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激情の大地 第二話 あなたまで

「美珠様、失礼いたします。少しよろしいですか?」


初音の出現が思いも寄らないものだったので、慌てて美珠は南方の地図を隠した。

昨日きいたばかりの、光騎士が消えたという情報はまだ国としても極秘事項である。

たとえ相手が団長の婚約者であろうが、自分にとっては仲間であろうが話せるわけはなかった。

むしろ心配させたくなくて黙っているしかない。


控えていた珠利に目で合図して扉を開けてもらうと、精一杯の笑顔で出迎えた。


「どうしたの、初音ちゃん」


「兄のことが少し心配になってしまって」


あまりに覇気のない初音の言葉にすべてが見透かされたのかと思った。

こっそり誰かが初音には伝えたのだろうか。


「大丈夫だよ、心配性だな、初音は。 ま、そりゃあ、恋人が遠くに行ったら心配になるだろうけど」


黙り込んでしまった美珠の代わりに言葉を発してくれたのは珠利だった。

二人でいつもと変わらぬ様子で初音に席を勧める。

初音はそれを固辞して美珠の様子をうかがっているようだった。

だからこそ、できることは彼女に嘘をつくことだけ。


「大丈夫よ。騎士は強いもの、心配しないで」


初音は唇をかむと、涙を浮かべながら美珠を見上げた。


「もし兄の身になにかがあった場合、陛下はお救いくださるのでしょうか」


初音は絶対に知っている。

美珠は彼女の今にも崩れそうなその表情と震える声からそう判断した。

だからこそ美珠はその彼女の手をきつく握った。


「もちろんです。光東さんは父にとって大切な人ですもの。それは私達も同じこと。光東さんだけではなくて、光東さんがしっかりとまとめておられる光騎士もこの国にはなくてはならないものよ。何かあったとしたら、絶対お父様が、騎士のみんなが助け出してくれるわ」


