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無謀! 瞬発力企画2 会場  作者: しいな ここみ
第六回目 『ゲシュタルト崩壊』『マインドセット』
139/180

二角ゆうさまのゲシュタセット

「ねぇ、お父さん、分かって。私は警鐘隊に入りたいの。多くの人を救いたい」

「ナナ、それだけは勘弁してくれ」


 トウジンは背も髪も伸びた娘のナナを見つめる。


 伝えたい言葉も想いもある⋯⋯。それは喉元まで上がってきたが、ぐっと呑み込んだ。


 その日初めてトウジンは仕事の帰りにそのまま家に帰ることが出来なかった。


 ダイナーのカウンターに座ると、度数の高いお酒を頼んだ。おしゃれな雰囲気なんてない。ただの透明なグラスに氷が数個浮かんだお酒が目の前にやってきた。


 それを見つめながらトウジンは入隊試験のことを思い出していた。



    *    *     *



 当時の試験官は別の部隊へと行ってしまったマーサーという堅物の男だった。


 背筋を伸ばしすぎて変な姿勢のトウジンは、机に置かれたものを早速手に取ろうとした。


「まずは鐘、次に手袋。順番は決して間違うな」


 今でも耳に残る言葉。


 家に持ち帰ったトウジンは早速握れるほどの大きさの鐘の内側を金ヤスリで削り始めた。


 鐘は鋳造され、ほぼ完成と変わらない形をしている。

 だが、叩いても、くぐもった音はすぐに消えてしまう。


(違う)


 トウジンは肌で感じた。

 鐘の音は心と共鳴するまで調整が必要だと言われた。一定間隔でゴリゴリと金ヤスリが表面を削る音が聞こえていた。


 一晩が経ち、二晩が経った。


 手は乾燥と摩擦で指先に血が滲んていたが、胸は高鳴った。

 おそらく誰かがトウジンの顔を見れば、それは“満面の笑みだ”と答えるだろう。


(ほらみろ、俺の決意は固いんだ。こんな仕事⋯⋯大変だったけど大丈夫だった)


 トウジンは出来上がったばかりの鐘に手を伸ばしたが、手袋の上での止まった。


 手袋の上に専用のペンとインクで魔法陣を描く。

 それを持っていくのが入隊試験だった。


(このまま、俺は魔法陣をかけるんじゃないか⋯⋯?)


 トウジンは手袋を掴んだ。


『いいか、鐘をしっかりと作り上げられない者は手袋に触れるな。魔法陣を描こうとすれば正気でいられなくなるぞ』


 マーサーの声が頭に蘇った。


 トウジンは慣れた手つきで鐘を掴むとまだつけていない鐘のぜつで鳴らしてみる。


 コォン──音が違うと告げてくる。


 ひと息、肩を落としてつく。


 もうひと息、気分を変えるためにつく。


 さらにひと息⋯⋯そして決意をして勢いよく吸った。


 鐘の外側は磨きが必要だった。表面をただ磨くのではない。

 ペンにインクをつけて心を込めて“警鐘隊”の鐘のマークを描く。


 表面には描かれないが、心を込めただけそのマークは光り、輝きを増すと聞いた。


 照れ笑いを零す。実はトウジンはこのマークがあまり上手に描けなかったのだ。


 マークを書き始めて半時過ぎた頃には笑顔は消えた。


 そもそも光らないのだ。同じマークを描き続ける。


(なぜだ⋯⋯なぜ光らない!?)


 トウジンは警鐘隊への意欲を人一倍持っていると自負していた。


 それなのに光らない。


 悔しさに雑なマークを描き続ける。

 描く順番が悪かったとか、雑念が入ったからだと何かにつけてそれらしい理由を付ける。


 もっと清らかな思いじゃないと駄目なのかと、思い直す。


 人助けがしたい。

 誰も見ていなくてもいい。

 それでも光らない。


 トウジンは誰かの役に立ちたくて警鐘隊に入ろうと思っていた。それは良いことだとも思っていた。


 それでも光らない。


 いつしか警鐘隊のマークはトウジンを嘲笑うかのように目の前を回り始める。


 マーク、マーク、マーク、マーフ、マーク


 こんな形していたっけ?

