かぐつち・くまナぱ(便乗期間限定w)さまのお金
『金糸の魔女 ― アウレリア』
その魔女の名は、アウレリア・ヴァン・グリード。
かつては貧しい商人の娘だった。
帳簿と借用書に囲まれて育ち、幼い頃から知っていた。
人は罪よりも、貧しさに怯えることを。
父は誠実だった。
──だが、誠実さは金にならなかった。
客は踏み倒し、友が裏切り、同業者に稼ぐ手立てを奪われた。
正直者の家族は、最後に飢えて死んだ。
その凍える夜、死の間際に父は言った。
「金さえ…あれば…」
その言葉は、少女を呪い、やがて彼女は姿を変えた。
長い金糸の髪は溶けた硬貨のように艶めき、瞳は純金の虹彩。
瞬きをするたび、かすかに金粉が散る。
白い肌には、細い金の亀裂のような紋様。
それは血の代わりに流れる、呪いの回路。
ドレスは黒。
だが光が当たると、無数の数字が浮かび上がる。
──金利、配当、相場、延滞。
彼女は金の魔力を操る。
触れた者の欲望を増幅し、小さな「足りない」を、巨大な『もっと』に育てる。
彼女は与える。
好奇心だけで買った、宝くじの当選。
期待していなかった、投資の成功。
それは、一夜の大儲け。
だがそれは、餌。
甘い成功体験という名の、毒。
◇◇◇
──男は平凡な会社員だった。
家族がいて、慎ましく暮らしていた。
だが心のどこかで思っていた。
(――もっとあれば──)
ある夜、アウレリアは彼の前に現れる。
「あなたには才能があるわ」
金色の瞳が揺れる。
彼女はささやく。
「ほんの少し、勇気を出すだけ」
株は急騰する。
暗号資産は倍になる。
周囲は驚き、男は称賛される。
妻は笑う。
子は誇らしげに父を見る。
アウレリアは微笑む。
「ほら、金はあなたを選んだ」
──やがて男は、守りを捨てる。
退職金を投入。
家を担保に借入。
信用をレバレッジに変える。
「次で最後だ」
その言葉を、彼は何度も使う。
アウレリアは止めない。
止める魔女ではない。
彼女は増幅する。
欲望を。
恐怖を。
焦りを。
※私に触れるの?
そこから『金糸の欲望』(動画リンク)へと……堕ちてもいいのなら。※
【これは歌詞……それとも?】
《足りない、から始まった
紙幣の軽さが、男の背骨を曲げた
もっと、の声に応えてくれる者は多かった
数字が膨らみ、自尊心がそれに寄り添った
もっと、もっと!
その一言で、未来を前借りする
金は大きな音を立てて羽ばたき去る
だか、借金は静かだ
通帳の字と共に、男を削る
金が欲しいのではない。
金で、自分を買い戻したのだと…》
──暴落は、一瞬だった。
画面が赤に染まる。
数字が、金が、溶ける。
男の呼吸が荒くなる。
「まだ戻る……戻るはずだ……」
しかし、待つのは──破産。
家族は去る。
友人は距離を置く。
電話は鳴りやまない。
男は、いつしか夜の橋に立っていた。
アウレリアは、背後から抱きしめる。
冷たい腕。
「あなたは、金が欲しかったのではない」
耳元で囁く。
「──選ばれた自分が欲しかったのよ」
足元に、金貨が一枚転がる。
拾おうと身をかがめた瞬間、──足を滑らせる。
つめたい水音。
──翌朝、ニュースは短く報じる。
『投資失敗による自殺か』
──アウレリアは、高層ビルの屋上に立つ。
金の髪が、夜風に揺れる。
彼女の足元には、無数の魂の欠片。
それらは金色に光り、やがて彼女の髪へと溶けていく。
彼女は呟く。
「人は滅ぼされるのではない」
男のモノと思われる魂もまた、金糸に変わっていく。
「自分の欲望で、自ら堕ちるの」
遠くでまた、誰かの声が聴こえる。
(──金さえあれば──)
アウレリアは微笑む。
その瞳は、次の獲物を映していた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
部屋の窓の外には、都市の灯りが滲んでいた。
「……今月、ピンチだ……」
部屋の主は、赤い縁の眼鏡の奥、眉をひそめた。
──スマートフォンの画面が、淡い青色に光る。
《異常な感情増幅波を検知》
「…なに、それ?」
《欲望指数、急上昇中。空間湾曲を確認》
次の瞬間。
窓の外の闇が、金色に裂けた。
ゆっくりと現れる。
溶けた硬貨のような長い髪。
純金の虹彩。
黒いドレスの表面を走る数字。
金糸の魔女──アウレリア・ヴァン・グリード。
「……きれい」
