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雨の出来事 後

 一緒に帰った日以来、あたしと山田は部活の帰りによく話をするようになった。家が近いという事も分かったので、毎日のように一緒に帰ったりもした。友達になった。「ねぇ、最近やけに山田と仲いいのは・・・なんかあったのかな?」

 口に含んでいたお昼のおかずをお弁当の上にぶちまけそうになるのを堪えると、あたしは思いきり否定した。

「なんもないって。へんに勘ぐるのやめてよ」

「そんな事言ってー。ここんとこ部じゃあんたと山田のうわさ話で持ち切りなんだって知ってた?」

 そんなことになってるなんて、うちの部も暇だな。

「あんたまさか、世の中の男女が全て、恋愛感情を持ってるとでも思ってんの? 時にはね愛に勝る友情ってのもあるの」

「あ、そう。面白くない」

 面白くなってたまるか。という言葉を呑むとあたしは苦く笑った。

 甘い空気になることはなかった。あたしは人が噂するほど、山田とめちゃめちゃ親しくない。そう思わせられたのは、山田のクラスを偶然に覗いたからだった。ドアから見えるクラスの風景は、別世界に見えた。山田は人に囲まれながら、女子とも男子ともバカみたいに笑ってた。あたしには絶対見せないと思う顔を、クラスの女子には見せてる。それが一番あたしの心を縛り付けて、また気持ちを冷めさせた。 

 あたしと山田ってどういう関係? ただの友達? それ以上に行っても、やっぱり男女の友情を証明するしかできないのかな? あたしもクラスの女子と同じ場所に立って、同じ位置で友達になるのかな? そんなわけない。あたしと山田が仲良くしてる女子が同じ位置にいるわけないんだ。あたしと山田は、部活が一緒で家が近いだけ。それだけの友達だ。

 憂鬱な部活の時間がやってきた。

 いつもどおり、あたしと亜由美がお茶を作り、練習が終わるとあたしは部室の前で山田を待った。今日は一段と後輩たちにからかわれることが多かったが、それさえ軽く流せるくらい心は沈んでた。山田が出てきた頃には日が沈んで真っ暗の空が広がり、もう仕分けなさそうな顔をしてあたしを見た。

「先帰っててもよかったのに」

 そう言われると、山田の顔を見たとたんに笑ったあたしの顔が崩れた。

 並んでまた歩きはじめて、星のない空を見てため息をついた。

「どしたの?」

「え? いや、雪って降らないなぁっと思って。ずっと雨ばっかりじゃない?」

 そういえば、そうだな。と山田は笑った。それから急に真面目な顔をした。

「・・・サキちゃんって好きな人いないの?」

 急な質問に、あたしは真っ赤な顔をして驚いた。真面目な顔して言うってことは、あたしに何か言いたいことがあるってことなのかな。心臓が激しく動く。それを押さえつけるようにぎゅっと胸の上を掴んだ。

「い、ないけど」

「じゃあ、青葉のことどう思う?」

 は? いきなりどうして、そんな話になるんだ?

「いや、どうといわれても・・・」

 困るんだけど。と言葉を続ける前に、山田がため息のような深呼吸をした。何か重大なことを言うかのように、耳のそばで大きく聞こえた。

「青葉、サキちゃんの事好きなんだって、だからもしよかったら・・・」

 その先の言葉なんて聞きたくなかった。あたしが思ってたより悪いことを告げられるとは思わなかった。最悪だ。あたしのこの気持ち、どうしてくれるんだ。

「・・・あたしと山田って何? ただの友達? あたしそれでもいいと思ってたけど、クラスの女子と同じ位置にはなれないよね。だって、あたしといるときは、あんなに楽しそうに笑わないもん」

 何いってるの? そんな顔で山田はあたしを覗き込んだ。涙が目の淵にたまる。瞼を閉じる度に大きな粒が頬に流れ落ちそうだ。そんな姿みせたくない。俯いたまま、あたしは言葉を続けた。

「雨の日のこと、覚えてないの? あたしに、キスしたのって何で? っていうか、あれは夢だったの?」

 それだけいうと、ついに涙がどっと溢れた。泣いた顔なんて見せたくなかったから、あたしは走って山田を振り切った。残念なことにあたしを止める声も、止めようと伸ばす腕も、あたしの傍に駆け寄ってくれる足音さえしなかった。それで全部分かる。あたしにとって山田は、ただの友達にも満たない存在だったんだろうと。

