藤村 としゆきさまのゲシュタセット
「こんにちは。うちの医院は初めてですね?」
「はい」
「どんな症状でしょうか?」
「はい。私は、見慣れているはずのものが、認識できなくなるときがあるんです」
「ほう。どんなものが認識できなくなるのです?」
「身のまわりの物、どれにでも起こるんです。家具、車、建物、……妻の顔など」
「なるほど。どんなものにでも、ですか?」
「はい、ときには空や信号機にまで起きることもあるんです」
「うーん」
医者は、しばらく横を向いて考え、やがて言った。
「症状は、『ゲシュタルト崩壊』ですね」
「え、なんですかそれは?」
「文字などを見つめていると、記号として認識できなくなることがありませんか?」
「……まあ、そういうこともあったような」
「それが『ゲシュタルト崩壊』なのですが、あなたの場合、それがすべての対象に起きているようですね」
「すべての?」
「目に映るすべてのものに、です」
「はあ……。それで、どうすれば」
「大丈夫ですよ。この症状は、記憶は正常なので、ただちに生活に支障が出るようなことはありませんから。薬を処方しておきます」
────3日後
「症状はどうですか? 薬は効きましたか」
「全然ですよ、先生。前よりひどくなっています。実は、交通事故を起こしてしまいまして」
「事故! どうしたんですか?」
「私の過失なんです。赤信号で進んでしまったのです」
「赤信号では止まらなければいけないのは、分かってますよね?」
「はい。頭では分かっています。なのに認識できないんです。どうしてでしょう?」
「これは……、『ゲシュタルト崩壊』の症状が進んでいますね」
「ど、どういうことでしょう?」
「つまり、『ゲシュタルト崩壊』が、あなたの『マインドセット』にまで及んでいるということです」
「え? マインドセットってなんですか」
「マインドセットとは、一言で言えば、あなたの『信念』です。社会的、個人的なあなた自身の行動の規範が、バラバラになっているようです」
「は、はあ……」
「それは、『何をするべきか』、あるいは『何をしてはいけないか』、という行動に表れるわけですよ」
「……なるほど。先生、そういうことだったんですね」
「はい。だから、『赤信号では進んではいけない』、と知っているのに、進んでしまった、と」
「『してはいけない』とわかっているのに、やってしまったわけですね……」
「そうです。それで、治療ですが……」
「実は、さっきから、先生の顔もゲシュタルト崩壊しているんですよ」
「ああ、やはり症状が進んでますね」
「この前は、先生と初めて会ったから大丈夫だったんです。今は、先生を知っているのに、誰だかわからないんです」
「そうですか。あれ? ……どうしました? なぜ、包丁なんか持っているんです?」
意味なんて元々ないですからね。
人の命にも……(*^^*)




