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真紅の章 第一話 再会

美珠は窓から外を眺めていた。

白茶の乾いた落ち葉がどこまでも続いていて、葉を失った寒々しい木々が続く森。

きっと自分の友がこの道を通った時は、黄金色の絨毯を見たに違いない。


母教皇との遊説は想定外の結果に終わり、今度は父王との旅が待っていた。

それは隣国秦奈国の第一王子の戴冠式及び、結婚式。

体の悪い王の名代として美珠だけが出向くいう方向で話は纏まっていたが、父の実の妹、祥子から兄王へと矢のような催促があり、結局王はそれに折れ、小国に大国の王が姿を見せることになった。


王の行幸となると多くの人員を動員していた旅が更に膨れ上がってゆくことになる。

もともと人を多めに配し、大国の威信を見せつけるという思惑があったが、その上に最上の警備が加わることになる。

王城では慌ただしさが増し、国を預かることになる文官最高位である麓珠と官吏達が王の引き継ぎを夜遅くまで執り行っていた。


そして王城だけではなく、美珠の傍でもその事態は起こっていた。

乳兄弟、執事、婚約中の相馬だ。

前回教皇と国をまわった際、下調べを入念に行ったにも関わらず予測不能な事態に対処できなかった。

相馬はそこを猛省したらしく、今回は入念に、そして随行する身分のある者たちに一人ずつ会って根回しや、下調べを行っていた。

それ以外にも毎晩遅くまで王の側近の官吏と話合い、騎士とも話を詰める。

そこにはある種の祥伽への敵対心もあるのだろうと美珠は勘付いていた。


隣国秦奈国へと続く王都から西の道は数か月前まで不逞の輩の流入で治安が心配されたが、秦奈、北晋と良好な関係が築けてからは、険しい峠も谷もないことから、よい商業の街道となっていた。

