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激情の大地 第七話 美珠

朝、美珠は食欲もなくただ椅子に座っていた。

父とともに過ごした部屋は幾重にも結界が貼られ、ものものしく騎士が見張っていた。

これでは何かあったと言っているようなものだ。


「昨日の一件から推測するに、あれは我々の魔法とはまた違うものだと思われます。おそらく南方部族に伝わる呪いの一種かと」


呪い、その響きだけでも十分恐ろしいものだった。

その上どういうものかもわからないから、尚更怯えてしまう。


「じゃあ南方部族は美珠様を狙ってるっていうこと?」


「今のところは美珠様を狙っています。ただ、推測するに、あの呪いには何かの媒体が必要だったのではないかと思うのです。そうでなければあれほど的確に美珠様へと呪いをかけるなど不可能なこと、何か持ち物がなくなったなどありませんか」


魔央の質問に美珠は首をかしげた。

荷物は美珠自身ではなく侍女が管理してくれている。

また侍女を疑わなければならないのか、そう思うと表情が強張る。


「では、体の一部、もしかすると髪などを使用したのかもしれません」


確かに髪は昨日無防備に梳いてもらった。

それが原因だというのだろうか。

ただ、髪一本落とさず生活するというのは絶対に不可能だ。

ということは敵の手はいつでも伸びてくるということ。


「陛下、国明と聖斗は戻せないのですか? こういう状況です。美珠様の警護に。国明の魔法剣ならば呪いを切り捨てることもできるでしょう」


美珠が昨日ちらりと口にしたことを含んでか、魔央が王に申し出る。

王はわかっているという風に頷き控えていた人間に目で指示すると、彼ら、特に国王騎士団長への手配に少し時間がかかりますが必ずと答えてくれた。

どうやら彼は国明、聖斗の密命を知っているようだった。

美珠はそれでも不安で父の袖を握りつつ、けれど王の代わりに懸念事項の確認は怠らなかった。


「魔央さん、光騎士団の皆さんは? 見つかりました?」


「ええ、移動先が大体は判明いたしましたので、わが師と暗黒騎士と向かわせました。私は結果を伝えにこちらに」


「そうですか、では後一歩ですね」


ワンコ先生なら心強い。

本当に事態は前進したのだ。

美珠が胸をなでおろしながら、どこかにいる初音にも早くこのことを告げてあげたくてならなかった。

彼女は今自分以上に不安であろうから。


空気が変わったのは朝食を食べてすぐのこと。

砦で用意された水水しい、赤い果物を食べて少しするとだんだん眠くなってきた。

守ってくれている人たちに申し訳ないと何度も何度も自分に言い聞かせたが、主を思いやった相馬はソファに転がらせてくれた。


「寝るつもりなんて」


「美珠様、我々が見張っております、昨日もお休みになっておられないのではありませんか? 疲れてしまうとそこを狙われるかもしれません」


魔央があまりに心強くいってくれるものだから美珠はひざ掛けに視線を落としてほんの数分だけ、と眠ることにした。


「すぐ起こしてね、相馬ちゃん」


「うん、あとでここにいる人たちに直接声をかけることになってるんだ。それまで寝てても大丈夫だよ」


ここにいる人というのは奴隷たちに向けて声をかけるという仕事なのであるが、相馬は言葉を選んで主の背中をたたいた。

美珠は守ってくれる人の中で転寝をはじめた。



数分と思っていたのに、小一時間深く眠った美珠は珠利に起こされて、一度鏡で姿を確認すると迎えにきた駒形にともに奴隷が見える石塁の上へと向かった。

歩いている間中、駒形がどれだけしゃべっていても美珠は笑うことも、困ることもなくただ石塁に目を向けていた。


石塁の下には召集された奴隷であふれていた。

駒形が看守たちに声をかけ奴隷を集めさせたのだが、彼らに王族に対する敬意などあるわけもなく、このような状況におかれ殺意すら伴う視線を美珠に向けていた。

けれど美珠はひるまなかった。

ずいっと前に出ると声をはりあげた。


「ここにいる奴隷共、殺してしまいなさい」


響いた声を聴いても、相馬は言葉を飲み込めずに黒革の手帳を握りしめて姫を凝視する。

警備についた魔央もまた目を見開いたまま立ち尽くしていた。


けれどそれを諾とした人間がいた。

この砦の主、駒形である。

彼は姫の命令を忠実に実行しようとした。


「姫の御言葉じゃぞ!」


その声に看守たちが動き始めて剣を抜くものだから、奴隷たちからは悲鳴があがる。


「美珠様、何言ってるの! 何どうしたの?」


あわててつかんだ珠利を押しのけ、さらに美珠は叫んだ。


「奴隷などただの道具。人ではないのです。さあ、お前たちも殺すのです」


お前たちと向けられたのは国王騎士、魔法騎士であった。

