真紅の章 第二話 思い人
「ねえ、ねえ、結婚式ってさあ、俺初めてなんだけど、どうすればいい?」
「黙って座ってたらいいんじゃないですか?」
優菜は馬車にいる間、仕事を忘れて眠ろうとしていたが、遠足気分ではしゃぐ蕗伎はそれをさせてはくれなかった。
秦奈についたら優菜にもは死ぬほど仕事がある。
人材不足の北晋には外交が出来る人間がいない。
慎一に頼もうかと思ったが、自分と慎一、二人が抜けたら今度は国の内務が正直不安だった。
だからこそ美珠に会いたい自分がたのみこんで出てきた。
向うに行けば少ない時間をどうにかやりくりして美珠と一緒にと思って、今のうちに疲れを取っておきたいのに、これだ。
「ねえ、先生。俺と二人で組んで『蕗伎君とワンコ先生のかくし芸』でも見せようか」
それは見たい。
優菜は目を閉じてそう思う。
「私は見世物ではないぞ」
「いいじゃない、先生。きっと先生モテモテだよ」
暫く間があってから、妙に嬉しそうな先生の声が聞こえた。
「ふむ、では仕方ないな」
*
各国、国賓と会うのは全て二人の騎士団長、外交部の人間達が引き受けてくれた。
むしろ美珠には出る幕が与えられなかった。
だから美珠の体はかなり空いていた、が、そこへ割り込んできたのは祥子だった。
入ってきたかと思うと、息子の贈り物を一つ一つ確認して、いい品だの、子供臭いだの評価を繰り返し、そして微笑んだ。
ー話を拝聴する時間が来たのだ。
美珠はそれを直感した。
紗伊那から嫁いできた祥子は寡黙な秦奈王とであった時、地味すぎて死んでしまうと思ったそうだが、自分好みに変えてゆくことに途中から快楽を感じたのだという。
はじめはどんな話をされるのかと、警戒していたが、恋の話というのはなかなかおもしろいもので、美珠は時を忘れて話しに聞き入っていた。
異国にたった一人嫁ぐというのは心労もあっただろうと思う。
おまけに夫は直後に鎖国し、国に帰ることも許されなかった。
けれど彼女は息子を二人も生み、その息子がもうすぐ王になる。
彼女はちゃんと求められたことを遂行したのだ。。
「叔母様、本当にお疲れ様でした」
「いいえ、まだ私の仕事は残っておりますよ。まだ息子が一人残っておりますしね」
祥子は暮れかかった夕空を見て、そして美珠に思惑のありそうな笑顔を残して去っていた。
相馬は疲れた顔も見せず一心不乱に何かをしたためていた。
その隣で美珠は王の肩を揉み、二人の騎士団長は外交の責任者と話を照らし合わせていた。
耳を傾けているだけで、色々な術が必要なのだと思う。
どの情報を取捨選択するかが重要になる。
美珠は涙を浮かべて嘆願されれば信じてしまうし、拒否もできない。
きっと美珠を出さなかったのは、経験があまりにもないからだ。
結婚式だと美珠は浮かれてやってきたが、国にとっては大切な外交の場。
数少ない情報交換の場でしかないのだ。
外交責任者が退出し、父がもういいというふうに手を叩いたので美珠は贈り物の星型のぬいぐるみを抱きしめて隣に腰掛けた。
「私の結婚式もこういう風に祝う場所じゃなくて外交の場になるのかしら」
ピクリと国王と相馬が顔を上げる。
「なに? もうそこまで話し進んでるの? 俺、聞いてないよ」
「別に何も具体的ではないわよ。でも、私の結婚式だって同じことでしょう? よその国から遣ってきた人達はこういうことしてるんだから」
「いいじゃん、そんなの放っておきなよ。私は最高に嬉しいよ。美珠様が綺麗なドレス着て、最高に幸せそうな顔したらさ、ね、王様」
珠利は美珠を後ろから抱きしめて、そして王へと笑いかけた。
しかし一人事情を知らない男がいた。
「あの美珠様、そういう相手がいらっしゃるのですか?」
光東が控えめに声を発する。
まさかみんなが平然と話をしているということは案外自分の知らないところでもう国明と戻ったのか。
なんだ、と胸をなでおろす。
「え? あ、ご存じなかったですか? 優菜ですよ」
明るい姫の言葉。
けれどそれは理解しがたいものだった。
「え? ええええ?」
素っ頓狂な声を上げて一歩下がった光東は首を振った。
「いや、それは、許されることでは」
混乱した様子でもごもごと言葉を濁す光東に、相馬がまるで自分ははじめからすべてお見通しだったという顔をして付け加える。
「あの、一つ確認だけど、光東さん、優菜が男だって知ってる?」
「は? はああああ?」
光東にとっての優菜という人間をよくは知らない。
美珠を守った北晋国の軍師であることはわかっているし、白亜の宮にも部屋を与えられるようになった美珠の親友であるのだと思っていた。
「あ、知らなかったね。これじゃあ。あいつのあの紛らわしい顔が悪いんだよ」
内心、気づかなかったのは自分だけではなかったと安堵した相馬は腰に手を当てて、姫にどうだという顔を向けた。
「そんなに女の子にみえるのかしら」
「ええ、ええ、見えますとも」
光東は鼻息荒く何度もうなづいた。
「そうでしたか、いや、それは知らず、失礼いたしました」
「あ、陛下、今、美珠様のそういう姿思い浮かべてじいんとなさってるでしょ?」
