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素直になれない桂 2

「入ってよろしい? あ、やっぱり桂、ここにいた」


暗守の部屋の中で竜仙から戻った桂は疲れもみせず桶を持っていた。


「話があるの」


美珠はそういってから部屋の主へと視線を送った。


「おかげんはいかがです? なんだかお顔の色いいみたいですが」


「見えますよ、貴方の顔が。おかえりなさい」


そう言って暗守は手を伸ばし、美珠の髪に触れた。

的確に髪に触れる手の動きを追ってから、そして彼の水銀の瞳を覗き込む。

その瞳は今度美珠の瞳を追っていた。


「見えるって、そんな突然どうして? 本当に見えるんですか?」


嬉しそうに美珠を見つめている暗守の傍で桂はじっと暗守を見ていた。


「暗守さん、ヒナに内緒で手術したんだ」


きかされていなかった事実に美珠は目をむいて、それからそうっと隣に屈んだ。


「どうして一言もおっしゃってくださらなかったんです?」


「驚かせたかったんですよ。本当は騎士の鎧をつけた姿で貴方を出迎えたかったのですが。それはダメだと魔央に叱られました」


「じゃあ、その楽しみは取っておくとします。でもよかった」


美珠は瞳に涙を浮かべ暗守に微笑んでから、手の中にある箱を握りしめた。


「ねえ、桂にお話があって」


「何? お土産?」


そんなとぼけたことをいう桂に美珠は照れたように箱を差し出す。

箱を開けて中を確認した桂は眉間に皺を寄せ、中身を考える前に言葉にしていた。


「え? 何この指輪」


「これ、私の傍で私とともに戦ってくれる人に送るものなの。受けとって」


どういうことかわからないと、桂が不思議そうに指輪をつまみ眺めていると暗守が言葉を挟む。


「それは相馬殿や珠利殿がもつ美珠様の近衛の証だ。美珠様の部下として」


「いいえ、部下じゃなくて、仲間としてよ」


すかさず切り返した美珠へと目を向けしばらくしてから桂は首を振った。


「私、そういうのはいらない」


「え! どうして?」


「なんでそんな証が必要なの? 仲間って証がないといけないの?」


「え? そ、それは」


確かに桂のいうことももっともだ。


冷めたお湯の入った桶を持って出て行った桂にそれ以上の声もかけられず、悲しげに受け取ってもらえなかった指輪に視線を落とした。

もちろん暗守がいったように部下なんてとんでもない。

そんなこと思ったことはない。

相馬や珠利は人前で必要があれば部下として行動してくれるが、いつもは大切な幼馴染である。

それにこの指輪を持てば対外的にも特権が与えられているのだと誇示できるため、相馬は重宝している。


桂は北晋で何ももたないヒナを助けてくれた人だ。

だから感謝の証として、そして彼女もその指輪で何か恩恵を受けてほしいと思って、それ渡したかったのだが。

ただ受け取ってもらえないからと言って自分たちの何かが変わるとは思わない。

証はただの証でしかない。

心とは別物だ。


でも美珠は受け取ってもらいたかった。

それで桂が何かの自信を取り戻して、ハツラツと動けるのなら、受け取って欲しかった。


「戸惑っているのかもしれません」


暗守の言葉に美珠は小さく頷く。

桂が自分のそばにいるのが嫌なのだとは思っていない。

それがうぬぼれであったとしても。


呆然と立ち尽くす美珠を見て、それから暗守は立ち上がって美珠の手を取った。


「暗守さん?」


「少し散歩につきあっていただけますか?」




散歩といってもいつもの花畑の中に座るだけだった。

ただ二人しか存在しない場所で、静かに語り合うだけだ。


「考えていたんです。でも結論がだせなかった。彼女が私の世話を買って出てくれたのですが、私の傍にいる彼女は何かの拷問にでも耐えているようでした。彼女にとって紗伊那という国は何でしょうか」


「拷問、そんなことありません! 暗守さんを探すとき、彼女は名乗りをあげてくれました。彼女にとってきっと暗守さんは恩人であるはずなんです」


「しかし、私の目がよくなるにつれ、見えるのは彼女の悲しい顔ばかり」


「そんな……私、桂の家族なんです、ちゃんと話をしてきます」


けれどそのあといくら探しても、桂の姿はどこにもなかった。



「はい、肉まん」


凍える雪の中、優菜とワンコ先生が仕事場近くの宿舎に戻り、お互いを牽制しあいながら暖房の前に座っているとやってきたのは桂だった。

自分の背後へと無心のうちに目をやる優菜を見て、桂は一言。


「あのさ、悪いけど、ヒナはいないよ」


「そ、そうだよな。あ、あああ! おいフレイ!」


桂の後ろから当たり前のよういはいってきたフレイは優菜が持ち帰った急ぎの書類を尻尾で弾き飛ばして居場所を作った。

飛竜の足型のついた資料を拾い上げながら優菜は突然のこの訪問者に目的が分からず、けれど先生がお土産の肉まんに目をやっているのを見て、お茶と小皿を出した。

二人と二匹でコタツを囲み、皆空腹だったのかすぐさま肉まんの包みを開く。


「で、どうした桂」


ワンコ先生は肉まんの裏の紙をはがしながら桂に問いかけてみると、素直じゃない人間からすんなり答えは返ってきた。


「ヒナに、ううん、美珠姫の近衛に、って言われた」


「近衛、へえ、そんなのあったんだ」


「今は相馬と珠利さんだけらしいけどさ」


優菜はそれがどうして自分に声がかからなかったのかを考えつつ、目の前で難しい顔をしている桂へと目を向ける。


「嫌なのか?」

 

