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激情の大地 第十六話 発症

「お父様、近づいちゃだめよ」


「大丈夫、まだ発症はしていない」


先生の言葉にまだためらっていると、父王は悲しそうな顔をして、それから娘の頬に触れた。


「お父様、ごめんなさい。こんなことになるなんて」


首を振って父は娘を抱きしめ、その後ろにいる男へと目を向ける。

奴隷の姿をしていても大切な部下で、大切な子には変わらなかった。


「申し訳ありません。陛下、私がついていながら美珠様にこんなこと」


頭を下げる国明にも国王は手を伸ばし、目を閉じて二人を抱きしめた。


「陛下、お許し下さい! 陛下」


国明もやっとそこで感情をあらわにして、震える声をなんとか隠しながら国王に許しを求めた。

王の下には先ほどの気持の悪い「口」を退治した国廣も戻ってきていて、きかされた事実に厳しい顔をしていた。


そこにつれてこられたのは春駒とそして美珠の姿をした「誰か」だった。

王は美珠の姿をみるやいなやそのもとへ走りより頬を思いっきり張った。

女は声もあげずただじっとたっていた。


「リース、リースの体です。陛下、あの本当にこれは」


そんな中、事情の飲み込めない春駒がかつてリースと呼ばれていた女の姿をする美珠を見つけ説明を求めるようにそばにくる。


「私は美珠です」


それでも事情が呑み込めないようで、今度はただ黙りこくったままの美珠の姿へと目を向けた。

 

「そんな。どうしてこんなことに」


「私は敵の罠にはまり、姿を変えられ、奴隷の中へと放り込まれ、疫病になりました」


「そんな!」


口を押さえ座り込んだ春駒がいても、美珠の姿をした女は平静だった。


「貴方の計画のうちですか」


質問を投げかけても女はうんともすんとも言わなかった。

ただ魂が入っていないわけではない、春駒を見て少し目が動いていた。

動揺しているのだ。

そしてそれ以上に過敏に反応したのは珠利だった。   


「な、何それどういうこと!」


「ごめんね、珠利、そういうことらしいの。……国明さんにまでうつしてしまって」


「あんたら本気? そんなこと、はいそうですか、って受け入れられると思う?」


珠利は見慣れない「美珠」を掴んで、それからただ涙を沢山落とした。


「もういやだよ、もういや! あんな思いしたくないよ! ねえ、何で、どうしたらいいの? 陛下! どうしたらいいんですか? 何したらいいの? ねえ」


「落ち着け! ガサツ女!」


相馬が引き離し、それからきつく背中を叩く。

時間が経って、少し理性を取り戻した相馬は丁寧な対応を取り始めた。


「春駒様、何かお聞きになったことはありませんか? この疫病の治し方」


「そ、それは全く。たくさんの民が命を落としました。これは死の病で」


そう言って口を押さえる。


「失礼いたしました。しかし、リースこれはどういうことだ。何のために」


「それは申し上げることはできません」


「リース!」


「陛下、俺は教皇様と麓珠様に伝えにもどります。飛竜をお貸し下さい。城の古文書をあされば何かわかるかもしれませんし」


事態の打開に向け、相馬は走り始めた。

王からの許可がおりると美珠を抱きしめる。

男女関係なく、でも愛情のあるふれあい。

やっぱり幼馴染でもこういうことはありなのよ、と美珠は思う。

大好きなのは変わらないのだから。


「絶対三日以内に戻る。解決策を見つけて」


「うん、相馬ちゃんは私の優秀な執事だもの。信じて待ってる」


「あたりまえだ」


相馬はうるんだ目で笑うと部屋を飛び出ていった。

春駒もすぐ砦の者を各部族に送って情報を探ってくれると約束してくれた。

彼にとっても恋人の体がなくなってしまうという瀬戸際なのだ。

 

