6
ハイエルフ。
崇高な叡智を蓄え続けるエルフ達の中でも、より抜きん出て生まれ落ちた超個体。
枯れることはないと称される生命、そして未来永劫の若さ、なによりも神々にも等しいとされる魔力を持つ者だ。
そんな希少な1人であるサエルミアの身体に、曾祖母片桐富美の魂を憑依させようとしていた。
「苦労しそうだけど、サエルミアの言ったとおりにやろう」
佐那ことクルスナは、すぐに頷いてくれた。
だが玉藻前は疑問を抱いたみたいだ。
「なぜ、その女を先に選ばねばならん?
初めから苦労せずとも、隣りの女でも申し分は無かろうに」
隣りの女とは『雷を操る者』と呼ばれ敬われる魔術師のギーデラ・ココシュカ。
当然ながら、こいつもクソみたいな女だ。
クルスナは身体的虐待を好んだが、こいつは心理的虐待を好んでいた。
キャンキャンと精神を削られる怒鳴り声や地味な嫌がらせは当たり前。
一番最悪なのは、俺程度では到底不可能な魔蜥蜴ワイバーンを無理矢理テイムさせられたことがある。
当然ながら泣き叫び逃げ廻るしかなく、結局のところ死の一歩手前までの重症となった。
そんな瀕死の俺にクルスナは回復魔術を施してくれたが、低級なものでしかやらない。
じわっと、少しだけ回復する程度だった。
激痛は去らずに苦しみの中で生死の境を漂ようだけ。
そんな状況を見て、クルスナと一緒に手を叩き大笑いをした最悪な奴だ。
もちろんだが、あっちの世界では出会っていた。
あれは、まだ幼かった息子を連れて、近所の駄菓子屋に行った際だ。
「サイコロキャラメルだけで良い」
「えっ、一つだけで良いの?
もう三つ四つは選んでも良いんだよ?」
「赤ちゃんが生まれたら一緒に沢山食べるの、だから我慢する」
なんて健気で思いやりのある子に育ってくれたんだ……。
こうなれば、留めない感涙を溢れ出したのは仕方ないだろう。
この頃の佐那は第二子を妊娠中、後3ヶ月ほどで出産する予定だった。
そんな経緯から、まだ幼い身であっても立派な兄になろうと努力しているのだ。
父として、こんな嬉しいことはない。
ならば、この心意気に応えてやるのが父親ってもんだ!
「よし、赤ちゃんの分まで食べ切れないお菓子を買おう!
だから遠慮なく、欲しいだけ好きなのを選びなさい!
なんでも買って良いぞ!」
「でも……」
「もしかして心配しているのか⁉︎
この父の財力をみくびられては困るなぁ。
なら、お父さんが選んでやろう!」
こうして手当たり次第に手に取って、籠にしてなら七杯分、総額6万円相当のお菓子を大量購入してやった。
もちろん帰宅後には佐那に激怒され、お菓子は近所の子供達へと配られた。
その帰り道に見つかってしまった。
「見つけたぞ、カリオ!」
息子の手を引いて楽しく会話をしていた最中に、
大通りの反対側で、歳の頃なら50歳過ぎくらいの女が、あっちでの俺の名を興奮した顔で叫んでいた。
誰だ⁉︎ 『カリオ』という名を知っているからには、勇者クラス6人の内の1人であるのは間違いないだろう。
しかし、その見た目による年齢が判断を鈍らせた。
明らかに現在の俺よりも歳上だったからだ。
これには、俺より歳下のクルスナやサエルミアと既に出会っていただけに想像外すぎた。
どうやら転生した順番とかで決まっている訳ではないみたいだ。
だが、そういうのは関係無い。
この大衆溢れる大通りを、あっちの世界での俺の名を叫びながら、こっちに走って来た。
クソったれ。
どうして息子といる時に……なんて最悪なんだ。
でもしかし、予定調和というべきことが起こった。
キキィーン……ドン、ガァン、ガン……ゴリっ。
飛び出した場所、そこは大通りなのだ。
交通量を無視して飛び出したせいで、走って来たタクシーに跳ね飛ばされ、あっけなく宙を舞ってしまった。
