二角ゆうさまのたこやき
二つ結びを上下に揺らしながらナナはキラキラと光る海へと駆けていく。
魚特有の生臭さが潮風に乗ってくる。
空を気持ちよさそうに鳥が飛んでいく先には停泊しているヨットや、漁船がいくつも見える。
ポート・グラウセンはその名の通り港町だ。
港の端に見慣れない人たちが何かを取り囲んでしゃがんでいる。
父のトウジンから離れ、その人集りに近づいてナナは顔を輪の中に突っ込んだ。
薄い赤色のグネグネした生き物。
表面はぬるぬるしているように鈍く光っている。
「それなぁに?」
ナナの声に大柄な男たちが一斉にこちらを向いた。
一重の鼻の低い人たち。
異国の言葉。
誰がか何かを発して、それに他の男たちが頷いている。
「⋯⋯タ⋯⋯コ⋯⋯タコ⋯⋯」
会話の中に同じような音が混ざる。
「たこ?」
ナナは男たちの目を覗き込んで聞くと、目を大きくして頷いている。
(これは“たこ”というのね!)
「タコ! ターコ! ターコ!」
ナナが嬉しそうに大きな声で呼ぶと、なぜか男たちは訝しげな顔に変わった。
大声で呼んではいけない名前らしい。
ナナは小さく頷いた。
その時、遠くで父の呼ぶ声がしたので、顔を上げてみる。ナナは父を呼びながら手招きした。
近くにやってきた父は“たこ”を目の前に眉間に皺を寄せる。
「お父さん、これは“たこ”って言うらしいの。でも大声で呼んではいけないのよ」
「なんだそれは⋯⋯?」
なんだそれはと聞かれてもナナにも分からない。
「この“たこ”はどうするんですか?」
父の声に異国の言葉が返ってきた。
「あっちゃー、東洋の使節団か。言葉が通じないな」
ここ数日、この港に停泊しているらしい。
父はたこを指さし肩と手を上げる。
それを見た東洋人は開けた口を閉じてひと呼吸した。
手の平を空へ向けそこにもう片方の手を小指側から落とす。
(何かを切っているのかな?)
空へと向けた手の平はまな板、もう片方は包丁に見える。
「お父さん、たぶん“たこ”を切っているんだよ」
ナナの言葉に頷いた父はたこを指さして、同じジェスチャーをした。
「“たこ”。切る?」
“おぉ!”と声が上がり、嬉しそうに頷く東洋人たち。こちらも顔が緩む。
「切って、どうする?」
今度はナナが首を傾げる。
「食べ⋯⋯もの、ばく、だ」
ナナは聞こえた言葉を繋ぎ合わせる。
「食べ物爆弾!?」
父の方に慌てて振り向くと、ナナは涙目。
「お父さん、“たこ”が爆発するよ!」
ナナたちの反応に口を尖らせる東洋人たち。
親指と人差し指で丸を作るとナナの目の前に差し出してくる。
「食べ物、ボール」
東洋人はその丸を口に入れる真似をしながら、はふはふと音を口で立てる。
それを見たナナは面白そうに笑う。
「熱そう! それに何か食べてるみたい!」
「本当だ。美味しそうだな」
ナナと父も真似をする。
すると東洋人たちも嬉しそうな顔になる。
「たこやき!」と東洋人。
「たこ⋯や、き!」とナナ。
「たぉこ、やくぅ」と父。
皆で笑う。
話してみると、たこはたこやきの材料らしく丸く焼くらしい。
どうやって小さな丸形の食べ物を作るのか。
「トウジン、ナナ、お待たせ!」
父の仕事仲間のガラドが声を掛けてきた。
ナナと父はこれまでの経緯を説明する。
「なるほど、丸く焼く食べ物⋯⋯エイブルスキーバーに似てるのかな」
ナナはキョトンとしている。
父はその様子を見て、ガラドは北部出身のことを説明する。北部には焼いた丸い生地に粉砂糖や蜂蜜をつける甘いお菓子らしい。
ガラドは「ちょっと待ってて」と言い残し姿を消した。
数十分後、戻ってきたガラドの手にあるものを何度も指さし声を上げる東洋人。
「なんか合っているらしいな」
鉄のプレートに半球ほどの凹みがいくつもある。実際に東洋人たちがそれを手にすると何かを言いながらも笑っている。
ナナたちも嬉しくなり歓声を上げた。
その後も繰り返し、小麦粉、卵など必要な材料を揃えていく。
そしてなぜか増える人集り。
これを小さく切るだの、よく混ぜるだの、ジェスチャーだけでやりとりをしてようやく焼くことになった。
東洋人は生地を半球のフライパンに流し読むとたこを投入。
「ノー」と父とガラドは必死に“それは駄目だ”とアピール。
「ノ〜!」と東洋人は腕を組んで首を横に振る。
父とガラドは負けたようだ。
器用に竹串で丸くしていく。
「おぉ〜凄い!」と歓声を上げるナナ。
そこにどこからか茶色のソースと黄色のソースがかかった。
東洋人は自信満々に皿に乗せた“たこやき”を見せる。
さすがにそれを見て固まる人々。
肩を落とす東洋人。
そして手の平を地面に向けると、その手を前に滑らす。
そしてくねくねと手と足を動かす。
これはさすがに皆分からない。
それを見た他の東洋人が笑いながらも同じ真似をする。
「カツ⋯⋯ブシ!」と何度も繰り返す。
そのうちにナナは短く声を上げると明るい声を出した。
「分かったわ! カツブシの神さまにお礼のダンスをしながら食べるのよ!」
ナナは受け取ったたこやきをはふはふとしながら食べる。
「美味しい!」と声をあげ、同じように手を前にした後くねくねダンスをする。
「カツブシ!」
喜ぶ東洋人。それを見て喜ぶ港の人たち。
皆は笑っている。
仲間に向ける顔と同じ。
港にいた人たちも皆真似して食べてはくねくね、食べてはくねくね⋯⋯。
弾む声は港中に響く。
そして楽しく食べて踊る。
あっという間に暗くなった辺りに残念そうに手を振る東洋人たちとナナたち。
疲れたナナは父の背中に乗った。
帰り道、夜空に浮かんだ満月を見つけた。思わず指をさす。
「ねぇ、お父さん、たこやき! また、食べたいね」
「そうだな」
二人は家に着くまで月を見続けていた。
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異文化交流は難しいけど楽しい٩( 'ω' )و




