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奇縁の章 第九話 キラキラしているもの

「ああ、ほら、あの人」


 次の朝早く、優菜は美珠とともに市場をうろついていた。

 どういう意図で宝石を自分達に売ったのか、あの高圧的な絵描きを問いただすために。

 その絵描きは美珠に声をかけてきたときにように汚れた姿で雑踏を眺めていた。

 けれどその目は何か悪事を企てているわけでもなさそうで、純粋に何かを探しているようだった。


「あの」


 美珠が臆することもなく声をかけると、悪びれた様子もなく美珠の顔を一通り眺めてからまたスケッチブックを開いた。


「ちょっと、今日は絵を描いてほしいんじゃなくて」


「あの宝石について聞きたいんだけど。あれ、邪魔だった?」


 単刀直入に聞いた優菜の言葉に男は鉛筆を止めたが、それもつかの間手早く美珠の瞳をかきはじめる。

 こちらが相手の出方をうかがっている間に美珠の警戒した眉までが出来上がってしまっていた。

 けれど眉を書き終えると確認のためか顔をあげ、今度は美珠の鼻を見つめ、ついでというように答えた。


「あんたには言ったろ? 養わなきゃいけない人間がいる。そのために売ったんだ」


「あんな破格の値段で? あんな国宝級のものを?」


 優菜の言葉は美珠よりも的確に男の心を揺さぶるのか、男は優菜の質問には自然に口を開く。


「あんたら、思ったよりも早くあの石についてわかったんだな。もっと時間が経ってからだと思ったのにな。じゃあ質問、あんたは食えるパンか食えない石か、どっち選ぶ?」


 男は手を止めず、表情も変えずただそんな質問をしてきた。


「それはもちろんパンだわ」


 美珠が頷くと彼のいうことは最もだ、という顔をしてこれでいいだろうと優菜へと向いた。

 けれど優菜はそこから踏み込んだ。


「持って行くとこ持って言ったら高く売れるんだろ? だったらなんで?」


「あの宝石があんたらの傍を選んだんだ」


 呪いの宝石が選んだ。

 そんなの気持ち悪くて歓迎できなかった。

 美珠も優菜もこれは返そう、優真には別の硝子玉でもなんでも買ってやればいい。

 そう話し合ってきた。


「返すよ。あれ、正規の店に売りにいったらお金になる」


「呪いの石なんて買い手がない。それにただの収集家になんて売る気はない。アレを持っててよろこんでくれる人が良い」


 ぶっきらぼうに言い捨てた男は鉛筆を走らせる。

 男の手元ではすでに警戒した顔の美珠は出来上がり、探ろうとする優菜の顔が六割出来上がりつつあった。

 

「それに呪いなんて勝手に周りがいってるだけで、あれは別にそういうもんじゃない。アレはうちの一族の間では幸せの石だった」


「そうだったの?」


 男は何かを思い出したのか一瞬、目に涙をにじませたが、何もないという顔でスケッチブックを一枚めくった。

 真新しい紙を前に一言。


「さてと、ちゃんと書こうか。安くしとく。二人ともそこ並んで、んで笑って」


「え? 俺も?」


「そう、恋人なんだろ? お二人さん、見てればわかるよ」


 見てればわかる。

 彼にはどういう恋人に見えているのあろうか。

 ちゃんとお似合いのふたりなのだろうか。

 優菜と美珠はその言葉が妙にうれしくて、お互いの目を見てはにかみながら手を繋いで座ってみる。


 絵に書かれるというのは優菜にとっては初めてのことでものすごく緊張したけど、暫く待って書きあがった絵に優菜は少し感動した。

 年頃の男女がはにかんだ表情で並んで腰かけている。

 ただそれだけなのにどこか初々しさや、若さが感じられた。

 おそらく二人の距離や視線からそう感じられるのかもしれない。


「優菜とこういうことするの初めてね。きっとこれで会えない日があってもさみしくないわ。額縁買ってかえって飾ろうね」


「そうしようか」


 喜んで絵を眺めている恋人二人を満足そうに眺めて、絵かきは膝を叩いて立ち上がった。


「じゃ、今日は銀貨二十枚」


「高!」


 優菜はふっかけられて目をむいた。

 昨日の今日でもまだふっかけてくるのかと文句を言おうとしたのだが、美珠ははじめから決めていたようだった。


「これを」


 文句もなく金を差し出すと男は笑みを浮かべることもなく受け取った。

 

