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真紅の章 第六話 戦争の火種

父と朝食をとりながら、どう話を持っていこうか美珠は必死に考えていた。

優菜もいないのに『私、結婚しようと思うの』というのもいいにくいし、けれどこんな重大決意を胸に秘めたまま、違う話をすることも苦痛だった。


そんな中の来客、やっと来てくれたと心躍らせ迎え入れれば、祥伽だった。

こんな気まずいことはない。

祥伽はわざわざ出迎えた美珠へと笑みを浮かべることもなく、すぐに王へと目を向けた。


「伯父上、昨日、姫に求婚いたしました」


-そんな報告いらない。


「失礼いたします」


どうしようか、どう断ろうかと思案しているとやっと顔を出した優菜はよりにもよって蕗伎と先生をつれていた。

どうして結婚の報告にこんなややこしい二人が必要なのか。

本気で話をしてくれる気があるのだろうか。

けれどどういう環境にいても優菜がここにいてくれたら心強くもある。

二人でここにいる全員を説き伏せればいいのだ。

事情を知っているワンコ先生だって、蕗伎だって後押しくらいはしてくれるだろう。

美珠は縋る気持だった。


蕗伎は紗伊那王に軽く朝の挨拶をした後、祥伽の傍へとすすぅと寄って行ってまず祥伽の顔を覗き込んだ。


「きいたよ、祥伽」


「ああ、求婚した」


ぶれることのない祥伽の言葉。

けれど蕗伎はめでたいと喜ぶことはない。


「それって友情を壊すってことだよね」


「そういうつもりじゃない」


「じゃ、何? 男と女の友情は成立しないとかのたまっちゃう?」


蕗伎の棘のある言葉に祥伽はピクリの目の端が痙攣した。

けれど蕗伎は理解した上で、さらに言葉をかぶせた。


「気に入らないな。だって結婚する気になってるのは祥伽だけじゃん。美珠そういう気持じゃないでしょ?」


「だが、俺たちが結婚すれば国は」


その言葉が出た途端、蕗伎ははいはい、と手を挙げる。


「じゃあ言わせて貰うよ。紗伊那と秦奈が結びつくのは正直、北晋国としては面白くないんだよね。下手したら北晋国は侵略されちゃうかも」


「蕗伎!」


冗談にしては、と祥伽は怒鳴りつけようとしたが、蕗伎は首を振った。


「そういうことだ。政略結婚するつもりなんだろ? この結婚、秦奈国には大きな利点があるけど、紗伊那にはあんまりないよね。じゃあ、俺と美珠が結婚したらどうなると思う? 別に俺は北晋国を属国にしてもいいと思ってるから、すごい強国ができあがると思わない? この大陸で逆らうものはいなくなる」


「蕗伎、お前」


「それが外交ってもんだろ? それとも姫様を巡って北晋国と秦奈国で戦争でもする?」


「蕗伎」


戦争という言葉が出て美珠は背筋が冷たくなった。

数ヵ月前やっと戦争を終わらせたというのに、この人は何てことを考え付くのかと。


「その場合、どっちに勝率があると思う? ね、うちの参謀」


「秦奈自慢の火器があるといえど、兵力には相当な差があることから三日でこの王都を陥落させます」


冷たい冷たい氷のような言葉を吐いたのは優菜だった。

その優菜の頭の中の計算では三日でこの民に愛された国が敵の手に落ちてしまう。

それも友であったはずの男の命令で、だ。


美珠は怒りを通り越して情けなくなった。

冗談にしても笑えない。


もしかしたら優菜がそう言えと指示したのだろうか。

祥伽を少しでも怯ませ、政略結婚を阻むために。 

そのためにもう一人の友達である蕗伎に一芝居させているのだろうか。

 

