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無謀! 瞬発力企画2 会場  作者: しいな ここみ
第六回目 『ゲシュタルト崩壊』『マインドセット』
142/155

斉藤寅蔵さまのゲシュタセット

《全人類視覚的ゲシュタルト崩壊後の世界》


 どうもここ数日調子がおかしい。

 なんと言うか、書類やモニターの文章の意味を掴むのに時間が掛かるのだ。

 文章を読んでいると、突然何が書いているのか分からなくなることがある。

 その頻度や時間が次第に増しているようだ。

 気がつくと、同僚の他村(たむら)をはじめ、社内で俺と同じ症状が出ている者が何人かいるようだ。

 業務の効率が落ちてきている。

 皆まだたいしたことだと思ってないようだが。

 俺の知らない所で何かが大きく変わろうとしてるんじゃないだろうか?


 ◇◆◇


「へえ、錫木(すずき)君、気づいたんだ。そのくらいの症状だと『疲れてるのかな』で済ませる人が多いみたいだけどね」


 症状が出て五日後の休日。

 俺は友人で塩津時発明研究所の所長でもある塩津時(しおつじ)の所へ自分の症状の件で相談にいっていた。

 政府からアドバイスを求められたりすることもある塩津時なら何か情報を持ってるかと思ったからだ。


「やっぱり俺の周囲だけじゃなかったのか。なんか文章が読めなくなるんだがこれってどうしてなんだ?」

「手っ取り早く言えば、脳が視覚的ゲシュタルト崩壊を起こしやすい状態になってるんだよ」

「ゲシュタルト崩壊?」

「子どもの頃、漢字の書き取りで同じ字を書き続けてると、自分が何書いてるか分からなくなったことはないかい?」

「ああ、あれか」

「で、今はそれが起こりやすくなってるんだ。例えば『こここそが』なんて表現が出てくると途端に何が書いてあるのか分からなくなる」

「なるほど。そういやそんな感じだったよ」

「それがやがて画面上に同じ活字が2つあるだけで文章が読めなくなる」

「マジか……」


 これから更に悪化するのか。


「これってどのくらい広がってるんだ?対処法とか見つかってないのか?」

「僕らのネットワークで確認したところでは世界中に広がってるね」

「世界中!?原因は分かっているのか?」

「おそらく未知のウイルスによる感染症だと」

「そ、そうかじゃあ数日で治るんだな」


 少しホッした。


「いや、一度感染すると体内からウイルスが抜けても症状は続く。確認できた範囲では感染から一年近く過ぎた人でも症状は改善してない」

「なんだって!?」

「感染症の専門家にも聞いたけど感染についての対処法は見つかっていない。というか気付くのが遅すぎた。もう世界中に広がっちゃってるし。さっき言った感染から一年近く過ぎた人だって、単に本人のメンタル的問題だと思われてた。先週改めて検査して感染症が原因だと判ったんだよ」

「ワ、ワクチンとかは」

「間に合わないようだ。空気感染だけど恐ろしく感染力が強いらしい。間もなく全人類が罹患するだろうってさ。ああ、ちなみに僕ももう罹っているよ」

「なんてことだ……」


 希望が見えたと思ったら絶望の谷に叩き落とされた。


「これって国は把握してるのか?」

「もちろん。昨日も政府の人が相談に来てたけど近日中に発表するって。ああ、これオフレコね。まあ、早ければ今日明日にも情報漏れるだろうけどね」

「そうか……いずれにせよ混乱は避けられんよな」

 

 何しろ感染防げないって発表するわけだし。


「これから世界はどうなるんだろうな……」

「まあ、なんとかなるんじゃない?ある程度の対処はできると思うよ」

「いやこれ文明崩壊の危機だろう……」

「うーん、なるほどなあ、昨日の政府の人が言ってた意味が少し分かったよ」

「え?なんのこと?」

「政府の人に『なんでさっさと発表しないんですか?』って聞いたら『誰もが塩津時先生のような前向きなマインドセットを持っているわけではないんです』って苦笑されちゃってさ。錫木君みたいなのが普通の反応なのかなあって」

「そりゃそうだって」


 この状況で塩津時のその前向きマインドセットは尊敬に値するとは思うけど。


「感染は防げなくても社会的には対応可能だと思うんだけどなあ」

「ええ?お前がこれからなんか発明するのか?」

「いや、もう普通に発売されてるもので対応できるよ」

「はあ?」

「あ、そうか。錫木君、この感染症の症状を勘違いしてるよ」

「どういうことだ?」


 ◇◆◇


 その後、確かに世界は混乱したが意外と普通に続いている。

 俺もそのまま会社に勤めてるし。

 変わった所といえば


「ああああ!もうやってられっか!」

「他村、うるさい」

「ふざけんな!今さら手書きで書類なんか書けるかーっ!」


 そう、感染後の俺達の脳は、同じ活字を見ればゲシュタルト崩壊を起こす。

 しかし、手書きの同じ文字を見てもゲシュタルト崩壊は起こさない。

 微妙に一文字毎に異なる手書きの文字を、今の脳は『異なる形のもの』として認識するらしい。

 だから塩津時は説明するとき文字と言わず『活字』って言ってたのだ。


 そのため、現在では書類はモニターに表示される様式にペンタブで手書きして作成している。

 こないだ年配の社員が

「なんか昔に戻ったようだねえ。あの頃は書類の字を綺麗に速く手書きできるっていうだけで重宝がられたもんだよ」

 なんて言っていた。


 社会的には出版、印刷関連を中心に倒産、リストラが相次いだ。

 一方で、過去の活字データや書類をAIに音読させてそれを手書きする業務等の需要が急増し、あぶれた人材を吸収している。


 わが社でも当然そういった業務が生じているので、字の綺麗な社員はそちらに回されたのだが

「毎日清書ばかりで厭になるよ」

 と苦笑いしてた。

 俺のように『字はちょい下手』ぐらいがちょうどいいのかもしれない。

 あまり下手すぎると他村のように毎日書き直しになるし。


「ちくしょー!社会人になったら文字なんか書かんで済むと思ったのにー!なんでこうなるんじゃあああああっ!」


 オフィスに他村の絶叫が響き渡った。


2,282文字


フフフ……。そのうちインターネットの世界は汚い字だらけになる


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― 新着の感想 ―
面白いです。 本も印刷じゃなくて「写本」になったりしてね。 経済が「人件費」で回るようになって‥‥これは、ハピエンかな?
完成度の高い社会派SFですね。阿刀田高のショートショートを思い出しました。
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