初音は美珠とつながるその手の上に何度も何度も涙を落として、うなづいた。

そして持ち上げた顔はかすかに微笑んでいた


「ありがとうございます。……だめですね。こんなんじゃ、騎士団長の妻はつとまりませんね。少し離れただけで心に余裕がなくなってしまって」


「初音ちゃん、貴方には私がついてるわ」


「私達はあの恐ろしい戦いを生き抜いてきたんですもの。絶対に幸せにならなきゃ。……では失礼します」


初音は作り笑いだけを残して、そして部屋を出て行った。



光騎士団の消息が途絶え五日、得体のしれない者に指定された日を迎え初音は初めて仕事を休んだ。

この国を支える商家の跡継ぎになると決めて、今まで必死に頑張ってきた。

わがままな一人娘から一番下の使用人になった。

それがどんなに屈辱的であっても兄の行く道を応援するため、この国の主となる美珠を支援するためそんな思いが強かった。

そんなに頑張っても運命は微笑んではくれなかった。

自分の気持ちを裏切って、国を裏切らなければ、敵に金銀、武器を用意しなければ兄は死んでしまうかもしれない。

そうしなければずっと思い続けてきた兄という名の従兄妹に永久に会えなくなる。

もしかしたら用意するだけ用意しても、敵の罠にはまり東和商会というこの国随一の商家をつぶしてしまうことになる。

東和商会という会社自体が国の裏切りものになってしまうかもしれない。

そうすれば会社の人間がたちどころに苦しい立場に追い込まれるどころか、この国の流通は止まる。

国が止まってしまう。


 兄か家か、兄か国か。

 何が何でも兄だ。


初音は指定された南方の倉庫に一人座っていた。

目の前にはたくさんの木箱。


「これでいいのよね」


やってきたのは褐色の肌の女だった。

黒く縁取られた大きな褐色の瞳に黒いつややかなおかっぱ頭。

小ぶりの鼻、薄くも厚くもない唇。

奴隷なのかと思ったが、水色の亜麻の服に白い宝石をつけていることに気が付き、南方の部族の女なのだと理解した。


「貴方は兄の居場所を知ってるの?」


女は答えもなく倉庫を眺めて初音に声をかけた。


「品物は?」


女が見える木箱に近寄っていったが、そこには空の木箱が転がっているだけ。


「ないわ、あるわけないじゃない」


「そう」


女は責めたり、脅迫したりすることもなく、顔色一つ変えず背を向けた。

初音はその女を逃がすまいと背中を追いかけ腕をつかんだ。


「兄は? 兄はどこにいるの! いいなさいよ!」


女は振り払うこともなく、静かに瞳を向ける。


「死ぬでしょうね、あなたが約束をたがえたのだから」


「だったら!」


初音は叫んでいた。


「だったら……私も兄の所へ連れて行って。兄と一緒に死にたいわ」


家よりも国よりも兄が大切だ。

けれど、その兄は国を守っているのだ。

団長の妻として、自分はその留守を守る。


けれどそんな気持ちなどわからぬのか、それともはなから折り込みずみなのか女は初音に憐みの目を向けていた。


「連れてはいかないわ。あなたは光騎士の家族の前にさらされるのよ。国への忠誠心のために騎士を見殺しにしたあなたを、東和商会を騎士の家族たちはどういうかしら。憎しみの対象になればいいわ」


「卑怯もの!」


初音は懐から隠し持っていた小刀を取り出し女につきつけようとしたが、思わぬ強い力で地面に倒される。

魔法なのだと気がつく余裕はなかった。

それでも初音はすぐに立ち上がり女の体にしがみついた。


「私も連れて行ってください! 兄に会わせて」


今度は男の力で引き倒された。

我に返って視野が開けると、倉庫にはいつの間にか男たちがあらわれていた。

彼らも褐色の肌。


「あなた達は一体!」


そっちに気を取られているその間に女は初音から離れてゆく。

初音は尻もちをついたまま、腕の力だけで一歩下がった。

本能的に嫌な予感がした。


兄と死にたいといったくせに、死はもちろん怖かった。

それに男たちがほかにもよからぬことを考えているような気がした。

兄以外の男には絶対に触れられたくはなかった。

絶対に。


初音はとにかく倉庫の中を駆けだした。


置いてあるものをよけ、そして倒しながら、初音は逃げていたが、男たちは楽しんでいた。

どう逃げたってもう結末はわかっている。

それでも初音は逃げずにはいられなかった。

突然目の前に男が立ちはだかる。

そして太い腕につかまれそうになった時、頭上から荷物が崩れてきた。

男は悲鳴を上げて動かなくなった。


初音はその隙にとにかく走った。

出口の光を見つけそこにむかってとにかく走る。

逃げられるかもしれない、希望が見えた。

後ろでは男たちの怒号が聞こえ、太い腕が迫ってくる。


あと一歩、もう出口。

けれど、そこには屈強な男が立ちはだかっていた。

体当たりしてはじけ飛んだのは初音で、冷たい地面に強く体を打ちつけた。

この世の無情さを嘆く間もなく衝撃と痛みで、その場で気を失った。


初音を取り囲む男たちの目的は明確だった。

紗伊那の女をいたぶって殺すのだ。



「初音ちゃんがいなくなった?」


美珠にその知らせがもたらされたのは初音が王都を発って二日後のことだった。

二日の間、初音と父母は手を尽くして探していたというのだが、何の情報もなく相馬へと連絡を入れてきたのだ。

美珠は白亜の宮の自室で珠利からもたらされたその情報に膝をついた。

 

心の中は嫌な気持ちでいっぱいだった。

あれだけ不安で涙を浮かべていた初音についていてあげられなかったのか。

もっと気持ちを汲み取ってあげられなかったのか。

支えてあげられなかったのか。


けれど未だに南方からは何のよい知らせもなかった。

ただ一つ、光騎士団が消息をたった場所についた魔法騎士によってなんらかの魔法が使われたことは判明したのだが、それがどういった類のもので、誰が使ったかを判別させるにはまだしばらく時間がかかるということだった。


