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奇縁の章 第六話 貴族の宴

「どうして戦争の祝勝会を貴族としなきゃならないの?」


「北晋国と戦争するにあたっては貴族から沢山の資金の援助があったんだ。感謝の気持をこめてってところだよ」


「貴族だけじゃなくって、皆でお祝いすればいいじゃない」


ずうっとムッとした顔をして頬を膨らませている少女がいた。

二重の大きな黒い瞳、みずみずしい真っ赤な唇、その顔の造形はまるで作り物のように愛らしいのにその効果を自ら台無しにしていた。

正面にいるのはかわいい顔を作って甘えた声をだしても通じない相手だからだ。

乳兄弟相馬は男であるにも関わらず姫に異性であるということを全く感じていなかった。


「貴族、貴族って何もしてくれないうえに、柵でしかないじゃない! 今回北晋のことでは私は騎士や軍や官吏の皆さんにはご迷惑をかけたわよ。ええ、ええ、そりゃあ心配色々させてしまったわ、だからお詫び行脚ならするわ! でも貴族の方なんて」


「それでも、だよ。この国は多くの貴族がいる。それが国を纏めてる。わかるだろ? 魑魅魍魎みたいなやつらが色々なところで利権を持ってる。それをうまいこと使えるようにするのも王族の大事な仕事なんだよ」


わからないっと吐き捨てて美珠はぷいと顔をそむけた。


「分かれ! そんな嫌そうな顔しないで、ほら、ほら、笑え、そしたら男たちはころっと騙されて協力してくれるかもしれない」


「そんな協力要らないわ!」


今日のドレスはいつもとは違う。

いつもは自分にあったものを趣味を理解した初音が取り寄せてくれるが、今日はどこぞの貴族からの贈り物だった。

金の絹の上にダイヤがこれでもかとあしらわれたドレス。

国明との物語にでてくる贅沢好きの姫になったようだった。


「私、こんなもので心が動いたりしないわ」


「文句ばっかりうるさいな! 戦争に勝ったお祝いに送ってくれたんだから、税金浮かせると思ってほら」


ばあやよりも乱雑な扱いをするこの乳兄弟は最後に羽毛の扇を持たせるとばあやのように美珠の頬を両の指先で持ち上げた。


「品よく、ほらしとやかに」


「はいはい、わかってますよ。 折角作っていただいたんですものね。でも、こんなにキラキラしているのは気に入らないわ」


「地味よりもいいじゃん。ほら、いいから笑え! 文句ばっかりいってんな馬鹿姫」


いつものように馬鹿姫美珠は鏡の前で何とか口の端を持ち上げる。

金色の服は気に入らないながらもそれなりに着こなせていた。

足元のレースも見事なもので、それが幾重にも重なりパニエがなくても下半身に偉くボリュームを持たせてる。

そうとうな贅を尽くしたドレスに自分の存在感が負けずによかったというのも感想のひとつだった。

 


今日は基本一人。

乳兄弟相馬は軍人の家としては名家であるが貴族ではない。

貴族の中に入ってしまえば、馬鹿にされるのだと言っていた。


王と教皇は美珠に全権をゆだね、それぞれが公務に励んでいる。

一人きりでも、それでも十六の誕生日のあの日のように逃げ出したい気持は起こらなかった。

人と知り合い、彼らの考えを聞かせてもらえれば自分にとっても何かの収穫になるかもしれない。

自分を成長させるための一つの手段なのだと理解した。


「さて、いきましょうか」


豪奢な服に身を包んだ美珠はこれまた豪奢な金の馬車に乗って会場となっている王城の広間へと向った。

豪奢でないと人に受け入れられないのかという疑念をもちながら。



大広間では既に宴が始まっていた。

美珠が金で縁取られた白い扉の中へと一歩足を踏み入れると噂話に興じていた貴族達は口をつぐみ、すぐに美珠の為に道を譲り人混みに一本の道が出来上がった。

そこをひるまず歩き、その先にある黄金の蔦で作られた椅子に座ると軽く手を挙げる。

それを合図にまた貴族の男女達は歓談や踊りに興じ始める。


人々の顔を見れば中には騎士として見たことのある顔も沢山ある。

貴族の子弟が騎士になっている、そんな言葉が思い出された。

彼らは今日は貴族としてここに存在し、そして伴侶を探すのかもしれない。

素敵な出会いは彼らに訪れるのだろうか、美珠はただそんな視線を送っていたが、すぐに数人の貴族が美珠の前にやってきて、北晋との戦勝の祝いの言葉を掛けた。


そんな言葉に笑みを返し、扇で顔を半ば隠しながら視線を巡らせると長身の男が目を惹いた。

切れ長の整った瞳に黒髪の男。

どの男よりも立ち姿の綺麗なその男は見慣れない赤の胴衣にこれでもかという金の飾りが施されていた。

そしてその周りにはきらびやかな服に身を包む貴族の娘達。

彼女達の視線はその男にの一挙手一投足に釘付けで、その男もまた拒否するわけでもなくその真ん中に立ち、本当に楽しいのかわからないその会話に花を咲かせていた。


見ていたことに気づかれたくなくて、プイと視線をそむけ、違うものに目を向ける。

それでも初めての目にする貴族としての「国明」の存在は気になった。


―気にならないわけがなかった。

 

