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激情の大地 第四話 動く国

 何とか涙を止めて、逃げる隙をうかがってみる。

 年若い少年と兄くらいの年齢の男性、この二人からどうにか逃げ出し、紗伊那の正式な役所に飛び込み、奴らが何かを画策していることを報告してもらわなければならない。

 だからこそ、初音は荷馬車の中から二人の男の行動を見張っていた。

 自分を連れまわす二人は紗伊那の南方部族の一つに訪れ、そして敵意を向けられることもなく穏やかに部族の若者達と話をしていた。

 耳を澄ませると、打倒紗伊那という言葉が聞こえてくる。

 聞きたくもない言葉だった。

 

 しばらくして戻ってきた二人は初音にちらりと顔を向けたものの、何も言わず荷馬車を走らせた。

 太陽の向きから判断して、さらに南に進んでいることが分かって初音は我慢できず声をかけてみることにした。

 これ以上南に進まれたらこの砂漠を身一つで乗り切るなんて不可能だ。

 行動するなら今しかない。


「貴方達は紗伊那をどうするおつもり」


 威嚇するように大きな声で怒鳴りつけると、二人は初音へと目を向け、まだ若い男の方が声を口を開いた。

 初音はこの男を知っていた。

 店に何度か訪れた客だったのだ。

 犬連れの心優しい少年だと思っていたのだが、今にして思えば、この客は店をそして自分を探りにきていたのではないか。


「あ、涙とまったんだ、なんか泣いてるしそうっとしといたんだけど」


「言って!」


 虚勢を張って、強い口調で怒鳴りつけると男たちは目を合わせてそして馬車を止めた。

 何をされるのだろう、殺されてしまうのか、と初音は身を固くした。

 そんな初音を見たもうひとりの男はやさしく声をかけてきた。


「心配することないさ」


「心配にもなります!」


 すると頬のふっくらした少年は笑みを向けた。

 その笑みにはまったく悪意はない。


「俺は藤堂優菜、こっちは俺の義理の兄で渡辺慎一。俺たち、相馬ちゃんに頼まれて南方部族を回ってるんだ。消えた光騎士団を探すために。君は光東さんの妹の初音さんだよね。まったくヒナと、っと美珠姫とおんなじで無茶するよね」