 線が歪んでみえる。

 何かが違う。

 傾いてみえるのも小さくみえるのもまちまち。


 マーク、マーク、マーフ、マーク、フーク、マーク、マーク、フーク、マーク、マーク、マーク、マーフ⋯⋯


 頭の中にあったはずのマークはどんどん分からなくなる。

 俺がずっと背負っていくと思っていたマークさえも正しい姿が分からなくなる。

 眺めているトウジン自身も目を疑ってしまった。


 この現象はゲシュタルト崩壊と言われるもの。


 トウジンは自分に何が起こっているのか分からなくなっていた。描いていたマークはどんどん逃げていく。


 入りたいと希望した警鐘隊さえも自分から逃げていくように感じる。


(あぁ、この世って不公平だよな)


 ずるりとトウジンの心の中から這い出てくる。


 トウジンは平民の出。貴族になるには騎士になって成り上がるか、戦争で良い結果を残すか、国全体にとって良いことを成すかが必要。

 それ以外だと、職業の方に目が移る。


 魔法の素質が無いため、魔導師にはなれなかった。

 剣士はいい素材の武器と良い師に恵まれないと伸びない。


 それを揃えられるのも家門であり、運だ。


 人々はスタートラインだけは同じと言う。

 一瞬にして過ぎ去るスタートライン。

 赤子の頃から英才教育が始まるのだ。

 誰がそんな早くからスタートをきった人と肩を並べられる?


 何度も人を助けたいと強く思いながらやっていたが、この時、疑念が浮かび上がっていた。


 誰かの目の前じゃなければならないのか。

 自分の仕事が誰かのためになっていると分からなかったら。


 歪んだマークが手を繋いで宙を泳ぎ始める。


 自分が⋯⋯そう思えば⋯⋯自分⋯⋯が?


 周りのマークはあまりの速さに残像に変わる。横線のようにきる風が通り過ぎ、よく見えなくなった。


 ぱりん⋯⋯そう壊れたように聞こえたのは自分のマインドセットか⋯⋯。


 俊敏に動いていたマークはいつの間にか消えていた。


 ぼんやりとした景色は少しずつ暗くなる。


 そこに一つの蝋燭の炎。


 “戻ってきた”と体感した。


 トウジンは迷いのない指さばきで鐘にマークを描き始めた。


 それが終わると手袋にも魔法陣を描いた。


 静かな時間。


 心には何一つ波風が立つものはなかった。


 自分を奮い立たせるための言葉は真意ではなかった。


 “それをするとこが日常になる”、その心が大事なのだ。


 それが普通であるところまで落とし込む。

 それをやることがしっくりくる。


 飾り立てる言葉はいくつもある。

 だが、真ん中にあるこれはそんな言葉じゃない。


 トウジンは出来上がった鐘と手袋を持っていくとマーサーが深く頷いた。

 そしてトウジンは作った際に感じたことを伝えた。


「トウジンはそう感じたんだな。これは人によって違うんだ。でも心に寄り添わないと分からないことさ」


 この十年後、数カ国を巻き込む大戦闘になった巨大赤龍ギガントレッドドラゴンが赤い閃光を口からは放ち侵攻してきた。


 警鐘隊は国中に設置された鐘をすべて鳴らす必要があった。


 その時、王立警鐘隊管理局のマーサーから最後に足りない王都の大鐘を鳴らす任務を任命された。

 そして遂行したトウジンとガラドは“警鐘隊の英雄”と呼ばれたのだ。


 (俺が警鐘隊に入りたいと言った時、親父からなんて言われたっけ⋯⋯?)


 頭に何かが突き抜けた。


「そうか⋯⋯!」


 トウジンは残ったグラスをぐいっと持ち上げ飲み干した。


 必要なことは自分の気持ちを飾る言葉じゃない。心配とか苦労したこととかそういう言葉の前に一番大事なことがある。


 ナナの気持ちを聞く言葉だ。


 ダイナーの扉を勢いよく開けると、闇に浮かぶ煌月を見ると家へと駆けていった。


【後書き】

調べてもマインドセットというのが結局わかりませんでしたm(_ _)m

本文では“固定観念”とし、その固定観念を破る的な感じで使いましたが合っているんでしょうか?


マインドセットの意味は私もよくわかりませんけど、組織的なマインドセットは『交換可能で意識的な洗脳』だと私は思ってます。個人的なマインドセットなら『固定観念』で合ってると思います。


知らんけど。



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― 新着の感想 ―
うわあ、お題をキチンと使ってる!? 丁寧に使ってる!? カッコいい!(*'▽'*)!
 あのナナちゃんが、いつの間にか大きくなりましたね。「ゲシュタルト崩壊」や「マインドセット」という難しいテーマと、その過酷さを理解しているからこそ、父親と同じ職業に就くことをを将来の目標に決めた子ども…
よくわかんないけど、合ってると思います。
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