煙草の貴女
深夜2時、人気のない公園のブランコ。そこで俺は仕事終わりだというのに律儀に待っている。
「おにいさん、一本頂戴。」
そう言って煙草をねだりに来る彼女を。
彼女が初めて現れたのは、今日のように残業があった冬の日だった(つまりなんでもない日だ)。同じ時間、同じように、付き合いで吸い始めて以来食事よりも優先してきた煙草を吸って、ブランコに座っていた。すると、どこからともなく
「おにいさん、一本頂戴。」
という声が聞こえた。声がした方を見やると、そこにはひとりの少女がいた。細い身体に纏った大きめのパーカー、冷えて赤くなっているサンダルを履いた足、そして暗い表情。
まず思ったことは、通報、だった。
自分で言うのもなんだが、夜中に子供が出歩いていれば、然るべきところに連絡するべきだという良識は備えている。たとえ事件性はなくとも、自分よりも一回り以上は離れているであろう子供が、こんな時間に出歩いていて良いわけがない。が。
「おにいさん、一本頂戴。」
繰り返された、二回目のそのセリフが、はじめに聞いた時よりも陰りが見えて、それが、とても危うく思えて。
俺はスマホを取り出す手を止めた。
彼女は、本気で貰おうと思っていたわけではなかったようで、新たに箱から取り出した一本を差し出すと、面食らったような表情をしていた。
「ありがとう」
そう言って煙草を受け取った彼女は、白い方に口をつけた。
逆だ。
その旨を伝えると、「だって吸ったことないもん」と暗かった表情を赤らめて言い訳をした。正しい向きで口をつけ直した彼女にライターを貸そうかと、提案したが、断られた。
最初からそのつもりだったのか、はたまたたった今気が変わったのかはわからないが。ひとまずは安心だった。
隣のブランコに座る彼女を尻目に、俺はまた煙草を咥えた。
それ以来、彼女は時たまここに来るようになった。来る時間帯はいつも深夜2時。連日来る時もあれば、三週間以上来ない日もあった。
だが、一ヶ月に一度は必ず来た。
半年もすると、出会ったばかりの頃のあの、今にもどこかに消えてしまいそうな雰囲気は薄れていた。それでもここに非行もどきのことをしに来るということは、まあ、まだダメなのだろう。
「ねえ」
突然そう言って、今日も彼女は吸わずに咥えただけの煙草を、俺に押し付けて去っていった。
さて。これは未成年(それも少女)が、口をつけた煙草である。彼女が持って帰るわけにもいかないことはわかる。しかし一度も吸っていない煙草を捨てるのも忍びない。というわけで俺は、いつからか用意した彼女専用の箱に、煙草を詰め直すのだった。我ながら気色悪い。
まあ、吸うよりはマシだろう。