「え? 相馬君? 美珠様? なんだ、なんだ、そうだったの! 早く教えてくださればよかったのに」


 初音は彼らが味方だったのだと知ると安心して、その場で気を失った。


 優菜達は南方で自治権を認められた部族のうち、藤堂秀司に与した部族を片っ端からあたっていた。

 渡辺慎一は彼らを信用させるのに最も適した人物だった。

 彼らにとって渡辺慎一というのは見たこともない藤堂秀司に代わり連絡係としてここに通い詰めていた、もっと近しい彼らの仲間であったからだ。

 しかしここに二人でくるということは北晋国の事務の停滞を意味していた。


『ありえん』


 北晋国に派遣された北晋出身の紗伊那の若い大臣は憤慨していた。


『お前たちは人を何だと思っている。お前たちは北晋の未来を担う気があるのか』


 相馬から話を持ちかけられ、優菜は南方の情報を手に入れる方法を相談したら慎一は偉く乗り気で自分が行くと挙手したのだ。

 その場合優菜が残るべきだとは思う。

事務に精通する二人に抜けられて、押し付けられた大臣が怒るのももっともだった。

 けれど優菜も今後の為に南方を見ておきたかった。

 まだ目にもしたことのない地はどんな風が吹いているのだろうか。

 ワクワクして北晋国を飛び出したのだ。


 収穫はあった。

 まだ南は紗伊那という国を滅ぼすことを諦めてはいなかった。

 その炎はくすぶり続けているのだ。

 そしてその炎は光騎士団を飲み込んだ。

 炎を宿す者たちは一人の魔法使いを南方の奇跡とあがめているらしい。

 紗伊那の姫美珠と対なる存在として、祀り上げられている魔法使いの少女がいるのだ。

二人の目的は決まった。

 そいつに会いに行く。


 そんな風に行動していた二人だったが途中で国を覆せるだけの武器と金銀が手に入るという噂をききつけた。

 その噂を聞きつけることができたのは慎一という人間が彼らと知り合いだったからだ。

 とにかく、そんなものを用意できるのは東和商会だけだ、と可能性のありそうな倉庫を張っていたらそこに初音がいた。

 敵に襲われ身の危険が迫っていた彼女を救うべく優菜は敵の頭上に荷物を降らせ、慎一は出口をふさいでいた男を蹴り飛ばした。

 そして時間的に王都に返すこともできず連れまわす羽目になった。


「まあ、今は眠ってもらっておくとするかな。さっきみたいに馬車の中から睨みつけられてたらこっちも気が気じゃないしな」


「そうだね、さてと、じゃあ俺たちは拝みにいっちゃう? 奇跡とやらを」


「それしかないな」


楽しそうな顔をしている慎一を見て優菜は思う、慎一は実は自分と基本性格が一緒なのだと。



 砂漠の真っただ中では魔法騎士がせわしなく動き回っていた。

 ここで使われた魔法というものを解析して光騎士団の手掛かりとして生かさねばならなかった。


「どうだ?」


「移動の魔法のようです」


 解析を任された七人の魔法騎士は魔方陣の上でそう結論を下した。


「移動、二〇〇人もいる騎士をたった一度の魔法でか」


 そんな魔法使い怪物ではないか。

 魔央はこの灼熱の地で冷や汗を落とした。


「どこへ移動したか、だな」


 隣に立っていたのは暗守。

 灼熱の太陽の下、暗黒騎士たちもまた状況を探りに散っていた。

 どこかに何かの手掛かりを隠されているのではないかと、けれどどこからも光騎士の消息は聞けなかった。

 そんな中、初音までが行方不明だという情報が入ってきた。

 初音も竜騎士の反乱の折には無茶をして美珠に同行した人間だ。

 そういうことになるんではないかと不安に思っていたが、やはりそれは的中してしまった。

 そうなればさっさと光騎士団を探して初音にも出てきてもらわなくてはならない。

 そうでなければ姫が動き出すだろう。


 けれど姫よりも先に動き出したのは王だった。

 初音がいなくなったと報告を受けたその翌日に王都に残っていた国王騎士、そして南方の軍に命をだし、南方を治める領主の所へと行くことを決めたのだ。

 それは騒々しくなった南に武力を見せつけるものだった。

 南方に圧力をかけるための遠征だ。


この紗伊那の危うい場所を治めている領主は王の従兄弟であった。

 先代王の数十人いる姉妹が南方を治めていた将軍に降嫁し、南方平定の為に産み落とされた王族。

 そして南方は国の重要な場所であることから王は密にその王族である領主とこれまでも連絡をとってきた。

 王はそこへと向かったのである。

 美珠は王にくっついてそこに同行することとなった。

 美珠が父の南方行きにつれていってくれと志願したこともあるが、父からの提案でもあった。

 紗伊那の跡継ぎである美珠にも南方の地を見せ、南方の者たちに跡継ぎは幾度も危険を潜り抜けてきた勇猛果敢な姫なのだ、と見せつけるというのが目的である。

 