「初音ちゃん、まさか何かに巻き込まれたり」


「まったくわかんないみたい。置手紙とかもなかったみたいだし。とにかく相馬が王様に報告にいってるから、美珠様はおちついてここにいてね。美珠様までうごいたらとんでもないことになるからね」


「わかってるわ」


動きたいけれど、何をどうしていいのか分からないこの状況で動くほどの猪突猛進さはない。

ただ光騎士、そして初音の無事だけを祈るしかできない歯がゆい気持ちの中で美珠は教会へ出向き祈るしかできなかった。


その夜は眠れなかった。

同世代の大切な仲間である初音は今頃、どこでどんな思いでいるのだろう。

恋人の行方を探し、苦しんでいるのではないのだろうか。

今すぐにでも探しに行きたかったが、立場がそれを許さなかった。

それでもじっとはしていられなくて、もう一度教会に祈りにいこうかと着替え、扉を開くと誰かの影が見えた。

何者かと目を凝らすと、松明の明かりで照らされたのは知った人だった。


「何、してるの?」


「何も、貴方こそ、こんな時間に。いい加減にじっとしておいてください」


「何よ。私を見張ってた?」


「そうかもしれません。でも、俺があなたに会いたかったんです」


「こんな時間に? 朝、会ったじゃない」


鼓動が早くなる。

けれどあえて冷たく言葉を返すと国明は一つ息を吐いて美珠をただ見ていた。


「で? 会うだけでよかったの? ならもう」


「密命を帯びて、聖斗とともに南方へと行くことになりました」


「密命? 危険を伴うの?」


「おそらく」


ー行ってほしくない。

 

これ以上大切な人たちを危険にさらさせたくない。

それが国明であっても聖斗であってもだ。

けれど、


ーいかないで、


とは言えなかった。

父と母が考えた最良の策なのだ。

そして幼馴染という立場でしかない自分は彼を案じることはできても引き留めたり、わがままを言って困らせるという権利はないように思えた。


「今から光騎士団と初音ちゃんのことを教会で祈ろうとおもうのですが、供をしてくださいますか」


「はい」


白亜の宮の中に作られた祭壇にはろうそくが灯されていた。

美珠はその前に跪くとただ祈った。

国明もまた美珠の後ろで祈っていた。


「貴方と聖斗さんも無事でかえって来てください」


「はい」


美珠は唇をかんでそれから一つ呼吸をした。


「気をつけてね、珠以。絶対帰ってきてね」


するとその言葉に国明は瞳を閉じて頭を下げた。


「必ず光東を連れてかえります」


本当は手をとって目を見て訴えかけたかった。

心のわだかまりのこの距離はもどかしかったが、自分たちの関係には必要な距離だった。


「あなたまで消えたりしないで」


「消えませんよ。俺を見くびっておいでですか?」


「もし貴方たちまでが消えたら私、探しに行くわ」


「やめてください。迷惑になります。……でも、そうおっしゃっていただけたのは何よりもうれしいことです」


実は優菜と距離を置いている、むしろ避けられるかのごとく会えてないのだと泣きついたらきっと自分たち二人はもとに戻れる。

彼は自分の非を詫びて、そして自分は許すのだと思う。

けれど今ここで、そんな関係に戻りたくはなかった。

ちゃんと自分の気持ちを整理したうえで、彼とまた恋をやり直すのならそれでもいいのだ。


「いってらっしゃい。聖斗さんにもどうか無理しないように伝えて」


「はい」


美珠は一定の距離を保ったまま立ち上がり部屋へと足を向けた。


こんにちは。

大分暖かくなりましたね!

予定ではこの章が長編としては最終章になります。

ここまでお付き合いくださった皆様に本当に感謝しております。

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