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激情の大地 第九話 光と暗

暗守はそりたつ崖を無言のままみあげていた。

魔法騎士の解析、そして魔宗の予測ではこの崖の上に光騎士がいる可能性が高いのだという。

この岩というよりは乾いた砂に近い山のてっぺんで彼らは何をしているのだろうか。

降りて来ることはできなかったのだろうか。


ただ敵の罠だという可能性は捨てきれない。

敵だけが待ち構えているのかもしれない。


結局誰もいないのかもしれない。


それでもそこにいる可能性があるというのなら行くしかないのだ。

登ろうと手を伸ばして、ほどよいくぼみに手を入れたが乾いた土が砕け、これ以上進む事を拒んでいた。

それでも進まなくてはいけない。

背後に控えていた副団長が崖をみあげたまま黙りこくる暗守に声をかけてくる。


「団長、我々のこの鎧は最も不利なのでは」


暗黒騎士のその鎧は騎士の中でも最も重量のあるものだ。


「鎧を脱げ」


暗守の命令に誰も何の文句も言わなかった。

騎士にとって体を包む鎧が心身ともに大切なものであっても、今は友を助ける時。

たとえそれが自分にとっての魂であったとしても、それを置き捨てることになろうとも、それで友が救えるのなら、国が救えるのなら、きっと自分の心も救われる。


「この山を登り、光騎士を救助する」


「はっ」


まっさきに鎧を脱いだ暗守の姿を初めてみたものもいた。

褐色の肌に見たこともない水銀の髪、そして瞳。

けれど、好奇の目を向けることも、陰口をたたくこともなく、ただ使命感に突き動かされ重い鎧に身を包んできた騎士たちは自らそれを脱ぎ捨て山を登って行った。



光騎士たちは来る日も来る日も戦いに明け暮れていた。

目の前には人外の何かがいて、自分たちを襲ってくる。

それは桐と戦ったときに見た魔物のようでもあり、そしてそれとも異なるものでもある。

決まった時間に現れ、決まった時間に引いてゆく。

それらは自分たちをひどく消耗させはするが、まだ自陣には命を落とすものはいなかった。

 

ただそれを幾日続けたのだろうか、そしてこれから幾日続けなくてはいけないのか。

時々、自分が誰で、どこにいて、何をしているのかすら分からなくなる瞬間があるのだが、夜になればその日について、そして自分の置かれている状況について考える時間がやってくる。

そしてたくさんのことを考えた挙句、考え付くのは皆、家族のことだった。


光東もずっと考えていた。

光騎士の中で団長の結婚は周知の事実で、だからこそ心配してくれるものも多かった。

ただ光東だけではない。

皆も同じようなものを抱えていた。

妻子が待つもの、両親が待つもの、出産を控えた妻がいるもの、婚約者、恋人がいるもの。


だからこそ帰らなくてはいけなかった。


けれどどれだけ歩いてもあるのは砂の大地だけであり、砦も村も何一つ見えてこなかった。


「団長、お飲みになられますか?」


「いいや、いいよ。他の者に」


もう飲み物食べ物も底を尽く。

早くこの現状を打開しなければならない。

この状況からして、何かの罠にはまったことはわかるが、この果てのない砂漠からの脱出の仕方がわからなかった。

方位磁石は一点をさすものの、けれど一向にたどり着く場所は見えてこずずっと何もない砂漠をただひたすら彷徨う日々。

一人だったらとうにあきらめていたのかもしれない。

初音の幸せを祈りながら砂の上で倒れていたのかもしれない。

けれどまだここには部下たちがいる。

ともに磨きあう仲間たちがいる。

諦めるのも、倒れるのも早い。


「団長、何か来ます」


そう叫んだのは若い騎士だった。

目を凝らすと地面から何かが這い上がってくる。

それは今までみたこともない黒い塊だった。


「戦闘態勢を!」


その声に戦い疲れた騎士たちは気力を振り絞り、態勢を瞬時に整える。

そして光東の号令とともに皆とびかかった。


今日の敵は信じられぬほど強かった。

生半可な気持ちで挑めば自分たちが殺される、そんな感じだった。

だからこそ、光騎士は編隊を組み、死力を尽くし戦った。

 