感染して四時間、美珠に変化が起こったのは待つ姿勢をとった数刻後のことだった。


急激に体に悪寒がして、関節が痛くなった。

どう切り出して皆から離れようかとい考えていると、察してくれたのは国明だった。


「熱がでてきたんですね」


「あなたは? まだ」


「俺はまだ大丈夫です。兎に角休めるところに」


悲哀の目を向ける面々に軽く会釈をし、国明は美珠を抱き上げて用意された部屋へと運んでゆく。

部屋は王の部屋に続く別室で、本来は従者の部屋なのだろうか簡素な寝台が二つと小さな机があるだけだった。


「寝てなんかいたくない。私も動くわ」


「皆を信じましょう」


そう言っている国明自身の額も汗にぬれていた。


「あなたも熱があるのね」


「こんなもの」


「いいよ、寝てな!」


小部屋に入ってきたのは珠利だった。

氷枕を二つ既に用意していた。


「私が二人の看病するんだから」


「俺たちでできる。お前は外にいろ。美珠様や俺、そして国友のために」


珠利は一度涙を拭って首を振った。


「嫌だ!」


「国友にまでお前と同じ気持ちにさせたいのか!」


そう言われて珠利は言葉をなくした。


「食べたいものは? すぐ揃えてくる」


「そうね、兎に角おいしいお水と何でもいいから食事がいいわ。ひもじい思いばっかりしてたの」


「了解」


涙を隠しながら珠利が出て行くと、静寂が包み込んだ。

無駄口をたたいていないと、いろいろぐるぐる頭の中をまわってゆく。

そのすべてが負のものだった。


「ねえ、後悔してるんじゃないの?」


「してませんよ。何も」


「私は後悔でいっぱい」


「何を?」


お互い転がって、天井を見つめながらただしゃべっていた。

真っ白な天井。

今はこんな気持ちになれやしなかった。


「いろんなこと。たくさんのこと。色々な人に対して後悔が一杯なの。どうしよう、どうしたらいいの?」


美珠の感情が高ぶったことに気づくと国明は寝台から出て、美珠の額の上に自分の額を置いた。

熱が額から直接伝わってくる。

美珠はその熱が愛しくて国明の髪を優しく梳いた。


「そういえば俺も一つだけ後悔してることがあります」


「何?」


「武闘大会で優勝できず、貴方との約束を果たしていないこと」


そんなこと言われてしまうと涙が止まらなくなった。



夜が来ても美珠は眠れなかった。

動悸のせいで胸が異様に痛み、手が震えた。

残された時間がないとすれば寝ているのももったいないのだが、動くと苦しくて実際何をしていいのかも分からず結局寝ている次第だ。


「苦しくないですか?」


そう訊いてくるというのは国明もまた苦しいのかもしれないと美珠は思った。

体を鍛えぬいた武人ですら体を蝕まれてゆく。

悲しくなって、それでも泣かないようにふうと息を吐いた。


「ちょっとだけ。ねえ、一緒に寝ていい?」


「優菜君の布団にもぐりこむんじゃなかったですか?」


「だって今、いないんだもの」 


「代わりですか? 意地悪な人だな」


「甘やかしてくれるんでしょ?」


すると国明は笑って美珠のための場所を開け、美珠はふらつきながら何とかそこまで行くと布団に入った。

記憶よりも高い国明の体温を感じた。


「目を閉じてて」


「どうしてです?」


「だって、この姿本当の私じゃないんだもの」


こんな時に彼の瞳に映るほかの女なんて見たくない。

そう白状すると国明は笑って美珠を抱きしめた。

二人で転がってこんなことをするのはいつ振りだろう。

彼の匂いと腕の強さ、慣れたころに失ったものだ。

そしてその腕の中はなんと心地よく安心できる場所なのだろう。


「これだったら見えない、それでいいですか?」


「そうね」


汗ばんだ肌から国明の匂いがした。

それが愛しくて彼の胸に顔を押し付けて美珠は瞳を閉じた。


   * 


ひんやりした心地の良いものを感じて目を開ける。

そこにいたのは覗き込む優菜だった。


「優菜?」


「ごめん、おこした? 起こすつもりはなかったんだ、脈と熱をはかろうと思って」


美珠は首を振って周りを確かめるとそこには国明の姿はない。

国明の寝台に横たわる自分がいるだけ。


「国明さんは? 何かあったの?」


「ううん、仕事にいったみたいだ」


「そう」


彼だって団長としてなさねばならぬことがあるのだ。

