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真紅の章 第五話 恋人の存在

「確かに、両国にとって悪い話じゃないね」


優菜は美珠の部屋で、話をじっくり聞いてから、怒ることも嘆くこともなく淡々とそう呟いた。

優菜の想定内、高確率で持ち上がってくるだろう話の一つだった。

 

「ヒナは何て言ったの?」


「もちろん、優菜と結婚したいって何回も言ったわ。でも二人で誓っているだけで、本当に皆さんに許されるのか分からなくなってしまって」


「確かに、俺たちまだ、ヒナの両親に許可もらってないしな」

 

美珠にしてみれば優菜がいたって静かに考えているだけなのはとてもつまらなかった。

自分ほど狼狽することはないだろうが、少しは驚いてもう少し感情的に「渡さない」とか「離さない」とか自分だけにでいいから宣言してもらいたかった。

けれど優菜は沈黙しているだけで、その沈黙は美珠にとっては一秒一秒不快なものになってゆく。

その一方で、祥伽の言葉や行為がズシリズシリと自分の中に堆積していった。


彼は自分との結婚を長い間考えていたという。

幸せにしてくれるとまで言ってくれた。

横柄なくせに、そういうやさしさは十分持ち合わせている人なのだ。


でも自分はその手をとるつもりはない。


「お父様とお母様が認めてくださればいいのよ。簡単なことよ。私達の気持は決まってるんだもの」


すると優菜は同意することもなく、じっくりと美珠の表情を見つめて切り出した。


「あのさあ、一つだけ確認なんだけど」


「なあに?」


「本当に俺と結婚するっていうのでいいんだね。あの、後悔したりとかしないよね」


「後悔って何? どういうこと?」


「その、他の人にまだ未練があるとか」


口から名前はでてこないけれど、お互い思い浮かぶのは一人。


「あ、あるわけないじゃない! 馬鹿なこと言わないで!」


美珠は立ち上がり、どこまでも冷静に見える優菜を怒鳴りつけた。

すると優菜はさらに言葉をかぶせてくる。

 

