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激情の大地 第六話 祈り

優菜が長い長い間砂漠をこえ、なんとか水をたたえた街についたのは夜も更けてから。

日が陰り、急速に寒くなり北晋から持ってきた毛皮を着こみながら街に降り立った。

もうとっくに街は眠っているだろうと考えていたのだが、どうやら様子は違う。

人々は老若男女問わずそこにいたのだ。


街の中心にはここにいきる人々に恵みを与える水がある。

そのそばに木を編んで作った三階建ての塔を取り囲むように住民総出で何かを呟いている。

塔は祭壇で彼らは祈りの最中なのだと理解してしばらく様子を見ていると、気持ち悪い祝詞だけが地面から突き上げるように響いてきた。


「声、かけていいと思う?」


「難しいところだな、怒られなきゃいいけど」


慎一は肩をすくめ様子をうかがっていたが、顔見知りの男を見つけて声をかけにゆく。

男は慎一に気さくに挨拶した後、祈りを邪魔することがないように少し距離をおいたところまで二人を連れて行った。


「今日は何かお祭りの日だったのか?」


慎一の言葉に男は声をあげて笑った。


「祭りといえば祭りだ。そう、紗伊那の破壊をはじめる」


「破壊? どういう風に、北晋にも有益な情報なら教えてくれ」


「もう北晋の力などかりずとも我々でかなえられるのだ。紗伊那は姫が崩壊させてゆく」


狂気、錯乱ともいうべき状態に陥った男に対し優菜と慎一は焦りを見せず、笑みを浮かべ続けていた。

今、この男はとんでもないことをさらりといった。


ー姫が崩壊させる。


それはどういうことだ、と優菜がもう少し話を聞こうとしたところで、突然の歓声があたりを包む。

狂気が狂喜にかわってゆく。

声の方に目を凝らすと誰かが帰村したようで、松明のなか下馬した二人が足早に塔へと向かっていた。

二人とも外套を目深にかぶっていてその容姿について慎一も優菜もまったく見ることができなかった。


「これでこの地の呪いは解かれる。復讐の時だ! フハハハ」


そう叫んで慎一を振りほどくように祈りに戻った男を後目に、二人は急ぐべしと初音が待つ馬車へと戻った。


馬車のなかで小さくなって隠れていた初音は何があったのか話してほしいと顔を向けたが、二人は眉間にしわを刻んで思案顔。


「嫌な予感がするな」


「だね。なんか絶対よくないことをしてる」


「よくないことって?」


初音は男二人の顔をうかがっていたが、けれどその二人は頭の中でひたすら考えをまとめていた。

大分経ってから優菜は一人ぼそりと言葉を出した。


「もしかしたらヒナ、南方に出向いてるのか。光騎士を探して」


「その可能性が高いな。あの姫のことだ、絶対に動く」


優菜と慎一の言葉に反応したのは初音だった。


「姫? そんなまさか、美珠様が!」


「知らないかもしれないけど、姫様はそういう人間だよ」


慎一は手にいれた情報でしか姫を知らない、けれど初音は生き様を知っていた。


「もちろん、私だって姫様のことは知ってるわ。確かに、それはあるかもしれない」


初音よりも、慎一よりも美珠を知る人間は呼吸を整える。

絶対姫はこの地にきている。

そしてこいつらはその姫に何かしようとしている。


ー自分の半身の大事な相手を。

 

「させるかよ」

 

先生から再度授けられたブーツを確認した後、手に黒いグローブをはめた。


「これがよくないものだっていうなら、とにかくこの集会、ぶち壊すしかないな」


     *

 

「美珠様、そこから絶対に動かないでください」


美珠は突然の声に一緒に布団に転がっていた珠利と目を合わせた。

突然、懐に手を入れた魔希が尋常ならざる視線を窓の向こうに送っていたからだ。


「何? 誰か忍んでくる?」


珠利は気配を感じられずにいたが、それでも手を剣へと伸ばしていた。


「いいえ、魔術の類です。まだ俺にも何かはつかみきれてはいませんがよくないものには間違いありません。相馬さん、魔法騎士を呼んできてください。あとおそらく副団長も気が付いておられるでしょうが、王の警備の強化も伝えてください」


