激情の大地 第十四話 王と魔法使いと坊
看守は一人、人を待っていた。
そろそろ定時連絡にくるはずの仲間を。
南方で光騎士団が消え、情報局でも南方に送っていた人間が幾人も消えてしまっていたため、このままでは南方が壊滅するかもしれないと麓珠が判断し、自分ともう一人腕に絶対的自信のある人間が送り込まれてきた。
自分は紗伊那最南端の砦を守る紗伊那側の人間としてこの砦の中の状況を、そしてもう一人は過酷な奴隷の状況を探る役目が充てられていた。
任期はそうは長くないものであったはずだ。
少なくとも光騎士団が見つかり、南方に平定の機会を与えるまでの。
だというのに、突然国王が乗り込んできた。
公にはなっていないが、同じ顔をした姫を連れて。
けれどその姫に、何かあったらしい。
教皇様はどう思われるだろうと思案していると、少年が一人魔石を手にしてやってきた。
紫髪の細い少年は血の気の引いた顔で、それから何度も口をアワアワと無心に動かした後、おもむろに切り出してきた。
「教会騎士団長でらっしゃいますね」
そんな質問に動じることはない。
平静を装い続け、魔石を計って酒を渡そうと準備していると、少年は砂で汚れた手で自分の手首をつかんだ。
「国王騎士団長にとんでもないことがおこりました。少しお話を」
奴隷の中に紛れたあの色男に何があったという。
そしてこの男は。
「お前は紗伊那の情報局のものか?」
「はい」
紫髪の少年は静かにうなずいた。
そこには見るからに利発そうな少年がいる。
奴隷ではなく有能な紗伊那の組織の人間がいる。
「すぐに王にご報告にあがりたいのです。私の規定の手段を使うときっと半日はかかるでしょうから」
「わかった」
四四四四四はやっとこの奴隷暮らしとおさらばできる、そう思うとうれしくはおもえたが、国明のことを思うと笑うことなどできなかった。
「こんなこと、あの父親が知ったら発狂するだろうな」
「何があった?」
「あの父親が確実に泣き叫んでしまうような出来事です」
擦り傷一つで、飛んできて騒ぎ立てそうな国明の父である大臣を思い浮かべて聖斗は馬鹿にするわけでもなく、心配するわけでもなく、ただ静かにうなづいた。
「ああ、あの父親はすごいからな」
「ええ。あの父親、もともと頭、おかしいから」
王の部屋は人の数が減っていた。
この砦の人間を寄せ付けないようにしていたこともあるが、忠臣二人のうち、一人は行方を消し、もう一人は親友の命令にも近い提案のせいで、奴隷の中に送りだしてしまった。
そばに置いておきたい娘は体を乗っ取られていて、今は古参としか言いようがない魔宗が結界を張っているのみである。
まるで何もかもが見えない力にもぎ取られてしまったようにさえ思える。
「あのちび坊主か」
魔宗の言葉に王はどんな子供がくるのかと目を向けていたが、扉を二度たたいて部屋にやってきたのはれっきとした大人の男だった。
けれど自分たちがこの青年くらいの時には、確かにこの男はちび坊主でしかなかった。
いつの間にか、とんでもないことをしでかしてくれるようになったのだが、それはまあおいておくとしよう。
この男は妻にとっては忠臣なのだ。
「陛下、情報局の人間をつれてまいりました」
白い亜麻の服を身にまとい、鞭だけをさげた看守姿の教会騎士団長聖斗につれてこられた紫髪の四四四四四は礼儀正しく頭を下げると王の元へと進み出てまたもう一つ頭を下げた。
そこには奴隷の雰囲気はない。
美しい所作の完全な宮廷人がいた。
王は彼を知っているのか、彼が情報局のどういう所属で、何を調べていたかなど、名乗らせることもなく、自ら立ち上がると肩をたたいた。
「まずいことになりました。国王騎士団長が疫病に感染しました」
王はその言葉に目を見開いて止まった。
今、お前は何を言ったのだと。
一方、四四四四四は至極真面目な顔で、むしろ王に助けを求めてさえいるようだった。
けれど王には何の命令もだせなかった。
光騎士団が行方不明になっただけではなく、国王騎士団長までが不治の病に。
王にとっての両翼が力いっぱいもがれてしまったのと等しいのだ。
すると四四四四四はさらに続けた。
「あの人、頭がおかしくなったんです! なれない環境で。疫病に感染した血液まみれの女に口づけるなんて!」
魔宗は口をはさむことはなかったが、外からの足音へと目を向けた。
慎一と魔央に手を貸してもらいながら足を引きずるように入ってきたのは優菜。
「陛下、失礼します。あ、先生」
魔宗は弟子のその姿を見るとすぐさま寄って、杖で折れてそうな足を押した。
「あ、先生ではないぞ! どういうことだ、これは。 お前からの情報はちゃんと伝えてある。 ただお前が下手こいた話はきいていないが」
「じゃあ、初音さんはちゃんと合流できたんだね」
「ああ、それから桂とともに光騎士のもとへと飛んでったがな」
優菜はよかったと胸をなでおろすと先客へと目を向けた、
紫髪の姿は奴隷の姿の男がいたからだ。
けれど、王に召し出された奴隷というわけでもなさそうで、ぶしつけに眺めていると紫髪の男の方が優菜に頭を下げた。
単なる挨拶ではない、自分が先に伝えていいのかを確認したのだ。
「国王騎士団長は変にその女に構ってたんです。女はどうやら春駒の手のものだと思われます。もとは愛人だったようですが、怒りをかい奴隷に落とされた、とそこにいる者たちは噂していました。
