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京都から東京までは新幹線、そこから在来線に乗り変えて那須野原へと向う。
一見すると、簡単そうに聞こえるだろう。
しかし、そう至るまでのプロセスには大変な苦労を強いたげられた。
だか、反して俺は上機嫌だ。
こんな苦渋の末に『口寄せ』の新たな可能性について思わぬ形でたどり着いたからだ。
「拙いことになった……」
サエルミアの目的は玉藻前という魔獣にあるらしい。俺は彼女の手伝いとして、その化け物をテイムする予定だった。
現在の俺に可能のだろうか⁉︎
調べてみてわかったのだが玉藻前とは、かなりヤバそう魔獣だった。
そんなのを相手に、あっちの世界でも簡単なテイムしてこなかった俺に果たして出来るのだろうか⁉︎
そもそも、こっちの世界でテイムなんて一応は魔術的なものを実践するなんて可能なのか⁉︎
もちろん、このような心配になるのは当然だろう。
但し、こんなのは些細なことだ。
この時の俺は、3年前に大恋愛の末に佐那と結婚し、男の子1人が誕生したばかりだった。 俺は既婚者であり父親なのだ。
しかも社内では、係長への昇進を打診されていた。
絵に描いたような幸せ生活、エリート街道まっしぐらである。 こっちの世界での俺の人生は順風満帆と言えよう。
だが、そのような人間が身内でもなく中身は1000歳越えといえど、今現在は若い女性と旅に出ようとしているのだ。 これでは不倫旅行だと勘繰られてもおかしくはない。
じゃあ、どう対処すれば良いのか⁉︎
絶対に道は踏み外したくないし、世間様からも後ろ指は差されたくはない。
必死に最善策を考えてみたが、さっぱり良い案は浮かばない。
誰かに相談する? こんな相談なんて出来るはずなんてなかった。
じゃあ誰かいないか⁉︎
絶対に口を滑らせない信頼のおける、こんな相談を出来る人は……。 頭を抱えて考えた。
いたぁー! 対処策を進言してくれる人達なら、俺の中にはいるじゃないか!
この頃の俺は、自身の中に3人の魂を刻んでいた。 さっそく口寄せで呼び出し、相談に乗って貰うことにする。
『集まれば文殊の知恵』という諺の意味を痛感することになった。
すぐに的確な助言をしてくれたのだ。
おかげで家族も会社にも、さほど疑われずに納得させることができた。
これには称賛と感謝を贈るしかない。
やはり人生経験や社会経験を深めていた者は、色々な修羅場を潜り抜けているのだ。
その対処策を重々心掛けていた。
これこそ新たなる形、絶対的信頼性のある口寄せによる『相談』だ!
こんなことがあってから機嫌の良い俺を察してか、サエルミアがニヤついた顔をして聞いてきた。
「なんか良いことでもあったの?」
「いやー、常に誰かに頼れるって素晴らしいことですね!」
「あぁ、中にいる人達と何かしたんだ」
「えぇ、ちょっと相談したら……って知ってたんですか⁉︎」
「最初店に来た時に、すぐにカリオだってわかったけど、同時におかしいとも思ったんだよね。
何人か連れているような雰囲気があったから」
「すごいですね、わかるんだ」
さすがは転生してもハイエルフだ。
大半の魔力は失くしたといえ、未だ察知能力は健在らしい。
だが、そうなると避けられないだろう。
そんなものを纏わせている理由についてだ。
既に察知されているから、今更隠しても仕方ない。
俺が修行したイタコについて、洗いざらい話すことにした。
そもそもサエルミアについては、その事情や心情を聴き納得をしている。
その立場へ自分を置き換えた場合、そうなっても仕方ないような気がしたからだ。
だから許してはいないが、納得はしたという、何とも複雑な気分だった。
このような状況から、ひと通り話し終えるとサエルミアが高揚し始めた。
まるで母親に絵本を読んで貰う幼児のようだ。
「その『イタコ』の技を使えるの⁉︎
今すぐに出来る? 今やって、私に見せて!」
現在電車に乗っているのに無茶苦茶を言ってきた。
公衆の面前で出来るはずはなく、即座に拒否。
但し機会があればと話し納得させた。
ただ、このサエルミアが言った『カリオだってわかった』という部分が気になった。
クルスナの時も、そうだ。
あいつは俺の存在を感知したのに、俺は全く気が付かなかった。
あの賢者2人は確かに互いの存在がわかると言っていたのにだ。
その疑問をサエルミアに投げかけると、彼女は事無さげに答えた。
予行演習に全力を出すはず無いでしょ!
