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激情の大地 第八話 交差

この事態に対し、美珠は理解できず興奮して優菜へとつかみかかった。

優菜もまた驚きを隠せず、しげしげとその姿を眺めているだけ。


「何、これ、どういうこと! 私の体は? 私の体がそのままこうなっちゃったってこと? それとも入れ替わったの?」


「わからないよ。もう少し情報がないと」


「そ、そうよね」


優菜に見えるのは昨晩、呪いに参加した女だった。

強烈な力で自分を押さえつけた女。 

紗伊那をつぶす方法とかなんとか言っていた。

 

そしてなぜか姫の心がここにある。

別の女の体に入って。

 

じゃあ、この女の魂はどこに行った。

姫の体はどうなった。

 

優菜は縛られてしびれた手首をなでながら本当にそれが美珠なのかを確めた。

相手の幻覚に入ってしまったのではないかと。

けれどなんとなく本人がそこにいるのだとわかる。

仕草にしてもそうだし、持っている雰囲気というのもそうだからだ。


そこにヒナがいるのだと思うと、まったく知らない外見の女でも愛しく見えた。


「ねえヒナ、なんかそんな風になるまで変わったことなかった?」


「そうよ! 昨日私、呪いをかけられたの!」


「呪い?」


確か昨日ここにいる奴らも紗伊那に対する儀式を行っていた気がする。

それを潰したつもりでいたのだが、結局は向こうが成功したということか。


「でね、何とか魔希君と魔央さんが払ってくれたんだけれど、昨日緊張しすぎたせいですごく眠くて、で、寝たらこうなっていたってわけ」


「ワンコ兄さん、つめがあまかったんだな」


「そういうことよね、でも、ここに優菜がいてくれてよかった。目が覚めて一人ぼっちだったらもう私きっと発狂してたと思うの」


「俺も朝起きて先生と入れ替わってたら発狂するかな」


笑ってみせると美珠も少し笑った。


「優菜」


「大丈夫だよ」


どちらともなく抱きしめあって、お互いゆっくりと深呼吸した。


「あ、なんかこっちのほうがポヨンポヨンしてる」


「確かに何だか優菜の顔まで距離がある気がする。この胸のせいね」


優菜の言葉に美珠は噴出し、胸に触れてみる。

確かにこの人の体は色っぽい。

胸は大きいし、肌も滑らかで、薄着ということもあって、とにかく大人の女の体だというのがわかる。


「ねえ、ねえ、胸の大きさはこっちのほうがいい?」


「俺はヒナがいいよ」


「ホントに?」


「うん。ホント。たとえ胸がちっこくて……っゴホ、まあ、とにかくまずはここから出て、ヒナ本体と合流しなくちゃね」


「貧乳で悪かったわね。胸だけ交換してもらえないかしら」


「いや、そんな胸の大きさ関係ないと思う!」


心に余裕ができて冗談めかして言ってみたというのに、強くいう優菜のその言葉が逆にある種の不信感を募らせる。


「まあいいわ! とにかく、私の体、返してもらわないと! で? ここは北晋国?」


「え? 違うよ、ここは紗伊那の南方、カナンってところなんだ」


カナン、それはこの体の女にきいた南方の地だ。

 