道路には大量の血が流れ出し、その女はピクピクしている。
運転手が慌てた顔をして降りて来たが、早々にダメだと判断したようだ。
見た途端に、真顔になって震え出したからわかった。
だが急に運転手が女の口元に耳を近付いて、怪訝な表情を浮かべながら何かを聴いているようだ。
そして、大声で叫び始めた。
「すみません、近くにカリオさんって人いますか⁉︎
居たら返事して下さい、この木寺さんが呼んでいます! えっ違う⁉︎ 木寺じゃない⁉︎
えっと、この人はギデラ……ギーデラさんらしいです!」
これには多数の目撃者達が、周りを見回し騒ぎ始めた。
そりゃそうだ。 カリオだのギーデラなんて外国人の名前としか思えないだろう。
周りの皆が日本人顔なのだ。 カリオが俺であるとは誰も気がつかない。
その内に、呆気なくギーデラは力尽きた。
ただ最期に俺の方を見つめたのはわかったが、当たり前のように無視したのは言うまでもない。
その後に警察が現場検証を始めたので、進んで目撃者として証言した。
「では自殺のようだったと⁉︎」
「はい、奇声を上げながら飛び出したので」
「何か目的があったようには見えませんでしたか?」
「それはわかりません……ただ半笑いのおかしな感じではありましたけど」
「……そうですか。
では御協力感謝します」
こう答えておかないと運転手さんに迷惑を掛けるからだ。 俺達の事情に巻き込まれたのも同然、彼には何の罪も無い。
それが功を奏してくれたのか、すぐに不可抗力な事故と判断されたらしい。
俺の証言を鑑みてくれたのか、はたまた捜査するのも面倒くさいと判断されたのかは、どうでも良い。
暫くして、わざわざ運転手さんは俺の家まで礼を言いに来てくれた。
奥様と同伴、しかも菓子折りき包まれたバームクーヘンを持参してだ。
「本当に災難でしたね」
「はい……おかげで会社から解雇されてしまいました」
「そんな理不尽な……。
じゃあ良ければ、私の会社に再就職しませんか?
確か役員付きの運転手を募集していましたから、良ければ口を効いてみますよ」
「何から何まで御親切にして頂いて、本当にありがとうございます」
涙ぐみながら頭を下げる御夫婦に、逆に申し訳なくなってしまった……。
その後、彼は問題無く採用された。 事故は不運からと判断してくれたのだろう。
その恩に報いるように、彼は一生懸命に働き、やがて社長専属のお抱え運転手までなった。
卓越した運転技術もさながら、礼儀正しく社交性もあるとのことで大変重宝されたらしい。
それに付随してか、俺は義理人情に篤い人と勘違いされ、評価が爆上がりしたのは蛇足なのだが……。
……余計に申し訳なくなった。
けどバームクーヘンを頬張りながら、心の奥深くでは思う。
ギーデラ……これ本当に美味いよ。
あっちでは嫌な奴でしかなかったけど、こっちでは美味いものに巡り合わせてくれた大恩人だ!
だから許してやるよ、お前は最高だ!
この日から、俺の大好物はバームクーヘンとなった。
ちなみに、この数個はサエルミアに報告を兼ねてお裾分けをした。
美味そうに頬張りながら一言だけ言った。
「ふーん、予想通りになったのね」
これで、あっちでのギーデラは終わった。
「確かにギーデラの魔力は魅力的だけど、サエルミアから言われているんだ。
逆からやらないとダメだってね」
逆とは『アザーワールドリー・レルム』を受け転生した順番。
勇者クラス6人は剣士のアウグスト・クレンク、大楯のゲラルト・ベッカー、大弓のエッボ・バント、神聖術師のアレクシア・タイレ、魔術師ギーデラ・ココシュカ、ハイエルフのサエルミア、回復術師のクルスナ・マイバイトの順だったらしい。
どうして、こうなったのか?
