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奇縁の章 第十話 奴隷女と反逆者の妹

女は教会でのお針子の仕事を終えた後、教会の共用の台所へ寄って、二日前から用意しておいたレモンをはちみつでつけたものを取り出した。


自分が食べたいわけではない。

届けたい人がいたのだ。

その人に元気になってもらいたい、ただその一心。


ただ教会の敷地から出れば自分の身分を思い知らされる。

自分は奴隷なのだと。

この都に生きる人々は自分へと蔑んだ視線を向け、そして立場を嫌というほど理解させることに長けていた。

けれど、どんな目でみられてもいい、それでもいいから会いたい人がいた。


未来など知らずにいた自分を光の中へ連れ出してくれた人。

希望なんてそんな言葉を忘れていた自分に諦めることなく説いてくれた人。


今、その人は白亜の宮という場所で療養に専念していた。

 

彼に会うためにはそこに行く必要があるのだが、その門の警備にあたっているのが誰かによってその日の予定は変わってしまう。


教会側の騎士であれば自分がどういうもので、誰に会いに来たかを説明すればちゃんと手続きを踏んでくれるが、国王側の騎士であればののしられるだけ。

今日は運悪く門を守っていたのは純白の騎士たちだった。

自分にとって彼らは白い悪魔。

失望が顔に浮かぶ。

けれど何もせず引き返したくはなかった。


「暗黒騎士団長暗守様にお届けものがあるのですが」


「どこの使いだ」


使いではない。

自分の意思でここにきた。


「お世話になったものなのです。どうしてもお見舞いしたくて」


「帰れ、帰れ、ここはお前のような下賤の者が足を踏み入れる場所ではない」


「どうしてもお会いしたいんです。暗黒騎士団長の許可はいただいています」


それでも根負けしないように声をはり上げると、騎士たちは顔を見合わせ、わかったようにうなづいた。


「ああ、暗黒騎士団長はこういう女が好みか。お前、あの鎧の下、どうなっているのか見たことあるのか?」


「お前だけには見せてくれるのか? どういう姿なんだ?」


その顔が下品すぎて女は吐き気がした。

けれどこれ以上にもっと品のない顔を毎日見てきた日々があった。

これでもずいぶん暮らしはよくなったのだ。


引き下がれず、彼らが飽きるのを静かに待っていると、


「いやだ、いやだ、天下の騎士がこういうこというんだ」


その声に何度か救われたことがある。

低めの女性の声。

そしてその声の主は恋敵ともいうべき相手。

いつも暗黒騎士団長という男の人のもとにいくと、すでにいるか、後からくるか。

彼女は甲斐甲斐しく、そしてさもなれていると言わんばかりに彼のお世話をしていた。

 