なるほど、手を抜かれたからという訳か……。
しかしサエルミアの続く説明は、俺にとって悪いものではなかった。
「でもおかげで縛られずに、その『口寄せ』が使えるのかもね」
「どういう意味ですか?」
「私が知っている高名なテイマー達ってさ、基本的には二種類のタイプに分られているんだよ」
「どんなふうに……」
「強力な魔力で屈服させて服従を強いて、戦わせるタイプ。
片や強固な信頼関係を構築して、共に戦っていくタイプ。
おそらくカリオは後者なんだよ」
「それと口寄せに何の関係が?」
「服従を強いてくる人に降りたいと思う?
私なら嫌、信頼できる人の方に絶対に降りるわ」
「なるほど」
こう言われ、頷けるものがあった。
曾祖母が言った『縁』が該当するのだろうと。
「気が付いていないみたいだけど、あっちの世界のカリオは馬や牛、それから鳥とか犬とか多数の動物ばかりだったけど、それはそれで凄いことやっていたんだよ」
凄いこと⁉︎
あっちの世界では、おおよそ勇者6人の荷物運びや移動手段としてのテイムが多かったけど、どういう意味だ?
しばらく考えたが、全くわからない。
でも、少し思い詰めるよう顔をしたサエルミアから思い出したくない話をされた。
「あの子達……カリオのために命を捨ててたじゃない……」
それは、あまりにも悲しすぎて思い出したくはない、記憶の奥深くに封印していた惨劇。
当時魔王領となっていた南西部ドートラ渓谷にて、魔王軍四天王の1人『血雷と渾名されるバルサーラに不意を突かれ窮地に陥ってしまった。
不用意に深く入ったため、頭上からは避けようのないバルサーラの容赦ない雷撃、前方からは魔獣の大軍に襲われたのだ。
こうなっては一旦の後退を余儀なくされたが、簡単にはさせてくれない。
一歩退がるたびに数の有利を活かし、進軍を許してしまう。 じわじわと体力と魔力を削られていく。
そんなギリギリの状況の中、勇者クラス6人によって最悪の選択がとられた。
殿。 1人が留まり、残りの撤退する時間を稼ぐ。 それは当然のように俺となった。
もちろん、そうそう時間なんて稼げない。
俺が殺されていく一瞬だけだ。
しかし勇者クラスには、それだけで十分だった。
彼らの全能力を逃亡だけに集中すれば、その一瞬があれば容易いことだ。
こうして俺は悲惨な殿役を演じることになった。
その際にテイムしていた動物達との契約は解除した。
尽くしてくれた動物達まで、死ぬ必要は無いからだ。
だが、その途端だ。
牛のゴースを先頭に犬のペロとペアとペン、鳩のカーとラーが大軍に向かって突撃し、馬のメーズは俺を咥えて逃亡を開始した。
もう契約を解除したのに友誼を示してくれたのだ。
戦闘には不向きな彼らがギリギリまで耐え、一頭、一匹、一羽と身体を裂かれ死んでいく。
メーズにも容赦の無い攻撃が降り注いでいった。
下僕である俺なんかのために……。
気が付くと俺は傷を負いながらも生きており、傍らでは力尽き満身創痍のメーズが倒れていた。
「メーズ……」
最後に優しく微笑んだような瞳を残して、メーズも死んでいった。
こんな悲しい思い出だ。
「信頼されるんだよ、カリオは。
だから口寄せも出来ると思う」
思い出すと涙が溢れてきた。
けど懐からハンカチを取り出して拭っていた時だ。
唐突に思いついた。
あっちに戻ったら、彼らを口寄せ出来ないか⁉︎
もし動物であろうとも出来るなら、もう一度彼らに逢うことが出来るのではないかと。
「サエルミア様、口寄せで彼らを呼び出すって出来ると思いますか?」
こう聞くと、すぐに苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「出来るかもしれないけど、会話はどうするの?」
そこだ……いくらテイマーでもなんとなく気持ちは察しても会話までは出来ない。