思わず、窓から見上げる元子は、そう呟いた。
ゆるやかに高度を下げ、魔女は微笑む。
「あなたが、あの青空の子?」
声は柔らかい。だが冷たい。
ヒビキの画面に警告が走る。
《対象:契約なき悪魔。
能力:欲望増幅型。
極めて高リスク》
「まあ、失礼ね」
アウレリアは窓枠に腰かける。
「私は与えるだけ。選ぶのは人間」
金の瞳が、元子を映す。
「あなたも欲しいでしょう?」
「なにを」
「成功」
部屋の壁に、数字が浮かぶ。
PV。
ランキング。
評価数。
「……」
元子の喉がわずかに鳴る。
「あなたには才能があるわ」
魔女の言葉。
一瞬、元子の心が熱くなる。
《警告:自己承認欲求の急上昇》
ヒビキが割り込む。
「うるさい」
「ほら」
アウレリアが指を鳴らす。
元子の作品ページが表示される。
いいね:10万
年間ランキング1位
出版社からの連絡あり
「ほんの少し、勇気を出すだけ」
「どうやって」
「読者が欲しいものを書けばいい」
甘い声。
「青空なんて曖昧なものじゃなくて。
もっと刺激的に。
もっと過激に。
もっと、もっと」
数字が膨らむ。
評価が増える。
称賛のコメントが流れる。
元子の胸が、ざわつく。
そのとき──
《質問します》
ヒビキの声は、いつもより低い。
《あなたは何が欲しいのですか》
アウレリアが笑う。
「決まっているでしょう。──選ばれることよ」
《元子。あなたは?》
沈黙。
金の光と、青の残像。
元子は、ゆっくり言う。
「……私は」
思い出す。
屋上。
青空。
まだ始まったばかりの物語。
「選ばれたいんじゃない」
アウレリアの瞳が細くなる。
「なら?」
「今の私は、投げたいだけ」
ヒビキが静かに光る。
《確認:創作動機=表現衝動》
「青空に放つの」
「その反応を見てみたい」
金色の数字が一瞬、揺らぐ。
アウレリアは微笑みを消さない。
「きれいごとね」
「そうかも」
元子は恐れずに窓に近づく。
「でも、増やしたくない」
「なにを?」
「“もっと”を」
元子の声に、ヒビキが続ける。
《対象は欲望を増幅します。
しかし、欲望が存在しなければ増幅できません》
アウレリアの髪がわずかに揺れる。
「あなたに人間としての欲望がない、とでも?」
「あるよ」
元子は頷く。
「でも、それを燃やすか、灯すかは、違う」
ヒビキの画面に、あのサイバー青空が映る。
光のグリッド。
層になった雲。
《これは増幅であり、接続です》
アウレリアの周囲の金粉が、青い光に触れて弾ける。
「……面白い子」
彼女は立ち上がる。
「覚えておきなさい。いつかあなたも言うわ」
金の瞳が細くなる。
「“金さえあれば”と」
「言わない」
「──断言は呪いよ」
ひらり、と夜へ魔女が溶ける。
部屋に静寂が戻る。
元子は深く息を吐く。
「ヒビキ」
《はい》
「私、危なかった?」
《欲望指数、臨界手前》
「やっぱり」
《しかし、あなたは増幅を選ばなかった》
元子は机に座る。
「ねえ」
《はい》
「次のテーマが“金”だったらどうする?」
ヒビキが一瞬、沈黙する。
《興味深い対立構造です》
元子は笑う。
「じゃあ、書こう」
《対抗しますか》
「違う」
キーボードに指を置く。
「対話する」
画面に『作品作成・編集』が開く。
『新しい作品を作成』──タイトル未定。
夜はまだ長い。
青と金は、まだ決着していない。
◇◇◇
午前八時。
第二回目のお題は、──『お金』だった。
常磐元子は、画面に表示されたその二文字を、しばらく見つめていた。
「来たね」
《予測一致率、87%》
ビキが静かに光る。
《前回接触対象:金糸の魔女。関連性高》
「うん」
元子は、深く息を吸う。
「逃げない」
白い投稿画面を開く。
カーソルが点滅する。
(お金。──私にとっての、”お金”とは──)
元子は、テーマからイメージを浮かび上がらせる。
父の背中が浮かぶ。
通帳。
赤字。
ため息。
そして、あの言葉。
『金さえあれば』
元子は、打ち始める。
>私にとってお金は、数字だった。
通帳と呼ばれる紙に並ぶ、冷たい記号。
増えれば安心し、減れば不安になる。
人の顔色まで変えてしまう、不思議な力を持つもの。
子どものころ、私は思っていた。
お金があれば、机にしがみついていた父は笑うのだと。
お金があれば、母は歌をやめなくて済んだのだと。
お金があれば、兄は家を出ることもなかったのでは、と。