好敵手ともいうべき彼女は自分以上に騎士には嫌われた存在だった。

そして鎌を担いで赤い飛竜をつれたその女もまたいつも挑戦的だった。

そんな彼女は騎士たちにこう呼ばれるのだ。


「反逆者竜桧の妹か」


自分が向けられるのは卑下の目だけれど、彼女が向けられるのは嫌悪。

それでも彼女は負けじといつもそこにいた。


「通してあげてよ、暗守さんの知り合いなんだ」


「黙っていろ」


奴隷女と反逆者の妹の話だけは絶対に聞きたくないと騎士たちは引き下がらない。

正義を振りかざす騎士に自分達が強気に出たって何一ついいことなどない。


「もういいです、私帰ります、約束しているわけでもないし。これを届けたくて、いいですか?」


飛竜使いの彼女の手で暗守に届けてもらおうと差し出すと、騎士たちは「検閲」だとひったくって、目を合わせ悪びれた様子もなく砂の上にひっくり返した。


「ちょっと!」


「これで用もなくなったわけだ。帰れ! 帰れ!」


二人の純白の騎士は声高らかに笑い、あからさまに肩を落とした少女と怒りを宿し肩を震わせる少女へと手を振った。


「さっさと去れ! 消えろ!」


「お前も反逆者の妹のくせして偉そうな顔してるといつか痛い目に合わせるぞ」


反逆者の妹、桂は自分に関して何を言われていても黙っていた。

自分が彼らに手を挙げるわけにはいかなかったからだ。

兄は彼らに刃を向けた。 

自分が手を挙げて、なんだかんだ言われたら、懸命に頑張る里の者たちは困るかもしれない。


もうみんなに負担はかけられない。

かけてはいけないのだ。


砂に汚れた黄色のレモンには既に黒い蟻が数匹たかっていた。

静かにそんなレモンを拾う褐色の肌の女が可哀想で、一緒に拾おうと跪くと頭の上からまた笑い声が聞こえてくる。


「しかしあの騎士団長も悪い男だな。こんなろくでもない女たちひっかけて。まともな趣味ではないのか?」


こんな言葉に負けちゃいけない、とぐっと拳を握って耐えていると、大口を開けて笑っていた騎士の一人が突然勢いよく横に吹っ飛び砂煙をあげて乾いた砂の上を滑っていった。

何が起こったのかと、レモンを右手に掴んだまま女と桂は目を瞬かせる。

自分達の目の前には誰かの影がある。

一体何が起こったのか、この影の主は誰なのかと視線をあげると、桂たちに背中を向ける格好で仁王立ちした少年がいた。

決して長身とはいかないけれど、二人にとっては大きな背中に見えた。


「ああいやだ、これじゃあ騎士廃止論争ってのも分からなくないな」


「あんた」


桂はその主が分かったようで、困ったように、けれども少しだけ嬉しそうにそう呟いた。


突然頭上から降ってきて騎士を回し蹴りしたのは優菜。

そしてその問題行動に対し悪びれたようすもなく、突然の攻撃に前後不覚に陥りつつも起き上がる砂まみれの騎士をねめつけていた。


「う~ん、困ったな先に体が動いてた。くそう、こういうのがヒナと行動してできた欠点なんだ。ってかヒナがどうのこうのってのは関係なくて、正直俺がすごくムカついたんだけどね」


「お前!」


残っていたもう一人の騎士が剣を抜いたが、優菜の方が早かった。

スッと動くと掌底を相手の顎に食らわせ、よろけたその騎士の手首をつかむと腕をねじり壁に押し付ける。


「謝ってもらえますか? 今、桂と彼女にいってたこと」


「誰が!」


「もう一回言いますよ。謝ってください」

 

優菜は笑みのない顔で容赦なく騎士を壁に押し付け、何度も何度も謝罪を要求したが、誇り高い騎士たちは謝ることがなかった。

そしてその騒ぎは大きくなる一方で、門での異変を感じた騎士たちが宮の中から出てくると、優菜に腕をねじられている騎士を見て、ワアワア騒ぎながら加勢しはじめる。

彼らは優菜を悪者へと仕立てて行った。


「ちょっと優菜!」


一時はその背中に安堵した桂も状況を見てあせっていた。

先に手を出したのは優菜なのだ。

彼はまだ北晋の民であり、それが騎士に手を出した。

あまりよろしくないような気がした。

けれど当の優菜は騎士を許す気はないようで、ねじった腕をさらにねじりあげる。


「謝罪してください」


「これ以上騎士に手出しすると、お前の行いを報告し、北晋へと正式な抗議を」


騎士の中でも上の階級らしき男がそういうと、優菜は諦めたように掴んでいた騎士の手を離し、地面に置かれた荷物へと手を突っ込んだ。

その瞬間、騎士たちが武器でも飛んでくるのかと一斉に剣を抜く。


もうその場は一触即発。


騎士たちにとって優菜は得体のしれない北晋の軍師でしかなく、なぜここにいるのかも、白亜の宮にどうして入れるのかも、ただただ不明な人間でしかない。

彼らは優菜が美珠の恋人であることも、意外に家庭的な人間であることも知らなかった。


一方、平然とした顔で優菜は鞄から茶色の瓶を取り出すと、周りの視線など気にもせずポンと栓を抜き、透明な液体を頭からじゃばじゃばとかぶってみせた。

それと同時に騎士に感じられるのは何かしらの毒ではなく、強烈な酒の匂い。

ポタリポタリと酒のしずくを前髪から垂らしながら、優菜はふんわりと笑った。


「俺、酔っぱらっちゃったんですかね、浴びるほど酒を飲んでたもんで。 で? 俺何かしました? ここはどこですか? ん~、よくわかんないや。桂、そこの人、俺をちょっと連れてってくれない?」


そこにいる誰もが納得できず突っ立っていると、優菜はまったく笑わない目をしたまま桂と少女を立たせて静まり返った表の門を通過してゆく。


「優菜……ちょっとこれじゃ」


立場が悪くなるのは優菜じゃないか、と言おうとしたのだが、優菜がそんな簡単なことすら分からずこんなことをするわけもなく、桂はただ黙るしかできなかった。

その三人の背中に光騎士の怒鳴り声が響いてくる。


「この件は国王様に報告し、それなりの処罰をしてもらうからな!」


それでも救ってくれる人がいたことに女二人感謝せずにはいられなかった。

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