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真紅の章 第七話 捨てた想い

「見張ってると思った」


「確信犯ですね」


美珠は昨日、優菜と話をしていたその池にかかる橋に佇んでいた。


「優菜をボコボコにしてやろうと思ったのに」


「女性がすることではありません、夜這いなんて」


美珠が息を吐いて、橋の上から少し距離のある池の上に顔を出す飛石に飛び移るとふわりとした裾が風に舞った。


「じゃあ、あなたが寝たころにもう一回挑戦するとするわ」


国明はそんな軽口に乗ったりせずにただ真剣に美珠へと視線を向けているだけ。


「よく物語でよんだわ。たった一人の姫を巡って男達が争うの。中には自分の想っている人が助けに来てくれたり、初めは嫌いでもいずれ愛せるようになったり、でも中にはその事実を哀しんで自ら命を絶つ姫もいた。でも私は自ら命を絶つ気なんてない。嘆き哀しみはするかもしれないけれど」


「優菜君は貴方を想ってそう言ったんでしょう、祥伽王子に諦めてもらえるように」


優菜を庇った国明に美珠は振り返って、小さく笑った。


「珠以が優菜を庇うのね。そう優菜は貴方にまで認めてもらえたってことでいいのかしら」


国明はただ黙っていた。


「優菜は私の為にいった。そう思いたいわ。でもそう口でいいながら優菜は本当にそういうことも考えてる。三日でこの国を落とす方法をあの人は瞬時に考えついたわ。きっと頭の中で王族をどうするかまで考えてね。私にはあれは悪い冗談だとは思えなかった。笑えなかった」


「だったら」


国明は美珠のいる石へと進んできた。

そして美珠を抱えあげ、自分の胸に押し付けた。


「だったら捨てればいい」


「貴方がいうの? 貴方に捨てられて、私がやっと愛せるようになった人を」


愛せるようになった人、そんな言葉で美珠を抱える手に力がこもった。


「貴方にこんなことをいう権利がないことくらい重々承知しています。貴方に傷を負わせた俺という人間は時々消え去りたくなります。でも、貴方の中で消えてしまうまえにどうしてもきいておきたい。俺はもう貴方にとって幼馴染の騎士団長、それ以外ではないのですか?」


国明の手の大きさも体温も十分過ぎるほど知っているもので、二度と手に入らないと想っていたものだった。

ほんの少し前までの自分は彼の全てを愛していた。

手に触れたくてたまらない時もあった。

会いたくて会いたくてどうしようもない時もあった。


初恋の彼と一生添い遂げる気でいたのだ。


けれど美珠はその腕に戻ろうと、この瞬間は思わなかった。

敵の策略にはまったといえど、彼は自分を何の説明もなく捨てたのだ。

その時、どれだけの人が心身ともに傷ついたか。

意地でも戻れなかった。


「貴方にはもうそういう感情はありません」


美珠はきっぱりといい放つとその腕から降り、触れるほど近くにある顔を反らせて、部屋の中へと戻った。



「正直な話をしてもいい? 優菜のこと、半分嫌いになったわ」


「だろうね。目がそう語ってた」


明け方、人々の目を盗んで(というより見逃してもらいながら)優菜の部屋に入った美珠は寝台に寝転んでいる優菜の傍にいって腰掛けた。

優菜もどうやら寝つけずずっと起きていたようで、ただ木目の天井を見つめているだけ。

 

「優菜にとってはあれは策略だっていうんでしょ? でも私、あなたのその底なし沼にはまったのかものすごく不安でたまらないの」


「底なし沼なんかにはまってないよ。ヒナは外から見てるだけなんだから。前にもいっただろ。ヒナは徳で国を治める王道、俺は謀で国を治める覇道。行く道は違う。でも目的地は同じだ」


「違うわ。優菜は私が幸せな国を目指してるんでしょ。でも、私は皆が幸せな国を目指してる」


「なるほど」


美珠はそのまま優菜の隣に転がって同じ天井を眺めた。

木目が人の顔に見えて、逆に自分たちが監視されているようだった。


「ねえ、私を道具としてみてるの? それとも道具に見えた?」


「見てないよ。じゃあ、きくよ? あの状況でちゃんと自分の言葉で断れた?」


「断れるわ。私、何度も祥伽に言ったもの」


「相手は聞いてる風じゃなかった。だから何度も言わなくちゃいけなかった。それに強烈な母親がヒナの言葉に耳を傾けてくれると思う?丸めこまれたのはヒナじゃないの? ヒナは甘いよ。大国の姫なんだ、いい顔して権力を狙ってる奴だって、優しいこと言って他人を追い落とそうとするやつらがウヨウヨしている中にいるんだよ」


「そんなこと!」


祥伽のあの求婚が嘘だとは思えない。

本当の言葉だったのだと思う。


「ちょっと現実を見てよ。ヒナ、美珠姫の立場だったら自分の思うようにはいかないんだよ」


優菜も実は相当苛ついていたのか冷たく言われてしまった。

もう夢をみていたお姫さまでもなければ、政略結婚の時を今か今かと待つ自分ではない。

それでも恋をしている女の子であることには変わりなかった。


「どうして美珠は俺の恋人だ。他の奴らに渡さないっていってくれないの?」


「そんな子供みたいな嫉妬心で状況は変わらないよ。我侭なんて通じる状況じゃないんだ」


「優菜と結婚する。それが我侭だって言うの?」


「この状態ではね」


まるで心のない金属か何かと話しているようだった。

打ったら言葉がすぐに返ってくるのに、何一つ満足のゆく回答ではない。

優菜と自分の関係はこういうものだったのだろうか。


「私達が結婚するつもりってことを皆に話せば、二人の熱意が通じれば分かってくれるわ」


そんな人任せ、あてにならないこと、正直優菜にはできるわけがなかった。

 

