上げた武人だった。
「自分が元凶なくせにそれはないよね」
牢を見張っていた聖斗と珠利は剣を抜いて今、まさに逃亡しようとする三人を見ていた。
すぐにリースの兄アーシャーと春駒は剣を抜く。
春駒は慣れていないのか剣先が震えていた。
「春駒様! 兄さん!」
「行け! リース。お前だけでも逃げてくれ」
「お前は生きろ」
口ぐちに言葉をかけられて、二人の気持ちは嬉しかった。
けれど自分にとってみればこの二人のほうが生きてほしい人だ。
こんな細くて白い体、何の価値もない。
誰を助ける魔法が使えるわけでもないのに。
リースはだからこそ短刀を首に添えた。
「ちょっと何してるの?」
聖斗と珠利は動けなくなってしまう。
二人にとっては必要なのは魂ではなく体の方だ。
この体が戻ってこなかったら姫は魂だけになってしまう。
それはどういうことか。
「逃がしてくれなきゃ、私はこの肉体とともに滅びます」
「絶対、そんなことさせないよ、魔希」
「はい!」
どこに魔法使いがいたのか、体が拘束され、手が動かなくなる。
簡単にほどこうとしたが、その体は魔法が使えるものではなくて、結局その力の前にひれ伏すことになった。
こんな魔法の使えない女の体、本当に意味がない、リースは腹が立って仕方なかった。




