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奇縁の章 第五話 楽しみな未来

「ねえ、ねえ、ヒナ、明日、(さと)君にお呼ばれしてるんだけど、行ってもいい?」


両親、そして優真と楽しく夕食をとっていた美珠は手を止めた。

里というのは憎き玲那の息子で国明をお父さんと呼ぶとんでもない子供。

大人の事情に、いや母親の事情に巻き込まれてしまっただけで、その子供にになんら悪気がないのは十分わかっているが、やはりしこりとして残ってしまう存在だ。

けれどその子供が、優真の同じ年の友として、美珠が公務などで遊んでやれない時はちょくちょくここを訪れて遊んでいることを相馬からは聞いていた。


「そうか、里君は玲那と一緒に旅にでちゃうんだもんね」


「しばらく会えないんだって」


しばらく会えなくなる友達、同年代の人間が少ないこの場所では里にとっても優真にとってもきっと寂しいことなのだろうし、かなえたい話ではあるが、


「じゃあ、相馬ちゃんに予定を聞いて行けたら」


即答できず、そんな口実を作って逃げようとしてしまう自分が悲しかった。

―避けている。

きっと事情を知っている大人たちからみれば美珠の気持ちなどバレバレなのだ。

だからこそ、あからさまにしょんぼりとしてしまった優真の顔を見ると傍に誰かが屈んだ。


「じゃあ、ヒナちゃんが行けなかったら、私がついて行こう。教皇様、お許しいただいてよろしいですか?」


「ええ。構いませんよ。そうだ、優真ちゃん、何か贈り物はするの?」


祖国、家族から離れた優真を見ているのは美珠だけではない。

第一子育てなどしたことのない美珠に、すべてができるかといわれると不可能であって、ともに旅をした魔央、桂、そして美珠の親である教皇、国王が見てくれている。

優真も知らぬ土地、知らぬ人々に囲まれながらも、彼らの愛情や好意を感じて精一杯毎日を過ごしているように見える。

だからこそ美珠だって優真の望みをかなえてあげたかった。

そして甘えてほしかった。

そんなことを望みつつも、それすらかなえてあげられない自分がもどかしく情けなくもあった。


「考えてるんだけど、あのね、飛竜にのせてあげちゃだめかな? すごく好きらしいの」


「じゃあ、桂に頼んでみようか」


「うん、ありがとうワンコ兄さん」


年相応にほほ笑む優真に対し、美珠はうつむくしかできなかった。


     *


「いらっしゃい、優真ちゃん、ヒナちゃん」


満面の笑顔の玲那と里に迎えられ、嬉しそうな優真とともに美珠は家に上がった。

国明が用意した別の女と暮らすための家。

あの珠以と暮らす家なのだ。

当時、羨望の的だった。


彼女は自分からいろんなものを奪ってこの場所を得た。

けれどそれはごく短期間の仮の住まいでしかなかった。


玲那とは牢で会話をした仲。

その時の自分は姫としてではなく、恋人を奪われた女としてでもなく、彼女が信頼する医師、優子の妹として接し、その後も事実を彼女に話すことはなかった。

だからこそ彼女はそうとしか見ていないからとても親しげな眼を向けてくれるのだが、一方で美珠は優真の笑顔を見るためだけについてゆく決心をし、玲那に対してはどこか白けた気持ちがあって打ち解けられそうにもなかった。