問いかけながら、優菜は肉まんにかぶりつく。

温かさと肉汁が口の中に広がってゆく。

昼飯をぬいた空腹やら冷えやらが解消されてゆくような幸せな味だった。

目の前で昇天しそうな優菜に気が付かず、桂は改まった顔でとんでもないと首を振って息を吐いた。


「ううん、嬉しい話だよ。だって近衛だよ、姫様の。騎士より上じゃない、そういうの。でも、私裏切り者の妹なんだよ。そんな奴がそんな役についていいと思う?」


「どうしてこんな所に紙をつけておくんだ!」


そばで先生は犬の手では紙がうまく向けず、ちょっと怒ったように皮のついてしまった紙を投げ捨てた。


「だって真面目に働いている騎士の中から選んであげるのが筋じゃない?」


「まあ、そうだけどさ」


「何を控えめなことを言っている。美珠姫自身のメガネにかなったんだ。自信を持て!」


やっと肉まんにありついて一口かじってからワンコ先生も桂に助言した。


「そうか、そうだよね」


先生に励まされても尚、桂は戸惑っているようだった。

もともと素直じゃないこの性格だ、だから桂を褒めても話が終わらないことは優菜だってわかっていた。


「それにさ、姫としても飛竜をすぐに扱える環境っていうのは便利だと思うよ。さ、どっか行こう、ああ、飛竜があるってな風に。あとさ、姫様は飛竜を持ってる。そういうのは姫にとっても、そしてその姫を知りたがっている民にとっても充分な効果があると思わない? 一般人なんて飛竜をもてないからさ」


そんな優菜の言葉にこそ桂はもっともだと頷いた。


「そっちの方がいいや。フレイがいてくれるから私は近衛になれる。私の能力とかどうとかよりも、フレイを認めてもらえたんだって」


優菜は肉まんを冷えた両手で包みながら顔を持ち上げた。


「で、俺たちに話ってそれだけ?」


「……暗守さんの傍にいるのが辛い」


「どうした? 何か圧力でもかけてくるのか?」


先生の顔にはけしからんと書いてあったが、桂はうんん、と首を振って黙りこんでまたお茶を飲み込んだ。

いつまでたってもその先が来ないので、優菜もまた桂に言わなければいけないことを口にすることにした。


「そうだ、俺、ヒナと少し距離を置くことにしたんだ」


「何で!」


桂は思いもよらない告白に乗り出してくる。

フレイも隣で吠えていた。


「なんていっていいのか分からないけど、考えてもらうことにした」


「確かにあの子、最近頭の中、結婚、結婚だったから危ないなとは思ってたんだけど。そうか」


「もしかしたら暗守さんと付き合うことになったりして」


「まさか!」


優菜が意地悪くいった仮定に過剰に反応し、けれどそのまま桂は黙り込んだ。


「そうだよね。暗守さん、そう、いっつも美珠姫の話ばっかり。そこにいなくても、美珠様、美珠様って。好きなんだろうね」


「そればっかりはどうにもなんないしね」


優菜と桂、二人がだまりこんでいると先生は肉まんを飲み込みそして肉球でコタツを叩いた。


「お前たち、若者か! 恋をして好きな相手がいたら、なにを捨ててでも走るものだろう」


優菜はそんな先生を尊敬のまなざしで見つめる。


「先生、そういうことをしたことあるの?」


「ない! いつも向こうから来るばっかりだったからな! フフン」



「桂、話があるの」


「近衛の件だったら受けるよ。フレイのためにもね」


「え? 本当に?」


朝方やっと見つけることのできた桂と向き合って話をしようとした矢先、そんな前向きな回答がこんなに早くもらえるとは思わず美珠は肩透かしをくらってしまった。


「うん。必要なときはいつでも言って」


「ありがとう」


妙な間があいて切り出してきたのは次は桂だった。


「ねえ、優菜と距離を置いたって聞いたけど?」


「優菜から聞いたの? あ、桂! 昨日優菜のところにいってたのね」


優菜に会いにいったと聞かされたら優菜に会いたくなる。

手をつないで、他愛のないことをおしゃべりしたくなる。


「優菜、何か言ってた?」


「暗守さんと付き合うことになったりしてって」


なんと突拍子のないことを思いつくのか。


「それはないわ。桂、安心して」


「私? 別に私は暗守さんが誰と付き合おうと」


素直じゃない桂のことだ、いつか暗守にその気持ちを伝えてほしいと思うのだが。


「暗守さんは桂のことものすごく気にかけてらしたわ」


「そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに」


「そりゃあ気になるわよ。桂が拷問に耐えてるようにしかみえないって」


「そりゃ、毎度毎度兄を殺したのは私だって連発されたら重いよ。ってかヒナ。私のことより今はヒナと優菜のことだよ」


桂はそこにこだわり、話を戻してヒナをじっと見上げた。


「ねえ、本当に優菜と別れて後悔しないの?」


「まだ……わからないわ」


「好きなの?」


「好きよ。優菜が大好き」


桂はその後の言葉がこないことに首をかしげて難しいなと頭を掻いて立ち上がった。


「まあ、私も優菜は大好きだけどね。さてと、暗守さんのお世話でもしてくるか。ま、ヒナも何か用事があったら言ってね。フレイですぐ空を飛ぶからさ」


なぜか妙にうれしそうな、そしてやけに素直な桂は美珠に手を振って暗守の部屋へと向かっていった。

美珠はなぜこうも桂がご機嫌で笑みを浮かべていたのか、その真意を理解することはできなかった。


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