「わかった」


相馬が駆け足で出ていった直後、魔希は小刀を取り出し部屋の四方へと突き刺した。

途端、窓のガラスがバリバリと音を立てる。

まるで誰かに部屋ごと揺さぶられているようだった。


「大丈夫、今回は絶対にみんなで守るからね」


珠利にきつく抱きしめられて、美珠はうなずく。

けれどもふとよぎる恐怖。


-また自分は消されてしまうのだろうか。


また皆を、両親を、皆を不安にさせてしまうのだろうか。

仲間たちを苦しめてしまうのだろうか。


「怖い、怖いわ、珠利」


「大丈夫、大丈夫、ね。ほら私たちがいるよ。だから大丈夫」


「私、もう皆から離れたくない。お願いだから」


「わかってる。美珠様は今度は私たち、命かけて守るからね」


「信じてください、美珠様」


珠利と魔希の言葉をただ信じて窓へと目を凝らす。

先ほどまで何もなかった、砂漠しか見えていなかったはずの窓に、黒くてブヨブヨした半透明の何かがあった。

正体がわからない、目に見える敵とは違う不気味で気持ちの悪いもの。

だから美珠は思わず叫んだ。


「いやああ!」


     *


光騎士団への魔法の解析結果を持って砦にやってきた魔央が砦に入った時、そこにはとてつもない瘴気が漂っていた。

慌てて瘴気が強い場所へと早足で向かうと、その中で姫と従者と部下が戦っていた。


「なんだこれは」


魔央はすぐさま魔希の結界の補強はかり、それと同時に根源から絶つため呪文を紡いでゆく。

美珠はただ震え、おびえているしかできなかった。

物理的なものだったら剣をもってまだ戦えたかもしれない。

力を尽くして戦うことができる。

けれど相手は不可思議なもので、そこからは異様な気配が押し寄せてくる。


(助けて、珠以! お願いよ、お願いだから)


絶対に誰にも聞かれるわけにはいかない言葉を心の中で何度も何度も唱えた。

それでも窓を越えジワリジワリと迫ってくるブヨブヨしたもの。

それはまるで美珠をつかむように手を伸ばしてくる。

これにつかまれたら終わりだと、美珠は恐怖に呼吸さえ忘れていた。


けれど魔希が呪文を唱え終え目を開いた途端、呪文が光の帯となり、ブヨブヨを巻きつけ砂にうずめてゆく。

はじめは一進一退のせめぎあいだったように見えたが、しばらくすると相手の力が負けたのか、絶たれたのか、吸い込まれるように砂のなかに消え、そして完全に姿が見えなくなると、瘴気もまた消えた。


「大丈夫です。敵を消しました」


そこには嬉しそうな魔希がいて補助に回った魔央もよくやったと言わんばかりに何度も首を縦にふっていた。


「本当に?」


「ええ、気配も何も感じなくなりました」


魔央はそれでもまだ警戒を解くことはなかった。

これからの体勢を確認するために王のもとへゆくという。

美珠も怖いからこそついてゆくことにした。

夜の砦は月明かりにしか照らされておらず、警備もほとんどない。

こんな警備で大丈夫なのだろうか。

不安が追い立ててくる。


「ねえ、国明さんは……どこにいるのかしら」


魔央は美珠に結界を施し、すぐ前を歩きながら首を振った。


「我々にも聞かされておりません。しかし、事があった以上、ここへ呼ぶことは可能かと思います。国王陛下に進言してみましょう」


それが正解なのかはわからない。

けれどどうしても不安でしかたなかった。

そばにいてその背中で守ってほしかった。

できるならば、命がつきるまでお守りしますと、そう誓って欲しかった。


国王は娘に危険が迫っているということを知ると目の色を変えて後ろに控える男へと目をやった。

団長不在の騎士団をまとめるのはもうこの男の仕事になりつつあった。

国王騎士副団長国廣もまたその事実に驚きを隠せず、そしてすぐに隊長達を集めて策を講じると約束してくれたのだが、


「お父様、私、怖いわ。もう消えたくない。私」


そんな娘をぎゅと抱きしめて父は砦に厳戒態勢を取らせるように命じた。



優菜は鏡を踏みつけた。

突然祈りに割り込んで、三階にかけ上るとそこにあった祭壇を破壊し、ご神体のように飾られていた黄金の鏡をへしゃげさせ破壊した優菜はそこで祈り続けていた人々をまるで邪教徒のように睨み下ろしていた。

