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激情の大地 第三話 送られてきた奴隷

「本日送られてきた奴隷たちであります」


 紗伊那最南端の砦には一日三回、紗伊那全土から奴隷が送られてきていた。

 奴隷はもともとは紗伊那に反抗した部族たちで構成された階級であったが、貧しさから、そして罪を犯し特権階級であったものが貶められることもあった。


 奴隷たちは番号を振られ、粗末な黄ばんだ木綿の服を与えられえる。

 男女関係なくその粗末な衣に着替えると、彼らは高い城壁の向こうへと連れて行かれ不毛の地を掘ることになるのだ。

 たとえ不毛の地であろうが、そこに広がるのは魔法を秘めた大地。

 魔法の力を秘めた石を掘り当てられれば彼らは少しばかりの褒美を与えられる。

 そんな暮らしを一生続けることになる。


 今日もまたそんな場所に奴隷が数百人と運ばれてきた。

 毎日毎日増えてゆくのに、ここ人員が溢れ出してしまわないのはこの劣悪な環境で命を落とすものが少なくはなく、疫病までが大流行しているため、数日のうちに数百という人間が死んでゆくのである。


 奴隷たちはただ風と砂を防ぐだけの薄っぺらい木の小屋にぎゅうぎゅうにおしこめられ、横になるのもやっとという場所を家にしていた。

 

 今日、この収容所へと連れてこられた四九八七六という奴隷は小屋の入り口に小さな場所を見つけると座り込んだ。

 あるのは身一つ。

 財産は動ける体だけだった。


「隣、いいですか? 俺、あんたさんの後ろにずっと並んでたんですよ、だからなんかついてきちゃって」


 やってきたのは剛毛の赤毛の少年で、顔いっぱいのそばかすが印象的だった。

 服に書かれた番号は四九八七七。

 四九八七六という番号をつけた男がうなづくと、少年はその狭い場所に腰をおろし小さく溜息をついて、顔をあげた。

 少年の目は四九八七六を上から下まで眺めていた。


「あんたさんは売られた人ですか? 見た目、紗伊那の人間っぽい」


「売られたわけじゃない。ちょっと結婚をちらつかせて何人か女を引っかけて金を巻き上げてたら、ある朝、警吏がわんさかきた」


「ああ、やっぱり紗伊那人の奴隷は犯罪者なんですね」


「そういうお前は?」


「見ればわかるでしょ? あっしは生まれも育ちも奴隷です、この前まで個人所有の奴隷だったんすけどね。税金がわりに納められてここにきたんですよ。ここって地獄みたいな場所でしょ?」


「らしいな」


 新しい場所に来たという緊張と不安から仲間意識が芽生えるのも早かった。

 どちらともなくお互いの身の上を語り始める。

しかし突然、男たちが前にたった。

 二人ともここにくるまでに耳にしたことがある。

 こういう場所では強い奴隷が弱い奴隷を従えるのだと。

 この二人もまた強い奴隷に取り込まれようとしていたのだが、今回、その強者にあたるはずの奴隷は想定外の細い男だった。

 屈強な男たちを並ばせて、一番奥で見物している男はまだ少年といっても過言ではない。

 けれど、その風体はどう見てもまともな人間ではなかった。

 この世界に存在するのかすらわからない紫色の髪。

 一体どこの部族なのかと問いたくなるほど異質な存在だった。

 やせた右腕には吠えたける獅子の刺青が施してあり、二重の瞳は凍ったように冷たい目をしていた。


「お前、何で頭が紫なんだ」


驚いたように四九八七六がつぶやくと、紫頭の少年はピクリと目じりを動かして男たちに締め上げろと命令した。

命令された奴隷たち、彼らは生まれた時から異部族というだけで紗伊那の者達に虐げられてきたものたちはそれゆえに四九八七六のような生粋の紗伊那人を見つけたら死ぬまで痛めつける。

今まで何度もそうしてきたのだが、今日は簡単にはゆかなかった。

生粋の紗伊那人は彼らが思っていたよりもはるかに強かった。

 一対複数だというのに次々のされ、残ったのは紫髪の少年だけ。


「どうする、お前。やるか? 一回本気でやってもいいぞ。で、なんで頭が紫なんだ」


 奴隷すべてを跪かせた四九八七六に少年は驚いた風でもなく静かに頭を掻いた。


「いい、いい。その図体だけのお前なんかに、力では勝てるはずがないから。それにお前だって弱い俺、倒したってたのしくないだろ? さてと、お前、俺の一の部下にしてやる。俺は体が弱いんだ、だから俺の警備をしろ」


