奇縁の章 第二話 喜ぶべきこと
日課としている暗守への見舞いに向かうと部屋の中からは暗守が子供たちに語る騎士の精神論が聞こえてきた。
小さな子に自分の武勇伝ではなく、精神論を説くあたりが暗守らしくて、美珠はただその低い声が語る言葉をしばらく心地よく部屋の外できき、そっと部屋を後にした。
久方ぶりにのんびり白亜の宮を歩くと花がたくさん目についた。
最近は仕事や勉強に追われて、十六の誕生日以前のように花に時間をとることがなくなった。
父の与えてくれた花壇は依然と変わらず一年中花に満ちているというのに。
花をめでること、それは夢見がちのおとなしい姫であった時の唯一の趣味であった。
けれど今は剣をふりまわしている。
「とんでもないお転婆になったものね」
桃色の花びらを指先でつつきながらしばらく無心に眺めていると金属のこすれあう音がかすかに聞こえた。
誰がいるのかと見上げたその先にいるのは純白の騎士。
「申し訳ありません、何か考えをまとめてらしたのですか?」
「いいえ、全くの逆です、なんにも考えずにぼんやりしてました。光東さんは?」
今日は非番だったはずの光東は朝議にだけ顔をだし、それから団の雑務などをこなしてから白亜の宮にかえってきたのだという。
「美珠様、少しお時間よろしいですか? 今日は特段お仕事もおありではないとか」
「え? あ、はい」
改まった感のある光東のその態度に美珠は立ち上がると自らもまた顔をひきしめる。
「お聞きいただきたいことがありまして、よろしければ東和商会に参りませんか? 初音も美珠様のお目にかかりたいと申しておりましたので」
それは一人ふらふらと歩いているよりはかなりよい話で、さっそく馬を用意してもらうことになった。
東和商会は美珠にとってもお気に入りの場所だ。
彼の誘いを受けたのは二度目になる。
一度、知り合ったころに馬に乗って大道芸を見に連れて行ってもらうことがあった。
そこで彼の戸籍上の妹、初音と知り合い、初めこそ誤解もありお互いいがみ合っていたが、今は美珠にとって同年代の良い友となった。
町娘のような装いで光東の栗色の馬に乗せてもらい、正午をすぎたあたりに目的の場所についた。
この国随一の商家、東和商会。
彼が養子に入った家であり、そろわぬものがないといわれるその店は今日も大変繁盛していた。
美珠と同じくらいの女の子たちが最近の売れ筋となっている美珠の好きな漫画を手に取って、批評しているのを見るとどこか気恥ずかしくて、うつむきがちに店奥へと進む。
奥の倉庫で力仕事をしていた初音が二人の姿を見つけ走ってきた。
頭頂部で一つに結われたつややかな髪、上気した桃色の頬を見ると健康的なかわいらしさがあった。
「お呼びだてして申し訳ありません、でもこうしてお会いできてよかったですわ」
賓客として通された東和商会の応接室の黒い革張りのソファに向かい合って座った美珠と光東に屈託のない笑顔を向けてから、初音は光東の隣にちょんと腰かけた。
兄と妹というよりももう十分恋人同士にみえる。
「なんだかお似合いのお二人ですね」
そんな言葉に顔を赤らめるのは初音だけではなく光東も一緒で、どこまで初々しい二人なんだと美珠は噴出した。
そんな美珠の向かい側で初音が光東の脇腹を肘でつついて何かを促しているようだった。
「どうなさったんです?」
「実は! あのその、もうご存知だとは思うのですが、私と初音は結婚を前提に付き合っておりまして」
実は従兄妹である戸籍上の兄妹が愛し合っているのは知っているが、その言い回しが妙に面白くて美珠は顔を緩めうなづいた。
「で、このたび結婚がきまりまして。あの、そのですね、そのご報告を今朝、王にも申し上げ、そして美珠様にも」
結婚が決まった。
そんなうれしい言葉が聞こえた瞬間、美珠は初音へと視線を送った。
すると初音も満面の笑みを浮かべてしっかりとうなづいた。
「で、ですね、あのまあ、武闘大会が終わってすぐを予定しているのですが」
