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美術室から・・・4

 人を好きになったことがなかったから、この気持ちに気付くのが遅くなってしまった。でも、気付いたところで、俺のそばに彼女の姿は見当たらなくなって、噂話も消えてしまった。そうした時間が流れた、あの日から二週間後の今、俺はようやく行きなれていた美術室に顔を出した。

 彼女の絵がいくつか飾ってある。それを見回ると、窓の外に目をやった。

 少し前に彼女の友達と思われる三つ編みの女の子から、真実に最も近い言葉を聞かせてもらった。「文化祭の始まる前日に聞かされたの。たぶん、ずっと噂されてたから彼女があまりいい暮らしをしてないのは知ってると思うの。貧乏って訳じゃないのよ。あの子は着飾ることも好きだったし、自分を清潔にするのも当たり前だって、思ってたはずなのよ。でもね、両親が事故にあったのが原因で生活が一変したのよ」

「事故って? 両親は・・・お亡くなりに?」

「父親の方は、亡くなってしまったそうなんだけど母親は、植物状態なんですって。だから彼女バイトを毎日のように入れて、生活してたみたい。親戚の方にもお世話になってた様なんだけど、ひどい扱いを受けることが多くて・・・。虐待、されてたんだって。それに借金もあったそうなのよ。彼女は多分今・・・母親の為の新しい病院に移る準備をしてるわね。親戚の方が手配してくれたそうなんだけど、とても有名な医者に診てもらえるって喜んでたわ」

 それだけいうと、三つ編みの女の子は涙を拭った。

「もう、街にはいないんだけどあなたには伝えておこうと思って。彼女、あなたには気を許してたみたいだったから」

 にこっと笑って、三つ編みの女の子はすぐに俺から離れた。

 真実ってこういうもんだ。噂と大して変わりない。彼女は、もうこの街にはいない。俺にはずっとそこにいるような妙な感覚を覚えさせたまま、彼女は一人どこか、俺の知らないところに行ってしまった。

 相変わらず、俺がつるんでる仲間は最低だった。彼女がいなくなっても簡単に標的は見つかるもんだ。地味で根くらな女の子は、影みたいなもの。いや、むしろ逆かもしれない。俺らが影で、彼女たちが光。お互いに存在しなければならないものだ。

 でも、俺はもううんざりしていた。以前のように悪口を言う気にも、からかっている様子を見て笑うこともできない。だけどつるんでいたいと思うのは彼女のことを忘れさせてくれるような、おかしなことばかりするからだ。バイクで意味もなく走り回るのも好きだし、夜中に街をうろつくのだって集団だから楽しい。薬には手を出さないけど、たばこはやっぱりすっきりする。

 足りないものを補うように、俺は手探りでいろんなものを求めていた。


 でも一か月も立たないうちに、彼女から葉書が送られてきた。簡単な挨拶程度の文だったが、俺はすぐに返事を出して「会いたい」と素直な気持ちを書いた。それから、また彼女から手紙が来て日時と場所が指定され、俺は絶好のチャンスが到来してことを喜んだ。

 場所は最寄りの駅の近くにあるファミレスで、昼過ぎに待ち合わせをした。

 早くにそこについたが、彼女は時間どおりにやってきた。

「久しぶり」

 そう声を出す彼女の姿は学校で見る姿とは明らかに違っていた。彼女はぼろぼろの服ではなく、新品の淡いパステルカラーの長そでのTシャツに、ジーパン姿で髪の毛は短くきっていた。顔はあまりいじっていなかったけど、まゆ毛はきれいな形になっていた。

 あまりに変身ぶりに驚いて、黙っていると彼女が顔を赤くして笑った。

「あんまりみないでよ。やっぱ、短くするんじゃなかったかな」

 そういって笑った。

「あたしのこと、全部知ってるんだっけ?」

 俺は無言でうなずいた。たぶん三つ編みの女の子が、俺に彼女の事情とはなしたことを彼女に伝えているんだろう。

「だよね。なんか突然いなくなったから、驚いたりしたかな?」

 試すように聞かれて、俺は息を飲み込んだ。

「なわけないか、相沢君に限ってそんなことないよね」

 そういってまた笑いはじめると、水を飲み干した。俺も同じように水を飲んだ。のどが乾いてしまうぐらい緊張してる。見たことのない女の子と話をしてるみたいだ。

「今は、どうしてるの?」

「えっと、今は一人暮らししてるんだ。田舎町の方なんだけど駅近いし、スーパーもあるし不便なことないんだよ。でも学校は辞めたんだ。それから・・・お母さんが亡くなったの」

