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無謀! 瞬発力企画2 会場  作者: しいな ここみ
第四回目 『オーボエファイター木村』
88/129

田尾風香さまのオーボエファイター木村


『木村の宝物』


 この日、とある中学校の吹奏楽部に、一台の楽器が導入された。

 それは、オーボエ。

 パッと見た目、クラリネットに似ていなくもないが、違う楽器。明らかに見て違うのは、マウスピース。音を出すための吹き口だ。


 吹奏楽部の生徒たちが興味深そうにそれを眺めている中、担当の先生は言った。


「今度からオーボエが加わります。やってみたいという人は立候補して下さい」


 だが、その言葉に生徒たちは顔を見合わせた。

 もうすでに生徒たちが演奏する楽器は決まっている。その楽器の使い方を覚えて練習しているのだ。今さら違う楽器を使えと言われても、二の足を踏む。


 そんな中、一人の生徒が手を上げた。


「やるっ!」


 その一言に、先生も他の生徒たちもギョッとした。その生徒は、木村。知的障害があり、音の出し方を覚えられず、譜面も読めない。簡単にできる雑用を行っている生徒だ。


 別に、だからといって馬鹿にするつもりはない。けれど、彼女がどの楽器も演奏できるようにならなかったのは、確かな事実なのだ。けれど、木村は満面の笑みを見せた。


「やるっ! これだっておもったのっ!」


 先生の手にあるオーボエを奪い取って、頬ずりをしていたのだった。



※ ※ ※



 翌日、吹奏楽部の生徒たちは驚いてそれを見た。


 音楽室で木村が腹筋をしていた。

 その額にハチマキを巻いて、着ているのは制服ではなくTシャツ。そのどちらにも『オーボエファイター木村』と文字が書かれている。


「ええっと、木村、どうしたの……?」

「ふっきん!」


 部長が困ったように聞くと、元気な返事があった。


「パパがね! がっきをふきたいなら、ふっきんしろっていったの!」

「……そうなんだ」


 間違ってはいない。間違ってはいないのだが、何かが違う気がする。と、そこに集まっている部員たちは思う。


「……ちなみにその……ハチマキとTシャツは?」

「パパがつくったー!」


 その変なのを? とか、そもそもオーボエファイターって何だよとか言いそうになったが、部長は我慢した。


 嬉しそうな様子から、木村がそれを気に入っているのが分かる。気に入っているものを馬鹿にされるのは嫌だろうと思う。だから、部長は物言いたげな他の部員たちを促して、さっさとその場を離れたのだった。



※ ※ ※



 それから数日後。

 腹筋ばかりでは駄目だから、そろそろ楽器を吹けと父親に言われたらしい木村が、オーボエを手に持っていた。ものすごく今さら感がある。ちなみに、『オーボエファイター木村』のハチマキとTシャツは健在である。


 腹筋の効果はあったのか、吹けば音は出た。先生が指を教える。とりあえず、ドから高いドまでの指使いを教えて、「チューリップ」を吹いてみましょうかと言った。しかし、木村は困った顔をした。


「このオタマジャクシじゃわかんない」

「…………」


 譜面を読めないのは相変わらずだった。そこも教えなければいけないのか、と先生がため息をつくと、木村が予想外のことを言った。


「だから、せんせいふいて!」

「…………」


 オーボエを差し出されて、今度は先生が困った。チューリップくらいなら即興でも吹ける。けれど、木村が口にくわえたリードがそのまま付いている。そして、残念ながら代わりのリードを先生は持っていなかった。


 間接キスは躊躇った。せめてアルコール綿で拭こうかと思ったが、気付いてネットを検索した。何も自分で吹く必要はないのだ。


 無事YouTube動画を発見して、木村に聞かせる。それを思いの外熱心な顔をして聞いた木村は、聞き終わるとおもむろにオーボエを手にした。そして……。


「――っ!」


 先生が目を見開いた。他の生徒たちも驚いて、練習を中断した。

 木村は、完璧に「チューリップ」を吹いたのだ。



※ ※ ※



 そこから木村の成長は早かった。演奏を一度でも聴けば、吹くことができる。譜面を読めなくても問題ない。皆と合わせることに最初は苦労したが、それも周囲の音を聞いて理解すると、できるようになっていく。


 いつしか、木村のオーボエは吹奏楽の中心になっていった。最初は「変だ」としか思わなかったハチマキとTシャツも、それは木村の象徴として、見る部員たちに安心を与えるまでになっていた。


 コンテストの上位に食い込み、最終学年では初の受賞を果たした。審査員たちは、木村のオーボエのソロ演奏の素晴らしさを力説していた。


 そして迎えた卒業式。


「木村さん、ありがとねー」

「ホント、すごかったぜ!」


 吹奏楽部の同級生や後輩に、木村は囲まれていた。それに嬉しそうにしている木村は、頼み事をした。


「あのね、これになまえをかいてほしいの」


 差し出したのは『オーボエファイター木村』のTシャツ。皆が一斉に黙り込む。


「すっごくたのしかったから。記念に、おねがいします!」


 取り出したのは、様々な色のマッキーペン。用意周到な木村に、周囲が笑った。口々に了承して、ペンを手にする。『オーボエファイター木村』のTシャツは、吹奏楽部員たちのカラフルな名前でいっぱいになった。



※ ※ ※



 木村はその後もオーボエを続けた。知的障害は変わらない。譜面が読めないのも変わらない。けれど、木村の演奏は素晴らしく、共に演奏する人も聴衆も魅了した。オーボエ奏者の第一人者として、木村の名前が挙がるようになっていく。


 世界中を飛び回る生活を木村は続ける。それでも、少しでも時間が空くと、木村は必ず自宅へ帰った。


 そこにあるのは『オーボエファイター木村』のハチマキと、たくさんの人の名前が書かれたTシャツ。木村の、大切な宝物。オーボエとの出会いと、吹奏楽部で過ごした日々が、それにはすべてつまっている。


2,266文字


素晴らしいです。こういう子が特別な才能もってたりしますよね。

オーボエは腹筋が必要とかいわれますし、頑張ったんだな。そして楽しかったんだな(°´˘`°)


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― 新着の感想 ―
しいな様 誤字報告送りました。ありがとうございます。全然気づかなかったです……。 他の皆様も感想ありがとうございます。返信は後ほど。
すごい! このお題を真正面から捉えて、しかもこの話に! これが『瞬発力企画』の作品だなんて! にこマーク4つ押させていただきました。 ありがとうございました。
まさかの吹奏楽部で、才能開花! 木村ちゃんは、オーボエとの出会いにビビッときたんでしょうねぇ。 運命の出会い。直感が成功に導かれるのはドキドキしつつスカッとしますね(*´꒳`*)
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