 一昼夜飛竜に乗って、美珠は南方の拠点、スワベの砦に辿りついた。

土地の表記が紗伊那の言葉でないのは、ここは南方の部族から取り上げた場所であることを指していた。

 その砦は太陽の熱と人が移動することによって巻き上がる砂埃で黄色く見えた。

 砦には警備の為の南方の軍や領主の私兵が混在し膨れ上がっており、大きな石塁の向うからはそれ以上に沢山の声が聞こえた。

 見たこともない光景に立ちつくしていると、誰かがすうっと背後にまわり囁く。


「魔央が不在ですので、俺が美珠様のおそばにつきます」


 影のように黒い法衣に身を包んだ魔希に軽く視線をむけた。

 魔希は先に魔央とともに南に向かっていたが、王の遠征に合わせこちらにやってきた魔法騎士の一人だった。


「魔央さんは? 何か進展が?」


「今、こちらに向かっているはずです。解析の結果を持って」


「そうですか。いい知らせだとよいのですが」


 心を落ち着けて美珠は砂の地に手を置いてみる。

 乾いた砂。

 けれどそれだけではない。

 何かがある。

 掌を通して何かが伝わってくる。

 例えるならば鼓動、この大地は本当に生きているのかもしれない、そう美珠は思った。

 そばに控えていた魔希もまたそんな美珠の様子をみて隣に屈む。


「ここは魔法の地です。お感じになられますか?」


「魔法のことはわからないわ。でも、何か感じます」


「紗伊那が南方だけは攻略できなかった理由はこれだよ。ここは魔法の地だ。南方の部族はこの大地に守られてきたんだ」


 きっと魔法についてなどほとんど知らないだろう相馬の言葉だけれど、美珠にとっては最もなものに思えた。

 確かにここは紗伊那であって紗伊那ではない。

 紗伊那の王都とは全く違う。

 けれどそれを口にしてはならない。

 ここは紗伊那なのだと美珠は強く主張しなければならない立場なのだ。


 気持ちを切り替え、顔を上げ相馬に尋ねてみた。

 目の前には気になるものがある。


「あの石塁の向うは」


 視界にはとてつもなく長い石塁がある。

 どこからか切り出してきた石が整然と並び、飛び越えることは不可能なもの。

 おそらくこの石塁が南方の侵攻を食い止めるのだろう。


「南方の部族と奴隷が暮らしてるんだ」


「……見てみたいわ」


「ほう、美珠様は奴隷に興味をお持ちですかな?」


 一歩踏み出そうとした時、現われたのは小さくずんぐりした男だった。

 その後ろには双子かと思うほど同じ体型の男。

 ただ年は後ろの男の方が若く、どうやら父と子の様だった。


「美珠様、スワベの太守、駒形こまがた様とその息子の春駒はるこま様です」


 相馬が突然執事ぶって姿勢を正した。

 すでに二人は王とは挨拶を交わしたらしく、美珠という存在に興味を持っているようだった。


「南方の奴隷の数は紗伊那一! どうぞ、どうぞ、見てください。よろしければお気に入りのものなどおりましたら、差し上げます」


 人をもののように扱わないで、と美珠は言ってやりたかったが、そこは堪えた。

 それは父と約束したことだった。

 ここにはここの流儀がある。

 ひとまず郷に入れば郷に従えということだ。


「冷たい飲み物も用意しておりますぞ」


 勧められるままに美珠は砦の中に足を踏み入れた。

 華やかな部分はどこにもない実用的な建物だった。

 むき出しの黄土色の石の建物。

 けれどどこからともなく風が吹いていて建物の中は灼熱の地とは違う涼しい場所だった。


「砂漠は初めてでらっしゃいますか?」


 美珠に今にも消え入りそうな声をかけてきたのは太守の息子、春駒だった。

 美珠と遠縁の親族に当たるが、どこ一つ似たところはない。

 しばらく控えめに彼に視線を送って、美珠と質は異なるが二重の愛らしい目をしているのだなと美珠は発見した。


「ええ、初めてです。これほど光が強いとは思っていませんでした。それよりもあとで砦の中を案内してもらいたいのですが」


「はい、もちろんです。よろこんで」


 通された広間は特段豪奢な作りではなかった。

 ただ質素な上にも石の上に柔らかい毛の絨毯を引き、その上に卓がありみずみずしい黄色の果物や贅沢にも氷の入った飲み物が並んでいた。

 そして周りには女達がいて、大きな羽の扇で部屋の中をあおいでいた。

 女達は皆美しく色気もあった。

 父がここに何度も足を運んだ理由が国防だけではないような気がしてとっちめてやりたかったが、そこは堪えて先に椅子に座った父の隣に腰をかけた。

 

「それで、光騎士団の件でしたな」


 ぽっちゃりした駒形が二人の前で何かの成果を披露するように手を挙げたので美珠も王も顔を向けた。

 が、結局報告は期待をかけるほどでもない、何もわからないということだけだった。


     *


 一日の仕事を終えて小屋へと戻ろうとする四九八七六は四四四四四という少年がぼんやりと砂漠の向うへと視線を遣っているのを見つけて、歩いていった。

 四四四四四は四九八七六の足音に気がつくと、ちらりと視線を向けて空を仰ぐ。


「あのイソギンチャクみたいな赤毛は?」


「ああ、女に誘われて」


「あんた女好きなんだろ? だったら誘われてこいよ。あんた目当ての女がわんさかいたろ。興味ないのか?」


「今日はいい」


「普通の健全な男っていうのはそういうことばっかり考えてんじゃないのか?」


「まあな、俺だってここに来るまでは愛人が八人いたんだ」


「ついでに妻と子供もいたんじゃなかったか?」


「ああ、あれは勘違いだった」


 四四四四四は眉間にしわを寄せ睨みつける。


「ややこしい人生だな」


「おまえこそ、ここにずっと一人でいるのか? いつからここにいる? なんでここにいる? その紫の頭は一体何なんだ?」


「そんな質問ばっかりしないでくれる? お互い黙っておいた方がいいってこともあるんだろうしさ」


 紫の髪の少年は砂ばかりの地平線を眺めていた。

 四九八七六もただその隣に並んで眺めていた。


「しかしあんたは無駄にでかいな、一体何食って育ったの?」


「お前もじきにのびるよ」


「俺は虚弱体質で癇癪持ちなんだ、そんなにゴツくはならない」


「癇癪持ちは関係ないだろう」


 四九八七六が笑うと四四四四四は振り返り砦を見上げた。


「国王様が到着したってさ」」


「らしいな、皆騒いでた。だからって俺らがどうなるってわけでもないだろうけどな」


「俺、国王様の目にとまってそっこーここから出してもらえるとかないかな?」


「どうだろうな。出たいのか?」


「当たり前だろ。こんなところ誰がずっといたいか。出来ればふかふかの布団で一日中寝てたい。飯食うのも、何もかも布団の上で続けるんだ。部屋に鍵かけて、くそ親父は絶対部屋に入れない」


「なんだ? それ」


 四九八七五が噴出すと四四四四四も軽く笑った。


「どれだけ泣いて扉たたいても、絶対あのおやじだけは無視してやる」


「部屋に鍵をかけても鍵を破壊してでも入ってくるんじゃないか? 目が覚めたら人の布団の中で寝息を立ててるような人だからな」


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