コロンさまのひとつのおおきな(略)
《椎名琴美ではありません。
ホラージャンルになります。苦手な方はお避けください》
ざわざわと人の声で賑わう社食。
携帯を見ながらランチセットについてるから揚げをパクリと口に入れた時、ガチャンという乱暴な音と共に、隣の席に俺と同じランチが置かれた。
「よお、椎名、隣りいいか?」
声を掛けてくれたのは、俺が新人だった時の教育係の木村先輩。
俺も部署が異動したし、先輩も忙しそうだったので会ったのは久しぶり。
「…あ、も、もちろん!いやぁ久しぶりっすね!」
久しぶりに会った先輩は、別人のようにガリガリに痩せていた。
俺は動揺を隠しつつ、先輩から目を逸らした。
「同期の石井が辞めて、石井のクライアントを俺が引き継ぐ事になって。引き継ぎやら手続きやらで、飯食う時間もないほど忙しいんだよね」
仕方ないからと言いつつ笑う先輩はどこか嬉しそうだ。
「…そうなんすか?でも、飯はちゃんと食べた方がいいですよ…カラダが資本ですから」
「まあな、わかってる」
「ほんと、しっかり食べてくださいよ」
箸を持つ手は、まるで老人の様だった。
顔色も悪いし、頬にはいく筋もの皺が出来ている。
「このクライアントを引っ張ってきたのが石井なんだけど…。誰もがそうなように、石井も入社当時はやる気に満ちててさ。最初は俺なんかよりずっと上手くやってたんだよね。でもそのうち変な噂が流れ出して…石井がとってきた契約がどんどんダメになっていったんだよね。んである日この物件を俺に見せてきたわけ。石井が「俺はこの会社を辞める事にした。お前には世話になったからこの大きな契約はお前に託すわ」って渡された案件なんだよ」
先輩はそこまで言うと、大きく口を開けてその中にご飯を放り込んだ。
口元からはポロポロと米粒が溢れていたが、お構いなしに話しを続けた。
「クライアントの婆さんに「木村さんにはたくさんお世話になったので、心ばかりの物をお渡しします」って言われて…」
俺はギョッとした。
「先輩っ!どんな物でもクライアントから貰ってはいけないって教えてくれたのは先輩ですよ!」
例え無理矢理貰っても、後から盗んだと言われたりする事がある。
物はもらわないのは基本中の基本だ。
「いや、わかってるって。でもどーーーしても受け取って欲しいって言われてさ。見たら俺もこれは俺が貰うべき物だなって…」
何かに取り憑かれたかのように恍惚の笑みを浮かべた先輩が、ポケットから取り出した物をバラバラとテーブルに広げた。
そこには、ひとつのおおきなかたまりといくつものちいさなかけら。
「わっ!!」
俺は驚き立ち上がった拍子に、椅子を倒してしまった。
その音で皆んながこちらを向いた。
椅子が倒れるような大きな音がしたというのに、真っ黒に窪んだ先輩の目は俺の存在を忘れてテーブルの上のものをうっとり眺めていた。
俺は食べ途中のランチを下げると、急いでトイレへ駆け込んだ。
ランチで食べた物を全て戻してしまった。
手洗い場でバシャバシャと顔を洗う。
先輩が出したカラカラのミイラのような赤黒いひとつのおおきな塊。あれは生き物だった何か…
そして、いくつものちいさなかけら。それはどう見ても人間の歯だった。
俺は知ってる。
先輩がずっと石井さんの仕事の邪魔をしていた事を。
教育係とは名ばかりで、俺に自分の仕事をやらせたり、仕事中にパチンコをしていた先輩。
ある日俺は先輩が石井さんの鞄から書類を抜き取り、隠したところを見てしまった。
俺は先輩に気づかれないように、その書類を石井さんに渡した。
「すみません。新人の俺がこんな事いうのもおかしいですが、木村先輩には気をつけたほうがいいですよ」
石井さんは少し驚いた顔をしたが「ありがとう、ほんと、アイツには世話になったよ」と笑った。その言い方からして、全てを知っているようだった。
「世話になった」とはそういう事だろう。
だから石井さんが先輩に大きな仕事を託すなんてありえない。
テーブルの上のひとつのおおきなかたまりといくつものちいさなかけら。
それを愛おしそうにうっとりと見つめる先輩の顔…
石井さんが持ってきた仕事は…
俺はブルブルと頭を振り、大きく深呼吸する。
そして鏡に映る自分に言う。
「俺は何も知らないし知りたくない。関わるのはごめんだ」
と。
あの社食で会ってからしばらくして。
クライアント先の古い大きなお屋敷の蔵で、先輩が首を吊って死んでいるのが見つかった。
傍に小さな箪笥があったことを……誰も気にもとめなかった。
ボロボロの箪笥が……




