願いをかけて3
夜中に家を抜け出すのは、二度目だった。
一度目は、中学一年の時。あたしと彼がまだ仲が良くて、家を抜け出した原因はあたしにあった。親と喧嘩したのではない。学校でイジメにあっていたからだった。彼とはクラスが一緒じゃなかったのでそのことを知ったのは、あたしが家を抜け出したときだった。話をしていくうちにみるみる驚く顔になる彼がおかしくて、何もかもどうでもいいような気になった。そして、それがきっかけであたしは彼が好きなんだと、気付いた。
イジメは単純なシカトでクラスの女子全員が順番に回されていくものだった。あたしも例外になくそういう目にあって、学校に行きたくないと思っていた。彼はあたしの傍で話を聞くだけだったけど随分心が軽くなった。
今、隣にいる彼はそのことを覚えているのだろうか。忘れていてもいいんだ。ただ、傍にいさせてくれることが嬉しい。
「・・・ごめんな、巻き込んじまって」
鼻をずるっといわせながら彼が言った。夜は冷え込む季節だ、薄着でもないのに服の隙間からくる冷たい風が体を冷やす。
「いいよ、一人でいかせるのは心配だし」
「うん・・・サンキュ」
上着のポケットに手を突っ込んだまま顔をうつむかせた。まだ、少しだけ悔やむように迷っているみたいだ。あと五分もすれば、夜行バスがきて東の方につれていかれる。もう、後戻りすることはできない。
あたしは俯いたままの彼の袖を引っ張った。
「ね、ずっと聞きたかったんだけど・・・どうしてあたしとずっと口聞いてくれなかったの?」
彼は驚いた顔を見せた。あたしとしては、これから長い道のりをともにする仲間として、もっとも長くはなせる話題になると思ったんだけど。
「・・・八つ当たりしそうになったら、嫌だなぁって思ったんだよ」
「八つ当たり? なんでそんなこと・・・」
「中学生の時なんか、お前知ってると思うけどだいぶ荒れてたし、自分のことばっかり考えてて他のやつが入り込む隙間もなかったんだよ。だから、お前なんかと仲良くしたら、昔の思い出とかが溢れてきて、当たったりすると思うんだ。だから、あえて話しかけなかっただけ。そりゃ高校に入ってからはそんな気持ち、消えてなくなってしまってたけどさ・・・。ずっと顔も合わせてなかったから、今更仲良くなれると思ってなかっただけだよ」
それだけ一気に言い終えると、また俯いた。今まで心の中に貯めていた気持ちが流れ出て、清々しい気分になった。彼が、あたしのこと嫌いとか、そういった嫌な気持ちを持っていないという事実に救われたのだ。
何か言おうとした時に、バスが到着した。二人して慌てて飛び乗ると席に着いてすぐ、毛布をかぶった。
「温かい! やっぱり外は寒いねぇ」
二人して毛布にくるまると寝る態勢を整えた。何時間かは分からない。でもずっと長い距離になることは覚悟してる。
「さっきの話、本当?」
あたしが訪ねると、暗い中で彼があたしに視線をよこした。
「本当」
「よかった。あたし、嫌われてなかったんだ」
彼はまた驚いた顔をした。
「嫌うわけないだろ。ずっと一緒に育ってきたのに。お前ほど話しやすいやついないしな」
「本当かな? もっといろんな話できる友達ぐらいいるでしょ」
「いるけど・・・、なんていうか表面上の上辺だけの付き合いってやつ? 親友とかありえないって感じ。それでも一応楽しくやってるけどさ」
「分かるかも・・・あたしもそうなんだよね」
表面上の付き合いの友達は多い。あまり深くまで話するほど信頼できない友達ってことだ。確かに相談したりする友達はいても、いつでもどこでも一緒にいたいと思う人はいない。彼もそういうことを、学校で感じているのか。
「親友って、なんだろ。あたしたちは・・・親友?」
「うーん。親しい友達っていうんじゃなくて、どちらかといえば『心の友』と書いて心友なんじゃない?」
「なるほどね。心で通いあってるってところ?」
「かな。でも何にも知らないよな、お互いのこと」
心友と彼が言っていたが、あたしたちは最近やっと話をした関係だ。今、こんなにベラベラと話しているのが夢のようにも思える。そういう気持ち、共有してる当たりは心が通ってるっていうのかな。
でも、あたしは彼のことをいっぱい聞きたい。いつの間にか、そう言葉にしていたみたいだ。
「たいした話じゃねぇよ。でも、いっぱい話すことはあるよ」
「そうよね。あ、そうだ部活は入ってなかったの?」
「帰宅部部長」
「部長なんだ・・・。部員は?」
「およそ三十名をこえるかと」
「もういいよ・・・。バイトしてたんでしょ?」
どこでしてたかまでは知らないが、彼の父親からそういった話を聞いていた。
「してたよ。家の近所にちっちゃい居酒屋さんあるだろ? あそこでずっと働いてたんだよ」
「自給良かったの?」
「まさか。最低金額の680円ですよ。でも店の人がいい人ばっかりだから丁度良かったんだ。受験終わったら、また行くつもりだよ」
そうなんだ。そう呟くようにいうと彼は少しだけ笑った。
「お前は? してなかったの?」
「してないよ。あたしずっと部活一筋だったからさ」
部活は三年間、吹奏楽部で活動していたこと、楽器はテナーサックスだったこと、どういったことをしてきたか語りきると彼はまた笑った。その後、しばらく音楽を聴くと二人していつの間にか眠ってしまっていた。眠りの中であたしは、バスの動く音を聞いていた。それから、夢の中で小さな彼が笑っている姿も。
もうすぐしたら着くよ、っていう声が聞こえた。すっかり爆睡していたため、けだるくなった体を起こしながら瞼を持ち上げると、丁度隣に座っている彼がカーテンを開けたところだった。光が集中して、ぎゅっとまぶたを閉じたがしばらくしてすぐに瞼を持ち上げた。
「すっかり、朝になってるな」
そう言った彼の背景には太陽が照りはじめた空と、見たことのない家が立ち並んだ世界があった。一瞬、どうしてこんな所にいるのか不審に思ってしまったが、彼の笑った顔を見て全部思い出した。
「もう、後戻りとか・・・できないよね?」
荷物を手もとに固めながらあたしが言うと、彼は戸惑った表情を見せたが縦に首を動かした。
それから十分ほどで駅に着き、彼の母親が住んでいる最寄りの駅までまた電車にゆられながら進んだ。進んでいくたびに距離が近付いていく。それが彼にプレッシャーを与えているのか、どんどん無口になりあたしまで、喋らなくなってしまった。
これからどうなるんだろう。
久しぶりの更新です。
一応受験生なので、すぐには更新できなくなりそうですが、できるだけ早くに更新できるようにしたいと思っています。