光東が頭を下げるその傍で珠利は黙り込む王へと矛先を向ける。
王は何やら遠い目をして、その瞳はうるんでいるようにさえ見えた。
「娘の結婚となると、陛下はその相手が誰であろうとさみしい思いをなさいるでしょうね。比べるのもおこがましいですが、我が父もそうでありましたから。でも、我々や国民は計算抜きで祝福いたしますよ」
光東が意気込みそう宣言するその隣で愛想笑いを浮かべる国明と美珠は目があうと自分もまた愛想笑いを浮かべておいた。
*
「最悪、一睡もできなかった」
優菜は馬車から降りて頭を振った。
隠し芸をすると決めた一人と一匹ははた迷惑な大音量で歌の練習をして、やっぱりこれではダメだと曲芸の練習をはじめた。
玉乗り用の玉がないからと優菜の頭で練習し、合間合間に蕗伎の意味不明な司会が聞こえてくる。
時々先生が乗りにくい、動くなと肉球で攻撃するものだから結局優菜は眠れなかった。
今にして思えば二人とも悪意があって寝かせないようにしていたのだと思う。
北晋の一行を出迎えにきた秦奈の王子は妙に興奮した状態の蕗伎を見ると眉間に皺を寄せた。
「どうした、何かあったか?」
「ねえ、ねえ、あのさあ、余興考えてきたんだ、やらせてくれる?」
「は?」
「お兄さんたちのお祝いだよ」
「二人の命を狙ってたお前がか?」
すると蕗伎はそんな親友の肩に手を回した。
「胸キュン間違いなしだよ、絶対盛り込んでね。で、美珠はついてる?」
「ああ、来てる」
「だってさ、優菜、会いに行こう」
ヒナにも会いたいけど、寝たい。
でも膝枕とか許される空気じゃないだろう。
機嫌を取らないと最近空気が悪いのにさらに悪化しそうな気がする。
なんで片割れにあうのに、こんなに気を遣わないといけないんだ。
疲れも頂点に達し、怒りやら悲しみやら負の気にまとわれながら優菜は屍のような体を向けた。
悪にしかみえない蕗伎とワンコ先生の後ろに続いてふらつきながらしばらく歩いていると、突然誰かの手に袖をつかまれ引っ張られる。
こういう悪戯はヒナがやることだ。
会いにきてくれたのか、と抱きつくとその抱き心地は全くヒナとは異なっていた。
「何だ、気持ち悪い!」
そこにいたのは優菜より少し背の高いツンツン頭の相馬だった。
身に合った紺の燕尾服に身を包んだ彼は、優菜に抱きしめられたことが嫌なのだと主張するように体をはたき、目で奥へ行くぞそ示した。
何をさせられるのだろう。
今、あの国王騎士団長とぐるになってボコボコにされたら確実に殺される。
それは分かる。
けれどそんな心配をよそに人気のないところへくると相馬はジャケットの内ポケットから手紙を出した。
白い無地の封筒、けれど厚みはかなりありそうだ。
「何? あの、恋文? 知ってるだろうけど、俺、男」
「馬鹿か、お前! 俺には超できる婚約者がいる」
相馬は罵って手に手紙を握らせた。
「お前が仕事にかまけて美珠様をほったらかしにしたら許さないからな」
「いや、でも外交もしないと」
「外交部の人たちにも協力してもらって下準備はしといた。お前もいずれ美珠様の元で働くんだろ。そのためにはお前だってできる人間だってところ見せつけてもらわないといけないからな。うちの国で下調べしてきた内容と、俺が他国の人間にあった印象と紗伊那とその国との確認事項を書いておいておいた」
「それって、ものすごい機密なんじゃ?」
「分かってる。だからここでこっそりやってんだろ。これ読んで、美珠様が寂しくないように傍にいてやれよ。この前喧嘩したんじゃないのか? お前が帰った後、えらく機嫌が悪かった、だから仲直りの時間作ってやって北晋に送りこんだだろ!」
これが嘘偽りのない言葉であるのなら、ものすごく彼は危険な橋を渡ったことになる。
外交情報なんて秘密ばっかりだというのに、それを他国の人間に渡すなんて。
「本当に信じていいのか?」
「お前は左だ」
「え?」
「俺が美珠様の右腕っていうのなら、お前は左腕。俺が美珠様の後ろの右側、お前左側。それでいいだろ。騎士団長達はその後ろだ。騎士には喧嘩しても勝てないけど、美珠様のことだけは絶対に前にはださせない。それが俺の誇りだ」
「今は左だとしても結婚相手になって真横になるよ」
そんな言葉に相馬は息を吐いた。
「かもな。だったらなおさらだ。俺はお前の分だってやってやらなくちゃいけなくなる。できる男だってところを見せ付けておけよ」
「反対、しないのか?」
「まだ賛成はしてないし。でも俺、美珠様は国明以外の男と恋なんてしないもんだって思ってた。絶対そんな選択肢ありえないって。なのに、お前と恋をして美珠様はまた元気になった。ちゃんと帰ってきた。だから少しだけお前を認めてやる。……でも、何でこんな女みたいな男に国明は負けちゃうのかな。だってこれなら俺の方が背も高いし」
相馬は協力してしまう自分が心底悔しいのか優菜の前から立ち去っていった。
優菜は感謝し、部屋に荷物を置きに行くふりをしてその手紙の内容を頭に叩き込み、その手紙をマッチで燃やした。




