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奇縁の章 第七話 桃色の宝石

「ねえ、ヒナ! 起きて! 今日は一緒にお買い物にいくんでしょう?」


優真の声が朝から部屋で響いている。

昨日の舞踏会の疲れがどっときた朝、嫌々ながらふっかふかの布団から顔を出すとすでに支度を整えふたつぐくりの優真が目の前に立っていた。


「うん、そうだけど」


「早くみんなにご挨拶済ませて! 早く! 早く! 行こうよ!」


「待って、こんな朝早くからお店はあいてないわよ」


眠い目をこすり、這いずるように寝台から抜け出ると侍女の手も借りず最低限の支度を整える。

このところ度重なる襲撃で侍女の数はめっきり減った。

その一方で、自分としても服を着る、湯を浴びる、それくらいのことならばもうできるし逆に信用できない相手に着替えなどを見られるのももう面倒なので、きちんとした着こなしが必要な公務などのない日は自分で済ませられるようにはなっていた。


優真の言うご挨拶というのは父母と騎士団長達との申し送りにも近い朝議のことで、最近はこれといった話題もなく平穏無事な日々が続いていた。

教皇は教会において人々の陳情を聞き、国王は国のかじ取りをする。

そして姫はその二人に師事しながら、二人の仕事の様というものを体にたたきこんでいた。


「外出の警備には珠利とあと非番の国王騎士がついてくれることになってるからね、でも、いつも言ってるけど、無茶はしないでね」


相馬の口から出た非番の国王騎士というのは、珠利の恋人を指していた。

少し例外ではあるけれども、この姫の護衛である女剣士は何事においても姫一番であるため姫をおいて気兼ねなく出かけることもできず、結局姫が護衛を気遣い、その恋人が非番の日に合わせて外にでることになる。

まあ、それが姫の外出の口実になるのだから、姫自身も文句もなく許された外出を楽しむのである。

 



「冷たくておいしい」


優真と美珠は早速お忍びで王都の市場へと繰り出していた。

仕事の忙しい優菜の代わりにヒナが叔母として、というよりもそこいらの姉妹のように手を繋いで魚や果物を見てあるく。

この都市はずっと暮らしてきた美珠にも異国育ちの優真にも目新しいものにあふれていた。

特に屋台は二人にとっては未知の場所で、いろいろな食材、香辛料が混ざった匂いを嗅ぐと主のために選りすぐられたものしかない白亜の宮とは違うのだと思い知らされる。

そして歩き疲れ休憩がてらに、屋台で売られていた新鮮な南国の果物で作られたジュースを口にした。

橙色の妙に甘い飲み物だった。


少し離れたところには珠利と国友という初々しい恋人達がいて、その二人が警護なのであるが、お互いを妙に意識するらしく、おかしなくらいソワソワしながら周りへと目を向けている。