すれ違う馬車には時折東和商会の文字も見える。

鎖国をしていた国はいまや紗伊那の友好国となっているのだ。

秦奈国が国を開けばもっと人々の流れも多くなるに違いない。


北晋国との戦争が終わりすぐに国に引きもどされた親友である年上の従兄弟の王子は実の兄の晴れ舞台をどう応援しているのだろうか。

素直じゃないあの性格だ。

きっと思ってもない可愛くないことを言っては兄にたしなめられているのだろう。

そんな姿が容易に想像できて、想像するたびごとに早く彼にも会いたくなった。


警備の手薄な国境の門をくぐって秦奈国へ入ってみても、突然、景色や気候がかわるわけでもなく、紗伊那で見たような森が暫くは続いていた。

北晋国は雪ばかりの白い大地で、紗伊那の王都とは全く違う。

異国に来たと理解させられるのだが、ここは異世界ではなかった。

数か月前まで人を寄せ付けなかった国はこうも紗伊那に似た場所だったのか。

美珠は窓をあけ左右を守る二人の騎士団長へと声をかけた。


「お二人は、秦奈国は初めてですか?」


「ええ、我々もこの国の中に踏み入れたことはありません」


感慨深げにつぶやく光東の言葉に国明もまた視線を巡らせて頷いた。


「この国は全てを拒絶し、独自の発展を遂げた国ですから」


「北晋国は雪ばかりで、冷たい風と匂いと景色で北晋国だとわかりますけど、秦奈国はわかりませんね」


「ここは国境周辺だからね。でも、王都に行けばいやでも違いがわかる」


一方、一度この国に忍び込んだことのある相馬は思わせぶりなことを言って、婚約者からもらった黒革の手帳を閉じた。



確かに相馬の言ったとおりだった。

国境から数時間というところにあるこの国の首都は紗伊那とは全く異なっていた。

国境付近の平和な農耕地から一変、王都周辺になると水蒸気を上げる巨大な鉄むきだしの建物が増えてくる。

重い鉄を叩く音が当たりに響き、盛んに人々の声が聞こえてくる。


「この国は北晋国が狙ったように武器に関しては超大国に匹敵するからね。この国の銃やら爆弾が世界に広まったら世界は一変するよ。騎士だって苦戦するだろうね」


「そんな、騎士は絶対に強いわ」


相馬のしったかぶりの言葉を否定すると、景色を眺めていた王もしっかりと頷いた。

それは信念だった。

それにこの国の開発した銃に紗伊那の、聖斗の兜は歪んだだけで済んだではないか。


「騎士を信じることは大切だけれど、過信だけはしないでね。知っておくことが大切なんだよ」


「まあ、相馬ちゃん、優菜みたいなこというのね」


「はあ? 一緒にすんな! あんな男女と」


「ちょっと今の言葉は取り消して頂戴!」


一触即発、睨み合い、今にも取っ組み合いのけんかをしそうな姫と乳兄弟をとりなしたのは国明だった。


「騎士の甲冑は最高の状態を保ってありますが、それでも生身を撃たれれば我々はひとたまりもありません。できればこの国とは戦いたくはないですね」


もっともな国明の言葉に美珠は相馬を一にらみしてから深く頷いた。


「あたりまえよ。もう戦争なんて絶対にしたくないわ。私達の国を守るためにも戦争をしないっていうのが一番だもの」



秦奈国王宮は平屋だった。

年季を感じさせる墨色の木の柱に白い漆喰の壁。

豪奢なところは極力削り落とした、紗伊那とは全く違う様相の城だった。

けれどそれにも関わらず一角だけ、高い塔を持ち、屋根には黄金の像が置かれている紗伊那王城のような異質な建物がある。

それがこの城の趣を台無しにしているようにも思えたが、けれど目的はひしひしと伝わってきた。


「あそこは祥子おば様のための建物なのね」


「だろうね、あそこだけ紗伊那だね。祥子様の香りがプンプンするね」


珠利の苦笑の傍で、相馬は燕尾服の襟を正して来るべき敵との戦いに備えていた。

既に目の前には秦奈の出迎えの者達が大勢待っていた。

美珠は父の隣を進むと、向こうからももう見慣れた従兄弟が近づいてきた。


「伯父上、母が無理を申しまして申し訳ありません」


平素、口の悪い高慢な王子は大国の王に傅き、最大限の礼を持って出迎えた。

すると王はそんな甥を立たせて、娘へと目を遣る。

目が合うと美珠は用意された口上を粛々と伝えた。


「このたびはおめでとうございます。紗伊那から祝いの品をお持ちいたしました。どうぞ、お納め下さい」


美珠の後ろには紗伊那の威信をかけた品物が並んでいた。

黄金で出来た巨大な馬車や宝石でできた花、上質の絹織物、螺鈿の緻密な壺、どれをとっても大国を誇張していた。


「趣味が悪い」


感謝の言葉の後、ポツリと漏れた祥伽の言葉に美珠は噴出した。

それからつつと祥伽の耳元に自分の感想を囁く。