あっちでは『霊力』、こっちでは『オド』と呼ばれる力の差だった。
馴染みの喫茶店で語ったサエルミア曰く……。
「オドとは魂が持つ潜在的なエネルギー。
それが魔力や身体能力に影響を及ぼしている。
だからクルスナの次は私、早い内にやらないと憑依は出来ないよ」
「どうしてですか?」
「魂が無いとはいえ、ハイエルフの身体に蓄えられた霊力は尋常じゃない。
だから刻んでいる魂達が多いうちにやった方が良いの。 もちろん対抗出来うる霊力の強い人を選ぶんだよ」
「じゃあクルスナを後にした方が?」
「それはダメ。
憑依された途端に、私の身体は絶対に死を選ぶから」
「死を選ぶ⁉︎」
サエルミアは言った。
ハイエルフは崇高な存在。
故に操作系魔術や幻惑魔術の効果なんて無きに等しい。 せいぜい気分が悪くなる、その程度で済んでしまう。
しかし憑依では、どうだ? 本来の魂ではなく別の魂に入り込まれ従させられる。いわば内側からの侵食。
そのような事態になれば、間違いなく意思は無くとも死を選ぶはず。 死ねば憑依もクソも無くなる。
そもそもハイエルフには並の蘇生魔術など効果は無い。
崇高なるものが、他の支配など受け入れてはならず、絶対に受け入れるはずはないからだ。
「じゃあ、どうしたら?」
「生かしても必ず自死を選ぶから、そのまま死なせるの。 それからクルスナに蘇生させる。
だから最初、あの女の神位級蘇生魔術ダス・ブルート・ゴッテス(神の血)、あれならハイエルフの身体にだって通るはずだから」
「蘇生させても、また死を選んだら?」
「それはわからない。 言い方は悪いけど、新たな魂と身体との話し合いになるのかな。
私としては成功して欲しいけどね」
聴いていて思う。
どうしてサエルミアは、こうまで協力的なのだろうと。
新たな人生を歩んでいるとはいえ、元の身体を他人に委ねるのに、一向に気にする様子が無く、むしろ望んでいるようだ。
「どうして、そこまで助言してくれるのですか?
他に目的があるのですか?」
そう聞くと、外を走る車を指差した。
「あれって素晴らしいと思わない?」
それは何の変哲もない、4人が乗るファミリーカー。
家族で、どこかに出掛けているようだ。
「普通の車ですよ⁉︎」
「自動車は1769年にフランスで作られた砲車が原型なの。
それが200年程度で進化し発展して、現在は人々を乗せて走る役立つ道具にまでなったわ」
「そうですね」
その時、喫茶店の電話がなった。
当たり前のようにマスターが受話器をとって応対を始めた。
「電話だって同じ。あっちの世界じゃ極少数の魔導士が念話を使える程度だよ。
こっちじゃ、誰もが生活の一部に溶け込んでいる」
そう何気ない光景を羨ましそうに見つめた後、残念そうな顔をして言葉を繋いだ。
「でも、あっちの世界は、全てが何の発展も進化もしない。
少なくとも私が生きた約1000年間は何も変わらなかった。
人々の文化や生活、人を殺す魔術や武器ですら進化もしないの。 同胞に聞いた話だと何千年前から変わっていないらしい。
これっておかしいと思わない?」
確かにそうだ。
この世界で会社勤めなんかをしているとわかる。
どんな職種でも、より性能のある機械や道具を求めて開発し売買していた。
それだけじゃない。
文化的にも男女均等化とか労働条件などの様々な変革を求めている。
しかし、あっちの世界では無かった。
よほどの功績でもない限り、身分の上昇なんてのもない。
全てが予定調和、何もかもが変革の欠片すらない世界だった。
「どうして文化水準の発展や技術革新も無いのでしょう?」
「いや機会はあったけど潰されているの。
そうじゃないと困る奴らがいるからよ」
「誰にですか?」
「それは言えないよ……こっちに居てもね」
ここから先、サエルミアは黙ったままになった。
ただ喫茶店から出た時に、答えは私の記憶にあるから!とだけ言った。
