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素直になれない桂 1

「痛みはひいたか?」

 

「だいぶ楽だ。お前達が用意してくれた薬のおかげか」


「やっと熱も引いたし、もう安心していい。桂もご苦労様」


魔央は暗守の脈拍や頭部の傷痕を確認してから、部屋の隅にいる少女に微笑みかけた。

控えめに様子をうかがっていた桂はそれでも不安なのか、魔央へと何度も本当に大丈夫なのかと確認を続けた。

そしてやっと納得したように頷いて、はにかんだ笑みを浮かべる。


「よかったですね。暗守さん」


「ああ、お前達のおかげだ」


「明日の夜には美珠様もお戻りになる。何とか間に合ったな」


美珠が秦奈国へと向かったその日、暗守は頭部の手術を受けた。

高名な前騎士団長、いわゆるワンコ先生の見立てでは頭の中に血の塊があり、それが原因となり視野を狭めているとのことだった。

それから暗守は迷うことなく教皇が招いた医師や魔法騎士から手術をうけた。

本人たっての希望でそのことは美珠に伏されていた。

手術をするなどといえば、彼女は異国へゆくことも渋るかもしれない、結婚という幸せな場所を満喫できないかもしれないと暗守が気が気でなくなるからだ。

その手術も成功し、少ししたら動けるようになる。

そうなれば団長として復帰できる日も近くなる。


そしてその彼に尽くしたのは桂だった。

まるで侍女のように甲斐甲斐しく働き、彼の看病を続けてきた。


魔央が部屋から出て行くと、桂はいつものように桶に湯を用意しはじめた。

暗守はそんな彼女の影をぼんやり追いながら声をかけてみる。


「お前の兄を殺した男の世話などしなくとも」


「暗守さんから頂いた手紙で私は救われたんです。だから今度は私が恩返しをしたいんです」


「恩など感じる必要はない、お前の兄を後ろから刺したのだから」


「さ、そんなことより、暗守さん、体拭きましょう」


蒸気ののぼる少し熱いお湯に布を浸しながら桂は笑いもせず泣きもせず静かに声をかけた。


暗守としてははじめは抵抗があった。

女性に体を拭かれるというのはどうも気恥ずかしいものである。

けれど、桂はそれが自分の使命なのだと言い聞かせているかのように、顔を赤らめることもなく淡々と仕事を続けている。

暗守は背中に熱い布を感じながら、問いかけてみた。


「お前はこれからどうするんだ?」


「そうですね、まだ何にも考えてません」


「せっかくの飛竜使いなんだ」


「そう……ですね。兄の代わりに精一杯この国に尽くします」


声音が落ちたことがわかって暗守は桂が何をどう思ているのか推し量りかねた。


「この国が嫌いか?」


「まさか、そんなことはありません。美珠姫にも感謝しています。おかげで国に戻れたんです」


「だったら」


「わかっています。国のために尽くします」


かぶせるようにものを言われ、暗守はそのままそれ以上の雑談をやめた。

女性の考えていることなど、わからない。

とりわけ彼女の考えていることは全くもってわからなかった。



桂は体を拭き終え、部屋の外へと出た。

王、姫、騎士団長のいない白亜の宮は静かだった。

昼間は優真や暗守のつれてきた子供たちが駆け回っていたりもするのだが、夜になるとひっそりとしている。


桂はその静寂が嫌で、それから教会へと足を向けた。

兄のせいで命を奪われたたくさんの人たちと、そして兄のことを祈るのだ。

決して人前では兄の為に祈るなどとは言えないが、それでもたった一人の家族として、いかに道を踏み外した兄であろうとも思わぬ日はない。


初代教皇の像の前に膝を折り、頭をたれてどれだけ時間が経ったのだろうか、誰かがやさしく肩をたたいた。


「桂」


そんな風にやさしく呼んでくれる人を最近知った。


「教皇様」


立とうとすると、教皇はそれを制し、隣に並んで膝を折った。

その後ろに影のように控える教会騎士団長は桂になんの愛想もなくそこにいいる。


「竜桧のことを?」


誰にも心の内を知られるわけにはいかなかった。

自分のたった一人の兄は反逆者。

たくさんの騎士の命を奪った極悪人。

 

