猫舌威さまのひとつのおおきな(略)
『木村ソウタを調べたわ、ムジカ』
「ありがとカルミナ。どうだった?」
このところ相次ぐ、音楽家の失踪事件。
コンサートホールやライブハウスでの失踪傾向があり、現場のひとつに向かう途中で俺は、オーボエ奏者の青年、木村ソウタに出会った。
『アマチュアのオーボエ奏者で、学生時代から才能を注目されてたけど、プロの道には進まなかったみたい。多分、ここぞという時に入賞を逃してるせいね』
「本番に弱い、みたいな?」
『うん。でも最近は、市民楽団とかの小さな演奏会に参加するようになって、アマチュアの中では注目されてるわ』
「そうか……」
野外コンサートというどこからでもターゲットを狙える環境に、一抹の不安を覚えて、『Harmonia』システムオペレーター・カルミナにソウタの身辺調査を頼んでいた。
彼女はAIを組み込んだオペレーター・アンドロイド。冷徹に的確に情報を選ぶ。
『でも、彼が狙われることはないでしょ? 奴らが狙うのは、もっと影響力のある……』
「プロだけのものじゃないだろ、影響力って。今、俺の前にいる観客は皆、ソウタの音に釘付けだよ」
『え?』
「もちろん、俺もね」
ステージでのソウタは、オーボエの音色と上昇気味の心拍数が、綺麗に調和していた。
残響……人の鼓動と心が鳴らす『音』を拾える俺の聴覚は、彼の緊張と楽しさを聴き取った。
俺への感謝を、と言ってたけど。
これはソウタの心の音だ。
心からオーボエ演奏を楽しんでいる鼓動。
だから……目の前にいるオーボエ型の怪人の鼓動が、ソウタの鼓動が乱れたものであると、すぐに判別できた。
ソウタが泣いている、と。
「そこまでだ!」
消え入りそうなソウタの鼓動……和音に、リズムも調和もない音が混じる。
不協和音、怪人の鼓動だ。
「ふん、Harmoniaの坊やね。残念、もっと怪人を生み出したかったのに」
「待てっ!」
不敵に笑った女幹部バスクラが、ソウタだった怪人を巨大化させて、妖艶に手を振る。
「バイバイ。生きてたらまた逢いましょ」
「ボエエエエエ!!」
怪人はもうソウタの人格などない。図体どおりのでかい奇声をあげて、それが更なる地割れを生む。
追いすがろうとするが、俺の脚は地割れに阻まれた。
奇声の音量に皆が耳を塞ぐが、まともに声を浴びてしまった人が、ゾンビのように俺に群がる。
これがソウタの影響力だとしたら、皮肉なものだ。ソウタの演奏に拍手した人たちが皆、操られてる。
大もとを、叩くしかない。
『ムジカ、心拍数が乱れてるわよ。集中して』
「分かってる。……楽譜をくれ」
『はい。楽譜、転送』
俺の左手に、黒いボールが現れる。
幾千の音符のかたまりだ。
「ごめんなソウタ。大事な楽器の弱点、狙わせてもらうよ」
黒いひとつの大きなかたまりが、いくつもの小さなかけらに砕ける。
「これは、魔法杖か」
楽譜ごとに決まっている武器……今回はヒイラギの魔法杖が俺の手に発現する。
杖を構えると、俺の周囲で風が渦巻く。五線譜の竜巻だ。
音符のかけらをそこに散りばめてゆく。
はるか頭上の巨大な嘴、リードに狙いを定める。
ゆっくりとした静かな前奏、そして一気に加速するメインテーマ。
『Majestya』
杖から、超高速の音符の散弾銃が放たれた。
怪人の嘴は蜂の巣さながらに風穴が空き、
「ボエエエエエ……!!」
悲痛な悲鳴が俺に降り注ぐ。
(ごめん……!!)
ぎり、と歯を噛み締める。カルミナが耳元で心拍数がどうのと言ってるけど。
相棒を壊されたソウタの気持ちを思えば……
動揺くらいさせろって!
巨大化した怪人を倒すには、威力に手を抜くことはできない。
俺は最大出力で、ソウタを両断した。
謝ってすむことじゃない。
でも、仕方なかった、で俺は済ませようとしている。
病院のベッドの上。怪人の皮を剥がされたソウタは、意識障害であれから3日間眠っている。
カルミナのサーチで、失踪していた音楽家も場所を特定し、被害が出る前に対処した。大切にしている楽器を破壊する、という対処だ。
「………」
ソウタのベッド脇には、壊れたオーボエ。
修理できるレベルでないほど破壊されている。
こうしなければ、ソウタを助けられなかった。俺はやるべきことをしたはずだ。
けれど……
「……合わせる顔、ないよな」
ソウタが目覚めるのを見届けたいけど。目覚める前に去った方が、ソウタの絶望した顔を見ずに済む。
せっかく感謝してくれたのに、ごめんな。
たん、と病院の階段を降りる。
あんな騒ぎがあったとは思えないほど、今日も青空だ。
見上げればソウタの病室の窓があるけど、振り返るつもりはない。
ふう、と何度目になるか分からない溜め息をはいて、停めてあるバイクに向かう、俺の頭上に。
「ムジカ!」
驚いたような、焦ったような声が聴こえて。
その心の音は、とても緊張していて。
何にまだ緊張してるんだ? と、思わず見上げてしまった俺に、
「僕まだ、ムジカの感想聞いてない!」
まだまだ闘う気の、戦士の笑顔が輝いていた。
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すみません。続編でした!
ソウタあぁぁぁ!。・゜・(ノ∀`)・゜・。の、オーボエえぇぇぇ!