 彼女の顔が一瞬だけうつむいて、すぐに顔を上げてにこっと笑った。なんてことないのよ、と言ってるみたいに、悲しくなるような笑顔だった。

「そう、なんだ。これからは一人で生活しながら、絵でも描くの?」

「そうしたいところなんだけど、私、パリに行くの」

 音が、聞こえなくなって彼女以外のものは色を失った。彼女が続ける言葉は、耳を通り抜けたまま何も入ってこない。彼女は、なんて言ったんだろう。

 胸がずきっと痛んで、俺は胸を手で押さえつけた。

「パリに行って、絵を勉強するの。親戚の叔父さんが探してくれたのよ。お金がめちゃめちゃかかるわけじゃないし、向こうで働けばどうにか生活できるって。仕送りもくれるみたいだし、本格的にやってみようと思うの。だから、会えて良かったわ」

 また、泣きそうな笑顔をつくった。いや、泣きそうなのは俺の方だったんだけど彼女の顔にもそれが浮かんでるように見えた。

 しばらく俺は黙り込んで一人で喋りまくる彼女の声も聞かずに、うつむいた。今、気持ちを伝えたところで何にも変わらない。俺は彼女がそばにいることが一番、安心するし気持ちが安らぐ。なのに彼女はきっとそうではないんだろう。

 昼ご飯を軽くとると、すぐに店を出た。駅までは歩いてすぐだったが少しでも一緒にいたかったので俺は駅まで歩いた。

「はーすっきりした。こんなに喋ったの久しぶりだ。やっぱり相沢君て話しやすいよね。聞き上手っていうか」

 そういって背中をポンッと叩かれ、苦笑いを浮かべてどうも、と返事をした。

「俺も、三村といるのは楽しいよ」

 そういうと、彼女は珍しく顔を赤くしてうつむいた。

「そうやってからかわないでよ。本気にしちゃうから」

 絞り出す声は、少しだけ震えていて手まで赤くなってる。俺もそれが伝染して赤くなっていくのが自分で分かった。

「え・・・えっと、あの、また会えるかな?」

「えっ」

 彼女が顔を上げたので、よけいに顔がほてってしまう。俺が赤くなってるのが分かると彼女は気恥ずかしくなったのか顔を下げた。

「それって、どういう意味?」

 震えてる。俺はもう倒れてしまいそうだ。緊張する、こんな空気は初めてだ。

「約束、破ってもいい?」

 彼女が顔を上げるのを見計らって、ほほにキスを落とす。すると彼女は頬を押さえたまま驚き、すぐに俺に抱きついてきた。回りには人がいるのに、気にもしていない。

「手紙書く。電話もするから、俺のこと好きでいてよ」

 力を込めて抱きしめると、彼女はうなずいた。それから電車の音が聞こえて慌てて身をはなすと、彼女は嬉しそうにほほを赤くして笑った。

 手を出して、その手を握りしめあった。

「また、会おう。あたし有名な画家になってすぐ戻ってくるから」

 俺は声を出して笑った。彼女も、笑った。

 手を振って彼女を見送ると、彼女は窓から笑いながら手を振った。俺と彼女は恋人同士になれたのかな。遠くにいってしまった彼女と会えるようになるのはもっと、ずっと後になりそうだ。

 美術室にある、一番大きくて懐かしい絵を見ると俺は涙がこぼれそうになるけど、しあわせそうな笑顔を思い出す。それから、毎日耳にしてる声が聞こえてくる。

 彼女と一緒に見つめていた景色は、今も美術室に隠されてる。いつか、彼女がこの街に戻ってきたら一緒に見にいこう。

 俺と彼女との恋が始まった、この美術室でまた恋人としてやりはじめよう。

 

 


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