「これで皆さんにパンを」


「こんな金ホイホイ出せるあんたは相当な金持ちだよな」


 自分がふっかけたくせに、財布のひもが異様に軽い美珠にイヤミを言ってから男は去っていった。


 けれど二人だってお金を払うだけで終わるつもりはない。

 早足でどこかへ向かう男を追った。

 これは猪突猛進の美珠の考えだけではない。

 優菜の考えでもあった。

 あの男は何者なのか、なぜあんなすごい代物をもっていたのか、彼の言う養っている人間はどこにいるのか。


 しばらくの間、人、景色をみながらぶらぶらと当てもなく歩いていた男は、日が傾き始めると銀貨を眺めて薬屋やパン屋を回り、やがてひとつの廃屋へと入っていった。

 もともとはレンガ造りのよい建物だったのだろうが、崩れたレンガが枯葉にうずもれ、朽ちた蔦が建物にこびりついている、そこはさながら王都から切り離された空間だった。


「何だよ。ここ、これが呪い?」


「行ってみようよ」


「え? 先に持ち主調べてからさ、あ、ちょっと!」


 やっぱり猛進する美珠の尻を追いかけて優菜も壊れた柵をすり抜けて足を踏み入れる。

 大理石で作られた壊れた噴水や石像がある。

 よくよく見ると細工は細かいし、数も多い、これだけそろえることができるとなればかなりの財力が必要になるのだが、どれもが過去の遺物としてしか存在しなかった。

  王都のその一角だけが何かの悪い魔女にでも呪いをかけられたのだろうか。

 もしかしたら、この家の者たちは百年の眠りにでもついているのだろうか。

優菜さえそんな気がしていた。


「で? 何か用?」


 その異様な場所に飲まれそうな時だった。

二階のバルコニーから帽子をかぶった絵描きが顔を出していた。


「金持ちが今度は探偵ゴッコか?」


 いつから気づかれていたのかと驚いて、言いよどむ美珠を後ろに下げて前に出たのは優菜。


「気になるだろ? 普通」


「まあ、入れよ」


 男の指す先には歪んだ鉄扉があった。

蜘蛛の巣がはったその扉の隙間をすり抜けると、建物の中には剥げた赤い絨毯が敷き詰められ、その上に色鮮やかな絵が無造作に置かれていた。

 花であったり、噴水であったり。

 その色彩だけがこの朽ちた家の中での生命のようにさえ思えた。


「やっぱり色がついているのはいいわね」


 美珠は許可も得ていないのにしゃがんで持ち上げると目の前に掲げた。


「売るよ。金さえ出してくれたらね」


螺旋階段から降りてきた男はなんの執着もなさそうにそうあっさりと言い放った。


「じゃあ、これはいくら?」


 美珠が握ったのは王都の景色。

 どこか高い場所から見た王都の全景だった。

 王城があり教会があり、人々の家がある。


「この絵、とても素敵だわ」


「それ? んじゃ、金貨三枚」


「高いよ。普通王都のこういう絵かきがうるのは銀貨数枚が妥当だ」


 すかさず挟んだ優菜の言葉に男はじゃ、銀貨三枚でいいよ、と笑う。


「優菜」


 買ってもいい?