はたから見ればその二人こそが不審人物だ。

そんな二人の目が一瞬美珠たちの前へと向いて、すぐさま厳しい表情に変わり美珠の前に立ちふさがる。


「あんた何?」


珠利の目の前にいるのは汚い身なりの若い男だった。

ぼさぼさの茶色の髪に、毛羽立った黒い羊毛の服には絵の具のような染みがいくつも飛び散り、爪も絵の具の色が沈着してしまっている。


「あんまりそこのお二人さんが可愛いから絵をかかせてもらえればと思って」


「まあうちの妹分はかわいいけど」


珠利はそう口ではいっても一歩も譲らなかった。

そんな珠利の後ろからひょいと美珠は顔を出す。

ぼさぼさの毛からのぞく黒い瞳は何一つ汚れてはいなかった。

あわてて珠利は押し返そうとするのだが、


「絵を描かれるの?」


美珠は男の脇に挟まれたスケッチブックを見せてくれと目で示した。

気前よく見せてくれたそこには鉛筆でいくつもの人間の顔が書かれている。

笑っている者、泣いている者、それはどこか息吹を感じさせられた。


「まあ、素敵。貴方はどこかでお抱えの絵師でもなさっているの?」


「お抱えになるのは嫌いで、書きたいものだけを書いてる」


王都で絵描きは珍しくない。

王城の前、教会の前、王都の名所、至ところに絵を描いて観光に来た者に売る人々がいる。

美珠は王室のお抱え絵師に小さい頃から何度となく肖像を書かれていたが、あんなどこかすました顔の違和感を覚えるものよりも自然な姿で書いてもらいたいと常々思っていた。


「折角だし、書いていただこうかしら。珠利も、ほら国友さんも一緒に」


「え? 私はいいよ」


「僕もいいです」


照れて全力で拒否続ける二人に困ったような視線を向け、美珠は絵描きにその二人を指さした。


「後でこの二人も書いて下さいな」


「言ったろ? 俺は書きたいものを書くって。今書きたいのは、あんたたち姉妹」


愛想もなく男は既にスケッチブックの新しい紙にさっさと鉛筆を走らせていた。


「そんな固まらなくていいよ。普通に。いつもみたいに喋ってて」


美珠は優真と顔を見合わせて平常心をと思ったのだが、絵を描かれているという妙な緊張感もあり、話題を作ってもお互い盛り上がれずに一言二言で終ってしまう。

そして絵描きの後ろでは刻一刻と増えてゆく線を見つめる人々が増えてゆく。

彼らはうまいもんだと感嘆を漏らして、実物と絵を見比べたりするものだから優真の方は完全に委縮してしまっていた。


「何で二人ともそんな強張った顔してんの。笑って」


「そうね、」


男に言葉を飛ばされ、美珠としても年上なのだからと気負って優真の表情を和らげる話題を探していたが何一つ思いつかず、しばらくの沈黙ののち優真が空を見てそれから思い出したように手を叩いた。


「そうだ、(こう )からねお手紙が来たの」


「え? 昂くんお手紙かいてきたの?」


あの生意気な子でもやるもんじゃないか、と美珠は内心胸をときめかせた。


「何、何が書いてあったの?」


「お前、白を育てる気があるのかって怒ってるの。ねえ、ヒナ、だから連れてって」


「そうだね。白ちゃんは優真と昂くん二人で育ててるんだもんね」


竜仙という飛竜の生まれる場所にワンコ先生の思い付きで立ち寄った際、優真には友達ができた。

将来は竜騎士と豪語する少年だ。

そして彼とともに優真は飛竜の卵を取りに行った仲で、優真もいわば飛竜の親なのである。


優真の自己主張、絶対それはかなえてあげたい。

飛竜使いである桂か縁に言えばすぐにいくことが出来るのに、気付いてあげられなかったことに申し訳なさを覚えつつ、相馬の組み込む予定にそれを入れてもらうことを美珠は記憶した。


「でね、でね、夕方ね、ヒナのおかあさんとクッキー作るの。ヒナのお母さんもそういうのは初めてだからって言ってたの。だからそれを持っていってあげようと思って」


「あ、ずるーい。私だけのけ者? 私だって一緒に作るわ」


母とそんなお菓子作りなんてしたことはない。

というよりも母が料理を作っているのも見たことない。

きっとそれは母にとってもちょっとした挑戦に違いなかった。


「はいできた」


色も何もない鉛筆書きの紙を男はこっちに向けた。

そこにはほんわかした雰囲気の中、二人の少女がお互いへと向いて話をしていた。


「よく書けてるね」


「うん」


「気に入った? んじゃ、代金は金貨十枚」


「はあ?」


事態が飲み込めないなんちゃって姉妹ではなく、珠利がまず踏み出た。

はじめに価格交渉をしておかなかったのが不味かったと思いつつも、こんな鉛筆で書いた絵を金貨十枚とはとんでもない話だ。

お抱え絵師だってそんなにもらえやしない。


「あんたねえ、ぼったくりじゃない! 警吏に突き出すよ! 国友、あんたちょっと警吏よんどいで」


「あ、はい」


「んじゃ、金貨一枚で」


警吏という名前にあせったように、突然十分の一の値段になったところでまだボッタクリの域をでることはない。

少女二人はポカンと見ていたし、珠利は直球で男に言葉を浴びせていた。


「あんたねえ! いい加減にしなよ。こんな鉛筆書きでそんなもらえると思ってんの?」


「んじゃ、んじゃ。これをつけて、伝説の桃色の金剛石だ」


ごそごそと汚い麻の鞄から取り出したのは桃色の光るものだった。

成人女性の拳くらいのその巨大な石は一般の人々の認識の限度を超えており、もう偽物にしか見せなかった。

下手をすれば鉱石ではなくただの桃色のガラス玉。


「きれい」


けれど本物偽物まだ関係ない優真は吸い込まれるようにキラキラ光るものに寄って行った。


「こんな偽物、いらないよ。あんたねえ」


「ええ? 優真欲しいよ!」


「珠利! 優真が欲しがってるんだし、こんな絵をかいてもらったんだから」


世間知らず姉妹のせいで珠利がこのままでは悪者、そんな状況を見てから男はさらに攻め込んできた。


「お願いします! 金がないと兄弟を養えないんです。俺が稼いでこなきゃ、あと八人俺の下に弟がいるんです」


「まあ、そうなの」


次にほだされたのは美珠だった。

珠利はますます状況が悪くなるのを見て取ってそんな主をぐいっと後ろに下げて噛み付くように男を怒鳴った。


「本当に弟がいるなら真っ当に働きな!」


けれど男は珠利の言葉など聞いてはいない。

後ろで財布のひもをほどく女にしか目が向いていなかった。


「珠利、いいじゃない。さ、これで」


珠利はこのお人よしの姫が可愛くもあるけれど今回ばかりはとっちめる気で手を掴んだ。

けれど美珠は既に財布から金貨を取り出しており、絵描きの男はそれを奪うように受け取ると走り去っていった。

美珠の手元に残されたのは優真との微笑み合った絵と真贋分からぬ桃色の宝石だった。


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