「こいつ何いってんだ! 兄貴、こいつなんてやってしまいましょうぜ」


いつ兄貴になったのかは知らないが赤毛の少年はそう四九八七六に囁いた。


「俺の部下になったら、ちょっとはここでの恩恵に預かれる。俺は顔が広いからな。俺の下についたほうが得だろ? そのない頭で考えてみろよ」


 のされて泡を吹いた奴隷を蹴飛ばして紫髪の少年は、一番奥の場所に腰をおろす。


「しるか。守ってほしけりゃ、自分で助けてくださいって言いに来い」


 四九八七六は吐き捨てると足元に転がっている奴隷たちを押しのけて自分が転がれる場所を得た。

 その後ろで赤毛の少年は感心したように四九八七六を見て、自分も真似て場所を作った。


「あんたさん強いなあ」


「まあな。少し前まで傭兵をしてた。女達には騎士だって嘘ついて」


見せつけるように力瘤をつくると、うんうんと赤毛は頷いた。


「確かに信じるかも」


「でもばれちまって、最後には騎士にボコられてここに来たんだ」


「ああ、そりゃあ、ご愁傷様でした」


 次の朝、とうもろこしの粉のスープにありついた紗伊那人四九八七六と赤毛の四九八七七は仕事場へと追いたてられた。

 日の出前、凍てつくように寒かった砂漠は陽が昇るにつれ体を焼き始める。

 そんな中で二人は穴を掘っていた。

 もともと誰かが掘っていたが、いなくなったために二人はそこを掘るように命じられたようだ。


「王都にいったことある?」


話しかけるのはほぼ赤毛の奴隷だった。


「ああ、いたことはある。王都にはかわいい女がいるから」


「へえ、女かあ、ほんと女目当てで行動してたんだな」


「基本、そうだな」


四九八七六はそう答えてから身を乗り出して、乾いた砂に手を伸ばした。

砂の中から顔を見せたのは魔力を秘めた魔石ではなく、ただの石ころ。

舌打ちをしてその石を投げ捨てるとまた四九八七七が声をかけてきた。


「なあ、王都には王族がたくさんいるんだろ? 姫様は? かわいい?」


 四九八七六は手を止めることもなく頷いた。


「遠目からしか見たことないな。顔を拝んでやろうと思っても、騎士が守ってるし近寄れない。お前も姫には興味があるのか」


「あるよ、目に留まって、姫の愛人とかなれないかな。そしたら豪遊できるしさあ」


「ありえない。お前のそのそばかすの顔でか?」


 鼻で笑ったのは紫髪の男だった。

いつから聞いていたのか、二人の掘る穴の縁から見下ろしていた。

 むすっとした四九八七七にさらに言葉を掛ける。


「いくら姫が猪突猛進馬鹿で後先考えない奴でもそれはない」


 紫髪の男は腰を下ろして休んでいても別に看守に叱られることもなく、暇そうに足をばたつかせた。


「あの姫様には騎士団長がついてるからな。猪突猛進馬鹿な姫様を妄信する頭の固い気色悪い騎士団長が。お前なんかが近づけば間違いなくそいつに消される。

何をどうしたら自分よりもかなり年下の、色気もない砂利みたいな姫を好きになれるのかはわからんが、かわいい、かわいいとくっついてるんだ。気持ちの悪い話だ。ちょっとした病気だぞ」