ただおかしなことにその女もともと知り合いのようなんです。王都にいたとかなんとか。
国王騎士団長は知らないと言ってはいましたが、なんだかまるでずっと知ってる相手みたいな、あいつはそんなに女ったらしなんですか!」
最後の方は感情が入ってしまって男は気づいたように頭をさげた。
「何、国王騎士団長、女性と駆け下ちでもしたの?」
優菜は、それだったら大賛成だと言わんばかりにこしょりとワンコ先生に確認したが、魔宗はたわけとだけ言って優菜へと目を向けた。
そんな優菜も報告するべきことがたくさんあった。
「陛下、自分も一つ情報が」
「姫の中身がすりかわったというのなら知っているぞ」
魔宗の言葉に優菜は頭をさげた。
「なら話は早い。俺はその入れ替わったヒナに会ったんです。外見のまったく違うヒナに」
王はその言葉に乗り出した。
それは何よりもの報告だった。
言葉を返せない王の代わりに聖斗が先を進めた。
「で。姫様は」
「男につれていかれました。すいません。力不足です」
「お前はそれでも男か! ヒナを連れて行かれるのをみすみす見ていたというのか! 」
ワンコ先生は力不足な弟子しか持てないことが悲劇だのなんだの言って優菜の足に手をかざした。
「南方部族の村長らしいのですが」
「それはカナンのアーシャーではありませんか?」
情報局の青年の紫髪の言葉に聖斗はその言葉に春駒の手足となって動いている男のことを思い出した。
彼は春駒に賂を送る村の長であり、妹が彼の妾として出入りしていた。
聖斗がそう報告したことにより、バラバラだったものが、つながってゆく。
「確かにカナンの村でした。あの村は総出で呪いをかけていました。そこには奇跡と呼ばれる女がいて。俺はその儀式とやらをぶっ壊して捕まって。そこにヒナが突然やってきたんです。奇跡と称された女の外見を借りた姿でした。黒髪で肌が褐色。肩までのまっすぐな髪とパッツンの前髪の」
「待ってください、その女、その女なんです! あいつと一緒にいたの」
「ならば、あの二人は壁の向こう側で運命に引かれたということか」
紫頭に反応した魔宗の言葉に優菜は口を尖らせた。
運命ってなんだよ。
あいつがついてる。
それだけで多くの人間が安堵したことがわかる。
けれど口をとがらせているのは優菜だけではなかった。
もう一人その女に華奢男と呼ばれ続けた男も納得はできなかった。
「お待ちください。あの女が姫とは私は信じられません。生意気で気の強い女です。白亜の宮にこもられていた姫様であるとは到底思えません」
生意気、気の強い……ああ、それはヒナだ。
優菜は思ったが口には出さなかった。
そして優菜はその二人に何が起きたのかはまだわかっていなかった。
「一体、二人何したの?」
「疫病に感染したそうだ」
「疫病?」
「発症後三日で確実に死に至る病だ」
あっさりと説明した先生からその言葉を聞いた瞬間に凍りついた。
そんなものであの気の強いヒナが死ぬわけがない。
「冗談、だよね?」
けれど先生は否定も肯定もせずに動き出した。
「ともかく、解毒法を模索せねば。そして二人を救い出してやらねばなるまい。おい情報屋、そこにつれてゆけ。おい、坊、お前は国王の警護を」
坊って誰だ。
優菜が先生の視線をたどるとそこにいたのは聖斗で、彼は無を貫いたその視線の中にも一瞬の怒りを見せていた。
きっと彼は先生にからかわれて成長したのだろうな、負けるな、と優菜は応援したかったが許されてはいなかった。
情報屋と呼ばれた同じ年頃の少年と呼び戻された相馬と、ともに先生について外にでることにした。
*
美珠の姿をした女は遠くから聞こえる喧噪に、ゆっくりとたちあがあると部屋を警備していた魔希と視線を合わせた。
具合の悪いことに、拘束していた鎖は姫に怪我をさせてはという配慮と、もう抵抗できないだろうという油断から魔法騎士達がわざわざ彼女の前で相談し、解いておいた。
そのお陰で姫の体を乗っ取った人間は下着の中から隠しておいた巨大な魔石を取り出し、掲げることができたのだ。
バチバチと音をたてて青い火花が散る。
拘束しようとする魔希と、解放を望む美珠、その二人が魔力で、魔力のみで静かな戦いを繰り広げたのだが、
「くっそ! うわあああああ!」
数秒後、魔希は青い焔に身を包まれ、そしてその場に倒れた。
女は魔石を魔希の上に投げ捨てると、牢からでて、光の下を走っていった。
美珠の姿をした女は慣れた砦の暗い部屋に足を踏み入れた。
明かりもついていない部屋のなかではうずくまる男が一人、声を殺して泣いているようだった。
美珠である女はその男の前に座り、ゆっくりと涙にぬれた手を取った。
男は突然のことに驚いたように顔をあげたが、そこにいたのは彼の望む人間ではないようで表情が陰ってゆく。
「姫様」
「私を抱いてくださいませんか? 私を妻にすればあなたの未来は約束されたものになるのです」
「な、何をおっしゃいます!」
「お父上のためにも、あなたのためにも私を抱いて、そして私があなたのものだと皆に示すのです」
声も出せずただただ困惑する春駒を後目に、するりと肩から衣を滑らせて春駒の腕の中へともぐりこむ。
「私は姫ではありません。ただの女です。ね? 女にして」
春駒は混乱したまま、その女を掻き抱くと寝台へといそいそと運んだ。