 

 次の日もそのまた次の日も、あたしは山田と顔を合わせないようにした。部活でも、一切喋ってない。もうこれであたしと山田は、以前の関係に戻った。そのことを不審に思った亜由美が何度か話を聞き出そうとしたけど、そのことについては何もはなさなかった。 

 あれから三日後、雨が降った。

 二度目だというのに、またあたしは傘を忘れてしまった。しかも、部活の後だったから亜由美は彼氏と帰っちゃって、他の部員も慌てて帰った。今回は、山田はいない。あたし一人、窓の外を見て雨の降る様子を眺めてる。バタバタ慌ただしかったから、服は散らかって、ヤカン類もめちゃめちゃに散らばってる。それを一つ一つ拾いながら、片付けるとなんだか無性に空しくなって、悲しくなった。

 あたしって結局一人なんだと思ったら、急に笑えた。一人ってつまんないし、楽しくないし、暇だ。前のときは山田がいた。山田といるときすっごく、居づらかったけど退屈ではなかった。今は、あたし一人で退屈だ。

 そう思ったら泣きそうになって、洗いたてのタオルに顔を埋めた。

 あたし、自分でも気付かないうちから、山田のこと好きだった。だからこんなに傷付いて、いまでもすごくショックなんだ。

 声を出して泣きそうになったとき、急にドアが開いた。それから「ひっどい雨」っていう声も聞こえた。あたしがタオルから顔を上げると、ドアの前に立ってる人物も驚いた顔をしていた。予想外だった、みたいな。

 あたしは顔を背けた。

「サキちゃんも雨宿り? ひどい雨だもんな」

「そうだね」

 ぎこちない会話だった。あたしは顔を背けたまま、タオルを片付けはじめた。

「・・・サキちゃん、青葉のことなんだけど・・・」

 もう、その話は聞きたくない。また同じように傷付くことは、いやだ。だけど声は耳を塞ごうとしても、聞こえてくる。

「あきらめてもらった」

 あたしは顔を上げて、山田を見た。山田は濡れた髪をかきあげながら、笑った。

「オレ、ずっと見てたんだよ。マネージャーやりはじめてからのサキちゃんの事。いつだったか、試合中にオレが頭怪我した時あったじゃん。試合は初めてだったし、どうしても勝ちたかったけどオレは試合に出れないし、泣きそうになってた時に、必死になって手当てしてくれたじゃん。あの時からずっと、気になってた」

 山田は話しながらあたしに近寄って、あたしの隣に座った。

「好きだから、キスしたんだ。あのときは、単に魔がさしたともいえるけど」

 そう言いながらあたしの髪に触れて、ゆっくり頬に手をおいた。それから目を閉じるとすぐに山田の唇が、重なった。知ってた。信じてた。あたしの気持ちに気付くぐらい、あたしのこと見ててくれてたことぐらい、知ってたよ。

 唇が離れると、あたしは瞼をあげて笑った。それからすぐに、山田に飛びついた。頬にひっつく山田の濡れた髪がなんだかくすぐったかった。

「言うのが遅いっつうの」

「いろいろ、言いたかったこと整理するのに、時間かかったんだ。ごめんね」

 そう言ってぎゅっと抱きしめてくれた山田を同じように、抱きしめると涙が乾いていた。雨の音が聞こえる部室の中で、いつまでも消えない温もりを確かめあっていた。

「うっわぁ、にやけた顔! きもいって、あんた」

 うっさいなぁと言いながらも、あたしは顔がにやけるのを堪えることはできなかった。だって、あたしはついに山田の彼女になったんだし。亜由美には悪いけど、今めっちゃ幸せなんだよね。

「あ、あんたの旦那きたわよ」

 真っ白の息が、一瞬彼の顔を隠した。だけどすぐに現れると、あたしは笑って山田の傍まで駆け寄った。それから手を繋いで、家路を歩いた。ゆっくりとした歩調は優しさを感じる。隣にいることは、とても温かい。それから繋いだ手からは、いっぱいの愛が伝わってくる。友達以上の、存在だって主張してるみたいに。

 

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