「カナン? どうして優菜が南方に?」


「そりゃあ、相馬ちゃんに」


気配を感じてお互い同時に構える。

扉口に立っていたのは一人の男。

すらりとした長身の剣を持った男。

絶対に強い、そんな空気が伝わってくる。

おまけにその男にしてみたらこの姿の美珠はどうか知らないが、優菜に関しては絶対必要のない存在であるはずで、死ね、そういう空気をたっぷりと出していた。


「優菜、宝珠は?」


「青だし、ガンガン行ける」


先生に授けられた命の宝珠を確認して、美珠は剣になるものを探したが何も見つからなかった。


「そっちの娘は今から連れて行くところがある」


「連れて行くってどこへ?」


優菜の問いかけに耳を疑う答えが返ってきた。


「絶望しか生まれない場所に」


どちらともなくつないだ手の力がきつくなる。


「そんなところ御免こうむる」


優菜はヒナの魂を持つ見知らぬ女をかばいながら目を動かす。

ちゃんと逃げ道は考えてあった。

こんな薄い建物、優菜が力を込めて思いっきり踏みつければ床板が折れて抜け出せるはずだった。

そしてそれを実行しようとした時だった。

重い一撃を腹に感じた。


「優菜!」


死角から突然のびてきたようにしか見えないその攻撃をかわすこともできず、その場に崩れ落ちる。


「優菜! しっかりして!」


「しっかりしてる」


いつもと違う顔と声の好きな女も守れずに終わりたくなんかなくて、何とか立ち上がる。

そして拳に力を込めて殴りかかると、相手のほほをかすった。

それと同時にもろい木の壁を破壊し、優菜の体は空中に躍り出た。

体を反転させ生命力を放出し、宙に気の壁を作り上げ空を蹴ると、勢いをつけて男を蹴りつける。

一度目は防がれたが、右足をぐるりをまわしもう一度蹴りを食らわせると男の体にめり込んだ。

入ったと思った直後、その足がつかまれ、すぐさま、不気味な音をたてて足がおかしな方向へと曲がった。


「な! 大丈夫! 優菜!」


駆け寄ろうとした美珠の魂が入ったその体が優菜の方へと駆けてきたが、男は優菜に触れることも許さずその髪をつかんだ。


「ヒナ!」


「優菜! 痛い! 離しなさい!」


右足を折られ這いつくばる優菜の目の前で、ヒナは知らない男に髪をつかまれ引きずられてゆく。


「ヒナを離せ!」


「痛い! 髪を引っ張らないで!」


相手を蹴りつけてやろうと美珠が力をこめた瞬間、腹を殴られ息ができなくなり目の前が真っ暗になってゆく。


「ヒナ!」


優菜は叫びながら必死に考えた。

目の前で意識を手放した恋人はどうなるというのか。

絶望しかない場所とは一体どこなんだろうか。


「ヒナ! 起きろ!」


男は引き離される二人のことなど何一つ気にしていないようだった。

同情、憐み、そういったものは一切見せない無表情。


「ヒナ! しっかりしろ! ヒナ!」


優菜はただ折れた足をどうすることもできずその場で距離が開いてゆく恋人の姿をただ這いずって追いかけた。

けれどその二人の姿はやがて闇に消えた。


     *


「ふむ、至って快適だ」


桂はため息まじりに後ろに視線を向ける。

砂漠には愛竜フレイの影が映っている。

魔法騎士、暗黒騎士と合流し、光騎士の居場所を突き止めた先生はそのまま自分が手伝うわけではなく、南方の砦を選ぶことにした。

自分だけはさっさとフレイの背中に乗ると黒い日傘とやわらかい敷物を用意してそのうえで雑誌を読みふけりながらくつろいでいたのだ。

黒い中型犬が。

なんて緊張感のなさだ、と桂は思う。

先生はすごい人なんだからが光騎士を助けるのを手伝えばいいのに、と何度か嫌味交じりにいったが、聞く耳をもたなかった。

けれどそんなワンコ先生の黒い耳がピクリと動き、面倒くさそうに体を起こし下をのぞいた。


「何? 先生」


「桂! あそこで困っている女性がいる、助けてやろうか」


視線を落とすと馬が倒れ、途方に暮れてる人影があった。


「あ、うん!」


桂が大変だと飛竜を下ろすとそこにいたのはまだ少女だった。

姿からしても南方に似つかわしくない華奢な色白の少女。


「どうしたの?」


「あの、それが!」


けれど女は桂の顔を見てそのまま凍りついた。

顔には恐怖と戸惑いがみてとれた。


「あなた竜騎士団長?」


「あ~」


桂は頭を掻くとそのまま首を振った。

ここまで来てそれか、と逃げたくすらなった。


「ちょっと違う、妹なんだ」


「妹……さん?」


「うん、で、どうしたの?」


「それが馬が動かなくなってしまって」


馬は泡を吹いている。

どうやらこの暑さにやられたようだった。

 