「別れたら俺に悪いとか、そんなんで付き合ってないよね」


「そんなんじゃ!」


感情的に声を荒げる美珠と、どこまでも静である優菜。

けれどお互いの絡む視線から感情が激しく揺さぶられていることがわかる。


「変なこと言ってごめん。ただ確認だけはしておきたくて。……明日紗伊那の王様に申し出る。お願いしてみよう?」


「うん」


優菜が同意したことで美珠も息をする余裕が出来て、脱力したようにその場に座り込んだ。


今までそれとなく優菜を急かしてはいたが、自分自身、まさかこんなに切羽詰って行動しなくてはならなくなるとは思っていなかった。

父と母、両方揃った場所で改まって優菜と結婚を認めてほしいと挨拶したかった。

なのに、母のいないこんな異国の地で。

それにまだ騎士団長達にもそのことを正式に話してはいない。

勝手にこの国を盛り立ててゆく人間を決め、もう決まったから承認しろと言ったのでは距離があいてしまうことになるのではないだろうか。

もっと優菜という人間を理解してもらってから、彼ら自身に認めてもらいたかったというのに。


夜、蝋燭の灯火が消され、一人寝台に横たわってみるといろいろなことが頭をグルグルとまわってくる。


優菜との結婚。

祥伽との、秦奈国との結婚。

両親の想い。

国民の期待。

そして国明のあの表情。


夜が更けると、焦り、戸惑い、そんなもののせいでもう転がっていることすらできず、寝台から抜け出し目の前に広がる庭を歩いてみることにした。

すこしばかり気分を変えることができるだろうかと。


月の光はほとんどなく、様々な色の星が沢山見えた。

いつも見上げる星空とは少し違う、異国の星空。


「こんな夜更けにどうされました?」


けれどかけられるいつもの声に振り返るとそこにいるのはいつもの騎士。


「見張ってましたか、私のこと」


「当たり前でしょう。貴方、いつも抜け出すから」


国明はこんな夜更けに何をするのだと、少し責める目で見ていた。

けれど美珠がただ空を見上げているだけだということに気がつくとやがて顔を緩めて半歩後ろについた。

そして口を開いたのは国明だった。


「結婚についてどうされるおつもりですか」


「優菜と結婚すると明日父に申し出るつもりです」


「そうですか……、お二人で相談されてそう決められたのですね」


美珠は視線をゆっくりとおろし、振り向き、目の前にたたずむ蒼いマントの騎士へと静かに顔を向ける。

彼はめでたい話を聞かせてもらったというのに全く笑ってもいなかった。

ただ至って無表情でいるだけだ。


「そう、二人だけで決めました。大人たちの意見も何もきかず、祥伽の気持も無視して。ねえ、珠以、私が結婚したら、皆本当に祝福してくれる? 私達がしてることは間違っているの? やっぱり姫は王子と結婚したほうがいい?」


「その質問を俺にぶつけるんですか?」


そう訊かれた瞳があまりにも悲しげで、美珠は唇を噛んでしゃがみこんだ。


「誰も私達のこと祝福してくれないの? 私達は間違ったことをしてるの? 優菜は双子ではないけれど、あの人なら私の気持が分かってくれるし、私だってあの人の抱えているくらい部分がちょっとだけでも分かるわ。あの人とは一緒に育っていける。一緒にお互いを磨いていける。そういう相手なの。きっといびきをかいて眠れるし、お互いが我侭を言い合えるの、汚い部分を全部見せられる、そういう相手よ」


それから暫く沈黙が続いた。

国明が賛同してくれることもなければ優菜をけなすこともない。

どうして昔の恋人とこんな話をしないといけないのか。

けれど何でもいいから、言葉が欲しくて向けた時に見た顔は祝福とは程遠いものだった。


「どうして、そんな顔をするの? 貴方も国のためには祥伽と結婚しろって言うの? 祥伽は友達よ。初めてできた友達だったの」


「祥伽王子は貴方を女性としてみていました。俺と貴方が恋をしていたあの当時から、それに俺は気付いていました」


「そんなの!」


そんなの言われないと分からない。

けれど言われてもどうしようもできない。

その時、自分には何よりも愛する人がいたのだから。


「男なんて勝手よ。私のことなんだと思ってるの?」


彼に対する苛立ちも込み上げてきて、美珠は国明から視線を逸らし、部屋に走りこむとそのまま寝台に突っ伏した。



「ま、珠以は祝える気分じゃないよね。どっちに転んでも」


影で様子を伺っていた珠利は国明の肩に手をのせて何度か叩いた。

その横で相馬は困ったように手帳を指先でつついていた。


「駆け落ちとかしなきゃいいんだけどさ。優菜のことだしさあ、駆け落ちとかされたら絶対見つけられないだろうしね。さあ、どう動こうかな」



優菜もまた眠れず、どうにか気をまぎらわせようと隣室へと足を運ぶと先生と蕗伎が酒を飲んでいた。


「こんな時間に何? 寝たいんじゃなかったの? まさか美珠と二人っきりでえっちなことしてたんじゃないだろうね」


「そんなことをしてみろ、ぶっ飛ばして、吹っ飛ばすぞ」


こいつらはこういうやつらだということを思い出して、二人から離れて寝台に座ると、先生が優菜の膝の上に飛び乗ってくる。

そんな先生を無意識に撫でながら優菜は唇を噛んだ。


「覚悟がないのは俺の方なのかな」


「なあにが、お兄さんと師匠が話をきこうじゃないか」


酒に酔った一人と一匹は優菜を挟んで座った。


「俺、紗伊那の国を治める器だと思う?」


「何、突然。どうしちゃった。美珠に結婚迫られた? 今すぐ結婚してって」


「そんな状況になりました。人生、ほんと計算どおりいかない」


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