 そんな視線に優菜は頷き、それから優菜は窓へと近づいた。

 荒廃した庭を見渡すそのテラスの手すりに寄りかかると息を吸い込む振りをして優菜は自分がここにくるまでに立てた仮説のうち当てはまらないものを消してゆく。

その後ろでは美珠がまだ絵を漁っていた。


「あんた絵がすきなのか?」


「絵、というよりも貴方の書く絵は好きですよ。たまにあるじゃない、これは何を書いているんだろうって言う絵。私ああいったのは苦手で」


 そう言ってまた王都の景色の絵を掘り当てて眺めていた。


「貴方の絵は、生きているって気がするの。この街には人が生きてるって」


「へえ」


 男は案外その言葉が気に入ったようで、もう汚れて霞んだようなソファに腰を下ろして絵を選別する美珠へと視線を送っていた。


「貴方の書く王都の絵は、あなたの絵の中にある王都はきっと金貨でも安いくらいよ。たくさんの人の気持ちが詰まっているように見えるの。魂がここにあるっていうのかしら」


「あんたどこの貴族? 可愛いな」


「え? 私は優菜っていう恋人がいるから」


「別にこいつから取ろうとは思ってないよ。でも始終あんたを書いてたい」


「それ、何か卑猥な言葉だな」


 優菜は振り返り美珠の傍に行こうとしたが、棚に紙の束をみつけそこに書かれているものにさあっと目を通した。


「ああ、なるほど。これは俺の想定外」


「悪いけど、その辺は秘密の仕事なんだ」


「だろうね。まさか、あんたが書いてるとは思わなかった。線の細い絵だから勝手に女の人が書いているんだろうなって思ってた」


 優菜は一番上の紙を丁寧に取ると、汚いソファに腰を掛けて机の上に置いた。

 そこにあるのは美珠姫、というよりヒナが大好きな暗黒騎士と姫の漫画の一枚だった。


「それは小遣い稼ぎだ」


「けっこう儲かったんじゃない? めっちゃくちゃ流行ってんじゃん、これ」


「ああ、それなりに」


 男はそういって無造作に置かれた年代物の青磁の壺へと目をやった。

 そこにお金があるのだろうか。


「あんたが考えて?」


「いいや、うちの使用人、総出で考えてた。妄想するのはもう腰の曲がった飯炊きのばあさんで、構成を考えるのは床に伏せた執事。で、俺が絵をかいて、っていう分業。読めばわかるだろ? 女にうけそうな内容だって」


「ええ? これをあなたが書いていたの?」


 知った途端、一気に美珠の中での彼の評価は跳ね上がった。

 むしろ神に近い存在となったのだろう。


「大好きなんだ。ヒナ。これが」


「暗黒騎士のお話がたまらないの」


「ああ、あれは。うちの飯炊きの婆さんが娘のころに自分が姫だったらって考えてたらしい。何十年温めてたんだろうな。暗黒騎士は婆さんの時代の暗黒騎士団長らしいよ」


「じゃあ、暗守さんのおじい様なのかもしれないわね。そう、そうなのね、あなたが」


夢見心地で美珠は男を見ていた。

が、男は至って冷静だった。


「まあ、死に土産になるんじゃない?」


「そのお婆さん達はそんなに悪いの? あんたがぼったくって貯めたお金はその人たちに使ってるんだろ? 八人の弟ではないけど、あんたは養わなきゃいけない人間がいる。さっきヒナからぼったくったお金で薬屋に行ったのはその中に具合の悪い人がいるってこと?」


 その言葉に男はためらってから、一つ息を吐いた。


「悪いっていうか、もうかなりの年だ。爺様のころからの執事に料理人、本当にもういい年だ。それでも両親が死んでからずっと見捨てずに育ててきてくれた。だから、俺が看取ってやりたい」


「なるほど」


優菜が納得しても美珠はまったく理解できていなかった。


「優菜、どういうこと?」


「昨日、あの石のことちょっと調べたんだ。この人ただの絵かきじゃないよ。あの国王騎士団長についでこの国で名門であるはずの貴族だ。でも、騙されて沢山奪われたんだよね」


「そうだ、きっとあの宝石の呪いの話の一つになっていると思う。前の持ち主は人に騙されて、失意のあまり妻を殺して自分は焼身自殺。それが俺の父親と母親」


 確かにそういう話は光東の父が話していた記憶が美珠にはある。

 けれどその話が突如として現実として前にでてきたらさすがに面食らって、黙って優菜の隣にいて話を聞くしかできなかった。


「あの宝石は別に呪いでもなんでもないさ。持っていたのはずっとうちの家だ。初代の国王様に武勲を褒められあれを賜った。それからはずっとうちの家宝。でも心臓発作で突然死んだら不審死だって人に言われたことにはじまって、事故で死んだらほら呪いだ、駆け落ちした人間がいたら呪いで消されたって言われて、最後にうちの親。

でも別に宝石のせいってわけじゃない。長く続く家だ、皆が皆平穏に死ねるわけじゃない。

ただの偶然だ。皆、勝手なことばっかり。両親がそんな死に方をしたのだって貴族だからな、勢力争いに負けたんだ。宝石のせいじゃない。あれは王から賜った家宝、俺の先祖たちはその親のだいからそう教わって、大切にしてきた」