それとも信じたくはないけれど、本気なのか。

それが外交だと優菜は意思を貫くのか。

もしそうだとしたら優菜はあまりにも自分のことを理解できていないではないか。

そんなことで結果的に結婚を阻まれても幸せなわけがない。

戦争をして、多くの人を殺したその上に立つ結婚とは一体どういうものなのだろう。


「そんなの嫌よ。どうして私の結婚で人が死ぬの? 秦奈国を滅ぼさなきゃいけない理由が私の結婚? ふざけたこと言わないで」


「だから、仮定の話だよ」


やはり冷静な優菜に不信感というものが初めて生まれた。

本当にこの人は私を理解できているのだろうか。

友の国と、昨日幸せな国王夫妻を見た後で、そんな二人を苦しめる戦争を仕掛けることを私が納得すると思っているのだろうか。


そしてまた私はこの人を理解できていたのだろうか。

カワイイ顔をして心の奥底で戦うことを優菜は求めているのだろうか。

飽くことなく、権力を求めているのだろうか。

もしかしたら優菜の真の目的は自分と結婚し、その上秦奈、北晋を結びつけた超大国の覇者となることなのだろうか。


-底なし沼にはまったことにも気づかず、自分は笑っていたのだろうか。


信じたくもない、考えたくもないことが頭の中からふつふつとわきあがってくる。


祥伽が、あの高慢この上ない祥伽が求婚してくれたのだ。

応えられないものであったが、驚いたが、でも女としてのどこかで喜んだ部分があった。

きっと祥伽にとっても一世一代の大舞台だったのではないかと思う。

政略結婚しか考えてこなかった彼が女を愛し、思いを告げたのだ。

けれど、その気持が、戦争にまで発展するなんて思いもしなかった。


「どうして私の結婚はおめでとうって言ってもらえるものではないの? どうして私の結婚で人が死ぬの? 好きな人と一緒になろうとするのはそんなに悪いこと?

大国の姫っていうものは色々背負わなくちゃいけないのは分かってる、でも、でも背負わないでいいのなら、背負いたくないものだってある。戦争はその最たるものよ。

どうして、こんなこと言い出すの? 蕗伎にとって祥伽は大切な友達じゃないの? 優菜まで私のこと政略の道具として見てるの? 私と結婚すれば地位がえられるから?」


「違うよ、そうじゃない」


優菜は手を出して美珠を制そうとしていたが、そんなもので美珠が黙るわけではない。


「だって、そうじゃない! 優菜がこんなろくでもないこと考えついたんじゃないの? 優菜にしてはお粗末な計画じゃない!」


「落ち着いて。美珠様」


珠利がすぐに背中を撫でてくれたが、もう涙は止まらなかった。


「戦争だとか、国どうしがどうのこうの言われるくらいなら私……もう結婚しない。私が誰とも結婚しなかったら誰とも戦争は起きないでしょう? 王位継承権を放棄してどこかで静かにくらすわ、祥伽が国を継げばいいわ」


「そんな、ね、美珠様、結婚に夢もってたじゃない」


珠利はもう立場だのなんだの気にせず妹分としての美珠をただ慰めていた。

けれど美珠の嗚咽は酷くなるばかり。


「こんなの嫌よ! 絶対に」


「陛下、美珠様をお部屋にお連れしても?」


国明と視線を合わせた相馬は王にそう進言し、王が頷くと国明は美珠の腕を取って引っ張った。

美珠はその手を振り払って暴れようとしたが、すぐにまた国明が美珠を掴み、そのまま抱き上げた。

けれどそれが美珠には気にくわなかった。


「もういやよ! こんなの! 貴方たち男は一体私のこと、何だと思ってるの。絶対貴方達の思い通りになんてなってやらないんだから! 私、修道院にはいって尼になるんだから」


平手やら拳やらで国明の鎧を殴りつけながら美珠はその部屋から強制的に連れ出された。


     *


「結婚しないなんて、本気じゃないよね?」


ただ泣きじゃくるだけの姫が部屋に戻ると珠利がすぐに隣に座った。


「美珠様、他人の前で、王位継承権を捨てるなんてことは冗談でも口になさってはいけません。紗伊那をねらうものにまた付け込まれる隙を与えることになります」

 