光東はどれほど緊張しているのか、白い木綿のハンカチで汗を拭きながら、説明を続けていたが初音にはずいぶんじれったく思えたのだろう。
滑舌のよい初音の言葉が挟まってくる。
「もう住む家も決めたんです。結婚前に住もうかと思っているんですけど、父がなかなか賛成してくれなくて」
「父は反対しているわけではないんですよ。もちろん賛成してくれているんです」
「ただ単に私がこの家を出るのがいやみたいなんです」
「確かにそれは寂しいでしょうね。初音ちゃんお仕事は?」
「続けます。でも兄は本心ではやめてほしいみたいですけど」
少し恨みがましく見ているあたり、やんわり光東はそういう話をしていたのかもしれないと美珠は察した。
光東も初音のそんな視線に気が付くと困ったように首を振った。
「そんなことはないよ」
「だといいんですけどね」
どこまでもやさしげな表情で恋人を見守る男。
そして愛されたことを疑わない女。
幸せなのだと二人の顔には書いてあった。
「本当におめでとう。私もすごくうれしいわ。そりゃあ、光東さんが白亜の宮から出られるのはさみしいけれど」
国明が出て行こうとした時とは全く違う、心地の良い話だ。
笑顔でその日が迎えられる喜ぶべき話なのだ。
「いいわね、結婚かあ」
感慨深げにつぶやいたその言葉に光東は少しためらいがちに言葉をかけてきた。
「美珠様には今、そういうお話はないのですか? あのその、ほかの騎士などとは」
美珠はその言葉に息を吐いた。
同じ年の恋人と結婚話はむしろ封印していると言った方が近いのだ。
「結婚はもう少し先になりそうです」
北晋国との戦争が終わり、優菜は北晋国で残務整理に追われている。
なぜ、つい最近まで学生だった優菜が働かされているかというと、北晋国はとてつもない人材不足に陥っているからだ。
有能な人間は亡き北晋王に消されてしまっており、実務に通じているのは息を殺してやっと生きながらえたごく一握りしかいない。
優菜は実務こそ経験は少ないが北晋国を盛り立てた父に与えられた教育を実践し、他の人々に教育するために働いている。
けれど落ち着けば美珠の元にきてくれると約束した。
だからこそ、美珠は受け身でいるしかない。
次期北晋王から乞われたこともあり、紗伊那と隣国秦奈からも事務方の人間が派遣されており、北晋国が動き出すのはもうそれほど先の話ではな、いはずだ。
「でも結婚には憧れますけどね」
そんな悲しげな一言を聞いた光東はひとつの事実を未だ知らなかった。
美珠の恋人が優菜という人間であり、見た目こそ少女であるが、れっきとした男であるということだ。
だからこそ、国明の行動に許せない部分があるにしても、敵の策略にはめられたのだから仕方ない、二人がまた気持ちを戻すというのなら応援しようという気にさえなっていた。
しかし、初音はまったく違う意見で、
そんな男は許せない。
その一点張りだったが、美珠のそのため息交じりのはかなげな表情は結婚すらあきらめてしまったのではないかとさえ二人は不安になった。
そんな彼女に幸せな話をしたのは間違いだったのかと思ったが、美珠は思う以上の上機嫌でそれから初音のドレスのことを事細かに尋ねたり、新居のことを尋ねて始終うらやましと微笑んでた。
時を忘れて語らいあう美珠を迎えにきたのは魔央だった。
そこに騎士の面影はなく、教会の人間を示す黒い法衣に身を包んでいるだけであったが、武器はなくともその彼には隙など感じさせなかった。
「どうした?」
「美珠様から頼まれていたんだ。迎えに来てほしいと」
「だって光東さんはお休みなんですし、お二人の時間を割いては申し訳ないんですもの」
せっかく二人でいられるのだ、ゆっくりくつろいでもらいたくて美珠は光東と帰ることよりも誰かに迎えにきてもらうことを選んだ。
本当は一人でふらふら帰ってもよかったのだが、そんなことを誰も許してはくれないだろうし、宮を出るときに誰か暇なら迎えに来てほしいとお願いしておいた次第だ。