「そんな大切なものも、治療費にもならない、食べられもしない石だったわけだ」


「そうだ」


「絵かきをやめて普通に肉体労働しようとか、思わない?」


「そう考えてやったこともある。どっかの貴族のババアに雇われたこともある。けど、それは何一つ楽しくない」


「金を稼ぐってことはそういうことも含めてだと思うけど」


「知った口ばっかり聞くんだな。お前」


「癖なんだ」


 優菜とこの絵かきはどこか相容れないところがあった。

 どれだけ言葉を重ねてもきっと分かり合えない。

 それを優菜は肌で感じた。


 けれど、


「じゃあ、私を書くのは楽しい?」


「まあな、あんたどっかの貴族か? 親は金を持ってるか? お前の絵なら書いてやってもいい。お前も生きてる気がする」


そういわれて美珠は顔を緩めた。


「私はこういった王都の絵を沢山書いて欲しいわ。それで、私が上皇様の年になって、ここは昔こうだったのって語るの。今から五十年経ったら、どういった王都になっているのかしら」


「まあ、あんたはシワシワの婆さんだろうけどな」


 美珠はそんな男の言葉に口を尖らしてから、そして手を差し伸べた。


「では、私のお抱え絵師になってもらえませんか? 給金は私の執事と相談してください」


「ま、給金次第だな。んで? どこに行けば、その執事とやらはいる?」


「白亜の宮に」


 その言葉が出たとたん、男はポカンとしていたが、やがて声に出して笑った。


「なあるほど、この世間知らずなお嬢さんはお姫様か。じゃあ、あんたは恋人ってことはあんたも貴族? 団長? 話は大筋であってるの?」


「貴族ってわけじゃない。俺は北晋国出身だから、この国の貴族階級とはまた違う」


「へえ、じゃあ、あんた北晋国の次の王様?」


「でもない」


「優菜はただの学生よ」


ただの学生、そんな表現はないんじゃないか。

と優菜は心の中で口をとがらせた。

けれど確かにそれが悔しいことにしっくりきてしまう。

そして次にきた言葉が優菜の神経をさらに逆なでした。


「なんだ、超つまんねえ、そんなの売れねえじゃん」


     *


「はあ? お抱え絵師を雇ったあ? この執事になんの相談もなしに? おい、お前、身元は確かなのか、調べて来たか?」


 夕食に出された鶏肉のシチューをまき散らしながら相馬は優菜を怒鳴りつけた。

 もし万が一、どこかに手落ちでもあれば、そこをつつき回して、鬼の首をとってやるつもりでいたのだが……。


「本人は没落した貴族だよ、こっちが願ってもなかったくらいのいい家柄」


「なんだよ、それ」


 相馬は手帳を広げてメモを取ろうとしていた。


「正直、俺と合いそうにもないし、きっとあんたとも合わない。でもなんでかヒナのことはすごい気に入ってる」


「大丈夫なのか? そういうので!」


 相馬はなおも噛み付いてくる。


「きっと大丈夫だと思う。もしかしたらフラフラいなくなっちゃうかもしれないけど、あの人には謀なんて通用しない。感性でいきるヒナの男版って感じ」


 優菜の言葉に美珠は何だと、と言いたげに頬をついた。

 一方相馬は鼻で笑った。


「そりゃあ、ありがたいね」


「姫の後ろにはこの国の古参の貴族が複数ついてる、そう他の貴族に思わせることができればヒナのつくる国の協力者は増える。自己保身のためにもね」


「やめてよね、優菜のそういう謀。私はあの人の絵が気に入ったの」


 鋭く返してきた美珠に優菜は頷いた。


「はいはい、わかってるよ」


 美珠は明日から彼にどんな絵をかいてもらおうかそれが楽しみでならなかった。



「はい、これ」


 優真は晴れて美珠のお抱絵師になった男へと寄ってゆくとその手のひらに宝石を載せた。


「これはお前にあげたんだ」


「だってこれ大切なものなんでしょ? 私、これで十分だもの」


 優真の手にのっていたのは美珠からもらった星形のガラス玉だった。

 

「きらきらしているのは同じだもの」


 男はまた王家の者から託された宝石に目を細め、うれしそうに顔をほころばせると王城へと向かって頭をさげた。


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