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日本が高度成長期を迎え、その波が終わろうとしていた頃だ。

もっとも驚いたことの二つが同時に起こった。

いや読んで知ったと知識の増加、そして遭遇してしまったという事実だ。

一つは、何気無しに入った古本屋で立ち読みした一冊の英国(イギリス)の小説。 

現在のところの『ハイファンタジー』と呼ばれる小説達の初期とか原型となったとも言われる小説。 

あまりにも俺の元世界と似たところがあったからだ。

その世界観や登場する種族達、まるで俺と同じような転生者が書いているのかと思った。

だから勘繰ってしまう。

これを書いた人は、あの勇者クラスの内の1人ではないかと……。

しかし、どうやら40年近く前には書かれていたらしい。

俺が転生する以前からある作品なのだ

安心した。 もしそうならば英国に行くことさえ辞さないつもり……それなりの対処を講じるつもりだった。

ほっとして、それでも購入を決めた。

読んでみたいと思ったのも事実ながら、これからの何かの役に立つのではと考えたからだ。

精算を済ませるために受付へ向かう

古めかしい木の受け台には、野暮ったそうな丸眼鏡を掛けた二十歳前後の女が、その小説の次巻を無愛想ながらも楽しそうな顔をして読んでいた。

少し邪魔するのに気は引けたけど、購入するために声を掛けた。


「すみません、お会計お願いします」


「……」


完全な無視を決められた。

よほど熱中して読んでいるのだろうか。

更に気が引けたけど、もう一度声を掛けた。


「すみません、お会計をお願いします」


「……」


またまた無視だ。 しかし、これで一応の礼節は守ったはず。

今度は大きく乱暴に声掛けを意識する。


「あのー、会計をお願いします!」


さすがにジロっと視線を向けてくれたが、同時に俺の警戒心を最大まで引き上げる言葉を言ってきた。


「うるせー、カリオ!

もうちょっとで区切りが付くから、そこで大人しく座って待ってろ!」


これには、もう呆然となるしかない。

この女は、確かに俺に向かって今『カリオ』と言った。

こっち世界で、あっちの世界の俺の名を知る人物は、あの勇者クラス6人しかいないはずだ。

でもクルスナじゃないのは確定している。

もう、あいつは5年前に死んでいるのだ。

なら……どいつだ⁉︎

まったく気が付かなかった。

いやクルスナの時も、あいつが俺の存在に勘づいていた。

そういうところは、さすが勇者クラスといったところか。

おかげで下手に逃げられなくなった。 いや対処策を講じる必要が出てきた。

それから約3時間待って、ようやっとその『区切り』とやらがバタンと本を閉じて終了した。

一冊を完全に読み切ったようだ。


「いやー、お待たせ。

悪かったな、カリオ!」


これには驚いた。

『お待たせ』とか『悪かったな』なんて、気を使い愛想良く話す奴は、あの勇者クラス6人には絶対にいないからだ。

じゃあ誰だ、この女⁉︎

そう考えた途端だ。 自分から答えを言ってきた。


「おいおい、あからさまに疑った顔しないでよ。 私だよ私、サエルミア!」


「えっ……ええっ、サエルミア様⁉︎」


あの勇者クラス6人の中で、一番あり得ない名前が出てきた。

サエルミア、齢1000歳を超えたハイエルフ。

剣にも魔術にも優れ、特に風魔術は人間であれ魔族であれ、彼女の足元にも及ばないと言われ、誰しもから尊敬されたハイエルフの女だった。

しかし、俺は尊敬などしていない。

はっきり言って、あの勇者クラス6人の中で一番軽蔑するべき奴だと思っている。

別に他の5人のように、何かをされた訳じゃない。

ただ無視され続けただけだ。

殴られ蹴られていようとも、どんな死の縁に立たされていようとも傍観され、まるでパンを食べるような当たり前の行為のような目で見られていた。

俺が死のうが生きようが興味は無い、そんな態度が嫌いだった。

ただ、これは俺だけじゃない。

例え目の前で子供が魔獣に食い殺されようとも、はたまた他の勇者クラス5人が死の危機に立たされていようとも同じだ。

自分以外には何の興味も関心も無い、死んだような目をするハイエルフ。 そんな印象を俺は持っていた。

そんなサエルミアが、俺に対して気を使い愛想良く話しただと⁉︎

これには驚かずにはいられなかった。

こっちの世界で悪いものでも食べたのかと、おもわず心配になった。

だが俺の心配とは裏腹にサエルミアの愛想は続いた。


「おっ、『指◯物語』を読むのか?

