猫舌威さまのたこやき
『断罪されすぎて、もう飽きました。〜仕事に戻れ? もう遅いです〜』
私は、自由を掴む。
魔法薬学クラブの朝は早い。
授業開始の前に、放課後にクラブで使うトカチアーン薬の基本薬と、タコトネギノ薬の基本薬、それぞれの分量を量り混ぜ合わせておく。
私、ネコジッタ子爵令嬢が今日はその当番だった。
トカチアーン薬の基本薬は、ケイ・ラーンの卵を6個に、コナーが2キロ。薬液を約2.6リットル入れて、混ぜる。
その日の湿度や、コナーに含まれる水分量によって固さが変わるため、薬液の量は毎日が手探りだ。一気に2.6リットル入れるのはタブー。
ベストな滑らかさにするには毎回、微妙な薬液の調整が必要なのだ。
タコトネギノ薬も同様に難しく、こちらは焼いて形を整える作業がある。
トカチアーン薬よりも鉄鍋の温度が重要で、形を整えるには薬液が柔らかすぎても固まりすぎてもいけない。全体の温度を見渡す視野の広さが求められる。
大きくぷくりと膨らむのが最上級とされているため、膨らむまで根気よく待ち、膨らんだら次は焦げつかないようにしなくてはならない。
いずれも難しいが、楽しいしやり甲斐がある。
ウミゾイ学園では、これらの魔法薬をバザーで学生たちが販売し、売り上げの半分を修道院へ、もう半分がクラブの活動経費となる。
トカチアーン薬は子供のお小遣いほどの値段だが、タコトネギノ薬の値はその3倍だ。当然、出来が悪いと、お客さまから苦情がくる。
私のタコトネギノ薬は、8割方が膨らんでいる。
うん、まあまあの出来。
さっそくそれを、バザーに出品した。
「これ、ください」
今日初めてのお客さまは、町の子供だ。銀の硬貨を1枚握りしめた、3歳くらいの男の子。おつかいかしら? とても可愛らしい。
「タコトネギノ薬、ひとつでいいかしら?」
「たこ……やき?」
「タコトネギノやく、よ」
「たこ、やき、たこやき!」
うーん、ちょっと違うのだけど。
でもまあ、焼いて作るのだからいいか。
「うん、たこやき、ひとつね」
苦笑を隠し、硬貨を受け取る。ぎゅっと握りしめてたから温かい。
男の子はタコトネギノ薬の入った袋を抱え、喜んで帰っていった。
温かい魔法薬の効能で、貴方と貴方の家族が癒されますように。
そんな私の魔法薬を、離れて睨みつけている人がいることには気づいていた。
シレット子爵令嬢。
私を何かと目のかたきにする令嬢だ。
彼女の器の小ささはクラブの皆が知るところで、本人だけがそれを知らない。
クラブの皆と部長、学園長までも自分の言う通りに動くのだと本気で思い、実行している女生徒だ。
「ネコジッタさま、貴女のタコトネギノ薬、潰れているのではなくて?」
ホラ来た。
人を見れば粗探しをする彼女は、自分のタコトネギノ薬が売れていないことはおくびにも出さず、目を吊り上げて私に詰め寄ってきた。
「全て丸く、硬くするようにと私は先輩に教わったのですけど? 貴女は相変わらず、先輩の指導を無視するのね」
「私は先輩に、潰れているから失敗、硬いから成功とは教わってないもの」
温かいもの同士がくっついたら、そこが互いの熱で柔らかくなり、潰れてしまうのは仕方ないと思うのだけど。
そう返すと、シレットさまは私を睨みつけた。
先日、バザー会場でタコトネギノ薬を服用したお客さまがいた。「こんな硬いもの食えるか!」とご立腹で、別のものを渡そうとしたけど、それも硬いだろうと察したのか返金を要求した。
会計を担当していた修道士は、謝罪と返金をした。
私はその日、トカチアーン薬に忙殺されていたので、タコトネギノ薬を作っていない。
お客さまが服用したのは、今まさにタコトネギノ薬を作成しているシレットさまの、出来たてのものだったのだ。
シレットさまのそれは、もとは液体だったとは思えないほどに硬く、ガリ、と信じられない音を立てる。工程全てのタイミングが合っていないことを、その音が物語る。
外側の皮1、2ミリはカリッ、中はクリーミー、というのがタコトネギノ薬のベストのはず。
歯で噛み切れないタコトネギノ薬など、もはや金を取ってはいけない失敗作だ。
尊敬するライデン先輩は、本当にその硬さが正解だと彼女に教えたのか。そんなわけはない。