ー自分はあんな奴大嫌いだ。


そうふるまうしかなかった。

兄の為に泣いてしまえば、自分もまた反逆者になったような気がするのだ。


「まさか! そんなわけありませんよ。あんな奴」


教皇はそれ以上何も聞かず、ほっそりした美しい手を合わせた。


「では今日は竜桧のために祈りましょう」


「そんな!」


「竜桧の魂がどこかで彷徨っているのは私としてもつらいもの、あの子を守ってあげられなかったのは私たちにも非があるのだから」 


「あんな奴のために教皇様が祈ってくださる必要なんて」


「桂、あなたはそこまで負い目に感じなくてもいいのよ。責められるべきは私と王、あの子の心を救えなかった私たちです」


「違います! あいつはいつも傲慢で、自慢ばっかりしてて、私の言うことなんて聞いてもくれなくて」


たった二人で竜仙で暮らしていた。

住民の顔が見える竜仙という村では、親が早く死んだ二人を村人たちが気遣ってくれた。

そのなかで兄はとにかく頑張った。

もともとの才能もあった。

だから、国王騎士団長の最年少記録を更新する若さで騎士団長になった。


ーけれど、兄は道を踏み外した。

 

妹である桂は何もしらなかった。

兄の心に宿った影も、何も。

最後に兄に会ったのは騎士団長になる前だ。

内定をもらったと勇んでかえってきたのが最後、それ以来帰ってもこなかった。

たまに近況を手紙でかいてくることはあったが、そこには騎士団長としての自慢話が飽きるくらい書いてあった。

でも、それでも、桂にとって兄は誇りだったのだ。


 史上最年少騎士団長。


誰よりも飛竜をうまく操り、誰よりも才能にあふれた兄だった。


「桂」


何も言えず黙っていると教皇は桂の手を包んで撫でてくれる。

教皇の娘もそうする癖がある。

この母娘は自分をとても心配してくれている、桂はそれを再認識した。


「あなたにはあなたの人生があるの。あなたまで闇にとらわれてはだめよ」


「わかってます。私は国のために」


「違うわ。あなたのために生きなさい」


教皇はそういうとまた手を合わせて、瞳を閉じた。



「あれ? 教皇様、どうしたの?」


「内緒でおでかけしようとおもうのだけれど優真ちゃん、支度をして」


美珠達が帰ってくる日の朝、教皇はいつもの白い法衣を脱いで、ゆったりとしたシルエットの白いシャツと青いズボンに身を包んでいた。

いつもきっちり結われている髪も軽く束ねただけの教皇、そこには威厳はない。


「内緒って?」


優真は期待に胸を弾ませながら教皇が用意していた白いブラウスと桃色のかわいいスカートに目をやって、輝くひとみで見上げる。

すると教皇は楽しそうに目を細めた。


「たまにはこういうもいいでしょう?」



「教皇様、失礼いたします、お茶を」


部屋に入ってきた聖斗は主のいなくなった部屋を見回し、机の上の置手紙を見つけると顔色をかえた。


「この親子はどうしてこうも」



「教皇様!」


竜を手入れしていた縁はあわてて駆け寄った。

この国の為政者がまるでそのあたりの変哲もない女としてこの村に登場したのだ。


「どうなさいました」


「ちょっと外の空気が吸いたくなって」


教皇は笑って桂の飛竜、フレイから飛び降りると連れてきた優真や奴隷の兄弟を解き放った。

三人はすぐさま、縁の家にいるはずの昴と白い子供飛竜へと突進してゆく。


「夫と娘がいないのですからね、ちょっと息抜きをしようと思って。みなさんとおしゃべりするのもよいでしょう」