どうしてこんな時にそんなことを言うのかと珠利が目を吊り上げたが、国明は美珠の隣で許さないという風に睨んでいた。


「貴方は誰の前でも気丈にふるまわなくてはならない。それが異国に来たあなたに求められるものです」


「こんな時にまで、珠以、いいじゃない」


とりなそうとした珠利の言葉などもう耳には入っていない。


「貴方が静かに暮らすことを望む方なら、そんな方だというのなら、俺たちはとっくに貴方を権力のないところに連れていってる。そっちの方が簡単だからです。

でも貴方の望む未来はそんなものじゃなかった。貴方は苦しい道を進もうとしていた。だから我々は止めもせず、貴方を応援した。けれど、何ですか、あれは」


すると今度は美珠が国明を睨み挙げた。


「だったら、私、結婚はしないわ。独身のまま国を治めて、私が選んだ人間に私の仕事を譲るわ、もう好きになった人に裏切られるなんてこりごりだもの!」


「そんなんじゃ、権力闘争が起こるよ。折角国をまとめても、美珠様が死んだら北晋国の二の舞になっちゃうよ、それでもいいの?」


相馬も意固地になってしまった少女に控えめに言葉を掛ける。

お茶でも飲ませてやろうと思ったのだろうが、焦る心では思うようなお茶は淹れられそうになかった。


「私が頑張れば、二の舞なんて」


北晋国の二の舞。

北晋国の上皇様は美珠と同じ立場だったに違いない。

少女の頃から国を任され、信頼できる夫や家臣たちとともに五十年以上も国を治めた。

その間彼女は出産を経験し、夫をなくし、友をなくし、たった一人の息子を国の為に殺し、また国政に引き摺り戻された。

彼女は頑張ってきたに違いない。

今の美珠が想像もできないような苦しみを味わってきただろう。

そんな彼女にさえ運命は冷たいものだった。


だからこそ、最も考えたくはない、けれども可能性のある未来として連想させられた。


「じゃあ、私はどうしたらいいの! 私が好きになる男の人は一癖も二癖もあるひとばっかりで、私を裏切ることばっかり思いついて!」


そんな時、部屋に入ってきたのは娘にはめっぽう甘い父親だった。

国明は王の後ろに控えたが、珠利は国王に困ったという視線を向けるだけで美珠の傍からは離れなかった。


「美珠様、王様にはちゃんと気持ち伝えないとね」


珠利にとりなされ、美珠は顔を何度も擦って顔を上げる。

王の顔は男達への怒りと娘への心配の色が浮かんでいた。


「ごめんなさい、お父様、逃げ出してしまいました」


父は娘の隣に座ると落ち着かせようと手を取った。

光東もまた王の意向を察し、すぐに相馬から茶器を受け取り手早く支度を始める。


「でも、あの、祥伽がそういってくれたこと、国のためとか混乱したけど嬉しいことでもあったのよ。でも、蕗伎はその気持を否定した。優菜は戦争なんかしたくない、そう思う私の気持を分かってはくれなかったのかしら。

私は国を大きくしたいんじゃないわ、幸せになれる国が作りたいの皆が幸せになれるんだったら私が幸せじゃなくたって構わない。でも私の結婚のために戦争までして作った国は幸せな国なの?」


「幸せで無い人が幸せな国など作れません」


光東の諭すような言葉に美珠は俯いた。


「私が死んだ後、国が乱れるというのなら、死ぬまでにいい人材を見つけて、その子に後を託せばいいわ。……お父様、我侭を許してください」


 けれど父は首を振った。


「そうよね、私は一人だけの姫だもの」


すると首を振ったのは光東だった。

彼はまだ美珠の恋については客観的にみることができるのか、言葉を選んで口にした。


「違います、美珠様、王は、美珠様の父上であるからこそ、首をふっておられるのです、自暴自棄になられてはいけません。陛下は親としてご心配なさっておいでなのですよ。教皇様にもまだこの話は伝わっておりません。国で話し合う必要もあります。

ただ私個人の意見としては貴方には幸せになってほしい。いいえ、私個人ではありませんね。相馬君も珠利さんも、初音だって、国明だって、貴方が幸せになられるためにだったら尽力いたします。だからそのように自暴自棄になるのはやめましょう」


けれど美珠は自分の幸せを願ってくれる人を思い浮かべては、結婚しようと思っていた相手から突きつけられた情けない言葉に、ただ悲観するしかできなかった。


-自分がすべて間違っていたのだろうか。

-私は騙されたのだろうか。


藤堂優菜という人間は謀でしか存在できない、もう一人の藤堂秀司だったのだろうか。


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