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激情の大地 第十五話 やっと

「私は紗伊那情報局の人間でジュノーと申します」


紫髪の男は奴隷たちの居住区に向かう道すがら、突然自己紹介を始めた。

情報局の人間であるならばもっとおとなしい髪の毛の色がいいんではないかと優菜は思ったがあえてそれには触れず、自分もさっくり名乗ることにした。


「北晋国の優菜です」


「お話はかねがね。情報局でもあなたは有名人ですよ。なんせ、情報局に命令をだした北晋の一般人だ」


藤堂秀司と戦う時、確かに優菜は情報局を束ねる人間にお願いをした。

大臣を見張るようにと。

そして確かにあれはお願いよりは拘束力の強いものだったのかもしれない。


「あなたは情報局は長いんですか?」


「そういったことはお答えしかねます。俺たちは個人の情報を基本的には話しませんので。嘘で固めた身の上ならお話できますが」


「じゃあ、今教えてくれた名前も違う名前なわけだ」


「ええ」


あっけらかんと言い放つこの男を怪しむ気持ちはなかった。

けれどもうちょっと情報局のことを知りたくて、優菜は傍らを歩く少年に今度は声をかけてみた。


「相馬ちゃんはこの人知ってる?」


「知らない」


相馬は蒼白な顔でただまっすぐ前を向いていた。

彼には雑談をする余裕はないのだ。

優菜は口をつぐみ、もう一度ジュノーという人間を眺めた。

神経質そうな顔はよく見ると見事なまでに整っていた。

通った鼻筋に、キラキラと光る瞳、ちゃんと格好を整えて、黒髪でしゃんとすればかなりの美少年だ。

ただそれを隠し通せるほど、見事なまでにかれはイカレタ奴隷になり切っていた。

そして口調もまたイカレタ奴隷に戻っていた。


「でも信じられない。ほんと信じられないあいつ! だって死ぬことがわかってるのに? 自分の立場とか家族の顔とかよぎらなかったのか?」


「よぎったのだろうが、それよりも美珠姫だったのだろう」


静かなる先生の言葉に優菜は唇をかんだ。

先生は優菜を下手にかばったりもしなかった。


「なんだよ、国明のバカ野郎が! まずは執事に報告、連絡、相談だろうが!」

 