そんな教皇の配慮に縁は口の端を持ち上げて教皇に道を作った。


「村の皆が喜びます」


昴はどうしようかと考えていた。

こいつら奴隷だろ。

そんな風体の二人組。

けれど優真が楽しく話をしている。

奴隷とは遊ばない、そんなことを言えば遊んでもらえなくなるのは自分で、下手をするとまたあの犬二匹が現れ、自分を悪い子だとののしるだろう。


「昴、この子たち二人、とっても大変な苦労をしてきたんだ。今は暗黒騎士団長のもとで騎士の訓練してる」


桂があからさまに迷う昴に控えめに言葉をはさんだ。


奴隷が騎士の訓練、

ーそんなことあるものか。

 奴隷でない自分たちには騎士の道が閉ざされているというのに。


「教会は奴隷を許してないよ、だから二人がおのれを磨きさえすればなれるんだ」


昴の気持ちをすぐさま理解した桂のそんな言葉に昴は食いついた。


「じゃあ、俺たちも己を磨けば竜騎士になれるってのか」


困ったような顔をする桂を見ても昴はもう何の優越感も抱かない。

ただどうしようもない現実に打ちのめされるだけだ。

けれどそんな昴の頭を誰かが拳骨でたたいた。


「いった!」


「いっぱいおけいこすれば竜騎士じゃなくたって、普通に騎士にはなれるじゃない。それにヒナを信じればいいの。ヒナは絶対に竜騎士を作ってくれるんだから、ほら白ちゃん」


優真は藁を白い飛竜の前に持って行く。

なんの事情も知らない白という名をつけられた竜は咥えて、むしゃむしゃと咀嚼していた。

そんな優真と白を見ていた昴だったが、やがて優真の手から引ったくるように藁を取り、白の口に押し込んだ。


そんな子供たちを見守っていた教皇は隣に立つ縁へと顔を向けた。

彼女の顔は少しだけ苦しそうに歪んでいた。

縁が美珠にはみせない弱い部分も教皇には何故か見せることができた。

それは彼女が精神的支柱という肩書きをもつ教皇だからか、それとも持っている雰囲気だからか、縁にはわからなかった。


「優真の言うとおりですね。我々は信じてそう待つしかありません」


弱い縁の言葉に教皇は何度もうなづく。


「竜騎士再興に関しては、王都に暮らす民が怖がっています。竜桧の起こした内乱は地方には波及しませんでしたが、王都の人々は桐の作り上げた魔物に占拠されたのですから」


「存じ上げております」


「けれど、私と王はそれでも竜騎士の再興を願っています。空に飛竜のない紗伊那はさみしいものね」


「そうおっしゃっていただけると……」


「それで今日はあなたに内々に話をしにきました」


縁へと顔をまっすぐあげた女性の顔はすでに普通の女ではない。

どんななりをしていようとも、教皇は教皇だった。

美しく、そして尊いこの国最高位の女性。


一方、縁は背筋を伸ばし、その言葉をきき漏らすまいと少しそばに寄った。


「騎士としてではありませんが、王直属という形で協力してもらえることができればと思って」


「それは」


想像できなかった。

ぼんやり口を開けて立っているだけしかできなかった。


「あなたにはその頭領になってもらいたい」


「教皇様」


「これは強制ではないわ。あなたがほかにふさわしい人間がいるというのであれば、遠慮なくいってちょうだい」


縁はまだただ立ち尽くしていた。

ものすごい良い提案を出されたのだと思う。

が、理解でききれていなかった。


「先日の北晋の戦争でもあなたたちはとても活躍してくれた。私たちとしても飛竜の価値は十分承知しているわ。もちろんいずれ騎士団として形成するつもりですが、とにかく今は、竜兵という位置はどうかしら」


