美術室から・・・1
窓の外を眺めた景色を、絵にしてみたいと思ったことが何度もあった。でもあの日、俺の嫌いな彼女が描いた絵を見た瞬間にそんな考えはふっ飛んだ。俺みたいなやつが、そんなもの描けるはずがないんだと。
彼女の特徴はダサイということだ。家が貧乏なことは周知されていることだが、あまりにもみずぼらしく、同情するよりは馬鹿にされやすい奴だ。友達はいたが、同じようなダサイ子ばっかりで、俺らみたいな派手な奴らから見れば、ブスの集まりとしかいえなかった。
ちょっかいを出すようなこともあった。軽口をたたいて、彼女を困らせるのが一番楽しい時間だと思える日もあったのだ。
俺は夜遊びの途中で、事故にあった。幸い、俺が乗ってたバイクも、相手側の車の人も無傷だったが俺は停学処分を与えられた上、強制的に担任が受け持つ部活に入ることになった。担任の受け持つ部活は美術部。彼女がいる部だった。
停学処分から戻ってすぐに、美術部につれてこさせられた。中に入るといっぱいの絵が飾られており、担任はとりあえず彼女を紹介した。彼女の顔を見ればすぐに分かるのだが、「なんでこいつが?」という顔をしていた。そのまま彼女とは口をきかないまま、俺はよく分からない図形を組み合わせたような絵を描きながら、彼女を見ていた。
毎日のように同じ服を着る彼女。確か、学校公認でバイトをしていたはずだ。バイトが始まるまでの時間を潰すために、部活に入ったのか。俺に背を向けたまま描き続けている彼女を見つめながら、窓を眺めた。いい景色だ。もうすぐ日が沈むところで、夕日がうまいぐあいに空を照らしてる。
彼女が急に立ち上がり、慌てて視線をそらすと彼女は俺の前まで来た。
「あのさ、私出ていくんだけど、窓と電気だけよろしく」
それだけいうと、絵の具を片付けて、こんなところにいたくない。というようにして出ていってしまった。俺は呆気にとられたまま、彼女の絵を見にいった。俺は空ばかり眺めていたが、彼女が見ていたのは校舎にいる学生の姿だった。驚いたことに小さくても、とても細かいところにまで描かれているのだ。
彼女が見つめている世界がとても明るく、美しいものだと知ると俺はやるせなくなった。
そういった経緯から、俺はなんとなく彼女を気にしはじめた。同じクラスだったこともようやっと、気付いたし席も意外と近かった。俺がつるんでるようなやつは、同じクラスにはあまりいないから彼女は貶されることはない。
俺はある日の放課後に、初めて彼女に話しかけた。彼女の驚いた顔は、見物だった。
「絵を? 教えてほしい?」
語尾を一々上げながら尋ねる彼女に苦笑しながら、俺は頷いた。化粧をしない彼女の顔は、化粧をする女よりキレイな顔だ。俺はケバイ女は嫌いで、つるんでるやつにも多くいるが、苦手視している。どうしても引っ付いてこようとした時には、精いっぱい逃げる毎日だ。
「どんなのが描きたいの? 私は油絵しかかけないよ。油絵って私が描いてるやつなんだけど・・・」
とても描けそうにないと思えたが、俺は彼女をみて絵が書きたくなったわけだから彼女のやっているものでいいと思った。
「じゃぁ、用意してくるからここで待ってて。どんな風景が書きたいかしばらく考えてくれてるといいんだけどね」
そういい残すと、準備室を開けて早速用意しはじめていた。俺は彼女の後ろ姿をまた見つめた。真正面からかを見た事がなかった。話をするのも今日が初めてで、俺が彼女に浴びせかけた言葉なんてない。いつも罵声を浴びせかけているのは俺の周りだ。俺も中学からつるんでる仲間がいなかったら、彼女見たいな根暗なタイプに分けられていたと思う。ボーッとしていることが多いし、ケバイ女は苦手だし、あんまり自分を飾り立てたくはない。でも今いる場所から退きたくないとは思ってる。
彼女が戻ってくるとにっこり笑って、用意されたものを受け取った。
彼女の隣に全部用意すると、同じ場所の風景を描きはじめた。
「まね?」
「違う。俺は、空が描きたいんだよ」
「あら、そう」
しばらく沈黙が広がった。俺は絵に集中し、彼女も同じように絵に集中していた。今日はバイトがないのか、校内放送で学校が閉まる時間まで彼女は絵を書き続けていた。俺も、そうなんだけど。
無言のまま描かれ続けた絵は、いつの間にか完成に近かった。彼女は完成したといって、ニコニコしながら片付けはじめたのだ。
俺も一緒になって片付けはじめると彼女は、不思議そうに肩を並べる俺を見つめてきた。なんだよ、と視線を送ると笑った。
「相沢君て、あたしのこと嫌いでしょ?」
俺は驚きもせずにうなずいた。
「やっぱり。だってあいつらと一緒にいるんだもんね、当然よね。じゃぁ、あたしをそのまま嫌い続けるって約束してくれないかな?」
俺は眉根を寄せて、何言ってんだ? という顔をつくった。それでも彼女は笑って、洗ったものを棚に並べはじめた。
「好きになっちゃ駄目ってこと。あたしなんか嫌いになってればいいんだよ」
笑いながらいう彼女の意図は不明だが、俺はとりあえず彼女の言葉にうなずいていた。
「約束よ」
そういって、彼女は準備室の中に消えていった。