自分の前で強がっていたって彼だっていろいろなことを考えているはずだ。

家族のこと、仕事のこと。


自分だって考えておかなければいけない。

最悪の時のことを。

また祥伽に王位を頼むことになったりするのかもしれない。

考え込む美珠の隣で優菜がしょんぼりと口を開いた。


「ごめん、謝ったってどうにもならないことだけど、ごめん」


「何が?」


「守れなかったこと」


本当に悔しそうな優菜の手をそうっと取ってみた。


「そんなの優菜のせいじゃないわ」


「でも、死んでも守らなくちゃいけなかったんだ。好きな子だったらなにがなんでも。でも俺はみじめに足の骨折られて」


「優菜」


「ヒナ。ごめん、本当にごめん」


涙を落とす優菜の涙を指先でぬぐってそして笑った。


「優菜。もし私が死んだらあなたはこの国に来てくれる? 私の双子として」


ヒナのいない紗伊那にどれほどの意味があるというのか。

けれど彼女の志はもう優菜の中にも息づいている。

彼女のそして自分の為にも北晋ではなく紗伊那で生きる。 

だから唇をかんだ。


「来る。絶対、ヒナの意思は俺の意思だ」


「だったら安心」


不意に胸が苦しくなって咳き込むとどろりと手の平から何かがこぼれた。

それは真っ赤な血。


―発症した。

もう少し時間があると思っていたのに。


「離れてて、優菜」


「でも!」


「離れてて! 出ていって! 死にたいの?」


叫んで優菜が部屋を出ていくのを見届けてからゆっくりとその手のひらを見つめた。

死の宣告をされてそれがどんどん近づいてきている。

やはり現実なのだ。


やりきれない現実に一人で寝台に横たわって唇をかむ。

どうしてこんなことばかり起こるのか

幸せに、ただ平穏に恋人と結婚する、そんなことすら許されなかったというのか。


―私が一体何をした。それほど悪い人間だったというのか。


それとも紗伊那という国の業を一心にかぶらされているのか。

だったら私一人でいいのに。

珠以までつき合わせるなどないのに。


悔しくて涙をぬぐっていると急いだ様子で部屋に入ってきたのは国明だった。

巻き込んで申し訳ないが、けれど今、この苦しい状況で彼がこうやってここにいてくれる。

それは本当にありがたいことなのかもしれない。

今、少し一人になった間にももう頭の中はぐるぐるして冷静になることなんてできなかった。

出てくるのは恨み言ばかり、何一つ良い方には考えられなかった。

そのうち心に押しつぶされて彼が言ったように自分はきっとここを出て、一人でどこかに行ってそして死んだのかもしれない。

甘えられる人がいる、それはなんとありがたいことなのか。


「珠以、珠以」


「吐血なさったとか」


「うん」


国明は静に盥を用意して美珠の汚れた手を洗う。

その国明の手を美珠はきつく握った。


「死にたくないわ」


返事はなかった。

彼もいろいろ考えているのだと思う。

怖くて悲しくて仕方なかった。


「死にたくなんてない!」


「必ず方法は見つかります。みんなを信じましょう?」


「方法なんてないのに? そんな期待をみんなにする方がみんなに申し訳ないわ!」


叫んですべてから逃げ出したかった。

考えるだけで気も心も体も重くなった。

 

「どうして私達ばかりこんな目にあうの? 私達そんなに悪いことばかりしてきた? もっと悪い人って世の中にいるんじゃないの?」


愚痴だとわかってる。

それでもこのもやもやは止まらなかった。


「あなたは正しいと思う道を歩いてきた。自信を持って」


「でも!」


「方法はあります。みんなが絶対にあなたをここから救い出してくれます。みんなを信じてください。あなた馬鹿みたいにみんなを信じる人だったでしょ?」


「……でも」


「絶対みんなはやってくれる人間ですよ。信じましょう。あなたはここから抜け出せる」


見せられた笑顔に美珠は涙をこぼして頷いた。

ここに国明がいて、そしていつものように馬鹿姫の軌道修正をしてくれたおかげで少し心は軽くなった。

本当にこの人がここにいてくれて良かったと、心からそう思えた。


そしてその時は気が付かなかった。

―「あなたは」抜け出せる。

その言葉の意味を。



 


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