相馬は怒り心頭、いろいろ一人で考えているのか誰とも群れることもなく、すたすたと歩いて行く。

そして奴隷の居住区を区切る扉を開けたところで一組の男女が歓談していた。

その明るさに一瞬理解できかねたが、そこにいるのは今から迎えに行こうと思っていた二人だ。

扉が開いたことに気が付くと、見慣れない女の方が自分たちに最高の笑顔を向けた。


「優菜! 相馬ちゃん!」


女は目を輝かせ走り出したが、何かに気が付き慌てて数歩下がった。


「ごめん、そっちにいけない。うつっちゃだめだから」


「今、苦しいとかはない?」


優菜もまた一定の距離を保ちながら問いかけるしかできなかった。

ちゃんと距離を保ったまま褐色の肌の女は少し冷静な顔で頷いた。

もっと悲嘆にくれているだろうというのが予測だったが、思いの外冷静さが保てているのがこの男のお蔭だというのに優菜は腹が立った。

それ以上に腹が立つのは自分だ。


「ごめん、俺のせいだ。あの時、死んでも止めなくちゃいけなかった」


「ううん。優菜は助けようとしてくれた。あんな状況だったんだもの。私だって信じてくれてありがとう。

優菜こそ、大丈夫? 足、変な方向に曲がったけど」


「先生に治してもらったよ」


どうしてこんな状況で自分の方が心配してもらわなければいけないのか。

男として情けない。

相手は死の病を抱えているというのに。

一方、隣で相馬は国明、美珠と二人を見比べていたが、躊躇いもなく足を国明へと向けた。


「お前さっさと腕切れ、その血を吸ってやる!」


唇を突き出す相馬を国明がひらりとかわす。


「お前まで感染しなくていい」


相馬は悲鳴をあげて、首を振って突進しようとしたが先生の魔法がそれを止めた。


「そうよ、相馬ちゃんは私の乳兄弟なんだもの、私の意思をちゃんとついでもらわなきゃ」


「嫌だ!」


優菜は愕然とそのやり取りを見守っていた。

自分は感染するつもりなどなかった。

彼女が死ぬことなど考えたくもないが、考えている自分がいる。

彼女の死後、どうするかをほんの一瞬でも考えた自分がいる。

けれどこの考えなし姫様の取り巻き達はさっそく感染することを考えていたのだ。


感染してヒナが自由の身になるのなら、自分だって少しは考える余地はある。

けれど何の利点もない感染。

だったら志を継いで、しっかりと生きればいいのではないか。

 

「だって! だって! お前ら二人が苦しんでるのに! 俺に何できるっていうんだよ! 俺だって二人の苦しみわかりたいよ! 俺が感染したら俺が実験台になって薬とか試せるじゃん!」


「相馬ちゃん」


立ち尽くす少年、オイオイ涙をこぼしてなく少年ともう一人、怒りをにじませる少年が今度は飛び出した。


「お前! いい加減にしろよ! お前は貴族の跡取り息子だろ! そのくせいっつも後先考えず行動しやがって、隠し子騒動のあとは疫病か! お前が死んでみろ! ええ? 大好きな長男が死んで、あのクソおやじは期待すらしてなかった俺の肩に期待をかけてくんだ。お前はなんでもそつなくできるいい子だった。俺と違って! 若くで騎士団長にまでなっておやじの自慢の息子だ。でも俺は、異国に見捨てられて、今度はこんなところに数か月も閉じ込められて、毎日名前もしらない連絡係と情報をかわすだけ! そんな扱いしかしてもらえない俺がきっとあいつの自慢の息子にならなきゃいけなくなる。できるわけないだろう!」


国明はただ静かにきいていたが、美珠にも、優菜にも相馬にも、聞きたいことがあった。

今、彼が話した内容について好奇心から質したかった。


「あの、この方、もしかして」


美珠の声に国明は隠し立てすることもなく、うなずいた。


「弟の珠乃ジュノです、きっとお会いになるのは初めてだと思います」


「弟!」


相馬もまた涙を止めて、驚いて顔を覗き込んでいた。

言われてみればそこには騎士になるかならぬかのころの国明によく似た顔がある。


「弟さん」


「ええ、この紫の髪が素性をややこしくさせているんだと思います。だから何度も聞いただろ? なんで髪が紫なんだ?」


兄の質問に珠乃は頬を膨らましてから腰に手をあてた。


「俺は高貴なお育ちだ。ここにいる奴らとは違う。そのための紫だ」


奴隷と違うこと、本当は高貴なお育ちであることを示すために紫に。

わかったようなわからないような話を納得することは誰にもできなかった。


「お前なりの反抗なんだろうな」


それでも理解しようと兄らしく国明がいうと美珠は二人の顔を見比べながら尋ねてみた。


「でも国明さんの弟は留学してるんじゃ?」


「留学してたけど、帰ってきた。帰ってきたらその直後ここに入れられた。家にいれたのはたった一日。

家族みんなで俺の成長した姿にどうのこうのワイワイいいながら一家団欒できると思ってたら、兄貴は世界の歌姫とやらと結婚するとやらで家にもいなかったし、母様は旅行にでかけてて、クソおやじに情報局の所属として国に尽くすように言われただけ。たったそれだけだ。絶対あのおやじだけは殺してやる」