山を登り切った暗黒騎士たちは目の前にいたのが光騎士ではなく白い人外の生物だったことに驚きを隠せなかった。

白くぼんやりした陽炎がいくつも崖の上に存在し、自分たちを待ち構えていた。

暗守は敵の罠を見破ることなく、悠々と去って行ったあの黒い魔法使いを呪いそうになったが、それでも文句ひとつ口にせず、すぐさま身に着けた剣を抜く。

鎧はないが、鍛え上げた体がある。

鎧がないからといって騎士でないわけではない。


心があれば騎士なのだ。


「敵を殲滅する! かかれ!」


「はっ!」


誰もが敵の駆逐それだけを目的としていた。



「どうして、こんなことに」


桂と初音は目を疑った。

なぜ、暗黒騎士と光騎士が戦っているのだろう。

彼らに何が起こったというのか。


そして初音は目を凝らしてみる。

戦いの最前線にいる人間を見つけたとき、何を思うよりもまず涙がこぼれていた。


「お兄様、……生きてる」


行方知れずになっていた兄がそこにいて、動いている。

ーやっと最愛の人を見つけた。


「よかった、お兄様」


「でも、この状況、あんまりいいとは言えないんじゃない?」


桂は状況を確認した後、深紅の飛竜を急降下させて暗守のそばへと寄り声をはりあげた。


「暗守さん、どうしたっていうんです!」


けれどその声は届かなかった。

桂と初音のその傍で戦う理由のないはずの両者が一心不乱に戦い続けていた。

初音もまた叫んだ。


「お兄様、お兄様! ねえ!」


戦いに熱中するあまり存在に気が付かないのか。

ここに貴方を愛する人間がいる。

あなたを迎えに来たのに、と。


けれど巨大な飛竜にこれほどの武人が気が付かぬわけがない。

初音よりも幾分冷静な桂は悔しそうに目を閉じた。


「これも敵の罠なんだろうね」


「そんな! 早くこれをどうにかしないと!」


「待って! あんたはここにいて、危ないから」

 