そして大嫌いな玲奈は美珠よりも料理の腕が上のようだった。

手作りのケーキはふんだんにフルーツが盛られ美しい仕上がりで、美珠に出された自家製のハーブティもなかなかのもの。

珠以はここで夕食をたべたのか、おいしいなどといったのだろうか、そんなことを思うとふつふつ怒りがわいてくる。

美珠の怒りを知らぬ玲那は子供たちにも食べさせようと美しい声で子供たちを呼んだ。


「優真ちゃん、里、ケーキ食べる?」


けれど返事はなく、しばらくしてから聞こえたのは里の悲鳴だった。

何かと慌てて玲奈が子供たちのもとへと飛んでゆくと、子供たちは玄関に並んで立っており、その前に鎮座するのは巨大な赤い飛竜。

どうやら里の悲鳴は嬉しさのあまりにでたものだったようで、飛竜に乗れると聞くやいなやすぐさま母の手を引いた。


「お母さん、飛竜だって! 飛竜に乗れるんだ!」


「まあ!」




誰もが一度はあこがれ、楽しいはずの飛竜の旅、落ち着かないのは美珠だった。

一応今日はヒナということで北晋国の制服を着てきたのだが、ヒナとしてのまっさらな気持ちには到底なれなかった。

話といっても、年頃の少女として恋の話をすることもないし、北晋の話をするほど通じてもいない。


「ヒナちゃんは、北晋には戻らないの?」


玲那も玲那で話題を探していたのかもしれない。


「あ、はい。私はこの国に。優菜は今は北晋にいますけど」


「そう」


飛竜使いの桂に尊敬のまなざしを向け、手綱を握らせてもらっている子供たちを見守っている玲那の横顔を見つつ、ここは美珠には重苦しい場所だった。

話題もなく、どれほど沈黙が続いたのだろうか、一歩踏み込んだのは結局美珠だった。


「あの、初恋の人というのはあれからどうなったんですか? 国王騎士団長とは?」


そんな質問に玲那は小さく首を振った。


「国王騎士団長は完全に私のこと相手にもしてないわ。彼からたくさんのものを奪ってしまったということだから謝罪したかったのだけれど、会うことすら断られてしまったし。初恋の人ともどうとも」


緊張した面持ちでつぶやいた国王騎士団長と違い、初恋の男の話になると浮かべるのは幸せそうな笑み。

私にとって見るだけで幸せな存在を奪いとったくせに、そう美珠は思ったがぐっとこらえた。


「その初恋の人は貴方がこの国から出ていくのを引き留めたりしなかったの?」


「あの人はそういう人じゃないもの。君がいくときめた道を行けばいいって、笑顔でそう言うだけ。そういう人よ」


「一緒にいたい、とかそういうことあなたは思わないの?」


「そう思うことだってあるわ。でも私はそれ以上に今は歌を歌っていたいの。私の歌を聞いてもらいたいの、もちろんあの人にも。今度はちゃんとあの人を感動させられる歌を」


初恋の相手以上のものを彼女は見出した。


無力な奴隷だった彼女は北晋へゆき、自信をつけ、自分の道を歩いている。

誰にも邪魔をさせない自分の道を。

それは彼女が自分自身でつかみ取った力で歩いているのだ。

道上にあるものは容赦なく薙ぎ払って、そして押しのけて進む。


彼女のその根性はどこか見習わなければいけないような気がした。

これからは自分だってこれからいくつものものを薙ぎ払って、時には追い落として国を回していかなくてはいけないのだから。


「ヒナ、どうしたの?」


「ううん、なんでもない、ほら、桂、フレイ、雲の中にとびこんじゃえ!」


難しい顔をして、唇を引き結んだ美珠に気を遣い声をかけてきた優真をきつく抱きしめて、美珠がすぐ下の雲を指さすとフレイが楽しそうに一度啼いて急降下を始める。

体がふわりと浮き、このまま落ちてしまうのではという、とんでもない恐怖に悲鳴を上げながら皆でフレイの鱗にしっかりとしがみつく。

里と優真は雲の中に突入後、雲をつかんでやろうと必死に腕を伸ばしていたが、結局、つかむことはできずそれでも笑い声をあげていた。


「ねえ、優真ちゃん、あのさあ、僕またこの国にかえってくるからね」


「うん」


夕暮れ、最後のお別れの時になって、里は悲しげにそう優真に誓った。

優真は何度もうなづいて、笑っていたが、やっと仲良くなった友達が離れていくのは寂しいようで、少し瞳をうるませていた。


「その時には僕、騎士になるんだ」


里は誰にあこがれたのだろう。

杜国か、国明か、それとももっと別の人か。

けれど美珠にとってもまたその言葉は嬉しいものだった。

すると優真は


「優真はお医者さん、お母さんみたいになるの」


それもまた嬉しい将来だった。

未来の姿が見えそうな二人に美珠は口元を緩め、そして二人の頭をなでた。


「頑張ろうね。二人とも、私も、私の夢をかなえるために頑張るから」


一日ともにいても玲那はやっぱり好きにはなれなかったが、彼女の子供の将来は楽しみでしかたないものだった。


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