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暗黒の章 第三話 命令無視

空が白んできた頃、ほんの数十分眠っただけで、出立の時刻となり馬車に乗り込んだ気分は最悪だった。

睡眠不足、不協和音、不信感


そして


「そのようなお顔で民の前におたちにならないで下さい。民は救いをまっています。拗ねた顔などみせれば教皇のなさってきたことが否定されてしまう」


聖斗から出てきた言葉、また教皇。

教皇に比べれば確かに自分はまだまだだ。

同等だとか、肩を並べているなどと思ってはいない。


分かっている。

分かっているけれど、どうしてこの人はこういう冷たい言い方なのか。

もう少し感情を込めていってくれればまだ救いがある。

もう少し言葉に丸みを持たせてくれれば聞こうという気にもなる。

 

扇をぎゅっと握り締め黙り込んでいると相馬が気遣って御者に手をあげ、その日、一日の行程が始まった。

森の中をただただ静かにひたすらに目的地に向かう馬車の中で、相馬は美珠の表情をチラチラうかがいながら問いかけてくる。


「ねえ、美珠様、誰か補充してもらう? 国明とか」


「いらないわ」


「じゃあ、(こう)(とう)さんにする?」


警備を厳重にしたところで、おかしくなりつつある自分と聖斗の関係を改善できるとは思わない。

温和でまるで春のような光東の笑顔を以ってしたとしてもだ。

完全に足りないものがある。

それがもう何なのか美珠には分かっている。

ただ決して認めたくはなかった。


「いらないったら、このまま進むの」


「そう、わかった」


何をどうすれば円滑に物事が進めるかを考えての相馬の質問だったのだろうが、結局美珠は聖斗に対する不信感だけを募らせることになった。



進むにつれて構造物が見えてきた。

それは紗伊那のどこにでも存在する木造の家をいくつかよせあつめたような小さな村。

きっと村の自慢であろう、赤茶けた煉瓦作りの時計台が見えるのどかそうな村だった。


静かなその村に一体何が起こったというのか。

すぐに執事が資料を開いた。


「若い娘が人攫いたちに何人もつれていかれてる。そういうわけだから姫様無謀な行動は絶対に慎んでね」


「わかってますよ」


馬車が止まり乾いた地面に足をつくと、村は静まり返っていた。

出迎えもなにもない。

人の気配すら感じられない村だった。


すぐ聖斗の指示で騎士が何人か竜から降り家々の扉を叩いてゆく。

やがて村の奥から姿を見せたのはぼろぼろの服を纏った中年の男一人だった。

いつから髪を整えていないのか、白髪が目立つボサボサの頭には白いフケが浮いている男。

けれどここ数日貧しいものを目にしている美珠にとって、その姿はもう当たり前のものになりつつあった。


現れた男は教皇の名代、若く美しい姫である美珠を見るといやらしく笑い、それから気がついたように顔を引き締め頭を下げた。


「人攫いにあっているということをお聞きして参りました」


美珠のその同情したような言葉に手を擦り合わせ、美珠の香を嗅ぐかのようにすり寄ってくる。


「ええ、そうなんです!  あっしの娘も二人、連れていかれて」


男が美珠の手を握ろうとした時、美珠の前に立ちはだかったのは聖斗。

折角話を聞こうとしていたのに全く男の顔が見えなくなった瞬間、何をするのだと美珠は叱りつけそうになった。

が、これも警備なのだとなんとかこらえ、聖斗の背中の左側から顔をだした。


「あの、それで、村のかたは?」


「みんな人攫いが怖くてに隠れております」


何気なく目を遣ると教会の小さな窓からのぞく男と目があった。


「あそこに人影が」


その言葉に応えるように、暗守がすぐに部下たちに視線を送り調べさせようとすると、美珠の目の前にいた村人が飛び跳ねながら声を張り上げた。


「あそこにいるのは村の人間でさあ! 是非声をかけてやってくだせえ。皆喜びます」


「もちろんです」


勢い勇んで足を向けると、聖斗の腕がすっと前にでてきた。


「この村は男だけか? 女や子供の気配がない」


聖斗の鋭い目ににらまれてか、それとも聞かれたくはない質問だったのか、男からは血の気がひいた。

そして美珠と目をあわせてから目頭を押さえそのまま崩れおちた。


「どうなさったんです?」


「じ、実は娘達は皆さらわれて、盗賊に閉じ込められてるんでさあ、俺たちが金を用意しない娘たちは売り飛ばされるっていうじゃありませんか! だから働ける奴らは働きにでて、教会には動けない爺さん婆さんが祈ってるんでさあ」


このような状況でもまだ教会に祈ってくれていた。

美珠はこちらが礼を言いたい気分で進み出た。


「娘さんたちが連れて行かれたのはどこかわかりませんか? わかるなら騎士を派遣します」


その提案を耳にし、顔をあげた男にはもう涙はなかった。

嬉しそうに指差す方向には緑深い山脈。


「あの山のどっかにアジトがあるってことでさあ」


あの山すべてをしらみつぶしにあたるというのは、いかに鍛え上げた騎士といえども時間はかかるだろう。

 