申し訳なさそうに、それでも過ごす時間が増えた二人は嬉しそうに美珠が見えなくなるまで家の前で見送ってくれた。
*
美珠は馬で来た道をゆっくりと歩きながら、隣に歩く背の高い男に軽く礼を述べた。
考えてみれば光東に初めて誘われた時、魔央を公園で見かけ、とんでもない事実を知った。
彼は少年を愛しているということだ。
当時は理解できないという思いがあったが、今ならば何の思惑も当惑もなく接することができる。
そして魔央自身がもっとも信頼できる人間の一人になっていた。
「突然ご無理なお願いをしてしまって」
「構いませんよ。こうやって王都を見て歩くのも大事な仕事ですし」
気を遣わないようにと言ってくれているのだろうことは容易にわかったが、それでもこんな時間に外を歩けることが新鮮で、もう少し外の景色を見せてもらうことにした。
夕暮れ前だというのに酒場は偉くにぎわっていて、大きな声がする方を覗いて美珠はそこにいる人々の顔を眺めていた。
あまり民の顔に接することがない分、彼らがどんなことに笑い、そして熱くなるのかを知りたかったのだ。
魔央はそんな美珠の様子に気づき、それから思いついたように手をたたいた。
「そうだ一杯飲んで帰りましょうか。客のほとんどが騎士という酒場があります、そこでな身の安全は保障できるでしょうし。社会勉強です」
「いいんですか! 是非是非!」
魔央が何度も行ったことがあるという店はそれほど広い店ではなく、すでに赤らんだ顔をした人々の活気にあふれていた。
客の数人がすぐさま美珠と魔央という組み合わせに驚いた顔を浮かべていたが、そんな彼らに何かの詮索をされることもなく店員に勧められるまま、壁際の席に座ることができた。
美珠は初めての空間にソワソワと視線を漂わせた。
「ここにいらっしゃる皆さんも仲間の方々と飲んでいらっしゃるんでしょうか」
「そうです。仕事終わりに一杯というのはいいものですからね。我々にはいい居間があってそこで心置きなくのめますが」
「私は国明さんがいらっしゃらない方が心置きなくのめますよ」
すべて魔央に注文を託し、美珠は建物の中を見渡していた。
酒の匂いと食べ物の匂い、そして人の大きな話し声。
耳を澄ませばその人の悩みや喜びが聞こえてきそうな場所。
いつも自分が身を置いている静かな環境とは全く違う場所だった。
「しかし、今日はおかしな日ですね。相馬君も珠利さんもいないなんて。おまけに二人でこんなところでお酒を飲んでる」
「確かに、そうかもしれませんね」
早速運ばれた酒で乾杯して飲み込むと柑橘系の酒だった。
ほんのり甘く、けれどさわやかなその後味が素直においしい酒で、美珠はそのグラスに人差し指を添わせながら一つ尋ねてみることにした。
「ちょっと立ち入ったことを聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
魔央は気さくに美珠に向かって手を開いた。
「魔央さんは結婚しようとか思ったことはありますか? あの、その魔希君と恋人になる前とか」
「耳の痛い話です。我々は団長ですし、言い寄ってくる女性の方も多くいたんですけどね。そういう女性とそういう気持ちになったことはありません。ただ美珠様との結婚だけは考えたことがあります」
「野心の為にですか?」
魔央は観念したようにうなづいた。
「ええ、貴方と腹を割って話をしたあの時です。ですが、どうなさいました? 優菜とそういう話が?」
「ああ、いいえ、優菜は待ってほしいって」
「確かに優菜もまだ十六ですし、あれもまた最近やりたいことにやっと携われるようになって仕事も楽しいでしょうしね」
「やっぱり、そういうものなんですよね」
魔央は運ばれてき彩野菜を二人分とりわけて、すでに一杯目を飲み干した美珠の飲み物の追加を注文し、美しく盛った皿を美珠に差し出すまでたっぷりと時間を使ってから、やっと少し遠い目で口を開いた。