「ええ、私も黄金の馬車まではと思ったのよ、でも祥子様をご存知の上の方々から絶対に外しちゃだめだって言われたのよ」


「確かにあれに乗りまわってそうだ」


友として目を合わせて笑い合う。


「伯父上、お疲れでしょう、どうぞ、ご案内いたします」


既にいくつかの国の王族や大使は到着していたようで、一歩場内へと入ると、紗伊那の王と姫というの二人にざわつき、誰もが視線を送っていた。

そんな視線にこたえる人間達がいる。

紗伊那の国を考えるときに必要になってくるのは外交部であり、相馬は外交部の人間に同行を頼み込み、他国との王族との面会などの手配に当たるべく離れていった。

相馬にとっては正式な初外交、鼻息荒くなるのも当然だった。


それから父王は秦奈王宮で一番よい客室へと連れて行かれ、美珠に用意された部屋はそこから離れた秦奈後宮であった。

祥子が嫁いできたその時に与えられた部屋だという。

広い室内に縦長の窓から見える緑。

それが絵画のように見えてしまう不思議な部屋だった。

そして耳に入ってくる小川のせせらぎ。

黄金などの贅はつくしていないが、自然の贅を尽くした場所だった。


「こういうのも素敵ね」


紗伊那にはない趣。


「明日には蕗伎も到着する。北晋国の新王として。即位はまだだそうだが、いい機会になるだろう」


祥伽はその美珠の部屋に居座り、椅子に座ると侍女に目を合わせもせず指先だけでお茶を入れさせた。

美珠も向かいに座ると、警備を担当する珠利と国明をはじめ国王騎士数人に楽にするようにと目で示す。


「香苗がお前に会えるのを楽しみにしていた」


「私もお会いするのを楽しみにしていたのよ。それに結婚式なんてはじめてなんだもの。考えただけでワクワクしちゃう」


「可哀想に母上の趣味をかなり押し付けられていた」


それを聞くと美珠も可哀想になった。

きっと祥子の趣味に合わせられてギンギラギンにさせられてしまっているのだろう。

華美な宝石やらをじゃらじゃら身につけて。


「だが、仕方ないこの国の妃となるんだ。飾ることも大切だ。で、お前は今どういった男と付き合っている、何人目だ」


「なんですか、突然。そしてその失礼な言い方」


いきなり人前で何をいうのか、と責める目をしたが、相手はそんなことに気づくことはなかった。


「お前は男のことになると途端に歯切れが悪くなる。他のことには余計なことまでしてくるにも関わらず」


「失礼な人ね」


美珠が口を膨らませると、祥伽は右手の人差し指を軽く挙げて侍女に合図をした。

侍女は一度部屋を出てゆくと、すぐに台車を押して戻ってきた。

そこには大小さまざまな包みが乗っていた。


「やる」


その一言の意味が分からなかった。


「はい?」


「お前がほしそうなものを見つけて集めておいた。使え」


やると言われても歓声をあげて喜ぶこともできず、目を白黒させて佇んでいると祥伽は感謝の言葉のない美珠に苛付いたように睨みつけて出て行った。

残された美珠はすぐさま珠利と国明と目を合わせる。

 

「贈り物ってことじゃないの?」


珠利は美珠のすぐ傍まで来ると、手を伸ばし小さな箱を持って振ってみると乾いた音がした。


「こんなに?」


箱の数は三十をくだらない。


「え? 本当にこんなに?」


改めて確認する。


「何か思惑がありそうな気がします」


国明は下から大きな箱を取ってそれから美珠に手渡した。

美珠は赤い包みのリボンを解きながらそんな国明の言葉に首を振る。


「友達だからですよ。だって私だって祥伽に贈り物を持ってきましたもの」


美珠は今、渡しそこねた小さな箱に目をやった。

三人で酒を酌み交わす時に使う銀の盃。

それぞれに祥伽がこだわっている月と星があしらわれた特注品だ。


「だからって限度を超えてる気がするけどね。彼はものすごい貢男なのかな?」


巨大な箱には星や月のぬいぐるみが、小さな箱には星の飾りがついた首飾りやらペンやら、ありとあらゆる星があった。


「確かに美珠様、あの王子様とお買い物にいった時、星の首飾りみてたもんね。私は珠以に買ってもらえばっていったんだけど、あの王子様、さくっと買っちゃってたし。ねえ、珠以だって美珠様がおそろいでこれほしいって言ったら進んで買っちゃうでしょ?」


「ええ、どれだけの大金をつぎ込んでも」


しれっと言った国明に美珠は首を振る。


「やめて、もう。贈り物は一つあれば充分よ」


贈り物は嬉しいが友としてもらうには、部屋を埋め尽くすこれだけの品は多すぎるように思える。


「まさか、あの人蕗伎にもこれだけの数、用意しているの? 加減を知らないのかしら」


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