縁はもちろんうなずきたかった。

ただ縁はまだ踏みとどまった。

自分の一念では決断できない話だからだ。


「村のものと協議をします。あの、桂は? あの子も十分戦えると思います」


「桂はそれを望んでいるのかしら」


教皇は子供たちを控えめに見守る桂を眺めていた。


「それは、私にもわかりません」


「桂には別の仕事を用意しているの。それを受けてもらえたらうれしいのだけれど」


「別の?」


「ええ」




教皇が王都の上空へと差し掛かった時、大通りを王の馬車が走っていた。

人々に迎えられる夫と娘にかすかに微笑みながら一足先に白亜の宮へと入ると教皇の部屋では静かに騎士団長が立っていた。

その顔が少し拗ねているのは教皇しか見破ることができないだろう。


「教皇様、ひと声かけてくださればよかったのに。竜仙ですか? あなたの不在を隠すのも簡単ではないのです」


「うまく隠してくれたんでしょう、聖斗」


聖斗は当たり前の質問過ぎて答えることもなく、教皇の法衣の支度をしやがて顔を門へと向けた。

門からは声が聞こえてくる。


「もうお帰りになられたようですね」


「出迎えてあげなくてはあの人まで拗ねてしまいそう」


「でしょうね」


今まで着ていた服を隠すようにさっと法衣をかぶり、髪を帽子のなかに押し込んで、教皇は遠距離を往復した疲れなど見せず静かに廊下を歩いてゆく。

その後ろにただ一人付き従いながら、聖斗は残念そうにつぶやいた。


「一度私も連れて行ってください。竜仙をまだこの目でみたことはありません」


「あら、なかったかしら」


「ええ」


「では連れて行ってあげなくてはね」


母か姉のように微笑んで表門へと辿りつくと止まったばかりの馬車の扉が開き、そこから娘と夫が下りてきた。

二人の笑顔を見て、教皇も笑顔になった。


「お帰りなさい、二人とも」



その夜、美珠は両親とゆったりとした時間を過ごしながら、祥伽から求婚され、それを断った旨を伝えた。


「本当は優菜と結婚するつもりでいたんです。でも、優菜とどこか気持ちがすれ違ってしまっていて」


王も教皇も何も言わずただ言葉を聞いていた。

口も挟まず、ただ娘の気持ちを。


「なので、少し考えることにします。その結果、優菜とやっぱり結婚することになるかもしれないし、別の人と結婚することになるかもしれない」


「そうですか。祥伽王子もわかってくださったのならよかった。祥子様のことは私たちがなんとかするわね」


「お願いします」


教皇は王の手を取り、あのことをと王へと囁いてから、ゆっくり美珠へと目を向けた。


「美珠、私たちからもあなたに話があるの」


急に改まってなんだろうと美珠は小首をかしげた。


「竜騎士団を再興させるために、竜兵を作ろうと思うの」


「竜兵?」


「ええ、竜騎士の前身のようなものね。彼らを束ねてもらうのは縁、彼女にお願いしてみたわ」


美珠はその言葉に喜びを隠せなかった。

竜騎士復活の布石ではないか。


「竜兵の主力の世代はこれから竜騎士を夢見る若い世代になってくるでしょう。そして、そんな世代を束ねるのは竜騎士経験のある縁。彼女はしばらく考えるといってくれているのだけれど」


ただそれには、一つ確認がある。

 

「桂も?」


「いいえ、桂は」


その言葉に王は立ち上がり、それから置かれていた桐の箱を美珠の前に差し出した。

開けてみて美珠は理解した。

そこにあるのは指輪。

相馬、珠利がもつ、美珠直属の証だった。


「桂は引き受けてくれるかしら」


「あなたが相談をしてみなさい」


「はい」


美珠は立ち上がるとその箱を抱えて部屋から出て行った。

一方で、教皇と二人きりになると増長するのが王だった。

教皇ははじめ寄ってくる王を嫌そうにしていたが、結局抗いきれず部屋の閂を下した。


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