二角ゆうさまの青空
深夜の静まり返った頃、夜とは似つかわしくないほどの閃光を放つ赤白い飛行物体が目の前を通り過ぎていく。
頭を捻ってその姿を追っていくと遠くの山の奥に落ちていった。
あの距離なら隣国か。
ほっと胸に当てた手で自分の温かみを感じる。
ほっと⋯⋯?
隣国ならいいのか?
そう思ったのも束の間、またあの閃光は空を駆ける。今度は追いかけっこするように閃光の後ろから違う閃光。
今度は北の方へ飛んでいった。
ざわり。肌が粟立つ。
草むらに座っていた青年は震える手を草について力いっぱい押し上げる。
足を地について走り始めた。村の鐘の木組みに登り始めた。
ちくり。勢いよく手を引くと木組みのささくれに刺さった指から丸い血の玉が浮かび上がる。
青年は上を見る。その手を伸ばす。木のガサガサとした感触をしっかりと確かめて登る。
ぬるり。肌がズル剥け手が滑る。
青年は顔を歪めながらも、足で木を大きく下へ蹴る。青年は鐘に届いた。
カラーン。カラーン、カラーン。
静寂に割り込む固い音。
鐘は鳴らすほど共鳴していく。
空気を振動させ鐘は幾重にも重なる。
しばらくすると鷲に乗った仲間がやってきた。
「助かった。ここはもう大丈夫だな。あとは俺たちがやるからここで休んでろ」
仲間は青年を労い肩をしっかりと抱く。
そこへ青年の赤茶色の手が仲間の肩を掴む。
仲間は血の匂いに青年の手を見ると、大きく目を見開いた。
「ガラド、もう十以上の謎の閃光が西や北の国に落ちている。間に合わなくなる」
「トウジン⋯⋯」とガラドの濁声が聞こえる。
「俺の後ろに乗れ。まだ半分以上⋯⋯三十箇所は鳴らされていない」
北東第二部に充てられた鐘は五十箇所。
一人で夜明け前までに歩いて鳴らせるのは二箇所がいいところだろう。
北東第二部隊は三班しかいない。
貴重な大型鷲を所有するこの部隊は広域を任されている。
この鐘を鳴らすことにより地面を揺らし、鐘の魔法陣を起動させる。巨大障壁を作るためだ。
すべての鐘を鳴らすまで、この障壁は現れない。
国中に設置された鐘は千を超える。
その鐘を警鐘隊が鳴らしていく。
出来るだけ早く行わなければいけない。
すべての鐘には魔法陣が描かれており、鳴らすと、普通の人は聞くことのできない波数の揺らぎを発する。
それを聞き分けて、どの鐘が鳴らされたのか把握していくのだ。
今や道も空も国中の警鐘隊が空を駆け巡っている頃だろう。
ガラドとともに最短ルートを探りながら鷲に乗る。
ガラドは魔力で鷲を操縦するため、移動だけでも疲労するのだ。
十五個目を鳴らした時には、一度鷲のバランスを崩して落ちかけた。
トウジンは魔法が使えない。そのかわり背の高い木の枝などは後ろから剣で薙いで避ける。
崖の多い場所では、トウジンは降りて鳴らしに行くと言った。疲労困憊のガラドは小さく「トウジン、すまない」と呟いた。
第一班と合流する頃には、残り五個になっていた。
走って鳴らしに行く。すでに隣国には二十以上の閃光が落ちている。
「あっ!!」
あの赤い閃光だ。トウジンたちの後ろを通っていく。
轟音。
瓦礫が崩れ、岩が落ちる音が聞こえてくる。すぐに土煙を上げ、土の匂いが鼻腔をくすぐる。
「落ちた!」と何人もの声が聞こえる。
「ガラド、トウジン、大変だ。王都の一番高い塔の鐘が鳴らされていない。あの赤い閃光を受けて半分崩れている」と二人に合流した部隊長・カーグル。
話を聞くと崩れかかった塔には登れないようだ。高い飛行技術がないと鐘までたどり着けないという。
二人は頷くと鷲に飛び乗った。
鐘は大きくひしゃげた塔から水滴を垂らすように鐘だけが宙を揺れている。
鐘は三回鳴らさないといけない。