だがサエルミアの意見は、それで終わりではなかった。
「でも……そうか。 口寄せとテイムを併せられれば生き返らせることは可能かもしれないな」
「口寄せとテイムを併せる⁉︎」
「憑依させるんだよ」
「そんなの、どうやれって言うのですか⁉︎」
「そうね、私なら……まずは新鮮な動物か魔獣の死体を用意する。 おそらく人間やエルフではやらない。
あまりにも精神構造が違い過ぎて混乱を起こすと思うから、これは禁忌だね。
それから口寄せで魂を呼び出してから、死体をテイムする。 そして蘇生魔術で蘇らせる。
テイムという魔術は対象とのバイパス要素だから、本来の魂が戻る前に目的の魂を憑依させてしまう。論理上可能だとは思うよ。
そもそも蘇生魔術は憑依させられる危険については無考慮、そんな前提は踏まえていないからね」
「そんな難しいのを出来ますかね、俺に……」
「こればかりはやってみないと何とも……。
ただ信頼関係、その魂の持つ想いが強ければ可能だと思う」
魂の持つ想いか……では彼らが、もう満足してしまっていたら無理なのかもしれない。
しかしこうも思う。 それが望みや悔いを持った人間ならどうだ⁉︎ もし出来るなら、現在いる3人を生き返らせるのは可能なのかもしれない。
さっそくサエルミアに聞いてみた。
すぐにニヤっとし、そして驚くべきことを言い出した。
「意思も確認出来るから、可能性は更に高くなると思う。 悔いがあるなら欲求も高いから尚更だよ」
そう聴いて喜びそうになってが、すぐに問題に気が付いた。 その新鮮な死体をどうするかだ。
まさか生きている人間を殺す訳にはいかない。
恨みがあるなら別だが……。
だが、それもすぐにサエルミアは解決してくれた。
これが予想外だった。
「うってつけなのがあるじゃない。 蘇生魔術の必要すらなく、おまけに意思も無い新鮮な器が!
もう2人は確定済、あとの4人も時間の問題。
これで6人分は確保出来たね!」
「まさか、それって……」
「そうだよ、私達6人だよ」
事無し気に言うサエルミアには驚くしかない。
しかもクルスナはともかく、残り4人の承諾も無しに話しているのだ。
「気にする必要は無いから!
私達は、カリオに詫びを入れなきゃいけない立場なんだから!
でも私の身体は霊的要素自体が強いから、それなりに強い魂でね!」
明るく当然だと言わんばかりに言う。
これだけで、あっちの世界とは完全に決別しているのだろうと思った。
しかし、それでも気は引けた。
あっち世界でのサエルミアはともかく、今は俺に助言もしてくれる女の子だ。
そんな俺の雰囲気を感じたのか、更にサエルミアは笑いながら言った。
「もう必要の無い身体だから遠慮なく使ってよ!
それに私には目標があるの。
大学で一生懸命に勉強して、いずれは学校の先生になって、結婚して子を産み育む。 あっちでは叶わないことをする、それが今の希望だから安心して!」
「そうですか、では遠慮なく。
ですが大学生だったのですか?どこの大学に?」
「うん、京都大学だよ」
「そりゃ凄い!」
どうやら言葉に濁んなく、こっちの世界を満喫しているようだ。
ちなみにサエルミアこと、更科佳代は彼女の希望を叶える。
大学を卒業し大学院まで進学した後、進学校の教師を経て校長にまでなった。
結婚もし、4人の子宝にも恵まれた。
しかし俺が亡くなる約10年前に癌により、この世を去った。
その闘病中に病室を訪れたことがある。
「カリオ……こっちの世界では幸せだったよ。
沢山のことをして、子供や孫に囲まれた。
こんな幸せなことはないよ!」
死の間際まで微笑んでいたらしい。
きっと良い輪廻転生に巡り会えるだろう。
そう願いながら焼香をあげた。
そして電車は目的の駅へと着いた。
いよいよ玉藻前という魔獣のテイムを始める。