「あ、あの私、南の砦まで行きたくて」


「ああ、行くよ、私ら」


「本当ですか! 急ぎなんです」


桂がそういうとフレイの背中から飛び降りた先生は杖で少女の足をつついた。


「お前を乗せてやる義理はない」


「い、犬がしゃべった!」


二足歩行その上、人語を話す犬の出現、少女は驚いて身を引いた。


「先生、なんでそんな意地悪いうの!」


「この小娘は私を東和商会の店からつまみ出した女だ。あの恨みわすれぬぞ」


少女はその言葉をしばらく考えていたが、やがて顔を明るくして手をたたいた。


「もしかして、あなた優菜君の飼い犬さん?」


その言葉が気に入らなかったようで先生の眉がピクリと動く。


「飼い犬だと?」


けれど桂は一人冷静に聞くことにした。

先生に付き合ってたら時間がかかるだけだ。


「あんた、優菜のこと知ってんの?」


「あ、ええ。あの、助けてもらって。だから私ここにいて」


「で? 優菜は?」


一体どこで何をしているのか、桂は優菜のことを教えてほしくてたまらなかったのに、女はなかなか何かを伝えようとはしなかった。

だからこそ、桂はひとつの手段にでることにした。


「私は美珠様の近衛をしてるんだ」


まだ身に着けたことはなかった指輪をポケットから差し出す。

するとそれを少女はそれを覗き込み、桂の顔を確かめた。


「相馬君や珠利さんと」


「一緒みたいだね。反逆者の妹を迎え入れてくれた姫様がいるんだ。優菜は私たちの家族で、大切な仲間だよ。あいつはきっと姫様のために動いてる。信じて」


「確かに美珠様ならなさりそうなことですね」


「そうだね」


桂も初音も今初めて会話した。

けれども二人にはもう友情が芽生えていた。

そして先生も意地悪ばかりではなく、少しやさしさも見せてきた。


「おい、娘、光騎士団の目星はついた。気を抜くがよい」


「本当ですか!」


初音はその言葉に腰が抜けたようにしゃがみこむと、安堵したように涙をこぼした。


「うん、今暗守さんが向かってる」


「暗守様が? よかった、お兄様」


初音の涙もそこそこに先生はもう一度初音の足を杖でつついた。


「痛い!」


「で、あの弟子、今どこで何してる」


初音は指で涙をぬぐうと、簡潔に初音は自分の見聞きした事実を伝えた。

ワンコ先生は時々、ほう、なるほど、と相槌を打って南の地へと顔を向けた。


「あいつは南方部族にか。わかった。桂、お前は暗守のもとに飛べ、この娘を連れてな」


「え? でも先生は」


「私は砦に行く」


「でも、フレイがいないと先生、走るしかないんじゃないの?」


馬でも倒れたこの灼熱の土地を先生一人で越えろというのはさすがに厳しすぎる。 

そんな桂の心配をよそに、ワンコ先生は右手を挙げ、どこから来たのかカラスを宿らせると、軽く杖でたたいた。

するとカラスは黒い馬車に姿を変えた。


「嘘、先生、そんなことできるの?」


まるでおとぎ話を目の前でみているようで、桂も初音も憧れのまなざしを犬へと向けた。

そうなると増長するのはこのワンコ先生だった。


「ふむ、この魔力にあふれた場所なら私にできぬことはない、ならば次は、この杖を天まで届く塔にかえて」


「そんなことはいいから! 優菜を助けにはいかないの?」


「優菜の知った事実を伝えることも大切だろう」


先生はカラスの馬車に乗り込むと愛想もなく去ってしまった。

残された二人は顔を見合わせてそれから飛竜に乗り、光騎士、暗黒騎士の待つ東に向かって空へと舞い上がった。


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