祈りに入っていた人々は飛び込んできた人間に驚きはしたものの、まだ子供なのだと理解すると恐れることもなく武器を取る。

けれど優菜はもっと強気だった。


「ヒナに何する気だ、言えよ!」


「お前、何者だ」


人々が声を荒げ優菜を取り囲むさまを見ていた慎一は初音とともに岩陰に隠れると困ったように頭を掻いた。


「まったく、あいつはあんな風に後先考えず行動する奴じゃなかったはずなのに。姫に感化されたのか」


「どういうこと? 優菜君と美珠様はどういう関係?」


「恋人であるはずなんだけど」


「恋人って、美珠様とあの優菜君が?」


慎一は様子をうかがいそれから初音を馬車に乗せた。

馬を確認している慎一を見て初音は小さな声で、けれどせっぱつまって声をかけた。


「ちょっと、優菜君はどうするの?」


「仕方ないだろう。俺たちがここにいたら遅かれ早かれ見つかる。それなら知ってることを紗伊那の奴らにしらせなくちゃならない。今、俺たちが持っているのは重要なことだ。国を潰そうと祈ってる奴らがいて、南方の奇跡なる存在がいて、姫に呪いをかけようとしている。このカナンっていう村は重要な場所だ。その事実をちゃんとした奴に伝えなくちゃならない」


「そうね、それはそうよ」


確かに目の前で行われていた儀式はまともなものではない。

少なくとも紗伊那にとっては。


「君、一人でこの砂漠をこえられるか? 馬と食糧は託す。それで君、この砂漠を超えられるか?」


「やらなきゃいけないのなら」


それが兄のためにも姫のためにも家のためにもなるのなら、たとえこの身が干からびたってするしかない。

物おじしない初音に慎一は微笑んだ。


「さすが騎士団長の妻になる人間は強いな」


「強くなんて」


「じゃあ、女性は皆強いのかな? 俺の好きな人もずいぶん気の強い人だったから」


慎一は馬に鞭を当てると初音の背を見送った。

向こうで優菜が破壊活動をしている音が聞こえてくる。


「さてと、俺は年だし、様子を見てから動くことにするか」


慎一はあたりを確かめて木の陰に消えた。


一人破壊活動にいそしむ優菜は祭壇を破壊しつくしたところで足が動かなくなった。

まるで金縛りだった。

目の前にあらわれたのは腰の曲がった老人と若い女。

これはどちらかの技なのだろう、気になるのは褐色の肌に黒髪の女。

濃くひかれた目の縁取りが印象的な女だ。

彼女の意思の強そうな目が容姿が全く違うのに美珠を彷彿させた。

だからこそ、優菜は尋ねた。


「あんたが奇跡?」


「奇跡などではない。我々の意思の集合体だ」


女からは答えがもらえず、後ろからあらわれた長身の男に優菜は膝を殴りつけられ、その場に跪かせられる。

優菜は誠に不本意ながら彼らの前に膝を折り頭を垂れる形になった。


「お前は紗伊那の者か? 話では北晋の男がうろついているということだったが」


男の問いかけに優菜はあえて答えなかった。

どうとでもとってもらえるように。


「答えろ」


重い一発がほほに飛んできても優菜は答えなかった。

慎一はきっと初音を外へと送り出すだろう。

初音が無事に紗伊那に伝言できれば、この奇跡への対処法をワンコ先生かワンコ兄さんが考えてくれるに違いない。


「絶対嫌だね。俺が何なのか知りたかったら吐かせてみろ。でも絶対お前らに何一つ教えてやる気はないから」



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