桂は岩場の影を見つけてそこに初音を下ろすと、背負っていた鎌の柄を持った。

正直彼らに刃を向けるなんてしたくない、してはいけないことだ。

けれど暗黒騎士が鎧をぬいでいるように、それは今の自分に必要なことなのだ。

そう心に言い聞かせ、フレイを従え彼らの前に立つと、彼らの目がこちらに向いた。

この人たちを助けるために罠を解くしかないと意気込んだ桂にかけられた言葉は信じがたく悲しい言葉だった。


「竜桧、反逆者、竜桧だ!」


「死の国からあらわれたぞ!」


彼らの瞳には突然現れた竜桧がうつっていた。

その妹、桂ではなく、彼らの敵が見えていたのだ。

そんな言葉を口々にかけられても、桂は唾を飲み込んで見据えていた。


逃げたくはなかった。絶対に。

自分は彼らの敵、兄竜桧ではない、桂という美珠や優菜の家族なのだ。


「ヒナ、あんただったら暗守さんはどんな状況でも間違えたりしなかったかな」


一歩踏み出し、跳ね上がると暗守へと鎌を振り下ろす。

けれどすぐにはじかれる。

団長である彼と力の差があることなんてわかってた。

けれどこのまま光騎士、暗黒騎士どちらかが倒れるまで待つなんてことはできなかった。

聞いてもらえればいい。

自分の声が届いて、お互い敵じゃないということがわかればそれでいい。


「暗守さん、聞いてください! あなた達が戦っているのは光騎士で!」


けれど声は通じなかった。

水銀の瞳を向けて、相手は憎しみでもなく、ただ悲しそうに桂を見ていた。


「お前はどうしてもこの国に逆らうのか?」


「違います! 私は桂です!」


そう叫んでも相手には届かない。


「この国はお前にとって地獄だったのか?」


「そんなことない」


兄だって、自分だってこの国が地獄だと思ったことはなかった。

どれだけつらい目にあってもここは祖国であり、大切な人がいる場所なのだ。

決して地獄なんかではない。


そんな強い思いがあっても、力負けして腕で首をしめられる。

息ができなくなった。

そんな主を見かねてフレイが飛び出し暗守に突撃したがフレイも魔物だとみなされ暗黒騎士数人に傷つけられていく。

それは自分が傷つけられるより苦しくて痛かった。


「フ……レイ」


どうしてこんなことになるのだろうか。

自分は国に逆らったわけでもない。

兄を失って一人殻にこもっていた自分に、たった一人手紙をくれた人を助けたかっただけだ。

絶望の中にいた自分に兄がどういうことを考えて、何をしたのか、真実をつたえてくれた。

それはつらいことでもあったが、何もわからず兄を恨むよりもはるかに幸せなことだった。

だからこそ、目が見えず苦しみの中にいた暗守を救いたかったのだ。


体中傷を負ったフレイは桂のもとまでたどり着くと、桂の首を絞める暗守を自らの尻尾で払いのけようとした。

桂は少しの自由を得たが、すでにまわりを暗黒騎士に囲まれており、彼らから向けらえる憎悪が桂を動けなくさせていた。


初音は物影からどうするべきかを考えていた。

ここから見える桂の状況は本当に危険なもので、早く騎士に目を覚ましてもらわなければ命にかかわってしまうのだろう。


やるしかない。


とんでもない戦いを繰り広げるこの人たちに目を覚ましてもらわなくてはいけない。

初音は背負っていた矢をつがえた。

そしてそれが正義と信じ、暗黒騎士と戦い続ける光東へと向ける。


自分の声は届くのだろうか。


「光騎士団長、光東! 聞こえる?」


顔がこちらへ向いた。

その瞬間、初音は呼吸を整えた。

かつて兄を助けるために竜桧に矢を向けた。

けれど今回その妹を助けるために最愛の人に矢を向けている。


「お願い、あたらないで」


そう願って引き絞り放した矢はまったく的外れなところへと飛んで行ってしまう。

当たらなかった安堵と目的を果たせなかった焦りが心を支配してゆく。

もう一度矢を番えようとした時だった。

影ができて、初音の前にはすでに光東がいた。


ー殺される。

やっと気持ちが伝わって、やっと結ばれることになったその人に殺される!