「正直、私は今の二九になって、仕事も落ち着いたこの段階なら結婚だって考えたのだと思いますよ。恋人が女性だというのならね。だから美珠様と私は今なら適齢期というべきかもしれません。少し年の差はありますが。でも美珠様と優菜は同じ年だし、あなたがこの国の跡継ぎである限り、あまり待つことはできませんね」
それは美珠自身も分かっていたことだった。
自分が一般人ヒナであったのならば、優菜を待つことはできたのだ。
けれど自分はたった一人しか存在しない一国の姫だ。
それも建国以来初めての国王と教皇の子。
望まれるものが多くある。
「私の場合、優菜のお父様みたいに晩婚というわけにはいきませんし、それなりの時期というのが必要になるんだと思うんです。だって私の存在意義は王と教皇の業務を引き継ぐことでもありますけど、跡継ぎを生むことだって必要になるんでしょ?」
「ええ、魔法騎士団長、そしてこの国の民としてはそれは求めてしまいますね。優菜だってそのことはわかっています。だから時間がないと焦っているのでしょう。貴方の伴侶としてそれなりの地位が必要となる。それを短時間で築きあげないといけないんです。以前の恋人のように、貴族出身の騎士団長という誰がきいてもよい相手とはいかないでしょうし」
わかってる。
美珠にも優菜のことは十分わかっている。
だからこそ、持ってこられた酒をすぐさま飲みほし魔央に挑戦的な目を向けた。
「でも優菜なら絶対それはやりとげてくれます」
「ええ。そうでしょうね。あれはかわいい顔をしてやりますよ、あともう少しだけ迫力をつければいいんでしょうが」
「あのどこにでもいるふっっっつうの高校生が、とんでもないことを考えているのがいいんじゃありませんか」
「そういうところに魅かれたんですか?」
「それも一つですけど、あのなんでも苦労なしでこなす優菜でも挫折してるのを見て、放っておけなくなってしまったんですよ」
「あの、修行の時ですね」
優菜の兄弟子も優菜がたった一日挫折したその日の消沈ぶりを思い出して口の端を持ち上げ、麦酒を飲み干した。
魔央にとっても優菜はかわいい弟弟子だ。
「あれは特訓のし甲斐がありました。……さてと」
それから視線を美珠のななめ後ろへと向ける。
美珠はそのあらぬ方への視線に気が付くと何気なく後ろへと視線を送ってみた。
そこに立っていたのはよく知った人だった。
「どうしてこんな時間に貴方がこんなところにいらっしゃるんです?」
「っひ! ゴホゴホ!」
調子よく飲んでいた美珠が飲み物をのどに詰まらせてむせると魔央は焦った様子もなく笑みを浮かべた。
「君もここを知っていたのか、入った時からもう食い入るような視線を向けてくるから、いつ声をかけてくるのかと思っていたんだ」
「どういうつもりだ。こんなところに連れてきて。何かあったら」
「自分の身くらい自分で守れますぅ」
小さく口の中で反論して、それから再び後ろに目を向ける。
もう一人男性がいた。
「え、なんでこんなところに!」
その男は魔央がつれている女性が誰なのかを理解して、そう叫んでから、あわてて周りを見回し声を潜めて頭を下げた。
「国王騎士団の杜国ともうします」
「あ、同期の?」
すぐに美珠からでてきた言葉に二人は驚いたように顔を見合わせ、確認したのは国明だった。
「ご存じでしたか?」
「いえ、まあ」
今日相馬ちゃんはあなたと玲那のことを調べに出てるんだ、そんなこと言えるわけもなく、笑顔でやり過ごすことにした。
そしてちらつくのはまたしてもあの女で、せっかくのこんな機会をまたあの女につぶされるのかと思うと、怒りがわいてくる。
「私、今、魔央さんと楽しんでるんです。放っておいてください」
「貴方は飲みすぎると人格が破綻するんだ。絶対飲みすぎないでください」
「一回破綻したお前に言われたくはないだろう」
魔央がそんな風に返すと国明はばつがわるそうに、次に魔央へと厳しい視線を向ける。