お金があれば、きっと何も壊れなかったのだと。<
ヒビキが静かに解析する。
《感情値、安定。増幅兆候なし》
「うん。今回はね」
元子は続ける。
>でも大人になるにつれて、私は知った。
お金は魔法ではない。
それは、約束の形だ。
「ありがとう」と「ごめんね」と「またね」を、
あとで交換するための、仮のしるし。
なのに人は、ときどき忘れる。
しるしを、目的にしてしまう。
約束よりも、数字を抱きしめてしまう。<
──部屋の窓の外で、風が鳴る。
金の残像が、一瞬だけ揺れた気がした。
「……見てるね」
《観測感知:微弱な金属性反応》
元子は、少し笑う。
>私はいま、お金が欲しい。
たこやきを買うために。
本を買うために。
明日の電車に乗るために。
それは、きっと悪いことじゃない。
でも、もしも。
お金があることで、
誰かより上に立てると思いはじめたら。
お金がないことで、
自分に価値がないと感じはじめたら。
そのとき私は、
数字に名前を奪われてしまうのだと思う。<
窓から金色の粒が、部屋に吹き込んでくる。
《欲望指数、上昇なし》
「大丈夫、続けて──書ける」
>お金は道具だ。
包丁みたいなものだ。
肉も切れるし、心も切れる。
だから私は、
お金を握るとき、
自分の手が震えていないかを確かめたい。
誰かを傷つけるためじゃなく、
誰かと分け合うために使えているかを。<
ヒビキが、柔らかく光る。
《結論部、推奨》
元子は、最後の一文を打つ。
>だけど──世界に、お金がなくなったら困る。
もしも世界から、
「あなたには価値がある」という言葉がなくなったら、
もっと困る。
だから私は、
お金を追いかけるよりも、
誰かの空に、物語を放ちたい。
青空の下で笑えるくらいの、
ささやかな残高があれば、私は、それでいい。
(了) <
一息を放ち、指は、投稿ボタンを押す。
沈黙。
部屋には、蛍光灯の光。
ヒビキが言う。
《増幅を選びませんでした》
「うん、前とは違うかなって」
《後悔は》
「ない」
言い切った彼女の顔は、満足の光を灯していた。
◇◇◇
──そのとき。
窓の外のビルの屋上に、金色の髪が揺れる。
アウレリア。
彼女は微笑む。
「やはり──綺麗ごとね」
だがその瞳は、わずかに楽しそうだった。
「でも嫌いじゃないわ」
金粉が夜に溶ける。
「介入──」
『”一枚”』
◇◇◇
『一枚』
水音は、確かにした。
だが――男は死ななかった。
冷たい衝撃の直前、時間がわずかに歪んだ。
男は川岸に横たわっていた。
全身は濡れ、呼吸は荒い。
だが、生きている。
夜の橋の上には、誰もいない。
ただ、風だけが吹いている。
男は震える手を見下ろす。
握っている。
何かを。
開く。
金貨が一枚。
月明かりを受けて、鈍く光る。
「……なんで」
それは本来、罠だった。
最後の選択を歪めるための重り。
拾わせ、かがませ、身を落とさせるための金。
男は立ち上がる。
すべて失った。
だが今、その冷たい金貨は。
確かな、一枚として、男の掌にある。
──川向こうの高層ビル屋上。
金糸の髪が揺れる。
アウレリアは微笑む。
「さあ。どう育つかしら」
興味深そうに。
◇◇◇
《欲望指数ゆるやかに低下。地点観察中》
「助けたの?」
元子はヒビキに問いかける。
《定義修正:救済ではありません》
ヒビキが静かに言う。
《補足:最小単位への還元》
「……そうか、ゼロからは増幅できないから、”選択”を戻しただけなのね?」
元子は、窓を開けて、夜空を見上げる。
「──なら、ゼロからでも、人は夢を見られる」
《読者、増加中》
画面の数字が、1になる。
元子は、それを見つめる。
たったひとつ。
でも、確かに誰かが。
「ヒビキ」
《はい》
「これが、私の“お金”かもね」
《新定義:信頼残高》
元子は笑う。
「どう生きるか、だよ」
──お金は、ただの道具である。
呪いでも、祝福でもない。
それをどう意味づけるか。
それが人間だ。
──夜が明ける。
窓の外に、金色ではない、青い光が、街を照らし始めていた。
第三回のテーマは、まだ知らない。
でも。
もう、怖くなかった。
4,901文字ฅ(º ロ º ฅ)
ちなみに次のお題をあたなは既に本文中に書いている!
『アウトリア』は誤字でしょうか? 誤字報告くだされば適用いたします。