振り上げられる剣に初音はどうしようもなくて身を小さくして叫んだ。


「お兄様やめて!」


目の前で剣を振り上げる光東は目を見開いたまま手を止めた。

そして顔を周囲へと向ける。

まるで声の主を探すかのように。

だからこそ、初音は声の限りに叫んだ。


「お兄様、私よ初音よ! ねえ」


光東はゆっくりと視線を戻して、目の前にいる初音を見つめていた。

目が合うと、こらえきれず初音はその兄の胸へと飛び込んだ。


「お兄様に会いたかった。どんなことをしても、ねえ、お兄様」


それから初音は手を伸ばしてその光東のほほに触れた。

無精ひげが生えていたけれど、大好きな人のほほだった。


「会いたかったの、お兄様」


「初音?」


「うん。お兄様」


両手で思いっきり引き離されて、もう一度見上げると兄の目はやわらかくて、いつもの兄がそこにいる。


「初音、お前どうしてここに」


初音はその兄の手を握ると唇を寄せた。


「迎えにきたの。どうしても会いたくなって。部屋の壁紙の色、決まらなくて。お兄様と相談したくて」


「お前の好きなのでいいんだ。花柄だってなんだって、お前がいれば」


「うん!」


優しく兄に口づけて、そして初音は兄の頬を両手で挟み、振り向かせた。


「お兄様、これ、何に見えるの!」


「これは」


今、光東の目には真実が見えた。

そこに広がる戦いはあってはならないもの。

自分たちと戦っているのは人間であり、鎧こそないが、それは暗黒騎士。


「ひけ、ひけ! 我々と戦っているのは暗黒騎士だ!」


言葉に光騎士達は困惑の表情を浮かべた。

何を言っているのだとすぐには納得してくれなかった。


「ねえ、あそこ! お兄様、兎に角桂さんを助けてあげて!」


初音の視界には今や命を奪われようとしている桂の姿が入っていた。

光東もそのことに気が付くと、これはまずいと剣を握りそこへと飛び込んで行った。


首を絞められ窒息し、目の前が暗くなる。 

それでも見える。

暗守のそばに置かれている斧、これで首が斬り落とされるのだろうか。


もし自分が命を賭して彼に語りかければ少しくらい気持ちは通じるだろうか。

今までのように自分の殻にこもらず素直に気持ちを伝えれば。

絞められる手を抗うわけでもなく添えて、見上げると、暗守と目があった。


「お前の妹のことを少しでも考えてやれなかったのか?」


「暗守さん」


「お前の妹は一人ぼっちになってしまった。自慢だった兄だろうに。お前のことを口にできなくなった。お前はそれで満足だったか? 私はもうお前と戦いたくはない。戦いたくはないんだ。お前と戦えばきっと美珠様が悲しまれる」


そういって手を緩めた。

そして桂は悟った。

彼を引き留めたのは結局姫だった。

彼の中にいる美珠姫という存在だった。


では目の前にいる私は一体どんな意味があるのだ。

どこまでいっても、ただの反逆者の妹なのだろうか。

そんな意味しか与えられないのだろうか。


ふいに優菜の背中が見えた。

前に光騎士を蹴り飛ばして守ってくれた優菜の背中だ。

違う。

優菜だけは兄と自分を全く重ねなかった。

知らないせいもあるだろう。

けれど騎士の言葉に腹を立て、立場も省みずぶっとばしてくれたのだ。

私を守るために。

それがどれほど嬉しいことだったか。


「助けて……優菜」


桂の上に覆い被さる暗守の腕を誰かがつかんだ。


「おい、君、誰に何をしているのかわかっているのか?」


声が二人の耳にはっきりと入ってくる。

暗守にははっきりわかる。

それは毎日生活を共にいた仲間の声だ。

暗守は驚いて視線を声の方へと向けた。


そこには少し汚れていたが純白の鎧がある。


「光東!」


探していた名を呼ぶと仲間は一つ手を挙げた。


「やあ、暗守。助けに来てくれてありがとう」


悪意のない笑顔がそこにあった。


「どういうことだ? 我々は」


よくよく見渡してみると白い魔物は鎧をつけた騎士たちだった。

どうしてこんなことになったのか。


「何か性質の悪い魔術にはまったようだ」


そんな光東の隣には初音。

突如として王都から消えた娘は今は恋人の隣にいたのだが、安堵とは全く違う顔を浮かべ、自分へ責める目を見せていた。


「初音殿、あなたのことも心配していたんです」


「暗守さん、それよりも! 早く手当をしてあげて!」


初音の声に我に返ると目の前には傷つき放心状態に陥った桂と、紅い体に尋常ならざらぬ出血をしたフレイがいた。


「まさか私が戦っていたのは!」


「桂さん!」


「ん、大丈夫」


初音に揺すられどうにか気を取り戻した桂はぼんやりした後、慌てて人を避けフレイへと駆け寄り、その体に自分の上着を脱いであてた。


「フレイ、私のせいで……ごめんね」


桂は一人、幻覚から抜け出し無事を喜び合う人々に背中を向けて涙をこぼしフレイをなでた。


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