「お前こそ犬になど化けてないでさっさと報告に戻ってくるべきだったんじゃないのか?」
「いいえ、ワンコ兄さんのおかげで私はいろいろな経験ができたんです。ワンコ兄さんは私に世界を見せるとともに警護もしてくださってたんです。ね?」
「そういってくださるとありがたいですね」
結託した美珠と魔央を見てから孤立した国明を援護したのは国明の同期で部下の男だった。
「あの、まあ、せっかくなんですからご一緒しましょう」
間に割って入って、そんなのんきな提案をすると、ずうずうしいくらいに素早く自分たちの飲んでいた物を机に置いて、美珠の隣に国明を隣に勧めてくる。
「わかります、わかりますよ。あの北の国境にいった時の国明、ってか団長にはほとほと副団長も手を焼いてました。ああ、また昔に戻っちまったって。でも、今はこうなってよかった、よかった」
上司の肩を軽くたたく杜国という育ちの良さげな男は国明へと屈託のない笑顔を向けていた。
「入団したての時より性質が悪いってみんなで噂してたんですけどね、ほらもうこの通り」
両手を国明へと向けて、そして国明の嫌そうな目と自分の目があうと笑って見せた。
国明もそんな風に言われると顔を緩めてうなづいた。
「ええ、この通り」
そんな国明のしぐさに満足げな顔をして、それから美珠へと懇願する目を向けた。
「あの、国明も、って団長呼び捨てにしてる、けどまあいいか。国明も玲那も許してやってください」
机に頭をこすりつけて突然男はそういった。
国明は止めるように言ったが美珠はそんな言葉を聞くことはできなかった。
「お願いします。俺にとっては二人とも大切な人間なんです。許してやってください」
彼からは熱い気持ちが伝わってくる。
彼にとっては国明という同期も玲那という初恋の女もどちらもかえがたいものなのだろう。
そして玲那にもこの男は特別だった。
こんなに大切な人がいるのに、人の大切なものを壊して、それでも自分だけが大切なものを得た。
ゆるしましょう。
けれどそんな言葉はどうしても出てこなかった。
大体あの女一度も謝ってはないのだ。
「私は」
そうつぶやいて何もでてこなかった。
彼のためにうわべの言葉で許してやることも、安心させてやることも、ののしることも、まるで言葉を失ってしまったかのように唇は動かなかった。
「俺は玲那を愛しています。俺の初恋の相手で、ずっと想ってきました。北晋で活躍してることも知ってました。応援もしてました。できることなら彼女と子供を引き取って一緒に暮らしたい、そう思ってました」
そんなの私には関係のない話だ。
けれど耳はその言葉をとらえていた。
「あいつはこれから先、自分の力で生きていくそうです。子供と一緒に二人で。もう俺なんて関係ないんです。でもそういう玲那の言葉をきけて俺は嬉しい。正直嬉しかったんです。玲那はもう自分の人生を生きてる」
どれだけのものを犠牲にして生きているのだ。
と耳をふさぎたかった。
それでも嬉しそうに語るその男の言葉は自分の心にすうっと入ってきてしまう。
彼は、彼だけは無垢な気持ちでいたのだ。
突っぱねることも、許すこともできな自分はものすごく居心地の悪い人間だった。
美珠は立ち上がると、視線を魔央へと向けた。
「魔央さん、ごめんなさい。私、帰ります」
「はい。わかりました」
怒ることも諭すこともなく魔央も静かに立ち上がり美珠の後に続いた。
日の暮れた道を歩きながら美珠は空を見上げてみる。
いくつか星が見えた。
「私は……なんと言えばよかったんでしょうか。いいえ、わかってるんですけど、言いたくない。言いたくなかったんです。こんなんじゃ、教皇にはなれませんね。こんな狭い心じゃ」
「いいえ、そんなことはありません。人の心の痛みがわからないと、人の心なんて支えられませんから」
罵倒されるかとさえ思っていたのに、教皇を支える魔法騎士に早速心を支えてもらい美珠はなんとか折れそうな心を引き戻すことができた。
「ありがとう、魔央さん」