周りを大きく旋回するが鷲の翼が大きすぎてうまく近づけない。
「コツは掴んだ。トウジン、次で寄せる」
ガラドは震える手で手綱を掴みながら、声を張り上げる。
急旋回で狭い鐘との隙間に飛んでいく。
鐘を鳴らすための手袋をつけ直すと、トウジンは背筋を伸ばして待つ。
鐘につけられた紐はすでに落ちているため、鐘の舌を直接鳴らす。
急旋回の間──わずか0.8秒、トウジンは瞬きもせず自分の手と舌の距離を調整して触れる。
重い金属に指が触れた。
ゴウウゥウウゥン。
三メートルにもなる大きな鐘がなった。
(まずは一回目⋯⋯)
トウジンは胸で息をしている。
ガラドは鷲を旋回させながら周りを観察する。
重低音⋯⋯横の建物が斜めに滑り出る。
「ちっ⋯⋯同じ手は使えない⋯⋯急降下で近づく!」
「ガラド、手の震えがやばいぞ。意識で飛ばすなよ」
手の大きな震えは魔力切れのサインだ。
チャンスはあと一回⋯⋯どうやって二回鳴らすか。
「うるさいぞ! 急降下した後、急上昇するからそれで二回鳴ら⋯⋯せ!」
ガラドの声は掠れている。
鷲を空高くまで飛ばすと街が一望できた。
隣国の方は大きな煙が上がっている。
また閃光。今度はこっちに遠くから向かってきている。
視界がいきなり左に揺れた。鷲が急降下を始めた。痛いほど顔に風が吹いてくる。風は当たっては左右に流れる。
見逃すまいと目をなんとか開けてみる。
鐘との距離は後、
五十
三十
十
九
八
七
六
五
四
三
二
一
⋯⋯
「今だ!」
ゴウゥウウゥゥゥン
すると直後に軋轢音。
鐘が大きく傾いた。
吊り上げられていた部分が割れた。
破片とともに地面に引き寄せられるように落下していく。
ガラドがトウジンの方に振り返る。
トウジンは宙を舞った。
「トウジンー!!」
重力に比例してどんどん落ちていく。
鐘は三メートル、重さ百キロ超。
先に落ち始めたトウジンにすぐに追いつくだろう。
視界の端に閃光が見え始める。
トウジンは風を受けながら、手を伸ばす。
「あとちょっと」
鐘が落ちてくる。
「届いた!」
トウジンの指にしっかりと鐘の舌の感触が伝わる。
ゴウゥウウゥゥゥン──。
その振動はどんどん大きくなる。
共鳴する鐘の音。国中に振動だけが伝わる。透明な障壁が国中を覆い始めた。
先程の閃光が上空まで近づいていた。
ピキンッ──。
巨大障壁が国の上空を覆う。
閃光は障壁の上で弾けた。
「よかった⋯⋯」
それを見たトウジンの体はふっと力が抜ける。
(あっ着地のこと、考えていなかった⋯⋯)
衝撃とともに辺りは暗くなった。
* * *
辺りはすっかり明るくなっていた。
全身包帯まみれのトウジン。
あの時、部隊長のカーグルが下で受け止めてくれた。
トウジンは奇跡的に全身打撲ですんだ。
一方、カーグルは両腕粉砕骨折。
ガラドは魔力を消耗しすぎて動けなくなっていた。
この外見だけなら情けない三人は小高い丘から街を見ていた。
「今頃、騎乗隊は英雄だろうな」
「そりゃ、そうだ。あの閃光を吐くモンスターとでも戦ったんだからな」
そう憎まれ口を叩くトウジンとガラド。
「でも、お前たちは警鐘隊の英雄だ」
「隊長、格好良いっすね」
「あっ俺もそう言おうと思ってた」
大抵仕事は深夜に行われることの多い警鐘隊。
明るくなったこの穏やかな青空を見るのが一番のご褒美だと誰もが知っていた。
「あー青空が眩しい」
(おしまい)
2,785文字。即興でこれはお見事な妄想力٩( 'ω' )و
アニメのワンシーンみたいでした。
やっぱり何かをやり終えたあとの青空って、いいね!
>今や道も空も国中の警鐘隊が空を駆け巡っている頃だろう。
誤字報告くだされば直します。(しいな)




