田尾風香さまのオーボエファイター木村
『木村の宝物』
この日、とある中学校の吹奏楽部に、一台の楽器が導入された。
それは、オーボエ。
パッと見た目、クラリネットに似ていなくもないが、違う楽器。明らかに見て違うのは、マウスピース。音を出すための吹き口だ。
吹奏楽部の生徒たちが興味深そうにそれを眺めている中、担当の先生は言った。
「今度からオーボエが加わります。やってみたいという人は立候補して下さい」
だが、その言葉に生徒たちは顔を見合わせた。
もうすでに生徒たちが演奏する楽器は決まっている。その楽器の使い方を覚えて練習しているのだ。今さら違う楽器を使えと言われても、二の足を踏む。
そんな中、一人の生徒が手を上げた。
「やるっ!」
その一言に、先生も他の生徒たちもギョッとした。その生徒は、木村。知的障害があり、音の出し方を覚えられず、譜面も読めない。簡単にできる雑用を行っている生徒だ。
別に、だからといって馬鹿にするつもりはない。けれど、彼女がどの楽器も演奏できるようにならなかったのは、確かな事実なのだ。けれど、木村は満面の笑みを見せた。
「やるっ! これだっておもったのっ!」
先生の手にあるオーボエを奪い取って、頬ずりをしていたのだった。
※ ※ ※
翌日、吹奏楽部の生徒たちは驚いてそれを見た。
音楽室で木村が腹筋をしていた。
その額にハチマキを巻いて、着ているのは制服ではなくTシャツ。そのどちらにも『オーボエファイター木村』と文字が書かれている。
「ええっと、木村、どうしたの……?」
「ふっきん!」
部長が困ったように聞くと、元気な返事があった。
「パパがね! がっきをふきたいなら、ふっきんしろっていったの!」
「……そうなんだ」
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、何かが違う気がする。と、そこに集まっている部員たちは思う。
「……ちなみにその……ハチマキとTシャツは?」
「パパがつくったー!」
その変なのを? とか、そもそもオーボエファイターって何だよとか言いそうになったが、部長は我慢した。
嬉しそうな様子から、木村がそれを気に入っているのが分かる。気に入っているものを馬鹿にされるのは嫌だろうと思う。だから、部長は物言いたげな他の部員たちを促して、さっさとその場を離れたのだった。
※ ※ ※
それから数日後。
腹筋ばかりでは駄目だから、そろそろ楽器を吹けと父親に言われたらしい木村が、オーボエを手に持っていた。ものすごく今さら感がある。ちなみに、『オーボエファイター木村』のハチマキとTシャツは健在である。
腹筋の効果はあったのか、吹けば音は出た。先生が指を教える。とりあえず、ドから高いドまでの指使いを教えて、「チューリップ」を吹いてみましょうかと言った。しかし、木村は困った顔をした。
「このオタマジャクシじゃわかんない」
「…………」
譜面を読めないのは相変わらずだった。そこも教えなければいけないのか、と先生がため息をつくと、木村が予想外のことを言った。
「だから、せんせいふいて!」
「…………」
オーボエを差し出されて、今度は先生が困った。チューリップくらいなら即興でも吹ける。けれど、木村が口にくわえたリードがそのまま付いている。そして、残念ながら代わりのリードを先生は持っていなかった。
間接キスは躊躇った。せめてアルコール綿で拭こうかと思ったが、気付いてネットを検索した。何も自分で吹く必要はないのだ。
無事YouTube動画を発見して、木村に聞かせる。それを思いの外熱心な顔をして聞いた木村は、聞き終わるとおもむろにオーボエを手にした。そして……。
「――っ!」
先生が目を見開いた。他の生徒たちも驚いて、練習を中断した。
木村は、完璧に「チューリップ」を吹いたのだ。
※ ※ ※
そこから木村の成長は早かった。演奏を一度でも聴けば、吹くことができる。譜面を読めなくても問題ない。皆と合わせることに最初は苦労したが、それも周囲の音を聞いて理解すると、できるようになっていく。
いつしか、木村のオーボエは吹奏楽の中心になっていった。最初は「変だ」としか思わなかったハチマキとTシャツも、それは木村の象徴として、見る部員たちに安心を与えるまでになっていた。
コンテストの上位に食い込み、最終学年では初の受賞を果たした。審査員たちは、木村のオーボエのソロ演奏の素晴らしさを力説していた。
そして迎えた卒業式。
「木村さん、ありがとねー」
「ホント、すごかったぜ!」
吹奏楽部の同級生や後輩に、木村は囲まれていた。それに嬉しそうにしている木村は、頼み事をした。
「あのね、これになまえをかいてほしいの」
差し出したのは『オーボエファイター木村』のTシャツ。皆が一斉に黙り込む。
「すっごくたのしかったから。記念に、おねがいします!」
取り出したのは、様々な色のマッキーペン。用意周到な木村に、周囲が笑った。口々に了承して、ペンを手にする。『オーボエファイター木村』のTシャツは、吹奏楽部員たちのカラフルな名前でいっぱいになった。
※ ※ ※
木村はその後もオーボエを続けた。知的障害は変わらない。譜面が読めないのも変わらない。けれど、木村の演奏は素晴らしく、共に演奏する人も聴衆も魅了した。オーボエ奏者の第一人者として、木村の名前が挙がるようになっていく。
世界中を飛び回る生活を木村は続ける。それでも、少しでも時間が空くと、木村は必ず自宅へ帰った。
そこにあるのは『オーボエファイター木村』のハチマキと、たくさんの人の名前が書かれたTシャツ。木村の、大切な宝物。オーボエとの出会いと、吹奏楽部で過ごした日々が、それにはすべてつまっている。
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素晴らしいです。こういう子が特別な才能もってたりしますよね。
オーボエは腹筋が必要とかいわれますし、頑張ったんだな。そして楽しかったんだな(°´˘`°)




