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瀬戸と山崎と俺2

 山崎は何も知らずに、俺の傍でただ笑っていた。それがどうしようもなく、胸を苦しめることがあった。今もまた、そうであるように。

「あたし明日からテストなんだよね。でも、それよりあんたのとこに来ちゃうのって相当馬鹿よね」

 どうにかして俺を笑わせようとしているのが分かった。山崎の手を繋いで、ぎゅっと握りしめた。

「寒いな。雪でも降っちゃうんじゃない?」

 夜は風が冷たい。繋いだ手をポケットにいれて、夜の公園のベンチに座り込んだ。いつも話をするときはここに来るようにしている。喧嘩した時も、仲直りするときはこの場所だ。

「絶対ないよ。今日は快晴だったじゃん。ほら見なよ、星いっぱいだよ」

 コンタクトをするのを忘れていたので、空を見上げても星は見えなかった。でも山崎があれはオリオン座だとか、北極星はどれだ、とかとはしゃいでるのを見ていると何もいえず、ただ同じように空を見上げた。

「最近なかなか会えてなかったから、変な感じだね。久しぶりっていうかさ」

「だな。何か照れる」

「照れてんの? え、今更じゃん」

「今更って何だよ。っていうかお前は照れないわけ?」

「照れない。あたしらつきあって何年目だと思ってんのよ」

 俺は考えるフリをして、さぁ? ととぼけてみた。山崎は頬を膨らませて最悪、と小さくつぶやいた。

「ウソウソ、三年経ちますもんね。でも照れるってことは、新鮮な気持ちでいるってことだから、悪くないだろ?」

「悪かないけど、照れもなくなるぐらい長いよね」

 照れがなくなってしまったらしい山崎は、俺の肩に頭をのせて体を預けた。

「つきあいはじめた頃のこと、覚えてる? あたしさぁ、必死だったんだよね。あの頃」

「必死さは伝わってたよ。これでもかってくらいに」

「え、本当に? ふへへ」

 山崎の変な笑い方は、つきあう前からよく耳にしていた。どうやら笑いはじめはこの音からはじめるらしい。まったく変なやつだ。

「ふへへって笑うなよ。お前変な癖なおらねぇよな」

「あんたに言われたかないです」

 握った手をさらにぎゅっとしながら、笑った。

 幸せだと思う。一緒にいられるやつがいて、そいつが俺のことを好きだということが。こうして一緒にいる時間を作ってくれて、俺に甘えてくれる。それが愛しいと思うのに、今は何かが物足りない。山崎が悪いわけじゃない。俺が、瀬戸といたせいでこうなっただけだ。

「山崎」と俺が呼ぶと、山崎は頭を持ち上げて俺を見た。その体制のまま、俺は山崎にキスをした。苦い、苦い味が唇に残ったままだったが、山崎の唇の甘い香りが、それを消した。でも、瀬戸の顔や香りを消すことはできなかった。少しの罪悪感があったが、それを消し去るように山崎を抱きしめた。


 瀬戸の態度は思っていたより普通だった。いや、思っていた以上だ。もう一生口を聞いてもらえないかと思ったが、今までと何も変わらない様子で俺に話しかけてきた。昨日のことが嘘みたいに。

「おはよう。あ、今日一限目移動だって。急いだ方がいいかもね」

「え、あ、そっか。サンキュウ」

 いいの、いいの。と彼女が言って目の前を通り過ぎた。香水の香りがした。何の匂いか知らないが、彼女はいつも香水をつけていなかった。それが、俺を突き放すためにしているように思えて、本当に別れたんだという実感がした。

「おい、木野」

 声をかけてきたのは、沢田だった。沢田はクラスん中じゃよくしゃべる方で、つるんでるやつの仲じゃ一番良くいるやつだ。こいつにも他校に彼女がいて、そういった話でよく盛り上がる。気の合うやつだ。

「ぼさっとしてんなよ。っていうか、瀬戸のこと目で追い過ぎ」

 言われて気付いたが、確かにそうだった。向いてる方向は、瀬戸がいってしまった方角。そんなに長い間瀬戸の背中を見ていたとは、未練がましい。

「うっせぇよ」

「お前、惚れてんならやめとけよ。あいつは顔もいいしスタイルもいいし、性格もいいけどさ、お前には手に終えないやつだと思うよ」

 俺は机に鞄をかけようとした手をとめた。

「嫌みなやつだね。俺はこれっぽっちも想ってないっての。愛しい彼女がいますしね」

「ならいいけど。こんなこと、広まったらまずいんだけどさ・・・あいつ体売ってるって噂流れてんの知ってるか?」

 俺は沢田の目を見張った。

「まさか。全然そんなんじゃねぇじゃん」

「峰山がみたんだって。あいつがラブホ帰りに、あいつとおっさんが歩いてるのを」

 うそだろ。俺はのど元まできた言葉を口にできなかった。沢田の後ろのドアの隙間から瀬戸が息をのむ音が聞こえるほど、強張った顔でこっちを見ていた。目が合うと、すぐに走り出した。俺は沢田を押して、瀬戸を追いかけた。

「待てよ!」

 廊下に響き渡る声はやがて、いつの間にか体育館につながる渡り廊下まで響いていた。瀬戸が立ち止まって、頭を俯かせている。

「・・・聞こえた?」

 瀬戸は頭を持ち上げて再度、俯かせた。

「嘘、だよな? だって、お前ずっと俺と一緒だったし・・・」

 一緒だっただろうか。学校では瀬戸といる時間を作るようにしていたが、学校が終われば山崎と過ごすようにしていた。それを了承していた上の付き合いだったが、瀬戸は学校の外ではたまにしか俺とは会っていない。

 瀬戸がどう過ごしていたのか、俺は全く知らない。

 しばらくして、瀬戸が俺の顔を見た。目には涙が溜まっていた。昨日でさえ、見せなかった涙が、あった。

「本当のことなんだ・・・」

 昨日までの彼女が、少しずつ崩れていく。まさか、そんなことがあるはずないと思っていた。彼女は美しく、気高い。そんな女性としてみていたかった。

 俺は立ち尽くしたまま、何もいえず瀬戸を見ていた。


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