その突き返された事件は、クラブの皆も他のお客さまも見ている前で起こった。
その羞恥と鬱憤を、数日後に私に当たって晴らそうとしているのは明白だ。
なんて迷惑な。
「もういいわ! 部長に報告させてもらうわ。私の注意を聞かないってね!」
「ご自由に」
部長の返事は分かっている。
この面倒くさい令嬢のヒステリーをかわすため、曖昧な顔で「そうだね」と同意する。
虎の威を借りた彼女は、意気揚々と私に説教してくる。そういう流れだ。
ご自由に。
私の感情はあきらめを通り越し、自我を保つためだけのものになっていった。
月末。
魔法薬の在庫調べを、いつもは私に押しつけるのに、珍しく「私がやるわ」とシレットさまが言ってきた。
私はある予感がしていた。
月末に合わせてシビアに在庫管理していた私に反抗して、彼女は大量にトカチアーンを発注した。それが思ったように消費されず、大量の在庫を抱えていたのだ。
これでよし、と彼女が提出した在庫数をチラリと見たら、案の定。数が少なく記入されていた。
こんなことだと思った。
ため息をつき、私はシレットさまを呼びとめる。
「シレットさま、在庫はこんなにあるのよ? あの数字は何?」
「私は先輩からこう聞いたのよ! ふたつのトカチアーンを容器に入れて、それをひとつと数えろって!」
「ありえないわ。ひと袋いくら、で在庫は計算するのよ。先輩の教えだとしたら、先輩が間違ってる。正確に記入して」
私の指摘に分が悪いと判断したのか、シレットさまは「そ、そうよね……」と低く呟いて数字を訂正していた。
しかし、その数分後。
数が2倍になった数字の訂正を疑問に思ったクラブの顧問が、シレットさまに事情を聞いた。
彼女は私を指差し、叫んだ。
「貴女が数をごまかせって言ったんじゃない! 私はそう聞いたわ! だから私が訂正したんじゃない!」
…………は?
顧問が「まあまあ落ち着け」と、ヒステリックな彼女をなだめる。
その光景は視えていた。
視えていただけだ。何の感情もわかない。
怒りすら。
呆れすら。
顧問の背中は、真偽などどうでもいいと、とりあえず『在庫の数え方が違っていたから訂正した』という事実だけ理解したと、そう言っていた。
私の『弁解』は不要と。
私の口角は上がっていた。
もはや喜劇だった。
「部長、私、今月いっぱいでクラブを辞めて良いですか」
翌朝のクラブの部屋は、清々しく見えた。
「何故!?」と彼は驚いていた。
何故、って。
(貴方が味方してくれないからですよ)
とは、言えなかった。
気づいてもいないのかしら。クラブの中のヒビ割れに。もう補修しようもないほど壊れた空気に。
シレットさまを何とかしてくれと、彼女の味方ばかりしないでくれと、私が訴えていれば変わっただろうか。
否、変わらなかっただろう。彼女は自分がクラブの頂点だと信じている。部長何するものぞ、だ。
その割には頂点たる責任からは逃げまくっているのだけど。
部長はそんな彼女と関わりたくない。いや、誰も関わりたくないだろう。面倒くさいからだ。
「もう、疲れたのです。体力的にも、精神的にも」
部長は渋々ながら同意した。
その同意が叶うことを今は祈ろう。
自由になれると。
私の技術は埋もれることになる。
もう、タコトネギノ薬……あの子のたこやきを作ることもなくなる。
少し寂しいけれど。
私には、初めて未来が明るくみえた。
それに、大きな意趣返しもできるしね。
「さて、シレットさまには私の仕事を引き継いでもらわないとね。トカチアーン薬とタコトネギノ薬の名前付与の術式と、隣の魔法生物研究クラブのお手伝い全部と、新薬お披露目のポスター製作と各部所への新薬の通達、バザーでの計算魔道具のトラブルは毎回違うからその対処法と、魔道具の数代前の術式が今度復活すると言ってたし……。これ全部できるの私だけだったのよね。今まで逃げてた分、覚えてもらうことは山ほどあるわよ、シレットさま」
戻れと言われたって、もう遅いですからね?
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たこやきみたいな薬だったら私、いくらでも飲ん…喰ってやるわ(*´﹃`*)描写と詳しい調合量がうまそうでした