これ面白いよな、書いた人は天才だよ!」


他国の人、まして会ったことさえ無い人を絶賛している……。

俺の知っているサエルミアは、こんなことを絶対に言うような奴じゃない!

もしかしたら、何らの転生からの事情で頭でもおかしくなったのかとさえ思った。

そう思っていると、不意にサエルミアが言ってきた。


「ところで良い服を着ているなぁ。

高いんだろ、そういうの?」


この時の俺は仕事帰りだからスーツだった。

海外ブランドのスーツにネクタイとシャツ、もちろん革靴もだ。

一通りは高級品、社会人として恥ずかしくないもので固めていた。


「それなりの金額はしますけど……」


こう思わず答えてしまったが、これは失敗だった。

あのクルスナの事例もあったからだ。

きっと、あっちの世界でのように下僕扱いしてくる!

そう身構えたが、そうと言えばそう、違うと言えば違うというようなことを言ってきた。


「じゃあ、喫茶店で良いから奢ってよ!

欲しい本を立て続けに買ったら生活費が乏しくなっちゃてさぁ!」


クルスナのように『おいゴミ、私に尽くせ!』と言ってくると想像していただけに拍子抜けになった。

それから30分して店を閉めたサエルミアと2人、先にある馴染みとかいう喫茶店に行った。

入るとすぐにサエルミアは注文を始めた。


「マスター、注文お願い!