どういう子が好みなのだろう。


どういう子と踊るのだろう。


まだ自分達は手を取って踊ったことはない。

いつも彼は騎士として警備をしていたからだ。

もしかしたら他の子もそう思っているのかもしれない。

いつもは狙えない男が今日は狙える、と。


取り巻きの後ろにいた少女が他の女達に突き飛ばされて転んだ。

するとわざわざそんな少女を助け起こして、国明は微笑んでいた。

助けられた少女の赤らんだ表情を見ていれば、国明にどういう気持ちがあるのか分かる。

きっとあの人も馬鹿ではないからわかっている。


あんまり女性にいい顔ばかりしないで!


恋人のいない彼を叱る権利はないのが分かっているが見ていて、いい気はしない。

流せばいいのに、子供っぽくここで腹をたてている、そんな自分もまた腹立たしかった。


結局、何一つ楽しめない美珠は思わず立ち上がっていた。

すぐにまた人が割れ道が開いた。

その道を一人、逃げるように早足で抜けると、思いつくまま角を曲がって薄くらい庭へと出る。


かなり歩いたはずなのに、まだ浮ついた音楽と人々の声が聞こえてくる。

目を閉じ首をふり、噴水の縁に座ると水の流れる音が少しだけ自分を落ち着かせてくれた。


「また逃げ出してしまいました」


今回は人が怖かったわけではない。

人を見ていたくなかったのだ。


彼に対して未練がないといえば嘘になる。

けれど今自分は別の人と恋をしている。

その人と別れてまで彼を選ぼう、とは考えていない。

でも、別の女といるのを平気で見られるところまで、とはどうもいえない。


「どうしたら馬鹿姫を卒業できるのでしょうか」


ただの自分のわがままにさらに自分に腹が立つ。


「最悪」


「どうなさいました? ご気分がお悪いのですか?」


この言葉、そしてこの声、昔聞いたことがある。

何一つ受け入れられなかった十六の誕生日、逃げ出した自分へかけられたの言葉だった。

顔を持ち上げ、振り向いた先にいる声の主は蒼いマントに深い緑色の鎧を着た男であるはずで、赤とキンピカのこんな貴族の服装の男ではなかった。

けれど一瞬合っただけで惹きつけられてしまいそうな色気のある切れ長の男の目は、前と同じで今日も優しく美珠を包んでいた。


「貴方は国王騎士団の方ですか? どこかで会ったことある?」


それは十六の誕生日のその日、美珠が恋い焦がれた珠以だと気が付かずに、国明にかけたひどい言葉だった。


「ええ。お会いしたことがあります」


彼もまた美珠の冗談が通じたのか、同じ言葉を返してくれた。

今思えばこの言葉にどんな意味をこめたのだろう。


当日朝に見たという意味か、それとも幼馴染の珠以だとその言葉に込めたのだろうか。

考えるだけでいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、それはおくびにださず、肩をすくめて軽く微笑むと向こうもまた口の端を持ち上げた。

けれどすぐに国明は美珠の傍まできて顔を覗きこんだ。

これだけ近くで顔を見たのはずいぶん久しぶりで、美珠は先ほどの少女のように顔が赤らんでいるような気がしてならなかった。


「ご気分、悪ければすぐに宮へとお送りしますが」


「ああ、いえ。別に。ちょっと外の空気が吸いたくなっただけ」


すると国明も頷いて隣に腰掛けた。

美珠は久しぶりの距離に緊張して、少し居ずまいを正した。


「確かに。もう、俺も帰りたいです。香水の匂いはもううんざりです」


「あら、タラシさんの言う言葉ではありませんわね」


「ええ、八人彼女がいようが香水臭いのは嫌いです」


それから国明は体内の空気を全部入れ替えるように大きく息を吸い込んで吐き出す。

国明が女性達にそう思っていたことに安心して、やっと素直に隣の男を見上げることができた。


「可愛い子、いた? 九人目」


「別に。どれも同じ顔に見えるので」


「私も?」


そんな言葉に国明は少し思案したような顔をしてそして笑みを浮かべた。

それはいつものいじわるを言う時の顔だ。


「国王様と同じ顔に見えるときがあります。特に我侭をおっしゃる時なんか」


「失礼ね」


それでもお互いどこか安らいだ気持でそこに座っていた。

いつも人前では少し距離を取ってくる国明も今日は昔のように近い存在に思えた。


「まだ貴方がこういう宴から逃げ出して一年経っていないんですよね。そう、まだ再会して一年経ってないんだな」


それは美珠にかけた言葉ではなく、独り言のようだった。


「ええ、あの時に比べたら私はたくましくなった。皆さんに迷惑をかけるくらい」


「俺は貴方とこうして話せることができて、すごく嬉しい。貴方が俺をそれこそ、騎士という一くくりのものの中からちゃんと認識して下さって微笑んで下さる。一年前はたまに父君の所に顔を見せに来られる貴方を何も言えず眺めているしかできなかったのに」