このことをクルスナと玉藻前に話すと、よくわかっていないながらも納得だけはしてくれた。
これでサエルミアの身体への憑依を始められる。
「じゃあ玉藻前は力負けしないように俺へのサポートを頼む。 クルスナは準備しながら待機。死を選んだらすぐにダス・ブルート・ゴッテスの発動を!」
2人への同意を確認し、刻んだ魂達へも了承を求めた。
まずは当事者となる曾祖母からだ。
「悪いけど前以って話したとおり、かなり厳しい憑依になる」
「曾孫の役に立てば本望だよ」
「ありがとう、婆ちゃん」
曾祖母の深き愛に涙が溢れそうになった時、別の1人の魂が身体の深くから叫んだ。
「俺を忘れるなよ、遠慮なく何でも言ってくれ!」
「ありがとう、裕也。
あの日の君との約束は必ず守るから!」
「期待して待っているよ」
それからも、我も我もと魂に刻んだ残り7人の魂達が協力を申し出てくれた。
「ありがとうございます。
じゃあ始めるよ!」
一度深呼吸をする。 俺自身が一番落ち着かなければならない。
精神集中し覚悟を決めた。
まずは口寄せからだ。
「口寄せの術。
我が身に降ろした片桐富美の魂よ、今より我から離れ姿を現せ」
すると俺の胸から白い靄が、薄っすらと出てくる。
曾祖母片桐富美の魂だ。
「皆頼む、ここからが本番だ!
憑依テイム発動!」
その途端だった。 クルスナの時を遥かに超える衝撃波が貫いていった。
「タイミングなんて全くわからない。
どうしろって言うんだよ、これ⁉︎」
既に俺の胸にある白い靄、曾祖母の魂が揺らぎ、出番を待っているのがわかる。
タイミングは弾かれる寸前、その瞬間に一気に押し込むのはわかっているが、きっかけとなるそよ風が全く掴めなかった。
でも焦った時だ。 裕也が叫んだ。
「俺が機会を掴む、だから合わせろ!
俺がやる!」
「頼む、裕也! いや、丸流兵法継承者!」
「大船に乗った気でいろ!」
衝撃波の一瞬の狭間に起こる僅かな刻、それを捕まえるなら飯塚裕也ほどの適任者はいないだろう。
そうして、ガンガンと石でも投げつけられたような衝撃の中、ひたすら待つ、ただ裕也の合図だけを。
その時がやって来た。
「拓郎、今だ! 逃がすな!」
俺には全くわからない。
だが若くして武芸を極めた者だけが立てる境地。
だからこそ、こういう状況でも感知することが出来るのかもしれない。
「了解!
片桐富美、この新たな器に憑依し宿り甦れ!」
裕也を信じて、憑依テイムを放った。
白い靄の揺らぎが強くなり、サエルミアの身体へ向かう。
しかし、やはりハイエルフだ。
完全に決まっているはずなのに、凄まじい抵抗が起こってくる。 押し返され始めた。
だが、その準備はしてある。
「玉藻前、あれを頼む!」
「了!」
俺の憑依テイムにプラスして玉藻前の力が加わっていく。 いわばコラボレーションだ。
これは俺が那須で玉藻前に乗っ取られそうになった後に考え着いた。
あの時に押し返してきた玉藻前の力を憑依テイムに重ねれば、どうなるかを。
憑依の力は俺1人を遥かに超えていた。
これでサエルミアの身体にも打ち勝つことが出来るはずだ。
だが、それでも抵抗は激しクルスナ続く。
「玉藻前、まだまだ押し切るぞ!」
「了!」
クルスナの時を遥かに上回る時間が経過していく。
賢者2人が慌てた顔してやって来たが、クルスナに静止されている。
「静かに、ただいまサエルミアの帰還の最中です」
不可思議な顔を浮かべつつ従ってくれた。
自分達では、どうしようもないのだから当然だ。
やがて、ゆっくりと衝撃波が収まっていった。
抵抗が終わった。
「ふぅー、どうにか第一段階は成功だな」
これでもまだ第一段階なのだ。
サエルミアの予想した自死が起こるはず。
そう覚悟して見守っていると、サエルミアが目覚めたが、予想は当たった。
いきなり自身の手刀で喉を貫いた。
ここから第ニ段階が始まる。