とりあえずオムライスとナポリタン、食後はミルクセーキとプリン・アラモードをね!」


「今日は豪勢だね、佳代ちゃん!」


「なんにしろ今日は金持ちの『彼氏』いるから!金持ちの『彼氏』が!」


この大声を呼び水にして、喫茶店にいたマスターを含めた数人が俺に訝しい目を向ける。

そりゃそうだ、この時の俺は30歳前半。

対して、今のサエルミアは20歳前後くらいだろうか。

恋人同士には、少し年齢差がありすぎると思われたようだ。


改めて思う。こんな冗談など決して言わない女だった。 


「あの……本当にサエルミア様なのですか?」


「そうだよ、サエルミアだよ。

何、疑っているの⁉︎」


「いや失礼ながら、あまりにも印象が変わられているので……」


「そうかな? でも、そうか。

こっちの方が面白いから、そう見えるのかもね!」


「こっちの方が面白い⁉︎」


「あっちの世界では、何の興味もそそられていなかったからね」


それからサエルミアは話した。

あっちの世界が如何に下らなく面白味も無かったかを。

毎日毎日1000年という月日を生きていた、ただそれだけであったかを切実に俺へと訴えてきた。


「生まれた時から勇者クラスとか言われるんだよ。

そんなの何が面白いの⁉︎ だいたい1000年も生きれば魔術どころか、知らないものなんて無くなっちゃうしね」


「ですが、それはそれで凄いことかと……」


「あのさ……終わり無き未来、永遠の若さがある悲しみってわかる?」


「終わり無き、永遠の……、 あぁっ!」


言っている意味がわかった。

あっちの世界ではエルフと一口に言っても、2つの種類に分かれている。 種族と呼ばず、種類と呼ぶ。

それは黒だの白だのといった肌色ではなく、短命か長命なのかで分かれているからだ。

というのも多くのエルフは寿命200年前後、普通に老化もあればら多産ではなくとも子孫は残す。

だが極稀に、その中から生まれ落ちる突然変異がいる。

それが『ハイエルフ』、悠に3000年以上は生きると言われていた。

永遠とも呼べる寿命と永遠の若さを誇るエルフの希少種。

更には、生まれ落ちた時から莫大な魔力を有している。

しかし、誰しも羨むような優位性だけではない。

子を成せない、よって一代限りとなった。


「父や母はもちろん、数知れずの死を見送った。

全ての出会う人々は、私を残して先に死んでいくんだ。 なのに私は何も変わらない。

暑い寒いがあるけど、何も変わらぬ風景と日常を漂っていただけ、これじゃあ何の感動も無い。

だから何をしようとも思わない、よって何を食べても美味しくない。

いつ死ぬのか? そんな目安なんてものは、私にも誰にもわからない。 まるで生きているだけの屍だったよ」


聴いていて、あっちの世界でのサエルミアの『無視』が理解出来た。 無視ではなく虚無、もう既に疲れ果てていたのだと。

永遠とも呼べる命はあっても、希望溢れる未来や将来は無いのだ。

ただの繰り返しの日々があるだけ、変化の無い日常の中で時間が過ぎ去るのを待つだけ。

目の前で美味しそうにオムライスを頬張るサエルミアを見て、あっちでの彼女はいないのだと確信出来た。

しかし問題は残っている。

俺のではなく、サエルミアのだ。


「ですが、あの賢者2人は言ってましたよ。

こっちで寿命が尽きれば、あっちに魂は戻るとか」


そう、あの転生魔術『アザーワールドリー・レルム』には期間が設けられている。

元々が魔王を倒すため、勇者クラス6人の能力向上が目的、当然ながら帰還が最優先となっていた。


「そうなると、またあっちの生活が始まってしまいますね」


「あぁ、それなら大丈夫。

あれ失敗作だから!」


「えっ、失敗作⁉︎」


これでもかというほどフォークにナポリタンを巻き付けて、口へと運ぶサエルミアが満足そうな笑顔で言う。


「あれさぁ、基本的な設定を間違えているのよ。

あと量と器の問題も考えてないしね」


「どういう意味ですか⁉︎」


「こうなっちゃうのよ」


サエルミアがテーブルに置いてあった冷水ポットを手にし、コップに勢いよく注ぎ込んだ。

当然だが満杯になると水は溢れて、テーブルの上に広がり流れていく。


「このコップは肉体、この水は魔力。

だとしたら勇者クラス6人は転生した時点で、こっちの世界の肉体に見合うだけの量になってしまったってこと」


勇者クラスの持つ莫大な魔力には、それに見合う肉体が必要だと例えたのだ。


「しかし、こっちの身体では許容出来なかったとしても、あっちにさえ戻れば……」


「そう勇者クラスなら戻って暫くすれば回復もするでしょうね。

でも、それは戻れればの話。 あの5人に魔力の概念はあるけど実在はしない世界を生きていけるかしら?」


そうだ、クルスナの例もある。

だいたい能力以前に、性格的問題から普通に働くとかは無理だろう。


「そうですね。 実はクルスナ様には会いましたよ」


「あの糞女に会ったの?どうしてた?」


「不労者になっていました。 もう5年前に自殺しましたけど……」


「そうか、じゃあ帰れないな」


「えっ、どうしてですか?

死んだら帰還されるはずじゃあ⁉︎」


「だから設定を間違えているの。

『アザーワールドリー・レルム』は契約魔術、その契約は寿命が尽きた時。 自殺や事故、おそらく病気なんかも想定していないわ。 あの賢者達は知識はあるけど馬鹿だから」


なるほど。 あっちの世界では優秀な勇者クラスだったから、こっちの世界でも上手くやれるはずだという楽観的観測のまま契約しているということか。


「じゃあ、他の4人も似たような状況にいるだろうね」


「しかしサエルミア様は、どうするのですか?

見たところ上手くやれているようですが?」


「あぁ、来る時に私だけ変えたから大丈夫!」


聞くと転生する前、賢者達が唱えている最中、わからぬように『アザーワールドリー・レルム』へと干渉し少し弄ったらしい。

要は戻ることのない一方通行にしてきたというのだ。

さすがはハイエルフとしか言いようがない。


「もう、あっちには飽き飽きしてたからね。

賢者から提案された時は、本当に嬉しかったわ!」


「でも、そうなると寿命が尽きた時は……」

 

「普通に消滅かもね。

けど知ってる? この世界には『転生輪廻』っていう概念があるのよ。

また魂は巡って新しい人になって生まれ変わるの。

私にもあれば良いな!」


その目は希望に満ち溢れている。

おそらく、その意味を知っているのだろう。

俺もイタコの修行をしたおかげで、ある程度なら『転生輪廻』のことも知っていた。


因果応報のプロセス。

主な条件は「業」と「煩悩」であり、善行を積めば良い世界へ、悪行を積めば苦しい世界(六道)へ生まれる、そんなところだ。


「良いですね、希望に満ち溢れた来世になれば」


「そうだね!

でも、まだまだ勉強したいから、まだまだ生きるけどね!」


「へぇー、何の勉強をしているのですか?」


「うん、日本史と民俗学の勉強しているのよ」


「また難しいことしてますね」


「でも、ちょうど良かった。 調べたいことがあるの、ちょっと手伝ってよ!」


「何をですか?」


一気にミルクセーキを飲み干し、満足そうな顔をするサエルミアが言った。


「栃木県の那須野ヶ原に一緒に行って欲しいの。

そこでね玉藻前をテイムして欲しいのよ!」


とんでもないことを言ってきた。

しかし、これが俺の『口寄せ』の新たな力になるとは俺自身も、この時は想像していなかった。














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