それでも美珠の意思は一つ。

 

(助けにいかなきゃいけない)


娘たちをこの村に返すためには請われている自分たちが動くしかないのだ。

そう思うや否や口はもう動いていた。


「暗守さん、聖斗さん、救援部隊をお願いします」


「はっ」


すかさず暗守の返答が帰ってくる。


「美珠様はその間、どうなさるおつもりですか?」


聖斗の質問は美珠の提案は受け入れられたのだと思い、美珠は救出に一緒に行くのだと言おうとしたが、はたと立ち止まる。

一緒に行くなどといえば、危険に足を突っ込むことになるのだと返ってくるのではないだろうか。


「姫様、どうか、村に残ってる奴らにも声をかけてやってくだせえ。そして娘達が帰ってくるまで一緒に祈ってくだせえ」


そんな言葉が男から漏れた。

働き手を奪われた老人が教会にいるというのなら、彼らが祈り続けているというのなら、何か心を支えることができるかもしれない。

美珠は結論をくだした。

 

「なら私は教会にいらっしゃる方々を。これで文句はないでしょう聖斗さん」


「わかりました。私は不測の事態に対処すべく、美珠様と行動を共に。すぐに精鋭を集め救援部隊を山におくります」


確かにそれは間違った判断ではない。

美珠は頭の中で半ば理解していた。


「山には山の木よりも多い数の山賊がいるんでさあ、あそこを根城にして、いろんな村を苦しめてやがる、騎士様お願いですだ、奴らを叩きのめしてくだせえ!」


男が膝をついて嘆願してくる。

そんな必死の姿を見ていると、その男があわれに思えた。

家族があの山のどこかで危ない目にあっている、だからこそ不安になり救いを求めている。

それに他の村にまで被害が及ぶというのなら今、自分たちがここにいるうちに退治しておいた方がよいのだ。

足手まといになる人間ならともかく、最強の称号を手にする聖斗が向かってくれた方が、探す人間が一人でも増えたほうが絶対に物事は早く収束する。


「聞きましたか? 聖斗さんが率いてくださった方が早く人を救えるのではありませんか?」


「承服しかねます。敵の数が多いというのなら、先に斥候をだし確認をいたしましょう」


「騎士様! そんなこと言わず! 娘達を一刻も早く!」


確かに彼のいうことは最もなのだが、この村の男の気持ちもわかる。


「私が騎士を引き連れ山に行きます。聖斗は美珠様の傍に」


暗守はそういってすぐに騎士を纏めにかかった。

けれど美珠はどうしても納得できなかった。

きっと聖斗は母の言葉なら絶対にきくのだ。

でも、自分の言葉は聞いてもらえない。

軽くあしらわれてしまう。


聖斗に対しつみあがった不信と不満がここにきて頂点に達した。


「人命を優先させます。これは命令です」

 

最後の手段だった。

すると聖斗は暫く黙った後、跪いて頭を垂れた。

恭順の証だった。


これですぐに民を助けてもらえる。


「では私は村の人のお話を、行くわよ、相馬ちゃん」


「あ、うん」


美珠は彼らに背を向け、男が示す教会へと足を向けた。

不安そうに振り向きながらもちょこちょこ付いてくる相馬。

それとすぐさま美珠の護衛を仰せつかった幾人かの騎士。


念のためと後ろを見ると聖斗と暗守は美珠を見たり山を見たり、ほんの束の間何か話し合っていたがやがて二人とも山へと竜を動かした。



教会の木の扉は開けるまでもなく、すでに壊れていた。

足を踏み入れるとギシッという不安な音と腐った木の感触。

埃っぽい空気。

まるで見捨てられたようなその場所でも、いつの作品なのだろうか、ステンドグラスから差し込んだ光が青とオレンジの模様を床に作っていた。

 

「村の方はどこに?」


見回してみても祈っているはずの人の姿はない。

荒廃した教会の姿が目に入ってくるだけだ。

胸騒ぎがして無意識のうちに外套とドレスの間に隠しておいた双剣へと手を伸ばす。

それと同時に美珠の周りを騎士が取り囲んだ。


騎士たちも気づいたのだ、罠なのだと。

いやハナから騎士たちはこの話を信じてはいなかったのかもしれない。


「何いってるんですか? そこにいるじゃありませんか」


男は汚らしい顔を歪めて奥へと通じる扉へと目を向ける。

騎士の一人が相馬と目を合わせ、扉を蹴り飛ばすと、そこには髭面の汚れた男達と粗末な身なりの娘達がいた。

そしてその奥の暖炉では鉄の棒が熱されており、これまた汚らしいなりをした男がいて、今まさにそれを一人の女の腕に押し当て、女は耳をふさぎたくなる悲鳴をあげた。

 