けれど魔法騎士を束ねる魔央も国王騎士を束ねる国廣も全く動かずただ姫を見ているだけ。

すると姫はしびれを切らし、駒形の剣を抜いて、奴隷に向かって投げつけた。


「お前たち! 私の命令がきけないというの?」


美珠は険しい顔で騎士を見た後、駒形に叫んだ。


「この者たちは南方部族に魂を売ったのです。捕えよ!」


「はっ!」


駒形は今度は私兵を騎士に向ける。

けれど私兵が騎士にかなうわけはない。

こんな状況下にあっても魔央は毅然とした態度をとっていた。


「これは姫を騙る偽物である」


その言葉に騎士達もまた素早く動いた。

迷うことなく美珠のもとに多くの騎士が迫ってくる。

屈強な男たちに囲まれ、美珠の顔には焦りがあった。


「何を言うの! 私は本物よ! 誰か! この者たちをとらえて!」


「姫様! ただ今!」


すぐに駒形が私兵をぶつけ、反乱だ反乱だとののしった。

けれどその間にも姫は魔法騎士に拘束され、奴隷たちの前から姿を消した


     *


「ごめん、相馬ちゃん、よく寝た」


美珠は顔をこすりながらあたりをたしかめる。

もう外は暗くなっていて手元ですらよく見えない。


「相馬ちゃん。珠利? 灯りを頂戴」


けれど誰も返事をしてくれなかった。

いつもそばにいてくれる二人はどこへ行ってしまったのだろう。

魔央がいてくれたのではなかったか。

 

ひどくのどが渇いて、水が飲みたい。

けれどそばには水もなにもなくて、美珠は結局自分で水を探すことにした。

体を起こすと体の痛みにも気が付いた。

どうしてか石の寝台に寝かされていたようで体がこわばっていた。


「何よ、これ」


ソファで寝ていたのに、一体何があって石の上なのか。

体をさすってから手さぐりで探し当てた扉に手をかける。

あっさりと開いた扉の向こうにいたのはまさかここにいるとは思ってなかった人。

相馬でも珠利でも、魔央でもなく、そこにいたのは優菜だった。


「え? あれ? 優菜? 何? ここにきてくれたの? っていうか、どうしたの、その顔!」


痛々しい傷が口元にあって、美珠はそうっと触れようとしたのだが、優菜は嫌そうに顔をそらしてしまう。


「ひどい、そんなに避けなくても。会いにくてくれたんじゃないの?」


「お前、誰だ?」


優菜の瞳はいつもと違う。

こんな敵意向けられたことはない。

そしてどうしてか優菜は縄で縛られ柱にくくりつけられていた。

美珠はすぐさま柱の縄を緩め優菜へと目を向けた。


「なんでそんなことになってるの? 何したの!」


「祭壇壊しただけだ」


「祭壇? 先生の用意してたものを壊したの? だからお仕置き?」


「あいつが先生なのか?」


優菜はワンコ先生と喧嘩したのだろうか。

それにしてもワンコ先生をあいつ呼ばわりとはよほどのことがあったのか。


「そんな口きくと先生におこられるわよ」


美珠は縄の痕が痛々しい優菜の腕をさすったが、すぐにひっこめられた。 

そんなに嫌われているのか、そうは思ってもまだ自分にとっては恋人の域にもある大好きな人だ。


「距離をおくって言われてからなかなか会いにきてくれないし、ねえ、距離を置くってわかれるってこと? 世間ではそういうことなの? もう私たち別れてるってこと? だから私に怒ってるの?」


矢継ぎ早に美珠が質問を続けてゆくその様子を探りながら、優菜は心底困ったように頭を掻いた。


「あのさ、状況がのみこめないんで質問していい?」


「うん」


状況が飲み込めないのは自分の方だが、うなづいてみる。


「まさか、ヒナじゃないよね?」


美珠は質問の意味がわかりかねた。


何が私じゃないのか。

私に決まってるだろう。


「何が? どう?」


「だから目の前にいるのがヒナかって聞いてるんだよ。違うなら違うって言って」


「違うわけないじゃない! 優菜、何言ってるの? どうしちゃったの? 目が見えないの?」


「どうしちゃったのってこっちが聞きたいよ。ヒナ、とにかく鏡見て!」


「何? 顔に落書きされてる?」


美珠は視線をめぐらせて鏡ではないけれど銀色の盃を見つけた。

それを覗き込んでみる。

そこには黒髪の女がいるようだった。

けれど見慣れた輪郭でもなく、髪型でもない。

印象的なのは縁取られた黒い瞳だった。

みたことがある顔だが自分の顔では決してなかった。 


「ぎゃ!」


盃を投げて優菜を見る。


「ねえ、優菜。私、わけがわからない」


「俺だってわからないよ」


「ねえ、ねえ、……これって」


「中の人がヒナっていうのなら、外見まったく違うんですけど」

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