「珠乃! 父上はお前のことだって」


「聞きたくないね、優等生の話なんて、くっそムカつく! ほんとムカつく!」


「珠乃、すまない」


国明はそれだけ弟に声をかけて美珠へと目を向けた。


「さて、壁の向こうにいきましょう。外には貴方の面の皮をかぶった他人がいるんです。そいつに何が目的なのかをきき出さないと」


確かに自分の皮を被った他人にこれ以上好き勝手させるわけにはいかない。

全く志の違うものに国を乗っ取らせてはいけないのだ。


「そうですね、行きましょう」


死の病のおびえなどみせない、そんな二人を見つめながら優菜は一人立ち止まっていた。

そんな弟子に気が付いたのは黒い魔法使いだった。


「お前、今何を考えてる?」


「可能性を考えてた」


優菜は視線を持ち上げた。


「ヒナが元の体に戻ったらヒナだけでも助けられるんじゃないかって、だって本体は感染してないんだし」


「それは間違いない。そして、それはなさねばならぬことだ」


「あの人は、これは本体じゃないって考えなかったのかな? それとも考えた上で、それでもあの姿のヒナといることを選んだってこと?」


「きっと、そうだろう。万が一、姫があの体で果ててしまうことを考えて。それでも傍にいたいと望んだのだろう。愚かだ。だが、だからこそ、解毒方を見つける。それもなすべきことである」


「そうだね」


そんな優菜に一人少年が近づいてきた。

小粒な国明もどきだった。


「一人、こんなことを企んでいた奴にこころあたりがある。一緒に手伝ってくれる?」


「ああ、もちろん。で、何を手伝えばいい? 情報収集?」


すると珠乃は首を振った。


「うん。まあ、そうなんだけど、ゴーモン、したことある?」


優菜は思わずワンコ先生へと目を向けると先生はチラリと優菜を向けた。


「方法ならおしえてやるぞ?」


優菜は首を振った。


「先生は解毒方を。俺は一緒に行ってきます」


頷いた先生に優菜は頷きかえし、足早に珠乃の後を歩いた。


「赤毛の奴隷だ。はじめからおかしいと思ってた。ちょくちょく消えやがるし、こいつ怪しいと思って観察はしてたけどこんなことになるなんて」


「要は仕事に失敗したってことだろ?」


すると珠乃は優菜へと鋭い視線をぶつけた。

優菜はそんな視線をやり過ごす。


「俺は男として失敗した。完全に。好きな子を守れなくて、敵にみすみすつれてかれて、こんな目にあわせた。最低だ」


すると珠乃は目じりをさげて優菜の肩を叩いた。


「それは最低だな」


励まされもせず優菜は兎に角情報を得ることだけを目的にして歩いた。


    *


「やっぱりできない」


春駒は跳ね起きて背中を向けた。

寝台に横たわっていた半裸の美珠は驚いたように目をむけた。


「私を抱けば、貴方には富が」


「それでも、それでも好きな娘がいるんです。お許し下さい。俺はその相手と添い遂げるつもりで」


「私が貴方を愛します。ですから、私を。この姿をした私を愛して下さい」


「それはできません。俺はあの子を愛しているんですから。あの子を幸せにしたい。それだけをここ数年考えてきました。正直父とそのことで対立しましたが、それでも何年かかろうと説き伏せます。許して下さい」


春駒が頭を下げると女は静かに泣いて、それから春駒に抱きつき首を振った。

 

「春駒様、あの私、私は、違うんです! 私はリースなんです!」


「何? 何を言ってる、どういうことだ!」


「全て貴方の為に」


「さて、どういうことか教えてもらおうか!」


扉が開いて突然部屋に入ってきたのは背の高い武人の女だった。


「うちの可愛い妹分の体でとんでもないことしてくれようとしてるね。良かった良かった、ここの若様が信じられないくらいいい人で」


「きいてるこっちがハラハラしました」


一芝居打って泳がせた魔希もまた今まさに魔法をかけようと手を合わせながら珠利に同意した。

女は動揺をみせなかったが、春駒はこれ以上ないというほど動揺して、何がどういうことなのかの説明を珠利に求めた。


「だからさっき、かわいい美珠様の姿したその誰かさんがいったじゃん。私はリースなんだって。で? リースってだれ?」


「リースは私の恋人で」


「恋人なんかじゃありません!」


するどく切り替えした美珠の姿をした女を珠利は掴んだ。


「まあ、なんでもいいんだけどさ、兎に角そのかわいい、うちの妹分の体、傷つけたら許さないからね」


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