「私だって誰かが、仲間の誰かが困っていれば助けてあげたいもの」


「そんな抽象的な話じゃないんだ。そんな曖昧なこと、世の中には通じないよ」


「それでも、私は誰かの幸せを奪うだなんて、そんな可能性をちょっとでも考えるなんて許さない!」


「許さないって何? 許さなければどうするの?」


どこまでも理論攻めできていた優菜の口調が少し気色ばんでいた。


「だったら言わせてもらうけど、正直結婚にあこがれてるだけじゃないの? 誰かにたきつけられた? まわりの皆が結婚していくから?

目の前で見せつけられて憧れてるのは分かるよ。でも今、俺はしなくちゃいけないことがある。それは何度も言ってる。それだって数ヶ月のうちにめどがつく、そしたらヒナのそばで国のために働ける。どうしてそれを待ってくれないんだよ。そうしたら結婚のお願いだってしやすくなる。一緒にいられる。でもそれが出来ないってちょっとどうなの?」


「何よそれ」


優菜の言葉を違うと否定しようとしても、確かに結婚に夢を抱く自分がいることは確かだった。

初音や香苗の結婚にたきつけられた自分がいる。


「ヒナってさ、今でも本当に俺のこと好き? 記憶が戻ってからでも俺が一番好きっていえるの? あいつのこと、好きなんじゃないの?」


「いい加減にして! 優菜、何言ってるの?」


ついさっき国明の気持ちはきっぱりと断ってきた。

自分にとっては優菜がいるからだ。

けれど優菜はそんな自分の気持ちを理解してくれていないのか。

それとも自分が知らず知らずのうちにそんな行動をとってしまっていたのだろうか。


「俺は藤堂秀司になるつもりはないから」


「本当に? 信じていいの?」


さっき優菜を少しでも藤堂秀司になるのかもしれないと疑った自分がいた。

優菜はそんな言葉に目を見開いて声をあらげる。


「ふざけたこと言うなよ! それだけは絶対にありえない。あいつにだけは死んでもなるもんか」


よほど頭にきたのか、きつく扉を閉めて優菜は自室であるにも関わらず美珠を置いて出て行ってしまった。

居心地悪く、どうしたものかと座っているとやってきたのは蕗伎だった。


「ごめん、話とんでもない方いっちゃった」


「本当」


蕗伎は隣に腰掛けると少し笑った。


「まだ人付き合いってのは苦手だ。祥伽との結婚で困ってる美珠と優菜を助けたくて、ちょっと首突っ込んだら、なんか雲行きが怪しくなっちゃった。だって俺は優菜が求婚してる姿も見ちゃってるわけだから正直めちゃくちゃ弟とその恋人を応援してたんだけど」


「戦争なんてとんでもないこと言うからよ。そんな王様、国を滅ぼすわ」


「それでも俺は祥伽と美珠との友情と、優菜と美珠の結婚、叶えたかったんだ」


蕗伎は黒い髪の撫で付けた。

それから書類がはみ出した優菜の荷物へと視線を送った。

その書類は北晋の書類であり、優菜はここにまで仕事を持ち込んでいた。


「優菜はあれはあれで凄く頑張ってたんだ。美珠に会うために誰よりも。たった数分会うためにだってせっかくもらった貴重な休み一日かけて往復するんだよ。正直寝たいときもあったと思うよ。でも人に認められるために進んで嫌な仕事引き受けて場の空気を悪くしないように頑張ってたりさ」


「そう……」


優菜は北晋ではもう十分認められていると思っていたし、人に仕事を渡してきてくれと心の内で願ったことだってたくさんある。


「優菜は不安だったんだよ。遠距離恋愛だし、傍には昔の男がいるしね」


「藤堂秀司になりたくないって、でも私、少し優菜を疑ってしまったわ」


それ最悪だねと軽く返して蕗伎は足を組んだ。


「でも優菜の言う藤堂秀司はもっと単純なんじゃないかな。まあ、男の誇りみたいなもんさ。俺だってなりたくないよ。あんなの。妻は別の男と相思相愛、おまけに娘まで血が繋がってない。あいつはそういうのに寂しさとか感じたことはなかったのかなってふっと思うんだ」


「私と国明さんのこと、怪しんでるの?」


「優菜は毎日優子姉やら優真ちゃんに接した分感じてきたんじゃないかな?」


「偉く優菜のことはわかってるのね」


「弟、だからね」


照れたように蕗伎は鼻を掻いて、それから美珠へと顔を向けた。


「んで、祥伽は俺の友達だ。二人にはいつまでも仲良くいてほしいんだ。明日、祥伽には謝るよ。あ~あ。言っちゃったこと後悔しても遅いよね。こういう時、権力者っていやだよね、冗談でした。なんか通じないだろうし」


「そうよ、自分の言動には責任をもたなくちゃいけないの。それが権力者ってものよ」


「あ~それ、美珠が言っちゃうんだ」


お前がその最たるものだろう、そんな蕗伎の目が美珠に突き刺さった。


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