「砂利までは言い過ぎだろう。それなりの年になればかわいくなるんだ、女ってのは」


 四九八七六が冷たく返すと紫髪の男は顔を逸らして地面をたたいた。


「姫も騎士も嫌いだ」


「あんたも相当ひどい目にあったんだな」


 赤毛の男の言葉に紫髪の男は素直に頷いてそれから天を仰いだ。


「そうだ、ひっどいめに合ったんだ。だから俺は今ここにいる。あいつらのせいでここにいる。

そうだ、自己紹介してなかったな。俺は四四四四四、すげえ番号だろ? 看守のやつらもそう言って楽しんでた」


 自己紹介が名前ではなく番号というのも変わったものだったが、紗伊那人四九八七六も赤毛の四九八七七も自分の数字を名乗ることにした。


 それから数時間堀続け、四九八七六は初めて魔法の石を見つけた。

 赤く光るその石を眺めているとすぐに四四四四四が自分の成果として名乗りを上げて報告だ、と砦の中に消えたために手柄にはならなかった。


「あいつ!」


怒ったのは四九八七七で、何故四九八七六が怒らないのか、本当に子分になったのかとしきりに不審がっていた。

けれど四九八七六がその下にさらに大きな魔法の石があり、あれはただの欠片にしか過ぎないのだと掘りかけの石を見せるとなんだと笑ってまた仕事に戻った。

四九八七六は先程よりも大きな魔法の石を持って砦に入った。


砦の中は外とは違い涼しく心地のよい空間だった。

おそらく王都という気候の良い場所にいればここさえも過ごしにくい暑い場所なのであろうが、外にいた四九八七六には素晴らしい場所に思えた。


看守に魔石を見つけたことを告げると、中に入るようにとの許可を貰った。

魔石を見つければその重さに応じた酒と煙草が与えられえる。

それは奴隷達の唯一の楽しみだった。


小部屋から先に出てきた四四四四四は四九八七六の手にある大きな石を見て反則だと暫く怒鳴っていたがやがて諦めたように出て行った。

 部屋に入ると一人の看守が椅子に座って書類に目を通していた。


「魔石、持ってきた。あっちぃ、水くれ、冷たいやつ」


そんな声に顔を上げ、看守は書類を粗末な木の机に置き、すぐにグラスに冷たい水を用意した。

 冷えていた水はグラスを曇らせた。

四九八七六はそれをおいしそうに喉を鳴らせながら飲み欲し、机の書類を持ち上げざっと目を通してゆく。


「あ、煙草はいい」


看守は何も言わず、四九八七六の持っている魔石を受け取り重さを計ると、後ろから瓶を取り出しそこに酒を注いだ。


「ちょっとおまけしといてくれよ」


「ここで、酔いつぶれてどうする」


「そんな量で酔いつぶれるか。なあ、今のあいつ、何か言ってたか?」


「紫の髪のあいつか? 別に」


「魔法とはまた。あの騎士団を一度で移動させる魔法、そんなものが存在するのか? 魔法騎士よりも魔力が強いということか」


 看守は感情を出すことはなく、酒を瓶に注いでいた。

 こんな質の悪い酒は飲んだことがないと小さくつぶやいて顔を上げる。


「何ともな。まだ解析中とのことだ」


 看守はそれ以上何も語らなかった。

 そして看守は静かに四九八七六に次の魔法の石を手渡した。

 四九八七六がまた魔石を見つけたと、ここへきて情報が交換できるように。


 その夜、四九八七六は得た酒を周りの人間達にも振舞ってやった。

 一人当たりの量は少ないけれど、久しぶりに酒にありつけた人間もいて興奮しているものまでいた。

 人があつまると出てくるのは不平不満、古株の者達は一様にこの砦を支配する領主について文句ばかり言っていた。

 この領主は若く美しい娘に目がないらしい。

美しい奴隷を見つけては自室につれてゆくらしい。

 それだけではなく、その息子もまた自治を認めている部族の中にお気に入りの娘がいて、寝所に呼びつけるのだという。

 ただそれらは権力者の話として特段おかしいものではない。


「兄貴も女には目がないんですよね」


「ああ、きれいな女ならドンと来いだ。俺も領主になりたいな」


そうやって四九八七六が奴隷たちと笑っていると紫髪の男だけが頬杖をついて白けた目をしていた。



 南の地は驚くほど乾いた場所だった。

 砂以外、何も目に入らない。

 どこまでも続く、砂の山、砂の海。

 そこに初音はいた。

ただ兄を思い続けながら。


 兄は誇りを持った騎士であり、その兄の誇りが自分にとっても自慢だった。

 だから自分は敵の要求を突っぱねた。

 紗伊那のため、そして東和商会を守るため、敵には屈しなかった。

 屈することなど一度も考えなかった。

 それがいかに兄を危険にさらすことになっても。

 屈して兄に会えたとしても、きっと兄は自分を許してくれないだろうから。


 それが充分わかっていても涙は止まらなかった。

兄に会いたくてたまらなかった。

 膝を抱えて小さくなりながら初音はほろ付きの馬車の中でただ泣いていた。

 男二人に連れられて。

 ただこの男たちは初音が想像していた最悪の手段はとらなかった。

 ただ慰めるように肩をたたいてから、困ったように顔を見合わせて連れていくと決めたようだった。


「お兄様、お兄様」


 初音はとにかく泣くことしかできなかった。

 自分でもこんなに弱い人間だと思わなかった。

 

 泣き続ける初音を馬車の御者とその隣に座った少年は困ったように眺めていた。




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