激情の大地 第十二話 あなた
「そう、それを見つけたら砦に入れるのね」
美珠は華奢男から魔石という魔法を含んだ石の存在をきかされ、解決への糸口を見つけて飛び跳ねて喜んだ。
砦に入れば春駒やこの体の女の兄を避けて、知り合いを見つけて片っ端から声をかければ絶対だれかは信じてくれるだろう。
「こいつ、わかってんのかな。魔石を見つけるのがどれだけ難しいのか」
「うるさい華奢男、やらなきゃいけないならやるだけよ」
「華奢男だあ?」
睨み付ける細い男に対し、美珠は返事もせず、朝食を流し込むと誰よりも早く外へと出て行った。
そんな女を見送る四九八七六へと四九八七七が寄ってきて囁く。
「あいつ春駒の女だったって噂です。魔石みつけて春駒に会いたいんでしょうね」
「なるほど」
納得する華奢男の隣、四九八七六は何を言うこともなくただ背中を見つめていた。
その日、日が暮れる直前になっても一粒も見つけられず美珠は天を仰いだ。
雲ひとつない茜色の空に星が瞬き始めている。
はやく小屋に戻らないと凍えることになる。
けれど、諦められなかった。
手を止めたくもなかった。
それは自分のためにも、自分を待ってくれる人のためにも。
最後まで残って魔石を探した。
「戻らないのか?」
視界に突然入ってきたのは四九八七六だった。
掘り進めた砂の穴の縁で中腰になって美珠のことを見下ろしていた。
美珠は彼の顔を見た途端、甘えからか涙が出そうになって顔を下へと戻して掘った砂の粒を確認した。
「だって、まだ見つからないの」
「そう簡単に見つかるものじゃないさ」
「でも、どうしてもあれがなきゃだめなの」
「恋人のもとへと戻るためにか?」
ふと、言われた意味が分からずもう一度天へと顔を向ける。
「何?」
「春駒の恋人なんだろう?」
この人は自分のことを理解せず、そういう噂を信じたのだろうか。
「本当にそう思うの?」
「分からない」
美珠はそんな答えを聞くと同時に砂を掘るための鉄のスコップを放り投げて睨みつけた。
「本気で言ってるの? 貴方、本当に分からないの?」
答えはなかった。
「あなた、今一人?」
「ああ、そうだ」
美珠は息を吐くと、四九八七六の裾を力任せにひっぱり自分が一日かけて掘った穴へと引き摺りこんだ。
「いい加減にしなさいよ! よりにもよって私を春駒の恋人になんて!」
本当はそうなのかもしれない。
この体の女は春駒とただならぬ関係にある。
それは周知の事実なのだが、彼には言われたくない。
彼だけには言われたくない。
怒鳴りつけると四九八七六は美珠の口を右手で塞いだ。
「それ以上は言わないで下さい。誰が聞いているか分かりません」
耳元で囁かれる声が穏やかで美珠はゆっくりと視線を上げてみる。
視線がぶつかると彼は口の端を持ち上げた。
「俺たちは王都で知り合って、恋におちた。ちゃんと覚えてます」
「ほんとに?」
「しかし、これはどういうことです? 俺が知っている姿はもうちょっとなんというか」
「色気がないんでしょ?」
「いや、健康的、そう健康的でしたね……嫌みのない可愛さが愛らしくて」
相応しい言葉を見つけた国明はそうっと美珠の頬に触れて、手に触れた。
「でも、貴方なんですよね」
「そう、そうなの。私なの」
お互いの名前は一切出さず、二人は内面とだけ向きあっていた。
「かなり迷いましたよ。貴方がこんなところにいるはずはない。絶対に貴方は安全なところにいるはずなのに、話をしていると、あなたがちらつくんです。思いっきり嫌味も言われました」
「私はすぐ分かったわ、貴方だって」
「そりゃあ、俺は外見も一緒だから」
彼に与えられた密命というのはここで奴隷になることだったのか。
何故、何のために。
とにかく今はそれでもいい。
彼がここにいてくれたお陰で、「美珠はここにいる」とたった一人だけだとしても認めてもらえたのだ。
「それでも、昨日貴方を見つけたあの時に、貴方が本当の貴方として私の前に立っていたなら、私は自分の外見が違うことも忘れて一目散にかけよって抱きついて泣いてたわ、それからこんなことがあったのってオイオイ泣いて訴えたでしょうに」
「だったらその方がよかったかもしれません、損しました」
「言ってなさい」
軽く笑う国明に笑みを返すと美珠は穴倉から抜け出し、人の姿がない、人からも見えない砂山の陰に体を隠した。
夕闇の中で二人きりになって、話が他人に漏れないように心もち体を寄せ合うように腰掛けると美珠は安堵から腰が抜けた。
問いかけてきたのは国明だった。
「で、これはどういうことですか?」
「呪い……なんだと思うわ。私の体はどこ? 騎士に連れて行かれたってきいたけれど」
「ええ、魔央達が閉じ込めています」