お互い再会してから恋に落ちたこと、それをあえて口には出さなかった。

もしかしたら、どちらかが口火を切れば話できたのかもしれないが、それ以上あえて特に何を話すこともなく、その場に座っているとふと美珠の耳に軽やかな調べが聞こえてくる。

軽やかに聞こえるようになったのは自分の気持ちも少し軽くなったからなにかもしれない。

今頃は会場で浮かれた貴族たちが貴族たちのためだけに作られた曲をお抱え楽師に演奏させて、気に入った相手と踊っているのだろう。


「国明さんがいなくなったら皆さんがっかりなさってるんじゃありません?」


「それはあなたに於いても同じことです。戻られますか?」


「いいわ、もう少し、ここにいたいの」


国明もまた何も言わず美珠の隣に座っていた。

警護といえばそれまでなのだろうが。


「許してくださるとは思ってはいません」


突然の言葉に美珠は少し驚いて、それから唇をかんだ。


「私も大人げなかったわ。あの方にも悪いことをしたわ。おまけに今日はどういう因果か、玲那と飛竜に乗ったの。その後、玲那に頑張ってくださいねなんて、口先だけの応援なんかして。……そうよ、完全に口先だけ、どうしても好きになれないわ、あの人は。私、なんだかかなり性格が悪いみたい。でもあなたも玲那の謝罪を受け入れてないって聞いたわ」


「到底受け入れられませんよ。王城に毒をぶちまけようとして、その上」


自分から何もかもを奪い去った。

言わなくても分かる。

美珠も奪われたのだから。


「そうね、私だって謝られても受け入れられないもの、ま、謝れられてもいないけど」


黙り込んでいると男女の楽しそうな笑い声がこの場所まで届いてきた。


「そういえば会場には国王騎士の方もいらっしゃったわね。あの同期の方もいらっしゃる?」


「いいえ、今日は参加しておりません。ですが、おっしゃるように国王騎士は多数参加しております。騎士団の半数、貴族です。それでも以前は全員貴族の子弟で作り上げられていたことを思うと門戸は解放されたことでしょう」


そこで事務的な国明が顔を覗かせて美珠は首を振った。

今はそんな事務的な報告を聞く気分ではなかった。

言葉がなくなるたびに場違いな華やかな音楽が聞こえてくる。

 

「踊りませんか?」


切り出したのは国明の方で、立ち上がり美珠の前でうやうやしく礼をした。

頬が染まるのが分かる。

嬉しいという気持ちでいっぱいになってゆく。

その手を取るには時間がかかったが、けれどどうしても取ってみたくて手を重ねると、国明は無邪気な子供の様に笑った。


「光栄です。夢がかないました」


そんな顔でそんなことを言われたら。


美珠の鼓動は早くなり、国明の顔すら見られなくなってしまう。

自分が思っていたように彼もまた自分と踊ることを望んでいたというのか。

警備に目を光らせながら、心の奥で踊れないことを悔やんでいたのだろうか。


彼の暖かい手に引かれ、美珠は一歩踏み出した。

その瞬間、つい先ほどまで聞こえていた軽快な音楽が切り替わり突然しっとりした曲へと変わった。

金管楽器のゆったりした響きと二人だけを照らす月の光。


どちらともなくそっと体を寄せた。

たった二人しか存在しないその世界で大きな掌に手を包まれ、その体に包まれるようにしていると急速に心の奥から封印したはずの気持ちが一つ、また一つ浮かび上がってくる。


このままじゃいけない、ひっこめ!

と何度も自分に言い聞かせたが、彼の体温と匂いをすぐそこに感じてしまうと気持ちが高ぶってくる。


だめだ、だめだ! 

と何度も言い聞かせ、そして視線を上げた瞬間、目が合った。


彼の切れ長の黒い瞳が昔のように「ある言葉」を語っているように思えた。

仲間でも、家族でもない、恋人であった時に耳にした言葉。

いつものように、覗き込んでいた瞳がそこにあって、お互い愛し合っていた時は言葉でなくとも彼の瞳を見ていれば自分の気持ちと同じなのだと感じられた。


今、自分はどんな瞳をしているのだろう。


一体私は何を考えているのだろう。


……もうだめだ!

 

そう思った瞬間、国明の顔が思うよりも近くにあって、思わず突き飛ばしていた。


「ご、ごめんなさい、珠以! びっくりして」


「いえ、悪いのは俺です。禁断症状が出て、危なかった」


そんな懐かしい言葉に美珠は少し目じりを下げ扇で顔を隠し、背を向ける。

顔が赤らんでいるなんて誰にも知られたくなかった。


「さてと、私は戻ります。誰かに見つかればあらぬ噂、たてられますからね」


「俺は少しここにいます」


「そう」


逸る胸を一生懸命に押さえつけて美珠は会場へつま先をむけた。


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