「さがって! 美珠様! こっちがアジトだったか」


面食らった美珠の腕を引いて相馬は後ろに下げると騎士達に視線を送る。


「これくらいの人数、騎士ならぱぱっとやっつけられるよね」


当たり前だと騎士達が剣を抜こうとすると、美珠をここまで誘った男は大声を上げた。

被害者の顔をしていた醜悪な男はすぐさま加害者の凶悪な顔もつくりあげた。


「おおっと、お前ら動いたらこの娘達皆殺しだぜ。美珠様ってのは随分ひどいことするもんだな。こいつらは教会の救いを信じて待っていたっていうのに」


その言葉がさらに美珠を混乱させた。

救いを待つ人たちを救えなくてどうするのだ。

彼女たちを救うために教会は存在するのだ。


けれど動かなくては助けられない。

ここで立ちすくんでいてはいけないのだ。

何をどうしていいのか分からなかった。


「お前たちのような悪党の言葉をきくわけにはいかない、いいからこいつらやっちゃって」


すぐさま、相馬が冷静にそういうと傍にいた男はニヤニヤと笑った。


「まあ、一回姫様の柔肌ってのも試してみたいもんだ。ほらここに来て、俺たちの相手をしてくれたら、こいつらは特別に離してやってもいいんだけどな」


仲間の男たちもそんな声にゲラゲラ笑った。

ガチャリと騎士の鎧が鳴る。

姫への侮辱は彼らにとってもまた屈辱的なことだった。

 

美珠自身、こんな下品な言葉を掛けられたのは初めてで、相手の意図も分からず、そして焼印を押される娘がいる。

こんな場面を目の当たりにするのも初めてで声が出せなかった。


「ほら、こっちこいよ、姫様」


「姫様、助けて!」


「姫様ぁ!」


男達の嘲笑とともに、何の罪もない女達は美珠という姫に救いを求め、美珠に涙にぬれた目を向ける。

美珠があっちへといけばこの罪のない少女たちは救われるのだ。

 

―姫さえ進み出てくれたら自由になれる。


彼女は美珠を恨むような、そして期待交じりの目を向けていた。

揺らぐ美珠の心をこの場で誰よりも理解していたのは乳兄弟だった。


「いっちゃだめだ! 美珠様わかってるね、自分の立場ってのを! こんな奴らすぐに騎士たちが押さえつけてくれるから」


「でも」


「でもなんて、言葉はない! こんな奴らに屈しちゃだめだ」


相馬は美珠にきつく怒鳴りつけた。


「こっちに来いよ、姫様! お前ら、騎士はそこで主が男たちにいいようにされてるのを見てればいい」


なかなか動こうとしない美珠にしびれを切らしたのか、それとも姫の心をもっと揺さぶるためなのか、人さらいの一味の男が再び暖炉から鉄の棒を取り出した。

先端が赤く熱された鉄の棒。

それを女の顔へともってゆく。

女は泣きわめいて、熱い、助けて助けてと叫ぶばかり。

あの鉄の棒を顔に押し当てられた彼女は一生その傷を背負って生きていくことになる。

そう思った瞬間、


「待って!」


美珠は一歩進み出た。

進む出るしかないのだ。

けれど足を踏み出したその途端、つま先に矢が刺さった。

何が起こったのかを理解する前に、次々に矢が降り注ぎ、男達を射てゆく。

その矢は決して捕らえられた女達を傷つけることなかった。


矢が来た方向、教会の屋根部分に視線を向けると、梁の上にいたのは別働隊で山に向かったはずの騎士たち。

それと同時に美珠を守る任務を与えられたにも関わらず動けずにいた騎士たちが猛烈な怒りを持って盗賊たちに駆け寄り捕らえてゆく。


美珠はその場に座り込んでいた。

何も考えられなかったし、なぜこんなことになったのかもわからなかった。

目の前の教会騎士のしるしのついた矢を抜いて握り占めると、鉄靴の音がして目の前に屈んだのは暗守だった。


「ご無事ですか?」


「私は……大丈夫ですから。あの、女の人達を」


「ええ」


それでも暗守に半ば抱きすくめられるように、立たされて教会から出されると、弓を握った聖斗がそこにいた。

彼の表情には憐みも優越も何も存在しなかった。

いつものように淡々と仕事をこなしただけだ。


「命令を無視し申し訳ありません」


それは嫌味にしか聞こえなかった。


「分かっていたんですか? あの人が怪しいって」


美珠は顔をそらして、ただそれだけを訊いた。


「我々は近づくものは全て怪しいと思って仕事をしておりますから」


そう言うと美珠の手に握られていた矢を取って、人攫いたちの処遇を命令するために去って行った。

礼も、詫びも何もいえなかった。

美珠の足元に矢を射たのはおそらく彼だろう。

そんな恐れ多いこと他の騎士がするとは考えられない。


「私の選択が間違っていたということですよね、誰もかれもが善人じゃないんですね」


口を横に引き結び黙っている美珠に相馬と暗守は何ともいえない気まずそうな視線を送っていた。


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