「私は本当にあんなことを言ったの?」
「ええ、おっしゃいました。あなたの口を使って」
国明の指が唇に触れた。
けれど瞳にうつるのは見慣れない女だった。
これほどまでに彼の瞳にくっきりと映っている女、きっと本当だったら許せなかったかもしれない。
「あなたには私が違う女に見えてるんでしょ? 私が見るものはあなたなのに」
「ええ。不思議ですね。俺が見てるのは名前も知らない女性です」
そして唇に触れていた指はゆっくりと肩をなでた。
その手の温もりは覚えてる。
「不思議ですね、俺たちがここでこんなことしてるの。でも良かった。俺がここから出る前にあなたに出会えて。あと一時間も遅ければ俺は本当の俺に戻ってましたから」
「そうね。あなたを呼んでくれってお願いしたから」
「俺に会いたかったですか?」
「ええ、守って欲しかったの」
その言葉に国明の瞳が細められて肩を撫でていた手に力がこもったように思えた。
砂漠の真ん中で、星が降りそうなほどの空を見上げながら、一国の姫とその国最大の貴族が蔑まれ、奴隷の格好をして、奴隷のふりをしている。
「こんな日が来るなんて考えたこともなかったわ」
「俺もです。貴方には贅沢の限りを尽くしていて欲しいのに」
「そんなことをしたら、馬鹿姫って罵るんでしょ?」
「これが終って戻ったら、少し大目にみてさしあげます」
美珠は肩に当てられた手を包んで、空に輝く小さな金剛石のような輝きたちに目をやった。
星が美しいと思える心の余裕がやっと戻ってきた。
「じゃあ、この空の星と同じだけの宝石を貢いでもらおうかしら」
「喜んで用意いたしましょう」
それが嘘か本当か分からない。
冗談めかしているくせに、なんだか本当に叶ってしまいそうで美珠は最後に嘘よ、と付け加えた。
「明日、連絡を取ります。そうすれば事態の打開が図れるでしょう」
「ええ、お願い」
美珠はかなり思案してから袖を引いた。
「何です?」
「お願い、ぎゅってして、私がここで一人ぼっちじゃないってわかるように」
そんな申し出を国明は躊躇っているようだった。
「変な意味はないの、年上の幼馴染としてでいいから」
「幼馴染でこういうことはしませんよ」
「いいえ、相馬ちゃんとだってしたことあるわ。珠利とだってスリスリするわ」
確かに、とだけ答えて国明は美珠へと体を傾けた。
「甘えたですね」
「結構つらい目にあったのよ。ちょっとだけでいいの、ぎゅってしてから背中ポンポンって叩いてくれたらそれでいいから」
「お安いご用です」
国明の腕の中は昔と変わらずあたたくて、この存在は偽りではないと確信して、美珠はその腕の中で瞳を閉じた。
*
漆黒の馬車が止まると、下りてきたのは長身の魔法使いだった。
黒い法衣に身を包み、杖の上に鴉を宿らせたその男を見て、魔法騎士は悲鳴を上げて柱に隠れた。
「お前たち、完全なる鍛錬不足だ」
牢屋に入ると魔希が冷や汗混じりに跪いた。
「魔宗様!」
けれど彼の目には一つのものしか目に入らなかった。
文字通り美珠の皮をかぶった別のものだ。
「お前が南方の奇跡か」
すると女は静かに顔をあげた。
魔宗はそんな女の口元の布を魔法で外すと女はゆっくりと口を開いた。
「違う。私は美珠よ」
「いいや、お前は南方の奇跡だ」
「南方の奇跡?」
眉間に皺を寄せ尋ねる相馬に人の形をした漆黒の魔法使いは鼻で笑った。
「我が弟子が調べてきたぞ。南方の地に奇跡と呼ばれる魔法使いがいるとな。南方の期待を一身に背負った娘。そしてカナンの地では意味の分からない儀式が行われていた。弟子は破壊したと言ってはいたが、あれは若輩者、ここにいるのも若輩者、つまり役立たずばかりだった、その結果、中身が入れ替わった」
「えっと、中身? ってことは器と中身が違うの?」
「そうだ、肉体と魂は違う」
「じゃあ、姫様はどこに」
「さてな。南方か、それともどこかで利用されているか」
「探すよ、ヒヨコ!」
もう我慢できないと珠利が飛び出そうとすると、相馬はもう一つの器を知らないことに気が付いた。
「な、何を探したら」
「私ら見て、目を輝かせている人がいたら、それが美珠様だよ」
そういって当てもなく出てゆく珠利に困惑しながらも、優菜の成果に感謝しつつ相馬はついて行った。
そんな二人に視線を送ってから、さらに冷たい視線を魔希へと向け魔宗はその部屋に背を向けた。
「さてと、私は陛下のもとへゆくとしよう」
魔宗は王へと朗報をもたらした。
光騎士の居場所に検討がついたこと。
暗黒騎士を向かわせたこと。
初音という無礼極まりない少女を見つけたこと。
王はいくつかの懸案事項が解決したものの、彼の心を悩ませる娘のことを思うとまだまだ心が苦しくなるばかりだった。




